結婚を約束した幼馴染の聖女が、勇者の王子と結婚するらしい。出来るものなら、やってみろ。
号外〜、号外〜
こんな小さな田舎にまで、魔王討伐成功の知らせは、やって来た。
幼馴染が、『聖女』として引っ立てられてから、8年が経っていた。
「おぉ、やっと、リーが帰ってくるのか」
隣のおじぃが、嬉しそうに腰を撫でた。
医者の居ない村で、リーの治癒魔法だけが、救いだった。
それを魔王討伐隊に取り上げられて、おじぃは、腰痛で、寝たり起きたりを繰り返している。
「そうだね。早く帰ってきたらいいね」
「レイも、首を長くして待ってたもんなぁ」
おじぃの言葉に、曖昧な笑みを浮かべる。
文字が読めないおじぃは、気付いていない。
号外の一番上に、
聖女、勇者と結婚間近
って書かれてたことに。
そうか、結婚か。
まぁ、出来るものなら、やってみろ。
その暁には、ちゃんと、祝ってやる。
いやだ、レイ!助けて!
お前ら、リーに、何してる!
この方は、『聖女様』だ。討伐に連れて行く!
やめろーーーーーーー!
『あぁ、嫌な夢を見た』
まだ、十歳だった。
多勢に無勢。
縄で縛り上げられ、地面に転がされた。
一方のリーは、屈強な兵士達に取り囲まれ、哀れなほどに、震えていた。
この村は、元々、『聖女』の羽衣に使われる絹の生産地。
世界樹の葉を食べさせた蚕から取る糸は、虹色に輝いている。
その威力は、絶対防御と言われ、薄い布なのに、剣も、魔法も弾くと言われている。
しかし、一度に極少量しか取れず、一枚の衣を作るのに長い歳月を必要とした。
そんな貴重な秘密を守る為、国は、ここを直轄地にし、必要最低限の支援物資だけ与え、外界との接触を遮断してきた。
所謂、飼い殺しだ。
誰にも知られず、誰にも顧みられない場所。
ここで、『聖女』が見つかったのは、国にとっては、ラッキーだったんだろう。
無理矢理拉致したくせに、知られていないことを良い事に、国難を助ける為、天から『聖女』が舞い降りたと喧伝した。
ちょっと前まで、ただの鼻水を垂らしていた子供だったのに。
リーは、泣きながら、村の為に頑張ると言っていた。
ここは、魔界に近い。
魔王の進撃を受ければ、1番に被害を負うだろう。
村人全員、自分達が人質なんだと理解した。
だから、月に一度、リーから来る手紙を読んでは、みんな、涙を流すんだ。
「はぁ」
ベッドを下り、外に出た。
井戸から水を汲み上げ、桶からそのまま、ゴクゴクと飲む。
「プハッ」
あの時、今くらいの力があれば、易々と連れ去られたりしないのに。
リーを奪われてから、毎日、闇夜に紛れて、スライムを倒しに行った。
それまでは、畑仕事しかした事が無くて、戦闘能力は、ほぼ0。
だから、少し足を伸ばし、魔の森の近くで、鍬を使って、サクサク、スライムを潰した。
地道に経験値を貯め、
毎日1,000匹、
8年で、2,920,000匹。
お陰で、胸の大胸筋、肩の三角筋、背中の僧帽筋が盛り上がり、鍬を振るう速度も、目で追えないくらいになった。
最近では、兎に似たヤツとか、猪に似たヤツとか、熊に似たヤツなら、手で握りつぶす事も出来る。
もし、リーを返してくれないなら、ダメ元で、王都を襲っても良いかもしれない。
「リーが、王子と一緒に凱旋するらしい」
おはばの地獄耳は、見張りの兵士の噂話を聞き逃さない。
まぁ、彼らも、この8年で、村の住人みたいな存在になっている。
物資を多めに調達してくれたり、上層部に内緒で王都の菓子をコッソリ分けてくれたり。
皆、リーを奪われた悲しみを間近に見てきたせいで、こちら側に感情移入してしまっているのだろう。
「レイ、大丈夫か?」
「何が?」
「だって・・・なぁ」
リーの幼馴染兼婚約者としての立場を考えると、王子と一緒にって所に引っかと思われているらしい。
「いや、別に」
「お前、懐デカイな」
「それほどでも」
兵士達の呆気に取られた顔をよそに、鍬を高速で振りながら、畑を耕して行く。
リーが帰ったら、ここに、リーの大好きな苺を植えよう。
そして、畑の脇に、小さな家を建てるんだ。
『聖女様』のおなぁ〜〜り〜〜
声高らかに、リーの帰還が村に響き渡る。
頭を上げることを許されず、村人は、皆、額を地面に付けて、土下座させられた。
隊列を組んだ騎士達の足音が物々しくて、なんだかリーがとっても遠い存在のような気がした。
暫くして、あたりが静かになった。
見なくても、ピリピリとした空気感から、周りを兵隊に囲まれているのが分かる。
