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懐祭り

作者: 秋田 茂

 七月。蝉時雨も聞こえだしてきたこの時期になると、私の地元の『二江村』では夏祭りが催される。全国的に見ると祭りの時期には早いのだが、うちの村では暑さに弱い者が多い――――村が小さいので村民同士のことはある程度解っている――――ので、本格的な夏が始まる前に先取りしてしまおうということらしい。かく言う私も暑さには弱いので、この気遣いは嬉しい。

 夏祭りと言っても都会の大きな祭りではなく、有志の村民がそれぞれ夜店を構え他の村民達と祭りを楽しむという、代金は取るが飽くまで利益よりも楽しむことを第一とした祭りだ。

 あまり家からでないお爺ちゃんお婆ちゃんや、都会に出て行った息子夫婦。そういった普段会わない人達と会える機会ので、この村では夏祭りというものは皆から愛されている。




「キョウちゃん。そろそろ行くよー」


 母の声だ。私を呼んでいるらしい。私の家は、というより母は今回出店する側だ。今年の母はいつになく張り切っている。とはいえ、母が夜店を担当するのは今年が初めてなので準備段階でかなり心配になる有り様だったが。それでも母は村の祭りに参加すること自体が楽しいようで、幼子のように無邪気な笑顔を終始絶やさなかった。




 家を出て暫く歩くと神社――――神社と言っても荒れ果て、今や動物の住みかとなっており、夏の時期は若者が肝試しに使う――――へと続く石段が見える。周りは木に囲まれて中は昼でも暗いので誰も寄り付かない。

一方、私達が今立っている道には街灯が一定間隔で設置されているため、暗いという印象はない。明るい道から石段を数段上ればそこは、黒に捕らわれた未知の世界だというのだから不思議なものである。



「もう五年か……」

 石段を見つめながら母に聞こえるか聞こえないかくらいの声でポツリと呟いた。しかし、その言葉ははっきりと母の耳に届いていたようで、私から目を逸らし悲しげな表情を浮かべる母からは謝罪と後悔と自責の念が滲み出ている。これが先刻まで無邪気な笑顔を浮かべていた母とは思えない変わりようだ。


「ごめん……」


 私の迂闊な発言のせいで、雰囲気が暗くなってしまった。結局このまま祭り会場に着くまで、二人の間に会話はこれ以上なかった。



 五年前、今日のように私と母と、それから私の弟と一緒に祭りへ出掛けていた。弟は私と母に両手を繋がれ年相応の無邪気な笑顔で道を歩いていた。

 祭り会場に着き、ひとしきり祭りを楽しんだ後弟は「先に帰る」と言って会場を出てしまった。

 その夜、祭りの片付けのため会場に遅くまで残っていた私達は家に帰り血の気が引いた。家に弟は居らず、残されていたのは帰るときに弟が身に付けていた景品のブレスレットと弟の下駄のみだった。それ以外の弟を思い出させるものは一切合切失くなっていたのだ。弟のおもちゃ、服、本、更には弟の写った写真がまでもが全て、家から消え去っていた。

 それから、五日に及ぶ捜査も虚しく弟の手掛かりは何一つ得ることが出来なかった。それどころか、私が弟を見送ったのを最後に誰一人として弟を見たものはいなかったのだ。祭り会場の入り口から出ると長い一本道が続く。そこからは人の往来が少なくなるし、当時は街灯もなく辺りは暗かったとはいえ、誰一人として見ていないのだ。しかし、ブレスレットや下駄が家に残されているので家に一旦帰ったのは間違いない。それ故に、余計不気味なのだ。




