第一章 最初の人生
清廉潔白、真面目で融通のきかない才色兼備の侯爵令嬢が、とある人物の罠にはまって、毒杯を賜る事になりました。
そして本人が望みもしないのに、再び同じ自分として生まれ変わりました。
しかし、さすがに彼女も結果がわかっているので、無駄な努力をするのをやめました。
そして、俯瞰して物事を見られるようになり、前世とは違う生き方を自らの意志で選択して進んで行きます。
その結果、彼女は自分の未来を変えられるのでしょうか?
短編のつもりが長くなったので、三章に分けました。続けて投稿しますので、読んで頂けると嬉しいです。
第一章と第二章は長めです。
あくまでも異世界で、モデルにした時代も国もありませんので、細かなところは気にせず読んで頂けると助かります!
誤字脱字報告をいつもありがとうございます。何度も見直しをしていますが、自分だけではどうしても見落としてしまうので、感謝しております!
「今度生まれ変われるとしたら何になりたいんだい?」
「なりたいものはありません。私は生まれ変わりたくはありません」
「どうして?
貴女のこの一生はあまりにも理不尽だ。腹が立たないのか?
やり直したいとは思わないのか?」
「私は精一杯頑張りました。これ以上やれる事などありません。ですからやり直しをしても上手くいくとは思えません。
もう十分です。もう疲れました。もう終わりにしたいです。面倒です」
✩ ✩ ✩ ✩ ✩ ✩ ✩
これは毒杯を飲んで死ぬ直前に誰かと会話した時の内容です。
この最後の『メンドーです!』がいけなかったのですかね? せっかくお前を憐れんで声をかけてやったのに、なんて失礼なヤツだろうって、天のお偉いさんの気分を害してしまったのでしょうか?
しかしあの時あの立場に立たされたとしたら、百人中百人が私と同じ事を言うと思いますよ?
だってそうでしょう?
八歳で王太子殿下と婚約し、それからは勉強や礼儀作法、ダンス、お妃教育と追い立てられ、友人を作るどころか肝心の王太子殿下と触れ合う暇もなく、その挙げ句に浮気をされ、事実無根の苛めや悪事をでっち上げられ、学園卒業のダンスパーティーで、衆人環視の中で婚約破棄!
フウーッ! 嫌な思い出なので、一気に言い切ってみました。
そう、侯爵令嬢だった私は、あの流行りの婚約破棄をされました。ただし、すぐに私の無実は証明されましたが。
私には王太子の婚約者になってからずっと影がついていたからです。
そもそもお妃教育で忙しかった私は、ほとんど学園に通っていなかったのです。だから浮気相手の男爵令嬢の顔だって知りませんでしたので、彼女に嫉妬も苛めもする訳がありません。
そんな事は学園中の者が知っていたのです。
知らなかったのは王太子と男爵令嬢、王太子の側近予定だった、騎士団長の息子、法務大臣の息子、そして辺境伯の息子くらいでしょうか。
それでいくら何でもこれはおかしいと事件後調べたところ、男爵令嬢が魅了を用いて、王太子と側近達を虜にしていたそうです。
側近のうち宰相の息子だけはその魅了には罹らず、これはおかしいと父親の宰相に何度も訴えていたそうですが、誰も本気にしなかったようです。
実際、魅了持ちとして処刑された者達は皆濡衣だったと言われているくらいでしたから。政敵や恋敵を陥れるために利用されたのです。よって現在では魅了を使った犯罪というのは認められにくくなっていました。
しかし、国王の前でも支離滅裂な事を言い、全く自分の立場を理解していない王太子達を目の当たりにして、これは尋常ではない力が加わっていると判断されました。
男爵令嬢を拷問をしたら、彼女はあっという間にその罪を認めました。根性無しの小者です。
そして犯した犯罪には国家転覆未遂という、大層仰々しい罪名がつき、彼女はあっという間に処刑されました。彼女は魅了を解く方法を知らなかったからです。
すると運の良い事に魅了の力は、男爵令嬢が処刑された事で消失しました。
王太子や側近達はようやく正気を取り戻し、国王や両親、婚約者達に必死に謝罪しました。
彼らは確かに被害者でしたが、この魅了にかからなかった者もいた事で、精神的に弱い人間だというレッテルを貼られてしまいました。
側近の息子三人は勘当はされずにすみましたが、領地へ追い払われ、婚約者からも愛想をつかされて婚約破棄されました。
そして王太子は当然廃嫡され、王家が所有する領地の一つに軟禁される事になったのです。
人に簡単に魅了されるような人間は、また誰かに利用されてしまうかもしれない。そんな人間では国のトップに立てないと。
そして私はというと、当然何の罪にも問われませんでした。しかし、それでも無罪放免という訳にはいきませんでした。
何故なら私は既にお妃教育を終えており、国の闇の部分を知ってしまっていたからです。
国王陛下の温情?で、私には三つの選択肢が与えられました。
一つ目は王太子殿下との婚約破棄を破棄して元の鞘に収まって夫と共に一生軟禁生活。その上子供も持てない。
二つ目は王太子以外の王族の側室か愛人になる。何故正妻ではないのかと言えば、未婚の王族が王太子以外にはいなかったせいです。
そして最後の三つ目が毒杯を賜る事です。
そうです。私はこの三つ目を選んだのです。
だってそうでしょう?
