宮殿でお世話になることになりました……?
第2章です。
王家の馬車は想像したことがないくらい華美で、とんでもなく乗り心地がよくて驚いた。馬車の中も充分に広く快適だ。
隣り合って座れるくらい座席の幅はあるものの、私とランバートさまは向かい合って座っていた。隣に座ろうとしてきたのを阻止した、が正しいか。
「……すごい装飾ですね」
「庶民が乗るものと比べたら、そりゃあそうだろうな。来賓のための特注品だと聞いている」
変なにおいとかも感じないし、清潔で綺麗だ。王宮を訪れるまでの道のりを思い出すと、道端の石ころとよく磨かれた宝石くらいの違いは確実にある。私が使うようなものではまずない。
「来賓のため……ですか」
この人は本気で私を客人として案内する気なのかしら……いや、あのときの説明はさすがに心配させないための配慮よねえ。
ランバートさまの言動を疑ってしまう。庶民である私に対してこういうことをされると、居心地が悪くて仕方がない。
私が表情を曇らせると、ランバートさまは不思議そうな顔をした。
「客人としてもてなすと言ったろう? そう身構えるな。俺と結婚すれば、基本的にこういうものに囲まれて生きることになる。慣れておいたほうがいい」
「さりげなく私を口説かないでください。本物のウィルへルミナさんが現れたら、悲しむんじゃないですか?」
あしらい方も身についてきた気がする。
私があきれた調子で返すと、ランバートさまはしょんぼりとした。
「君の記憶が戻ってくることを切実に祈っているよ」
「――それはそうと、私の身が危ないかもしれないって事実なんですか?」
祖父たちがいる場では確認できなかったが、今は馬車の中で二人きり。聞くにはちょうどいいだろうと思ってきりだすと、ランバートさまは通常公務のときにしているだろうキリッとした顔に戻った。
「ただの可能性だ。念には念を入れるのがいいだろう? その指輪は呪われてはいるが、芸術品としての価値は充分過ぎるくらいにはあるし、俺の婚約者を示すものだ」
婚約者……そうだよねえ、婚約指輪ってことなんだもん……
私は自分の左手を見る。今は特別な光は発していない。金属光沢と宝石の輝きは一級品のそれだけれど。
ランバートさまも私の手元に目を向ける。
「いずれは王となる俺の妻になりたい女が、指輪の存在を知って狙いに来てもおかしくはない。実際、盗まれているわけだ。今度は君自身がさらわれるか、危害を加えられる可能性は否定できないだろ?」
「それで私を軟禁しようと考えるわけですね……」
命を狙われるかもしれないということについては納得ができた。面倒なことになったと思っていたが、こんな展開は想定外だ。
私がため息をつけば、ランバートさまは微苦笑を浮かべた。
「やっと見つけたのに、また失うのは勘弁してほしい――それだけだ」
私はウィルへルミナさんではないと言っているんですけど――とすぐに返せなかったのは、彼がウィルへルミナさんを見失ってしまったことを心底後悔しているのが表情から伝わってきたからだ。
まあ、ランバートさまの心の平穏のために、少しは協力してもいいかしらね……
私が黙っていると、ランバートさまはふっと表情を崩した。
「なに、不自由はさせないさ。宮殿は広いし、盗難騒ぎがあった都合で警備はさらに増強している。恐れることはない」
私の沈黙が自分自身の今後を案じているものと解釈したらしかった。実際はランバートさまのことを考えていたのに。
「そうですか……」
警備への心配は不要となると、一番怖い相手はあなたさまですね、とはさすがに言えなかった。
私は苦笑して窓の外を見る。
「そろそろ宮殿だな。呪いが解けるまではともに過ごすことになるし、結婚後の生活もこの宮殿だ。設備等は知っておくといい」
「私は結婚する気はありませんけどね」
「近いうちにその気になれるさ」
このやりとり自体が不毛に思えて、私は返事をせずに外を眺めた。最初に案内された王宮よりはこぢんまりとした白い建物が見えてくる。
ここで私は生活するのか……
窓に顔を寄せると、何かが意識をかすめた。初めて見る建物のはずなのに、どことなく懐かしい。
あれ? どこかで見たかしら? 見知ったどこかと似ているだけ?
やがて困惑から確信に変わる。
想像した通りに門を抜けて玄関まで案内されれば、私はどんどんと鼓動が早くなった。
どうして?
私はこの建物を知っている。おそらく、そのときもこうして馬車で訪ねたはずだ。
頭痛を覚え、額に手を当てる。冷や汗が流れ始めていた。
「――エルマ? 気分でも悪くなったか?」
馬車が止まってもなかなか降りようとしなかったからか、ランバートさまは私の顔を覗き込むようにして尋ねた。
「あ、いえ……でも、少し疲れが出てきたのかもしれません」
私は言葉を濁し、顔をランバートさまに向ける。
って、すごく近い⁉︎
少し動くだけで口づけも容易にできてしまいそうな至近距離。私が頭を後ろに下げると、ランバートさまは素直に追いかけてきた。必然的に馬車の中の椅子に押し倒される。
「顔色が悪いぞ。そう遠くはないとはいえ、慣れない君にとっては身体の負担になる旅だったのだろうな。無理しなくていい」
「そんなに心配していただかなくても、もう問題ありませんから」
自力で起き上がろうとする私を、ランバートさまは素早く制した。
「運んでやる」
使用人を呼びつけて私を運ばせるつもりなのだと想像して構えていたが、気づけば私の身体はランバートさまに横抱きにされて馬車を降りていた。
「あ、あのっ⁉︎ 私、重いですから‼︎」
「この程度、重いうちに入らん。ただ、暴れてくれるなよ。怪我をさせたくない」
「……わかりました」
私も落とされたいわけではなかったので、この状況を恥ずかしく思いながらも言うとおりにした。なんとなく、ランバートさまが楽しんでいるように感じられて、苦痛ではないならそれでいいかと自分を納得させたのだ。
第2章からは1話単位を短めにしようと思います(毎日更新で4000文字前後での更新は大変なので)。