第三話 文字と言葉に宿る力 その四
庭を少し歩き、入口へと向かう頃には昼近くになっていた。
どこかで食事をしてから戻ろうか。
城で窮屈な思いをしたから、昼くらいは市井の店で気楽に……。
「お帰りなさいませオブシ様、パイロープ様」
ラッピス家の馬車の横で、スフェンさんが直立不動で待ち構えていた。
え、何で? 朝からずっと? 私達がいつ出てくるかも分からないのに? 怖い!
「朝からずっとここで待っていてくださったのか」
「はい。主人よりオブシ様とパイロープ様の御用事は、昼までには終わると伺いましたので」
ラズリー……。国王陛下の怯え振りから、長時間の謁見は無いと踏んでいたのか。
言って。そういう事は。
「屋敷に昼食の用意が整えてございます。どうぞお乗りください」
朝から待っていたスフェンさんに言われて、他所に食事に行ける程、私の肝は太くない。
大人しく馬車に乗り込む。
ルビナは当たり前の様に隣に、スフェンさんは正面に座り、肩越しに御者に指示を出している。
「では出発させて頂きます」
馬車が動き出し、景色が流れ始める。
あの定食屋とかで気兼ねなく過ごしたかったんだけどなぁ。
あ、気兼ねなくと言えば。
「スフェンさん」
「何でしょうオブシ様」
これ。この違和感がどうにも引っ掛かる。
「家名で無く、ディアンと名で呼んで頂けないだろうか」
「あの、私もルビナと呼んで貰いたいです」
私とルビナの言葉に、スフェンさんの眉間に僅かに皺が寄る。
「主人のお客様であり、貴族であるオブシ様や高貴な身と伺っているパイロープ様を、執事の立場の私が名前で呼ぶのは失礼に当たります。御容赦ください」
う、やっぱりそうなのか。
そこを何とか改めて貰いたいものだけど。
「むしろ私に丁寧な言葉で接する必要すらありません。名も呼び捨てでお呼びください」
い、いくら何でもそれは……。
明らかに年上だし、ラッピス家に長く仕えて来たであろう風格がある。
おいそれとぞんざいには扱えない。
「言葉には力がございます。鷹揚な言葉を使えば自然と威厳を纏い、遜った言葉を使えば、卑屈に堕します。オブシ様は爵位を受けたばかりとの事。どうか言葉からお改めくださいます様」
……そうか。ラズリーから言われているのだな。
そうでなければスフェンさんが厳格に守ろうとしている立場を越えてまで苦言を呈したりはしないだろう。
「……良く分かった。スフェンと呼ぼう。言葉遣いも改めよう」
「ありがとうございます」
「ただ私が爵位を笠に着て年長者を敬えない男にならない様、人目の無い所ではスフェンに身分を気にせず接しても良いだろうか」
「……」
スフェンさんの眉間の皺が深くなる。
何とか許して! 年上を呼び捨てとか家名に様付けとか辛いんだ!
「……主人にも内緒でございますよ、ディアン様」
「……ありがとう、スフェンさん」
「よろしくお願いします。スフェンさん」
「こちらこそよろしくお願いいたします。ルビナ様」
三人の間に笑みが広がる。
これで少し貴族の堅苦しさが減ると良いな。
「早速お言葉に甘える様で恐縮ですが、一つよろしいですか?」
「勿論だ」
「ルビナ様のお立場を伺っても差し支えは無いでしょうか?」
え、それは、えーっと、いけるか?
いや、駄目だった時に取り返しが付かない!
「……ラズリーが戻ったらお話しします」
「承りました」
どうかスフェンさんの肝っ玉が太くあります様に!
ひよったっていいじゃない しょうしんものだもの
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