 会場へ着くと、既に夜店のいくつかは準備を終えており、他の所を手伝っている。私と母も急いで自分のブースへと向かった。

 母が夜店を出す場所には既に屋台が出来上がっており、暖簾には『やきそば』と書いてある。店の構えだけは昨晩のうちに組み立てていたので、あとは内装を整えるだけだ。

 全ての夜店の準備が終わると、会場の中奥にある夜店にぐるっと囲まれた矢倉から開幕を告げる和太鼓の音が響く。それと同時に会場に人がどっと押し寄せてきた。ある人はりんご飴を、ある人は金魚すくいを、そしてある人は焼きそばを、思う存分に楽しむ人々を見てやりがいを感じるのが店を出す側の一番の報酬だ。




 暫く店の手伝いをすると、母に「これ持ってあんたも祭り楽しみんしゃい」と、ニ千円ばかしの金を渡されたので私も夜店を見て回ることにした。

 わたあめ、射的、輪投げにイカ焼き。祭りの夜店の常連たちを順番に楽しんでいく。

 丁度会場を一周した辺りで手持ちの金が残り十円となっていることに気がついた。これではもう夜店を回ることは出来ないだろう。家に帰れば貯金が残っているのでまだ少し夜店を回れそうだ。しかし、祭りもそろそろ終わりかけで、今から取りに戻っていては会場に戻った頃にはぼちぼち片付けが始まっているだろう。


「おう、どないしたんや?」


 どうしようかと悩んでいると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「あ、翔にぃ!」


 声の主は近所に住んでいた翔太郎だった。翔太郎は人を笑わせるのが得意で、芸人になると言って村を飛び出し大阪に出ていった男だ。毎年この時期になると仕事を休んで帰ってくるのだ。


「ひさしぶりやな。ちょっとデカなったか?」


 私の頭をポンポンと撫でながら笑う様子に少し腹が立ったが、今は構っている暇がない。家にお金を取りに行くため、足早に立ち去ろうとすると、翔太郎が腕を掴んだ。


「待てや、もう夜も遅いし子供一人やと危ないやろ?俺のチャリで送ったるわ」




 翔太郎と夜道を駆け抜けながら昔話に花を咲かせる。初めてあった時のことや、お互いの家に泊まりあったこと。そんな昔のたわいもない話を楽しんでいると、急に自転車が横転した。


「いたた、どうしたの?」


 私が尋ねると、驚いた顔でわなわなとある場所を指差した。そこは、行く時に母と通った神社へと続くあの階段だった。翔太郎はそこを指差しながらずっと震えている。

 私にも今はっきりと見えた。そこには、五年前に消えた私の弟が立っていた。後ろ姿なので顔は見えないが、着ている浴衣や背格好からも間違いなく消えた弟が当時の装いのまま立っていた。

 私は思わず弟に駆け寄り抱き締めようとしたが、それに合わせるように石段を上っていく。それを私が追いかけ、また弟が逃げる。いたちごっこのように繰り返されるやり取りも石段を上りきったところで終わりを迎えた。


「ここは……」


 石段を上った先にはボロボロに荒れ果てた社が建っているだけのあとは木々に囲まれた静かな場所だった。なんとも言えない不気味さが立ち込める場所だった。

 私は弟を探そうと社の周辺を回った。名を呼び、辺りを隅々まで探したが一向に弟は見つからない。

 幻覚だったのだろうかと帰ろうとしたとき、後ろから大きな音が聞こえてきた。振り返り見てみるとそれは鮮やかな色の大きな花火だった。


(今日は花火を上げる予定はあっただろうか?)


 なんてことを考えていると唐突に睡魔が襲ってきた。眠気に負け、その場に倒れ込む私の耳に、はっきりと弟の声で「バイバイ」と聞こえた。






 翌朝、私は自室の布団の上で目を覚ました。後から聞いた話だが、たまたま通りかかった人が怯える翔太郎から話を聞いて私を探しに来てくれたらしい。

 あの日、弟を見たことは誰にも言っていない。何故だか、言ってはいけない気がしてならなかったからだ。それは翔太郎も同じようでこの秘密はお互い墓場まで持っていこうと誓い合った。

 窓から心地よい風が吹いてくる。その風はどこか懐かしい匂いがした。



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