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呪われシンデレラ  作者: 一花カナウ
§01 私、うっかり呪われちゃいました?
3/7

そもそも、人違いでは?



「――君には何が起きているのかわからないだろうが、悪いようにはしない」

「えっと……拷問をするとか首をはねたりするとか……そういう痛そうなことはないってこと――ですよね?」


 嫌な想像が浮かんで、私はすかさず確認をとる。

 するとランバートさまはクスッと小さく笑った。


「それはない。しようとしたところで無駄だからな。――君の親はこの綺麗な手を切り落とそうとしたと聞いた。さぞや恐怖しただろうな。無茶なことをする」


 そう告げて、私の指先に口づけを落とした。触れられたところに熱が宿る。


 な、なんでこの人急にベタベタし始めたの? 求婚すると言ったから? 今だって私の手を褒めてくるし。


「無茶も何も……これはお返ししないといけないものですから。私や家族が懸命に働いて全財産をお渡ししても、弁償できるような額ではないでしょう?」


 使われた宝石だけでなく、施された意匠も細かなもので、ひと目で庶民が手にしてはならないものだと理解できる。金属職人としての知識でも、この意匠を刻むのにどれほどの熟練度が必要なのかが私には想像できていた。どう考えても高価な品だ。


 そんなものを興味本位で指にはめるな、というのはさておき。


 ランバートさまは小さく鼻を鳴らす。


「君が俺と結婚してしまえば、返す必要もないし、抜く必要もなくなるがな」

「ですから、そういう冗談はやめてほしいと――」


 私が反論すれば、ランバートさまは不敵に妖しく微笑んだ。綺麗な顔に色気も加わって、正面からは見つめられそうにない。少し視線を外すと、こっちを見ろとばかりにランバートさまに顎を持ち上げられた。


「なんだ、もう一度口づけをしたいのか? 触れるだけじゃない、もっと官能的なもので俺の意思を示してやってもいいが?」

「なっ……」


 口づけに、さっきの以上のなにかがあるらしい。今のものでさえなんかふわふわした気持ちになったというのに、それ以上のものをされたらどうなってしまうかわからない。

 警戒していると、ランバートさまは愉快そうに笑った。


「顔を真っ赤にしてかわいいな。想像したのか?」


 プニプニと私の唇を指先で遊んで尋ねてくる。すごく楽しそうだ。

 私は小さく膨れる。噛みついてやろうかと思ったが、それはさすがにやめておく。命知らずな私ではない。


「や、やっぱり私をからかっているんじゃないですか! そ、そりゃあ私には拒否権などありませんけど……」

「ふーん、自分の立場がわかっているじゃないか」

「と、とりあえず、離れてください。近いです。それから話し合いましょう。指輪を外すための協力はしますから」


 私が返すと、ランバートさまはしばし悩むような間をおいて頷いた。


「……それもそうだな」



*****



「――手を切り落とすなどと言い出したのは、君のほうだったのか」


 ここまでの事情を説明しろというので、私は祖父が告げたことに多少の肉付けをしてお話ししていた。

 ランバートさまは私があらましを説明し終えるまで、ときどき頷いたり相槌をうったりしながら興味深そうにしていた。


 うまくお話しできたかはわからないけど、とりあえず退屈そうじゃなくてよかったわ。


 私はいくらかホッとした気持ちでランバートさまを見つめた。


「はい。むしろ首を落としてもいいくらいの罪だとは思っております。婚約者さまにどう説明したものか……」


 近日中に婚約者を発表するのだと祖父から聞いている。この指輪はその発表に使用するのだと説明されていた。

 婚約発表までに果たして指輪は抜けるのだろうか。それに無事に指輪を外せたとしても、実際に使用するには加工が必要であることを思うと、ますます気が重い。


 なんでそんなものを、うっかり嵌めちゃうかなあ……しかも左手の薬指……


 すると、ランバートさまは不思議そうな顔をして、軽く握った右手を顎に当てた。


「ああ、そこなんだが、なぜか誤解されているようだな」

「誤解?」


 どの辺に誤解の要素があっただろうか。私は首を傾げる。


「俺は婚約者など決めていないし、当然ながら発表する気もない」

「え……はい?」


 私が目を瞬かせていると、彼は何かを思いついたようにフッと笑った。

 嫌な予感。


「ああ、だが、君が俺との結婚を考えてくれるのなら、公に発表しても構わないぞ。そのほうが逃げられる心配がなくて安心だ」

「よく初対面の人間にそんなことを言えますね……」


 呆れて思わず呟く。私の視線も冷たいことだろう。指輪が抜けなくなってからの顛末を話しているうちに気が緩んでいた。

 ランバートさまは私の反応にあからさまに寂しそうな表情をした。


「思い出してもらえないことが本当に残念でならない」

「ええ、きっと人違いでしょうからね」


 この話を終わりにしたくてあっさりと返す。

 それでもまだランバートさまは寂しそうな目をしていたが、むげもなく私があしらうので話を戻すことにしたらしかった。小さく息を吐き出して、言葉を続ける。


「――それと、俺が指輪を侍女に託したという事実も無根だ。その指輪は、君が最初に疑っていたように、盗まれたものだ。紛失したというよりは、状況からして盗難だろう」

「盗まれたもの……?」


 自分の元から消えた指輪を恋しがっていた――実際はウィルへルミナという女性を恋しがっているらしい――ように見えたので、私は勘違いしたのだが、どうも的外れではなかったらしい。

