第四話 突き付けられた武器の名は その三
「ふぅ……」
今日二度目の湯船に浸かる。
あぁ、疲れが溶けて流れて行く様だ……。
ルビナの入浴中にスフェンさんに説明したが、正直国王陛下に旅の経緯を報告するより苦労した。
「いえ、それは単なる恩義では無いと思うのですが……」
「命を賭けて迄救ったのですよね? それを受けてただの好意で収まる筈が……」
「竜としてはまだ幼いのですか。それなら、いやしかし……」
ルビナが竜と言う事にはあっさり納得してくれたのに!
ルビナが風呂から上がって来たので切り上げたけど、大丈夫だろうか……。
「料理、か……」
しかし改めて考えてみると、悪くない提案だったと思う。
師匠の口ぶりからして、竜と人間の食生活は大きく異なる様だ。
ここで人間の料理や食文化をルビナが覚えて伝えれば、成竜の儀の功績として認められるかも知れない。
愛情云々の話は、食材への感謝とかに置き換えて誤魔化そう。
「……よし」
考えるべき事はまとまった。
のぼせる前に出るとしよう。
「ディアン様、お帰りなさい」
「あぁルビナ、ただいま」
ルビナは読んでいた本を置くと、小走りで駆け寄って来た。
辞書丸暗記は驚いたけど、一人で過ごす時間の傍に本があるのは良い事だ。
「まだ読んでいて構わないぞ」
「いえ、もう読み終わって読み返しているところでしたから」
え。
辞書程じゃ無いにしても、結構分厚いよね。
それが歴史書、紀行文、詩集、そして今読んでる恋物語。
もう、全部!?
「とても楽しい時間でした!」
「……それは良かったな」
読書を楽しむのは良い事だ。
人間の文化を知る意味でも有効だと思う。
でももうちょっとゆっくりでも良い気がする。
「……では寝るとするか」
「はい!」
くっつけられたままの寝台に入る。
そこで私は大事な事を忘れていた事に気が付いた。
「失礼します」
握られる掌。
ルビナに寝る時に手を繋がない様言い忘れていた!
昨夜は手を離しても起きなかったんだし、繋ぐ必要性は無いよね!?
「ルビナ、この手だが離して寝た方が良いと思うのだが」
「あ、やはり本の通りにした方が良いですか?」
にじり寄ってくるルビナ!
何の本だ! 恋物語か!? いや、あの話にはそんな場面は無かった筈だが!?
「待て。本の通りとはどう言う事だ」
「お借りした【言の葉の森】の【愛の詩】と言う詩の中に、
愛を求める二人は 寝台の上で
腕を絡め 足を絡め
吐息を絡め 解けなくなるまで
と言うのがありましたので」
そっちかあああぁぁぁ!
そうだよな! 有名な詩の半分位は恋の詩だもんな!
「ディアン様に触れてよろしいのでしたら、愛を知る為にやってみたいです!」
嫌あああぁぁぁ! 私の安眠があああぁぁぁ!
「そうではなく、離れて寝るのはどうかと言う事だ」
「離れて、ですか……? ですが、【秋風の声】と言う詩には、
一人寝の夜には 胸の中に秋風が吹く
寂しく冷たい 身震いする秋の風
春の日の様な貴方の温もりを想うと
切なさが落ち葉と共に降り積もる
とありましたので、一緒に眠る方が良いと思います」
真の敵は詩集だったとはあああぁぁぁ!
騎士の教養としては重視されていなかったから、真剣に読んでいなかったけど、ちゃんと読んでおけば良かった!
「ディアン様が寂しく過ごされるのは嫌ですから」
「……寂しい。私が……」
ルビナの紅い瞳は、優しい、温かい色を湛えて、私を映している。
「ディアン様は一人で眠る夜は寂しく無いのですか?」
「……私は……」
寂しい?
そんな事は無い。
家を出て、騎士になり、出会いがあり、別れがあった。
寂しいなんて感じた事は無い。
なのに何故私の手はルビナの手を握っているのだろう。
「……夜、用を足しに起きる事もあるから、これ位が良いだろう」
「はい!」
ルビナの手の熱で溶けて流れたものが、そうなって始めて寂しさだったのだと分かる。
感じない様にしていただけだったのだ。
昨夜の撫でた頭を思い出す。
少しだけ、ほんの少しだけ救われる様な気がしている。
「……ありがとう、ルビナ」
「そんな! こちらこそいつもありがとうございますディアン様!」
ずれた感謝に苦笑を堪える。
これだけで十分な恩返しだよ、ルビナ……。
おや、ディアンの様子が……?
読了ありがとうございます。




