第二章 二度目の人生
それなのに、最後の最後に自分に正直になって本音を言ったのに、その願いは叶わず、私は生まれ変わってしまった。
以前と全く同じ自分に。しかもその事を思い出したのは、なんと十五歳でした。
せめて王太子と婚約する前に思い出していたら、どうにか婚約を回避する方法を模索出来たかも知れないのに。
学園の入学式が行われていた講堂で、王太子が新入生代表の弁を述べている最中、突然前世の記憶を取り戻した私は、目眩がしてその場に蹲ってしまった。
その私の元に一番に駆けつけて、抱き上げ、保健室へ運んでくれたのは、近くにいた生徒会役員の一人でした。
そう、一つ上の学年の首席で、生徒会役員だった、私の幼馴染み。
「フローラ、顔色がだいぶ悪いよ。大丈夫?」
「大丈夫よ。ありがとうブライアン。最近少し寝不足だったから、目眩がして」
「入学試験の勉強を頑張り過ぎたんだろう?
ねぇ、これからもお妃教育はあるんだろう?
少し手を抜く事を覚えないと、そのうち倒れるぞ。
お妃教育と学業との両立は無理じゃないのか?」
手を抜く・・・
生前もそう彼に言われたのだが、そのアドバイスに私は耳を貸さなかった。
たとえ王太子妃になる事を望んでいなくても、自分に与えられた義務は果たすべきだと思っていたからです。
しかし、結局その頑張りは全て無駄でした。
そうか、今のまま努力しても同じ結末を迎えるのなら、やるだけ無駄だわ。
私は突然そんな考えに至りました。そして、前世では気付かなかったある重要な事に気が付いたのです。
婚約破棄された後、何故自分は思い人と結ばれる事なく毒杯を受けたのか……
それはお妃教育で、私が王家の闇を教えられてしまっていたからです。それさえ知らなかったら、私は王家から解放されていた筈です。
いくら王弟殿下が私の事を望んだとしても、王家の落ち度で婚約破棄になった事を考えれば、結婚を強制は出来なかったでしょう。そもそも正妃ではなく側妃としての求婚なのだから。
そうです。
お妃教育で闇の事を学ばなければいいのです。そもそも、そんなもの、王宮は結婚してから教えればよかったんだわ。腹立たしい。
「ねぇ、ブライアン、生徒会役員になるのは、入学試験の上位二名ですよね?」
「そうだね」
「それでは私も生徒会役員になれますよね?」
「えっ? それは勿論だよ。君はトップの成績だったから。
でも、お妃教育があって、生徒会活動は無理なんじゃないのかい?」
「学生の本分は勉強と社会に出る前の準備ですわ。
授業と王城の往復だけでは友人も出来ないし、社交性も身に付きません。
コミュニケーション能力もないような人間に、とても王太子妃は務まらないと思いますので、生徒会活動を通してそれを磨きたいと思います」
私の思い人のブライアンは最初は酷く驚いた顔をしたが、すぐに私の考えを支持してくれました。
私は入学式の翌日、王妃殿下に謁見するために王城へ出かけました。
そしてブライアンに話をしたのと同じ内容の話を王妃にしました。
その上で闇の事以外は既に終えているお妃教育の証明書を提出した上で、残りは卒業して結婚の準備が始まってからでも間に合いますからと訴えたのです。
すると王妃殿下はすぐに納得して下さった。
ただ、会えなくなるのは寂しいので、王太子殿下との面会日には一緒にお茶をしましょうと言ってもらえたのです。
前世の時だって、学園に入学する前にお妃教育はほとんど終了していたのです。
それなのに学園にも通わず、何故私があんなにも王宮に通っていたのかというと、将来国王となる王太子を支えられるようにと、王太子の分まで勉強していたからです。
そして私がいれば安心だと、肝心の王太子殿下が真面目に帝王学を学ばず、側近達と遊び回り、例の男爵令嬢と浮気していたのです。
王弟殿下の口車に乗り、何の疑いも持たずに従っていた私は本当に愚かでした。
私が王宮に通わなくなると、誰も王太子殿下を助ける者がいなくなったので、学園の授業が終わると彼は側近と共に真っ直ぐに帰城し、せっせと帝王学を学ぶようになりました。
そしてその後、私は例の男爵令嬢となんと友人になっていました。
入学早々暗い顔をしておどおどしている彼女を見つけ、自分でもお人好しだと思いながらも声をかけると、妻子持ちの高貴な方に関係を迫られて困っていると言うのです。
もしやと思い話を聞いてみると、案の定王弟殿下でした。
前世の記憶だと、彼女は王弟殿下に利用されたとはいえ、一応恋人関係だったと思っていたが、実際はどうも違っていたようです。もしかしたら彼女は脅されて王太子に近づいたのかもしれない。
ブライアンにこっそり調べてもらったところ、今の彼女は魅了の力など持っていないようでした。
おかしい!と私は思いました。この世界は前世とは似ては非なる世界なのでしょうか?
