第一話 旅を振り返って その三
指を交差させ、戯けた顔のまま、ラズリーは続ける。
「君は竜皇国との強い関係性を持っている事を自覚しないと駄目駄目。貴族からの贈り物にいちいち負い目を持ったりお返しをしようとしたら、何もかもをむしり取られるよ?」
「う、む……」
恩を反故にするのを肯定しろと言う言葉は納得出来ないが、反論も出来ない。
貴族からの贈り物を拒否は出来ないだろうし、受け取ったら何かを返さないといけないとなったら、私に差し出せるものはほとんど無い。
となれば竜皇国に何か融通を、と言う事になるのは想像に難くない。
「君は貸し借りを同等にしようと考える。騎士らしい、というより商人っぽいのかな? でもこれからは切り替えていかないと。貴族の戦いってのはこう言うもんなんだから」
「……貴族の、戦い」
腸詰を口に放り込むラズリーの口調は軽い。
だがその言葉は私の背中に冷たいものを走らせた。
嫌だぁ恐いぃ。
「そ。貴族は力のある相手に、金をかけるだけでは手に入らない価値ある物を贈る。贈られた相手は金で返せないから、その人にしか出来ない事でその礼をする。そうやって貴族は相手との関係性で優位に立ち、自分の力にしていくのさ」
「……それで貴族は珍しい芸術品を買い集めたり、贈り合ったりするのか」
何を無駄な事を、と思っていたが、そういう理由があったのか。
「そうそう。だから手札を増やしておいてね。君の目利きなら良い物を選べるだろうからね」
「手札……、か」
そう思うと、酒や料理に手を付けるのが恐ろしく感じる。
でも、あれ?
「それを私に教えたら意味が無いのではないか」
「え? 何を言っているのさ。覚えてもらわないと、君もだけど僕も面倒な事になるんだよ」
「いや、そうではなく、私がその裏の意図を知ってしまっては、このもてなしの意味が無くなって」
「あっはっはっはっはっはっはっは!」
「!?」
「な、何ですか?」
突然爆笑するラズリー。ルビナも驚いて振り向く。
何だ何だ? 何がそんなに可笑しかった?
「あぁ可笑しい。あのね、僕は君に戦いを仕掛ける積りなんてさらさら無いよ。それにその気だったら、珍しい宝石や高価な芸術品なんかを贈る。形に残るからね」
な、成程。先程の話からしたら、その方が理に適っている。
「この料理や酒は単純に君達を歓待したかったからさ。ま、君に貴族の戦いを教える意図もあったけどね」
「そう、なのか」
一瞬声が詰まる。
そこまでの思いをかけてくれているのかと思うと、嬉しさと申し訳なさが胸に込み上げる。
「君も貴族になるんだから、こう言うのにも慣れていかないとね」
「……努力はする」
蓄財が趣味の貧乏性に無茶を言うなとは思うが、ルビナを守る為にはそんな事も言っていられないだろう。
ラズリーには色々教わらないとな。
思いを無にしないためにも。
貴族は馬鹿には務まらないが、利口な奴はなりたがらない。
読了ありがとうございます。