やっぱり呪われているんじゃないですか……
私は座っていた高級そうな椅子を思いっきり後ろに倒しながら立ち上がった。
「わ、私が命を落とす分には、それは仕方がないかなって思いますよ。首を切られてもおかしくない罪を犯したとも考えていますから。そりゃあ、できるなら生きていたいですけどね。――ですけど、どうしてランバートさままで道連れになっちゃうんですかっ⁉︎ 国を背負う唯一の王子様じゃないですかっ‼︎」
現国王には息子は一人だけで、しかもランバートさまには姉や妹すらいない。ランバートさまと同年代、あるいは下の世代の王族自体がいないのだ。これはゆゆしき事態である。
私が興奮気味に捲し立てれば、ランバートさまはつまらなそうな顔をした。
「そのくらい、君を求めていたってことだ。俺の命をかけるくらいしないと、見つけられないと思ったんだよ」
そして切なそうな表情を作り、彼は続ける。
「――彼女が俺のそばから消えて、もう十年になる。今年で彼女は十七歳。結婚していてもおかしくない年齢だ。それに俺だって二十歳。後継者問題を考えると、そろそろ真面目に結婚を考えなければならん。今までたくさん結婚の申し出があったが、全て断ってきたのも彼女を妻に迎えるためだ。今動かなければ、結ばれたくても結ばれることができなくなってしまう。俺はウィルへルミナ以外と結婚するのは嫌なんだ」
十年も探して見つけられなかったのだから、ウィルへルミナさんはもうとっくに亡くなっているのではなかろうか。
国よりもウィルヘルミナさんが大事なのね……。この人がこんなに彼女を求めているなんて、二人になにがあったっていうのかしら? なにか、尋常ならぬものを感じるんですが。
「純情と言いますか、執着が激しいのですね……私はエルマなんですが」
「ウィルへルミナ、そういう言い方をしないでくれ。俺は君一筋なんだ」
私が本当にウィルへルミナであれば、王太子という立場の男性からこんなに求愛されたら嬉しく思える気がする。身分違いでの結婚なんて、夢見る乙女のラブロマンスだ。
でも、私は彼女ではない。喜んでしまったら、いけない気がする。
彼の想いを受け入れることは絶対にできない。
「私はエルマです。――それに、あなたさまの執着に嫌気がさして逃げ出したんじゃないですか、そのウィルへルミナさんって方」
目を覚ましてほしくて、私は少しきつめの言葉を選んだ。
ランバートさまがどれだけウィルへルミナさんのことを慕っていようと、別人である私には関係がないことなのだ。彼には現実に向き合ってほしい。たとえ彼にとっては納得がいかず、厳しい事実であったとしても。
私の指摘に、ランバートさまは首を激しく横に振って否定した。
「それはあり得ない。彼女は俺の求婚に答えてくれた。だが、事故があって行方不明になったんだ。探したのに見つからず、今に至る」
「でも、私はエルマです。あなたさまがお探しのウィルへルミナさんではないんです。思いすぎてお疲れなのではありませんか?」
彼の執着は病的だ。私が指輪をはめてしまったことについては謝罪以上のことをしないといけないとは考えるが、だからといって彼のウィルへルミナさんへの並々ならぬ想いに巻き込まれたくはない。
私は、ウィルへルミナさんの代わりを演じることはできないから。
私の説得に、ランバートさまは何か思うところがあったらしい。困惑した様子で、ゆっくり頷いた。
「そうだな……それは一理あるかも知れん。とりあえず、俺を癒すつもりで俺と一緒に暮らすがいい。俺は今、郊外にある宮殿で生活している。俺が言う方法以外での指輪を外す方法を探すには時間がかかるはずだ。俺との結婚を拒むのであれば、秘密裏に調査や実験をする必要があるだろう? どうだ?」
「ご、強引ですね……」
強引だとは思ったが、合理的だとも思った。
この人はウィルへルミナさんのことになると情動も言動も空回るようだが、それ以外についてはちゃんと頭が回る。そういうところは次期王の器なのだろう。
すぐに返答ができない私を見ながら、ランバートさまは言葉を付け足す。
「この提案が飲めないならば、俺は君を婚約者だと国民に紹介をして言質をとる。結婚をした上でじっくりと籠絡して、指輪の呪いを解くことにしよう」
穏便に済ませる方向で検討している気配はありますけど、よくそういう嫌がらせを思いつきますねっ!