王太子に罪がないとはいえ、これまで私を無視して全く関わってこなかったような無情な男と、今更愛の無い結婚をして、その上軟禁生活をしたいと思う女がこの世にいますか?
同じ理由で他の王族との結婚もパスです。寧ろ王太子より嫌です。
側室? 愛人? ふざけるな! です。ドロドロの愛憎劇なんて面倒な事絶対にイヤ!
それで結局最後の三つ目を選んだのですが、その時謁見の間にいた人々の驚愕した顔といったら・・・
王太子はともかく、王族の皆様は私が二つ目を選択すると思っていらしたようです。
ええ、彼らが皆私を欲していた事を世間知らずの私だってわかっていましたよ。
自分で言うのもなんですが、国一番の才色兼備の令嬢と言われていましたからね、私は。
王宮で顔を合わせる度に皆が私に秋波を送ってきましたよ。
気持ちが悪いったらありゃしませんでした。いい年をしたおっさん連中が…
彼らの中で一番慌てふためいていたのは王弟殿下でした。
国王陛下とは親子ほど年が離れていて、王太子殿下とも七つしか違わないので兄弟のような感じの人物でした。
王族の特徴とも呼べる金髪碧眼の美丈夫で大変おもてになる方でした。そして本人は隠しているつもりだったのでしょうが、大層な策略家である事はわかっていました。
そもそも今回の婚約破棄、いえ私の婚約そのものが、この王弟殿下の策略だったのだと思います。
私は八歳の時、王妃様が開かれた野外パーティーに招待されて、そこで王妃様の目にとまり、王太子殿下の婚約者に選ばれました。
そのパーティーには当時十五歳だった王弟殿下も参加していて、彼が王妃殿下に私を推薦したと、後に王妃殿下から伺いました。
「今思うと、彼が貴方に一目惚れして、他の人間に取られないように王太子の婚約者にしたのだと思うわ。
気付かずにごめんなさいね」
王妃殿下には泣きながら謝罪されました。
自分が気に入ったのなら甥ではなく、最初から自分の婚約者に出来れば良かったのですが、生憎彼には既に隣国の王女という婚約者がいたので、それは叶わなかったようです。
しかしそれならそれでスッキリ諦めてくれればよかったのに、彼はそうしなかった。
私を一旦王家に取り込んで囲い込み、他の男の目から私を離した上でジワジワと自分のモノにしようと企んだのです。
まだ十五の時ですよ。末恐ろしい少年です。そしてその計画を何年もかけて実行していったのですから、その粘着性といったらおぞましすぎます。
そしてやれ勉強だダンスだお妃教育だと私を家と王宮に閉じ込めて、人との接触を阻害したのです。実の婚約者である王太子からも。
そして男爵令嬢を甘い言葉で誘惑し、彼女を操り人形のように王太子に近づけ、魅了させたのです。
王太子が婚約破棄を言い出したら、私には王族との結婚しか道がなくなります。
こうして、彼は自分の側室として私を迎えるつもりだったのでしょう。
何故なら、現在の国王陛下には王太子殿下以外の息子はいません。そして妹姫殿下には王位継承権がありません。
つまり、王太子が廃嫡されたら、王位継承権第二位の王弟殿下が王位に就くのです。
しかし、予定は所詮予定なのです。本人がどう計画を立てようとも相手がいる以上、それは未定です。
何故そんな当たり前の事に気付かないのでしょう。
私はただの綺麗な人形ではなく、心を持った人間なのです。
そもそも私に男の人を近づけないようにしていた事自体無駄な事でした。
何故なら、私は王弟殿下に出会う以前から両思いの相手がいたのですから。
そうです。私には幼い頃から好きな人がいました。
それは隣家の伯爵家の嫡男で、年は一つ年上の幼馴染みでした。
彼は黒髪に黒い瞳をしていました。そしてその黒い髪と瞳は大きな魔力を持つ証でありました。
貴族の中には魔力持ちが少なからず存在しますが、近年では段々その数が減る傾向になっていて、貴重な存在となっています。
それが大きな魔力持ちなら、尚更です。
それが王族や高位貴族ならばそれでも他人からあれやこれや言われずに済むでしょう。
しかし伯爵以下の身分になると、否応なしに身分の高い者達に利用され、自分の自由が制限される恐れがあります。
伯爵家では息子を守る為に彼が魔力持ちである事を隠す事にしました。
黒い髪を赤茶色に染め、目が悪いと色付きの眼鏡をかけさせました。
彼は元々端正な顔立ちをした美少年でしたが、もさもさヘアーに色付き眼鏡、その上お洒落にも興味がなく、酷く無口で本ばかり読んでいたので、いつしか地味なガリ勉少年と呼ばれるようになりました。
隣に住む我が家でさえ、彼の本来の姿を知っていたのは私だけでした。
