手で洗濯するとすこし気持ちよくなる
今住んでいる下宿には洗濯機がない。近所にコインランドリーもない。だから、ワイシャツ以外はだいたい自分の手でごしごし洗っている。中古屋へ行って安い洗濯機を買おうと思っているうちに、手で洗濯するのが好きになってしまったからだ。
発展途上国を旅した時に感心したのは、どの国でも女性たちが手で上手に洗濯することだった。大きなたらいに山盛りにつんだ汚れ物をあっという間に片付けてしまう。じつに手際がいい。おまけに、洗濯機で洗うよりもきれいに仕上げる。洗濯は洗濯機がするものだと思っていた僕にとって、ちょっとした驚きだった。
でも考えてみれば、洗濯機が普及したのはここ数十年の話だから、人類はずっと手で洗濯してきた。彼女たちが上手なのも当たり前の話だ。むしろ、現代人は手で洗濯するという能力を失って退化した人間なんじゃないだろうか。いささかおおげさだけど、なんだかそんなふうに思ってしまった。
僕の仕事はデスクワークだから、体を動かすことがない。仕事に追われて同じ姿勢で固まったままパソコンにかじりついていたりするから、肩がバキバキにこる。体が重くて、妙にだるい。当然、知らずしらずのうちにストレスもたまる。
夜、下宿へ帰ってから、たらいに洗濯物を放りこんで、洗濯せっけんをこすりつけながらごしごし洗っていると、仕事でカチカチになった体がほぐれる。手を動かしているあいだは、けっこう洗濯に専念しているもので、ほかになにも考えないから、それもいいのかもしれない。洗い終えるころにはどんよりとにごった気分がすっと気が晴れて、すこし気持ちよくなる。体がほっこりして、血のめぐりがよくなって、体に力がもどるようだ。
もちろん、面倒くさくなる時もある。残業と休日出勤が続いてへとへとになっていると、洗濯物を見ただけでうんざりすることもある。そんな時は、寝ているあいだに小人が洗ってくれたらいいのに、なんてくだらないことを思ったりもするけど、一度洗濯し始めれば、また夢中になって洗ってしまう。それで体が心地よく疲れてくれて、ぐっすり眠れたりする。
普段の生活のなかで体を動かすことは、けっこうだいじなことなんだろう。洗濯機やらなにやら機械ができるまで、人間はこまめに体を動かして、自分の手を動かして暮らしてきたわけだから、人の体も心もそんなふうにできているのかもしれない。たしかに機械は便利だし、なにかと忙しいから家庭用電化製品なしで家事をぜんぶ片付けるのはむりだけど、文明の利器に頼りすぎるのも考え物だなあと思う。便利なようで、じつはかなりいびつな生活を送っているのだろう。
ほんのささやかなことだけど、体を動かしてごしごし洗濯しているうちに、失ってしまった大切ななにかを自分の手に取り戻せたらいいな。