「皆のもの、おもてを上げよ!」
号令に合わせて、顔を上げると、懐かしい顔が、目の前にあった。
「レイ!ただいま!」
「あぁ・・・お帰り、リー。それと、王子と結婚するんだって?おめでとう」
「は?」
困惑に歪んだリーの顔が、余りに馬鹿っぽくって、笑ってしまう。
「何で、そんな話になってんの?」
「ほら」
号外を渡すと、怒りに、プルプル震え出した。
「なんじゃこりゃーーーーーーーーー!」
リーこと、リーンハルトは、これ以上ないくらいビリビリに破いて、号外を空に撒いた。
雪みたいで、綺麗だ。
「僕が、男と結婚する訳ないだろ!」
顔を真っ赤にした大男は、パツンパツンのツルツルテンになった羽衣を、破らんばかりの勢いで地団駄を踏んだ。
あぁあ、10歳の時は、あんなに華奢で可愛かったのに。
「まさか、レイ、信じてないよね?」
「分かんないだろ。相手、王族だし、取り敢えず、籍だけ入れて飼い殺しとかしそう」
「はぁー?僕は、女が良いの!てか、レイと結婚するって約束しただろ!!」
抱きしめられて、ちょっと、ドキッとした。
この村には、独身男性は、妻に先立たれた村長くらいしか居ないから、こう言うのは、慣れていない。
「あたし、あんたを奪い返そうと思って、ちょっと頑張りすぎたんだよね」
鍛え過ぎた上腕二頭筋は、村を監視する兵隊より逞しい。
この前、貴重な桃を掛けた腕相撲大会で、兵士の一人を骨折させた。
あれから、兵士達は、あたしを『兄貴』と呼ぶようになった。
スカート履いてるのに・・・。
本名、『レイチェル』の可愛らしい響きは、生まれてこのかた、使われた試しがない。
あたしは、抱きしめられたまま、地面を見た。
スライム累計、2,920,000匹。
なんか、無駄な努力をしたみたいで、辛い。
『聖女』
それは、あくまでも、清く、たおやかで、美しい存在であらなければならない。
どうせ、『聖女』を直に目にする事が出来る者など、一握りしか居ないのだから。
民衆に配られる『聖女』の姿絵が、現実と、どれだけかけ離れていようとも、盛れるだけ、盛る。
今世の『聖女』、リーンハルトが男だとしても、胸は、たわわに、腰は細く、お尻はプリンと描かねば、兵士の士気に関わるのだ。
魔王討伐の唯一無二の癒し。
兵士達も、不安に苛まれる家族達も、こんな可憐な少女が、自分達と共に頑張っているのだと、心を一つにする。
所謂、プロパガンダ。
意識的に思考を操作して、討伐の気運を高めて行く。
王子との婚姻話も,戦に反対しがちな女性陣を押さえ込む為の、見せ物パンダ。
演劇や、絵本などで繰り返し描く事で、重苦しい戦という現実から、目を背けさせた。
リーは、常にテントの中に入れられ、治癒を施す時は、隙間から手だけを出して、患部に当てた。
激痛に気を失った患者が、ゴツゴツと節くれだった聖女の手を目にすることはない。
リーに許された自由は、狭い空間で、月に一度届けて貰える手紙を書くことと、無駄に筋肉を鍛えること。
手紙は、毎回百科事典並みの厚さになり、筋肉は、最前線で戦う討伐隊隊長以上になっていた。
こうなると、薄手の羽衣など、体にまとわりつくだけで邪魔でしかない。
だが、一応、規則だと言われ、生真面目なリーは、二着しかない衣装を、自分で手洗いしながら着まわした。
そう、2枚を、八年。
貴重すぎる世界樹蚕の絹は、一枚作るのに20年掛かるのだ。
救いは、その丈夫さ。
無骨な男が、ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ洗っても、身体がデカくなってパツンパツンに伸ばされても、破れることは無かった。
こうして、無事、任務を果たし、帰郷したリーは、国に対して、この地を領地として譲り受け、二度と立ち入らないことを誓わせた。
もし、約束を守らなければ、全国民に、聖女の真実を暴露した上に、スライム討伐2,920,000匹の実績を持つ勇者級の猛者が王都を襲うと脅しをかける。
無論、王に拒否権はない。
こうして、8年の時を経て、幼い頃の約束を果たした二人は、世界で一番小さな国の当主になった。
嫁となったレイの耕作能力の高さと、夫婦揃っての腕っ節があれば、怖いものは何も無い。
ひっそり、しかし着実に領地を広げ、二人は、幸せに暮らした。
一方、世界を救った『聖女』は、王子との身分違いに自ら身を引き、涙ながらに別れて、天に帰って行ったと伝えられている。
国にとって、最高の落とし所だった事は、間違いなかった。
完