第五話 刃は更に磨かれて その六
ラッピス家別邸に着くと、スフェンさんが庭木の手入れをしていた。
周りに人は……、居ないな。よし。
「スフェンさん、今戻りました」
「ただいま戻りました!」
「おや、ディアン様、ルビナ様。お早いお帰りで」
スフェンさんは額の汗を布で拭うと、にっこり微笑んだ。
「ルビナが料理をしたいと言ったので、食材を買って戻って来ました」
「料理を?」
「あぁ。昼食に【肉の宴亭】に寄ったところ、味が気に入ったようでして」
「……そう、ですか……」
一瞬強張るスフェンさんの顔。
秘伝の料理をあっさり再現された事、意外と気にしてるみたいだ。
……何かごめんなさい。
「では料理人に、今宵の夕食はルビナ様とお作りする様に言って参りましょう」
「いえ、それは私がお願いに伺います」
「……しかし、それは……」
ルビナの言葉に、再び曇るスフェンさんの表情。
おそらく貴族なら、家で働く者に指示を出すのは執事の仕事。
貴族が直接指示を出す事など無いのだろう。
でも。
「ルビナが人と触れる経験を増やしたいのです」
「……そう言う事でしたら」
表情を緩めるスフェンさん。
ルビナの依存を解消したい件を話しておいて良かった。
「ではディアン様もご一緒に?」
「えぇ。市場で頼んだ品が届く事も伝えたいので」
「そうですか。ではお願い致します」
優雅に一礼をすると、手入れに戻るスフェンさん。
凄いな。あらゆる動きに気品が感じられる。
私より遥かに貴族らしい。
今からでも私と子爵を代わってくれないかな……。
厨房での話を終え、ルビナはそのまま着替えて準備に入ると言うので、私はラズリーに報告しに行く事にした。
「ラズリー、今戻った」
「あれ? 早いね。連れ込み宿で一晩明かして来ても良かったのに」
するか!
「昼食に立ち寄った【肉の宴亭】の味付けを気に入った様でな。料理をしたいと言ったので食材を買って戻って来た」
「へぇ、じゃあまた再現しちゃうのかな?」
「幾ら何でも無理だろう。厨房を見た訳でも無いし、ただ食べただけだからな」
「そっか。僕、最近行ってないから、【肉の宴亭】の味、食べたかったなぁ」
「まぁ何か工夫を思い付いた様だし、楽しみにしていたら良い」
「ふーん」
何だラズリーその顔は。
「楽しみなんだ」
「っ」
「初めて作るって時にはあんなに硬い顔してたのに」
「……あの時は何を作るか分からなかったからな」
「ふーん」
ラズリーの笑みが深まる。
「……何だ」
「女の子が自分の事を想って、自分の為に作ってくれる料理、その魅力がディアンにも分かったみたいで良かったよ」
「……」
分かっている。
ルビナが自身の安心や私に媚びる為では無く、ただただ私を喜ばせようとしている事。
純粋に、真っ直ぐに、私に想いを寄せてくれている事。
だからこそ、駄目なのだと言う事。
「……ディアンさぁ、過去は過去だよ?」
「……理解している」
「受け入れてはいない、か。君、頭は柔らかいのに心は硬いよねぇ」
「……ふ」
心は硬い、か。言い得て妙だな。
「あ、そうだ。書庫から本が届いているよ」
「あぁ、ありがとう」
「シルルバ相談役からも届いてる。我が弟子には許可を取っているから、我が姪に渡して欲しい、ってさ」
「そうか」
あの本か。それなら……、いや待て。
「見せてくれ」
「もう君の部屋に運び込ませてあるよ」
「分かった」
部屋に戻ると、箱に入った本と、文机の上に手紙の乗った包み。
包みを開けてみると、
「……師匠……!」
【男を愛の虜にする手練手管 〜愛の言葉から夜の愛し方まで〜】と言う、本の形をした悪意がそこにあった。
一度確認したら警戒心が薄れる心の動きを利用されるところだった……!
火を点けてしまいたくなるが、これも書庫の本。
衝動を何とか堪え、鍵付きの引き出しに封印する。
今後も師匠への警戒は絶っっっ対に緩めない、私は固く心に誓った。
それを封印するなんて、とんでもない!
読了ありがとうございます。