いや、視点を変えてみましょう。
前世の男爵令嬢は拷問を受けるとあっさり自分の罪を白状しました。
そして魅了を解く方法を知らなかった彼女はあっという間に処刑されたのです。
しかし国家転覆未遂という大罪ならなおさら、将来に遺恨を残さぬようにもっと慎重に事を進めるのではないの?
そもそも彼女が亡くなった後運良く魅了の力が解けたというけれど、そんな偶然が本当にあるの?
魅了を解く方法がわからないうちに、サッサと彼女を処刑してしまうのは絶対におかしい。
彼女が生きていると邪魔な人物がいたと思う方が普通よね。そしてそれは誰なのか私にはわかる。
しかし、何故私はそれがわかるのかしら?
んんん・・・?
誰かに聞いたからに違いないのに、それが思い出せない・・・いつ、どこで、誰からだったかしら?
そんな肝心な事は忘れているのに、その悪玉が王弟殿下だという事だけは、何故か確信している自分が不思議でした。
まあ、とりあえずは男爵令嬢を助けなければならない。
私はまず、月始めに催される王妃殿下主催のお茶会に、彼女を連れて参加する事にしました。
これは王妃殿下に招待された者達が、それぞれ自分の知人を伴って参加する事によって、人の交流を広げようとするものでした。
普通この会に参加するのは伯爵以上の高位貴族の家の者が基本でした。しかし、事前に王妃様に内容を説明して承諾を得ていました。
私の目的は例の王弟殿下のお妃様に男爵令嬢を紹介する事でした。
「私達は将来少しでも隣国との交流にお役に立てるようにと、隣国を知る為の勉強会を開いております。
つきましては、畏れ多い事ですが、妃殿下に私達学生の前で、隣国の話をしていただけないでしょうか?」
王弟妃殿下は五年ほど前に隣国から嫁がれてきた元王女様です。
私は王太子殿下の婚約者となってからお妃教育のために王宮に通っていたので、王弟妃殿下とはすっかり顔馴染みでした。
そして五つ違いの妃殿下には、まるで妹のようにかわいがって頂いていました。
私が隣国の言葉をマスター出来たのも、彼女のおかげです。
しかしこれは今思えば王弟殿下の策略だったのでしょう。
いつか私を側妃として迎えた時に、私達が上手くいくようにと。
男って馬鹿ですよね。
妹のように思ってかわいがっていた娘が夫の妻になったら、裏切られたようで寧ろ憎さ百倍じゃないですか!