冷や汗が止まらない。
「ぜ、前者でお願いします! 郊外の宮殿で生活する方向で!」
この時、ニヤリと笑った彼のことをしばらく忘れられないことだろう。
「そうか。郊外で軟禁生活のほうがいいに決まっているよな!」
軟禁生活、の言葉も忘れられそうにない。
祖父と父にはランバートさまから直接説明がされた。
指輪を外すために手を尽くしたいので、私をランバートさまが住まう宮殿でしばらく預かることを提案する。
ウィルヘルミナさんの話はしないのね……。まあ、当然か。
ランバートさまによる説明はあくまでも穏便に指輪を外すために宮殿住まいにするというものであって、私が彼の探すウィルへルミナかどうかについては伏せられたままだった。
私を預けることについては二人とも相当悩んだようで、祖父も父もすぐには返答をしなかった。
やっぱり、娘を預けるには不安があるってことかしら……? 提案するていではあるけど、ランバートさまの命令だから拒否権はないものね?
だけども、祖父と父の様子は娘を案じているだけではなさそうな気配もあった。私には理由はよくわからないのだけども。
なかなか頷かない二人に、ランバートさまは続ける。
「――言っておくが、この指輪をつけていることでエルマが狙われる可能性がある」
ん? なんですと?
さっき説明してくれなかったじゃないかと文句を言いそうになるが、ランバートさまがさらさらとお話ししてくれるので私の出番はなかった。
「それは王家にとって重要な指輪だからな。見る人が見れば、すぐにこの指輪がどんな代物なのか見抜ける。実際、先月に盗まれているし、次はどうなるかはわからない。今回はこうして俺の監視下に戻ってくることにはなったものの、油断はしないほうがいいだろう。命を狙われるかもしれない事態とはいえ、一般の家庭では充分な警備を用意することはできないのではないか?」
そう説明すると、祖父と父は一瞬目配せをした。驚いたようだ。
指輪の出所についても伏せたままにするのかと考えていたのだが、どうやらそうではないらしい。詳細は語らないようだけども。
えー、私の身が危ないかもしれないって初耳なんですけど……どうか説得用のでまかせでありますように……
自分が余計なことを喋り出さないように意識しながら、私はランバートさまの斜め後ろで事の成り行きを見守る。
「こうなってしまったのは何かの縁、指輪が外れるまでの期間はこちらで面倒を見ると言っている。巻き込んでしまった詫びも含めて、滞在中の費用はこちらで負担するし、客人としてもてなすことを約束しよう。――それで問題はあるまいな?」
ランバートさまは痺れを切らしたらしかった。押し切るように問えば、祖父も父も拒むことはできない。
大きく息を吐き出して、祖父が頷いた。
「……承知いたしました。孫娘をよろしくお願いいたします」
「エルマ、くれぐれも迷惑をおかけするんじゃないぞ」
「わ、わかってますって」
私自身もそれはよく肝に銘じたところである。指輪をはめてしまっただけでなく、さらに何かをしてしまったら、それこそ命の覚悟が必要だ。迂闊なことはできない。
父の忠告に私が頷くと、ランバートさまはホッとした様子で二人を見つめた。
「大切に扱うと約束する。何かあれば互いに書状のやりとりをするとしよう。――では、エルマ。早速宮殿に案内しようか」
自然な動作で腰を抱かれて、私はランバートさまのエスコートに従って歩き出す。帰宅できるのがいつになるのかわからないが、祖父や両親とはしばらく会えないことだろう。
私はちらりと振り返り、祖父と父に軽く頭を下げると部屋を出たのだった。
これで第1章は終わりです。
読んでくださりありがとうございました!
次話は明日公開予定です。
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