彼は成績は優秀でしたが、とにかく目立たない少年でした。そしてトップで学園を卒業すると、王城で父親の宰相の元で働くようになり、時々はその手伝いで王宮にも顔出しするようになりました。
その日が来るのを私は一日千秋の思いで待っていました。
八歳で王太子殿下の婚約者になってしまってから、私はほとんど幼馴染みの彼には会えなくなっていたからです。
自宅にいようとも、例の王家の影が私を見張っていたからです。
しかし、二人の交流はずっと続いていました。彼の飼っている黒猫が手紙の配達をしてくれていたからです。
幼馴染みの彼に好きだと思いを告げてしまっては、いざという時、不義密通で彼が咎められては大変です。
私達はお互いの名前を一切触れずに文通を続けました。
そして、とうとう彼ともっと顔を合わせる事が出来るようになりました。
彼がお后教育の政治経済の指導担当者になったのです。
王家では教師の選抜にはとても気を使っていました。優秀な事は当然ですが、私に興味を持たなそうな、私が興味を持ちそうにない人物・・・
つまり男性でしたらご年配な方や同性をお好きな方、そしてそもそも人間に興味のない天才型の方達です。
つまり彼もそんな理由で選ばれた訳ですが、王家の皆様は本当に人を見る目がありませんね。
彼は確かに天才でしたが、人に興味がなかった訳でも、同性が好きだった訳でもなかったのに……
私が毒杯を選んだ一番の理由は、彼以外の人間と結婚したくなかったからでした。
そして、生まれ変わりを望まなかったのは、私はもう十分に幸せだったからです。
人生の最期の一年を愛する人と過ごせたのですから。
「まだ何か方法がある筈だ。最後まであきらめないでくれ。君を死なせたくない!」
黒猫に姿を変えた彼が、地下にある密室に閉じ込められていた私の元に現れてそう言いました。
彼は食事の差出し口から潜り込んできたのです。
彼からの手紙を運んでくれる黒猫の正体に私その時まで気付いてはいませんでした。
しかし、不思議とその真実をあっさりと受け入れていました。
そして、手紙には綴れなかった彼への思いが、きちんと伝わっていた事にこの上ない幸せを感じました。
私はいつも黒猫を撫で回し、抱っこをし、キスをして、彼への愛の言葉を囁いていたのですから。
私は彼に最後の愛の言葉を告げました。そしてこう言いました。
「私は貴方のおかげで幸せでした。もう、何も思い残す事はありません。
でも、最後の願いが許されるのなら、貴方の幸せを願います。
私の事を忘れるのは無理でしょう。
しかし、私を思って下さるのなら、私に囚われて不幸になる事だけは避けて下さい。お願いします」
彼は優秀な魔法使いです。
この城を爆発させて私を逃がそうと考えているのかもしれません。
いえ、彼は頭脳明晰な天才です。
私を一度仮死状態にした上で、私の身代わりを立てる事を計画しているのかもしれません。
しかし、どんな手法を取ったとしても、関係のない人まで巻き込んでしまいそうです。
そして、一番大切な貴方の未来を潰してしまいそうです。それだけは絶対に避けなければなりません。
「君の唯一の欠点は真面目過ぎて、融通が利かないところだよ。手を抜けるところは抜いて、もっといい加減になれよ!」
以前彼にそう言われましたが、私は酷く限られた世界で生きる事を強制されたために、多角的に物事を考える事が出来ませんでした。
こうあるべき……しか知らなかったのです。
ですから、毒杯を飲んだ後、
「今度生まれ変わるとしたら何になりたいんだい?
貴女のこの一生はあまりにも理不尽だ。腹が立たないのか?
やり直したいとは思わないのか?」
という声が聞こえてきた時、もう私は死んだのだから、何も囚われる事はない、正直になってもいいんだわ、って思ってしまった。
だから、『メンドー』は嫌だと言ってしまったのでしょう。
同じ人生やり直したって、所詮愛する彼とは結ばれない。
違う人生だったら、そもそも彼とは巡り会えない。
そんな人生を送るなんてメンドー以外何物でもないわ……
読んで下さってありがとうございました。
続けて第二、第三章を読んで頂けると嬉しいです。
異世界恋愛モノのテンプレ要素をみんな突っ込んでみました。
同じ目的で、別に連載中の作品があるので、こちらも読んで頂けると嬉しいです。
ただし、この作品との関連は全くありません。
「社交だけを求められた白い結婚でしたが、何故か王宮の夜会でお古のドレスを着ろと命じられました。私の侯爵夫人としての評判はガタ落ちですが、これって契約結婚の意味ありますか?」
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