第三話 文字と言葉に宿る力 その五
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした!」
美味い昼食だった。
ラズリーの指示かスフェンさんの気遣いか分からないけど、肩肘張らなくて済む一般的な食事だった。
一旦部屋に戻ると、ルビナがわくわくした顔で聞いて来た。
「ディアン様、この後はどうされますか?」
「そうだな……」
ルビナに王都を案内したいところだが、今からでは近場止まりだろう。
それならば……。
「ルビナ。親善大使として働くに当たって、文字を教えたい。今からどうだろう」
「分かりました!」
おぉ、前向きで有り難い。
食堂に戻り、昼の片付けをしていたスフェンさんを呼び止める。
「スフェンさん」
「何かご用でしょうか」
「ルビナの文字の練習に、紙と筆を二本お借りしたいのですが」
「承りました。お部屋にお持ち致します」
あ、場所だけ教えて貰って、自分で取りに行った方が良かったかな。
「お手を取らせてすみません」
「お気遣い無く。ディアン様とルビナ様のお力になれるなら幸いです」
優しく微笑んでくれるスフェンさん。
何という心遣い。
ラズリー、早く帰って来てくれ。
このスフェンさんに、ルビナが竜という事を黙っているのが辛くなって来た……。
「お待たせしました」
部屋に戻って間も無く、スフェンさんが綺麗な紙と見るからに高級な筆を持って来てくれた。
……こんな上質なのじゃ無くて良かったんだけど……。
「字の練習をするだけです。こんなに良い物で無くても……」
「手習に金を惜しめば、相応の腕にしかなりません。ルビナ様の上達の為にも、惜しみなくお使いください」
「……ありがとうございます」
そう言われると受け取るしか無い。
感謝して使わせてもらおう。
「後程お茶をお持ち致します」
「お願いします」
そう言って部屋を出るスフェンさんを見送って、ルビナに筆を渡し、私も筆を取る。
「まずこの文字は、あ、と読む」
「はい」
「これが、い、だ」
「分かりました」
私が書き示した文字を、ルビナは紙にさらさらと書いていく。
商人時代から字についてはかなり厳しく仕込まれた。
その甲斐あってか字の美しさにはある程度の自信があるが、ルビナはそれを完璧に模写している。
字を丁寧に書く様にしていて良かった。
「次は、う、だ」
「う、ですね」
文字の習得は、思いの外簡単に終わりそうだ。
「基礎的な文字はこれで全てだ」
「分かりました」
「次に身近な物の名前を覚えていこう。ルビナの名は、こう書く」
「はい」
紙の上に記されるルビナ・パイロープの文字。
私が思い付きで与えた名前と家名。
王国で会う人会う人にこっちを名乗っているけど、竜皇国の正式な親善大使としては、竜の名を名乗った方が良いよなぁ。
「次は竜の名を書こう」
「それは使わないので大丈夫だと思います」
待って待って!
私が思い付きで与えた名前なんかに縛られないで!
もっと本当の名前を大事にして!
「どこで必要になるか分からない。覚えておいて損は無いだろう」
「分かりました」
今度は素直に私の書いた、ガネット・サン・ディライトの文字を書き写す。
「ディアン様の名前はどう書きますか?」
「あぁ、私はこうだ」
私がディアン・オブシの名を書くと、ルビナは手を止めてじっと見つめる。
「どうした」
「いえ、素敵なお名前だなぁと思いまして」
「そうか。ありがとう」
名前を褒められるのを嬉しく思うのは、いつ振りだろう。
私の名前を丁寧に書き写す姿に、胸が温かくなる。
「次はルビナが書きたい言葉にしよう。何が良い」
「では厚切り肉でお願いします」
思わぬ言葉に吹き出しそうになる。
名前の次に覚えたい言葉が食べ物とは、ルビナらしい。
「厚切り肉は、こうだな」
「こう、ですね」
「そうだ。次は何が良い」
「では貯金でお願いします」
「貯金、はこう書くが……」
……あれ? これもしかして……?
「私の好きな物を書いているのか」
「はい! ディアン様のお好きな物を覚えたくて!」
……うわ、何だこれ。
恥ずかしい……とは少し違う。
嬉しい……のか?
「他にもディアン様の好きな物を教えてください!」
「……眺めの良い所、はこう書く」
「はい。眺めの、良い、所、ですね。他にお好きな物は何ですか?」
「……緑の豊かな森、だな」
「緑の、豊かな、森、ですね。他には?」
「賑やかな食事、などもそうだな」
「賑やかな、食事、と。他にはありますか?」
「うむ……」
身の置き場のない感覚に、視線が落ち着き無く部屋を走る。
「失礼致します」
と、そこに扉を叩く音! 天の助け!
「スフェンさん、入ってください」
「失礼致します。お勉強の合間にお茶をお持ち致しました」
そう言いながら、お茶を用意してくれるスフェンさん。
……あれ? 口元笑ってる?
「ディアン様」
「何か」
何で小声?
「ここはルビナ様のお名前を答えるところではありませんか?」
「え、いや、違」
誤解を解く間も無く、お邪魔者は去りますと言わんばかりに部屋を後にするスフェンさん。
後には温かいお茶とお菓子と、ルビナが残された。
「わぁ、美味しそう! ディアン様、頂いてもよろしいですか?」
「……あぁ、冷める前に頂こう」
スフェンさんと気安くなれたのは有り難いけど、何だか別の意味で気苦労が増えた気がする。
どうか私の気のせいであって欲しい……。
良い顔してるだろ 嘘みたいだろ 堅物執事だったんだぜ、設定では……。
読了ありがとうございます。