それに、妃殿下は一見おっとりした雰囲気の方ですが、かなり嫉妬深く、夫が関心を持った女性に対する攻撃は半端ないものがあるのです。
私が前世で王弟殿下の側室を拒否した理由の一つでもありました。
普通、メンドーでしょ? 一生そんな方とバトルを繰り広げるなんて。しかも好きでもない男のために。
しかし、今回は王弟殿下の思惑を逆手にとって、ありがたく利用させて頂きますよ。
この国の学園に通った事のない妃殿下は、たとえ、それが奉仕活動の一環としてでも学園に関与出来る事を喜ばれ、快諾して下さいました。
勉強会の代表は男爵令嬢でした。私は生徒会役員として忙しかったからです。
そのため、男爵令嬢は王弟妃殿下と関わりを持つ機会が増え、次第に親しくなっていきました。
さすがに王弟殿下も男爵令嬢に近づくのをやめて、他の女生徒に乗り換えました。しかしその度に私達はその女性達を勉強会に誘って、王弟殿下の魔の手から守ってやりました。
その状況を踏まえて、王弟殿下が誘惑する女性はかわいい子なら誰でもよいという事がわかりました。
つまり絶対に男爵令嬢ではないと駄目だったというわけではなかったのです。すなわちそれによって、男爵令嬢は魅了の力なんて持っていなかったという事が推測できます。
寧ろ王弟殿下の方が魔法だか、薬だか、催眠術を使ったと考える方が妥当でしょう。男爵令嬢でなくても、かわいらしい女の子なら誰でも良かったのですから。
男爵令嬢は見かけはピンクヘアーにライトブルーの瞳で愛らしく、庇護欲を誘う容姿をしています。
しかし、中身はかなり地味です。つまり真面目で努力家で優秀でした。今の彼女ならもしかして……
私は王太子殿下に男爵令嬢を紹介しました。
すると二人はすぐに恋に落ちました。しかし前世とは違い、二人とも立場を弁えていたので、人前では素知らぬ振りをしていました。
二人は許されない恋に苦しんでいました。かつての私とブライアンのように。
私は彼らの様子を暫く見ていましたが、二人が本気だという事を確認すると、彼らにこう告げました。
「殿下、私と婚約解消して下さい」
「君にはすまないと思っている。だが卒業するまででいい。彼女の事を見逃してくれないだろうか…」
「彼女と結ばれたくはないのですか?」
「君との婚約は父、いや、国王陛下と君の家の侯爵家の間で結ばれたものだ。僕の一存で勝手に解消出来るものではない。
君が一番わかっているだろう?」
「でも、結局私と別れたくなって、卒業式で婚約破棄されるのは御免被ります。殿下もそんな事をしたら廃嫡されてしまいますよ」
「そ、そんな事はしない…」
「いえ、すると思いますよ。あなた方は真実の愛で結ばれているのでしょう?」
「「!!!!!!」」
前世、彼らは自分達は真実の愛で結ばれていると言って、私に婚約破棄を突きつけたのだから。
二人は目を丸くした。多分、二人きりの時はそんな会話をしていたのだろう。ちょっと引くけど・・・
「婚約して八年経っても、殿下は私を好きにはなってはくださらなかったでしょう?
その上、真実愛する人を見つけられたのなら、今後いくら努力しても私を好きになることはないでしょう」
「僕は君を嫌いではないよ。ずっと好意を持っていたよ」
「ええ、それは私も同じです。それは幼馴染みというか、友人としての好意です。殿下もそうですよね?
でも、人間我慢し過ぎると爆発します。そうなったら終わりです。
爆発しないうちに早めに対処するのがお互いの為です。
お二人は結婚出来ないと諦めるより、どうしたら結婚出来るかを考えるべきです」
思いがけない事を言われた二人は瞠目しました。
「裏切っておいて今更ですが、友人になってくれた大切な貴女を不幸にしてまで、私は殿下と結婚したくはありません」
「僕もそうだ。僕達が悪く言われるだけなら構わない。しかし、女性が婚約破棄などされたら、君の立場が悪くなる。実家からも世間からも白い目で見られる」
それを聞けて私は嬉しかった。彼らの今のこの気持ちは本物でしょう。しかし次第に追い込まれて行ったら、いつしかそれが憎悪に変わっていくのです。だから、その前になんとかしないといけない。
「私もね、ずっと好きな方がいるの。だから、その方とたとえ結ばれなくても、その方だけ思って生きて行きたいの。だから、私の事は気にしないで・・・」
