明けない夜
これはありま氷炎さま主催の月餅企画参加作品です
突如として世界から朝日が消えて三日経った。どうやら地球全体が夜に包まれているようだ。
世界中の科学者が大騒ぎで原因を探しているが、原因は不明のらしい。
結果、全てが凍りついた。
送電線に氷が付き重さで破損したらしく、家の電気は途絶えた。部屋は真っ暗だ。
テレビは沈黙、ラジヲだけが非常電源で稼働し、唯一の情報源となっている。
スマホなど、いの一番にゴミになった。
ガヤガヤと騒がしかった外も、気温の低下とともに静かになった。
外に出てみようと部屋の玄関を開けたが、皮膚が切れたのかと思うほどの冷たさにすぐ閉じた。外に出れば死んでしまうと、本能が告げていた。いまでは野良猫はおろか虫の気配もない。
隣人は生きているのか、それすらも分からない。
夏だというのに 部屋の温度計はマイナス三〇度を振り切ったまま。水道は凍りついて出ないし、食べ物も凍ってしまっている。
色彩があったはずの部屋は霜で白く化粧が施されてしまった。
石油ストーブに火を入れ、ダウンを三枚重ねにして、寒さで真っ白な窓の氷を削る。
ガリゴリと削った僅かな隙間から、夜空に浮かぶ月を見上げた。月は静かに昇り、振り返ることなく沈んでいく。
地球は自転しているようだが、太陽は隠れたまま、出てきてはくれない。
ラジヲでアナウンサーが「ニワトリが消えたことで夜明けを知らせる存在がいなくなったからだ」と叫びはじめた。ニワトリにしか害を及ぼさないウィルスが世界を席巻した結果ニワトリが絶滅。そしてこうなったと。
何を馬鹿なことをと思うが、それを否定するだけの根拠もない。
確かに、先週あたりから鶏肉の値上がりが激しかった。肉の中では安心できる価格だったのに、と残念に思った。
ニュースでも病気のせいだとは言っていたが、一過性だと思っていた。今までだってそうだった。
そうだと思っていた。
いつ、終わるのだろうか。
漏れるため息が凍りついていく。
カーテンを閉め、酒をあおる。酒だけは凍らなかった。
飲んだところで体が温まるわけでもなく、現実が変わるわけでもないが、飲まずにはいられない。
だが、絶望の闇の中にも光はあるものだ。
手元には、パンドラの箱の底に隠れていた希望と言っていいだろう有精卵がある。
いつでも卵を楽しめるようにと、先週購入して孵化機で温めてあるものだ。
あと二週間ほどかかるが、きっとヒヨコが生まれるだろう。
成長し、ニワトリとなるだろう。
勇ましく、生命を主張する鳴き声を上げるだろう。
そうすれば夜が明けるはずだ。
確証はないが、ニワトリが消えた後に夜が明けなくなった事実を考えれば、それに行き着くのは必然だ。
復活のための卵。
早く孵化しないかしげしげと見ているが、希望の卵はピクリともしない。
あたりまえだ。
孵化までは時間がかかる。
また酒をあおる。
『卵を見て時夜を求む』
卵のうちから鶏となって時を告げることを待ち望むという意味らしく、性急に結果を求めることの例えだとか。
この言葉が深く刺さる現実がある。
どんなえらい人物だか知らないが、そいつをこの場に呼んでやりたい気分だ。
……酒がなくなった。残りは一本しかない。
迷ったが、最後の一本を開けた。
有精卵を持っている人は他にもいるはずだと、同じことを百回は考えただろうか。
養鶏業者なら当然、ワクチンの研究機関ももっているかもしれない。
数が多ければ多いほどいい。
可能性があがる。
夜明けの可能性が。
だが、ニワトリがいつ鳴きだすかは、わからない。それまでは絶望の夜が続く。もう眠気に逆らうことがきつくなってきた。寝たら死ぬ。
また、酒に手が伸びる。
それまで、自分が生きていられるだろうか。
それまで、ヒヨコが生きていられるだろうか。
それまで、人類が生きていられるだろうか。
それまで、それまで……
また、酒をあおった。