「「えっ?」」
二人が再び驚愕した時、ガタン!という音がしました。私達三人は飛び上がりました。そして恐怖で首をすくめて音のした方へ顔を向けました。
誰かに聞かれてしまった。こんな話はスキャンダルもいいところだ。どうにか口止めしないと……
ところが、生徒会室内の給湯室から出てきたのはブライアンで、私はポカンと口を開けてしまいました。
「どうして? 試験前でみんなもう帰ったと思ったのに」
「僕は普段からきちんと勉強しているから、特別に試験勉強なんかしないんだ。だから、通常通りここへ来たんだよ。
ちょうどお茶を淹れようとしていたら君達が入ってきて、ここから出るに出られなかったんだ」
「すみません。役員でないのに勝手に入室してしまって」
王太子と男爵令嬢は、一級上の先輩に頭を下げました。
すると、いつもは無表情なブライアンがやたらニコニコしながら言いました。
「王太子殿下もそこの彼女も、フローラの事は心配しなくても大丈夫だよ。彼女にはちゃんと結婚相手が見つかるから。
僕もそろそろ本気出そうと思っていたところだしね」
「えっ?」
「婚約解消及び新たに婚約する計画は、もっと緻密な計画をたてなくちゃいけないよ。
だが、とりあえず君達は好成績を残さないと、自己主張もし辛くなるから、今日のところはサッサと帰って勉強をした方がいいよ。
あっ、フローラ、今日は僕も帰る事にするから、君んちの馬車に乗せてね。
あっ、一応婚約者である殿下、よろしいですよね?」
「えっ? ええ……。
もしかして先輩とフローラって…」
王太子の問にブライアンは顔を綻ばせながらこう言いました。
「僕達は幼馴染みで、運命の相手さ!」
私はさっきからずっとパニック状態で馬車に乗っていました。向かい合って座っているのは、見慣れない笑顔のままの幼馴染みです。
「何故あんな事を言ったの?」
「あんな事?」
「運命の人だなんて…」
「ああ、意趣返し? 君、嫌いでしょ? だから僕もあいつに嫌味として使ってやった。
少しは反省するんじゃないか? きっと二度と人前で使わないと思うよ、あんな陳腐なセリフ…」
私は下を向いてしまいました。確かに最初にその言葉を言われた時は呆れて冷めた気持ちになったものです。
しかし、ブライアンに言われた時は少し胸がときめいてしまったのです。でも、彼が本気で言う訳がないわよね……
「さっきはありがとう。好きな人がいるって、言ってくれて」
「あ・・・、あれは別に貴方の事を言った訳じゃ・・・」
「毎晩のように僕を強く抱きしめて、好きよ、好き……
私が好きなのは貴方だけよ、ブライアン……
そう言っていたのは君だろう? フローラ…
嘘はいけないな。
本当は僕の方が君に告白して事を進めた方が早かったんだけど、まず君自身が変わらないと、結局また同じ事の繰り返しになると思って、じっとこらえていたんだ。辛かったよ。
でも、学園に入学した直後君は急に変わったよね。受け身の人生から、自ら運命を切り開こうとしていた。
だから、僕もこっそり出来る事を進めていたんだよ。だからもう大丈夫。もう少ししたら人前でも名前を呼び合えるようになるよ」
ブライアンは呆気にとられているフローラの前で、ポン!と黒猫の姿に変わりました。
そうです。前世でブライアンは黒猫の姿になっていました。でも何故か私はその事を失念していました。
生まれ変わった後、私はまた以前のようにブライアンを抱っこしなから、毎日のように彼への愛を囁いていましたね。
アアァ…… 恥ずかしくて、膝の上に乗って来た黒猫を抱きしめる事も出来ずに、両手で顔を覆った私でした。
読んで下さってありがとうございました。
次の第三章で完結になります。最後まで読んで頂けると嬉しいです。
異世界恋愛モノのテンプレ要素をみんな突っ込んでみました。
同じ目的で、別に連載中の作品があるので、こちらも読んで頂けると嬉しいです。
ただし、この作品との関連は全くありません。
「社交だけを求められた白い結婚でしたが、何故か王宮の夜会でお古のドレスを着ろと命じられました。私の侯爵夫人としての評判はガタ落ちですが、これって契約結婚の意味ありますか?」
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