 ランバートさまはたんたんと説明を続ける。


「どこからかこの指輪の目的と効果でも聞き入れて盗み出し、自分がはめようとでも考えたんじゃないか? まったく愚かな女だ」


 ふん、と心底つまらなそうに言い捨てた。


「あ、あの……この指輪の目的と効能ってなんですか? めちゃくちゃ呪われていますよね、これ……」


 私は思わず自分の薬指を見る。

 こんなに美しい芸術品に、どんな効能があるというのか。聞かないほうがよさそうな気がしたが、現状抜けないことを思うと聞いておいたほうが今後のためにもよさそうに感じられた。


「呪いか……まあ、そうだろうな」


 呪われているという表現をしたら怒られるんじゃないかと言ってから後悔したが、ランバートさまは素直に頷いた。

 少し思案する間があって、彼は言葉を続ける。


「俺が愛せる唯一の女がはめるにふさわしい特製の呪いをかけた指輪だ。そういう意味では、無事に目的の女性に届いたようでなによりだ」


 ニコッと微笑まれると、顔が美麗なので心がときめいてしまいそうになる。

 だが、彼が見ているのは私ではない。この素敵な笑顔だって、私本人に向けられたものではないのだと確信できる。

 私は深くため息をついた。


「その女性って、ウィルへルミナさんなのでしょう? 私ではありません」

「だから、君がウィルへルミナなんだ。記憶喪失というものなのか……本当に俺を覚えていないのか?」

「ええ、何度でも言いますが、私は初めてお会いしましたよ。それに、庶民が王族の方々の顔を見る機会なんてめったにありません。覚えることがまずないのです」


 実際のところは王族が庶民に顔を出すような行事はいくつかはある。大人は参加するものなので、私の祖父や両親は見覚えがあるかもしれない。

 だが、私はついこの前まで子ども扱いだった。その行事に参加する資格がなかったのだ。こっそり見に行くこともなかったので、知るはずがない。


 工房に来るのだって、お役人ばかりだったし。王家や貴族の噂はいろいろ耳に入っても、直接顔を合わせるなんて畏れ多いことだわ。


 きっぱり告げれば、彼はしょんぼりとした。


「どうして忘れているんだろうな……」

「そもそも、人違いなんですよ。――その、あなたさまの想い人にこの指輪を届けるためにも、外さなければいけないのです。この呪いを解く方法、教えていただけませんか?」


 物理的にできることは試したはずだ。減量だって試みた。それでもダメだということは、これはやはり呪いの類で、なにかしらの儀式めいたものが必要に違いない。

 私が迫ると、ランバートさまはため息をついた。そして軽く肩をすくめる。


「呪いを解くも何も、君にその指輪がくっついてしまったら、君が俺と結婚するまでは外れない。俺は君のことが好きだし、愛せるだろう。問題は君が俺を愛せるか、だな」


 それってどういう呪いなんだよ――と指摘しそうになるのをぐっとこらえて、私は顔を引きつらせるにとどめた。


「ご冗談を……」


 この人は、自分が愛するウィルへルミナという女性に似た人物であれば、誰でもいいから結婚したいという思考の持ち主なのだろうか。


 えー、私、どうしたらいいの? 本物のウィルへルミナさんが見つかるまで、彼女のふりをすればいいってわけ? 見つかったら、私はお役御免で帰れるの? なんだかなあ……


 頭痛がひどい。指輪が抜けないだけで、どうしてそんなことになるのか理解できない。本当に呪われている。

 ランバートさまが苛立った視線を送ってきた。


「何度も言うが、俺は冗談は嫌いだ。なんなら、今すぐここで押し倒して、身体から攻略してやろうか?」

「か、からだっ⁉︎」


 身の危険を感じて自分の両肩を抱き締め、ランバートさまから少しだけ距離を取る。本気を出されたらどうせ敵わないが、少しでも抵抗する時間を増やすにはそれが一番だ。

 私が警戒したのが面白かったのか、ランバートさまは小さく笑って――すぐに真顔になった。ひんやりとした空気になって、彼は告げる。


「――それに、相思相愛になったほうが君の身のためだぞ」

「なんですか、脅すような声を出して」


 冗談は嫌いだと言いつつも、私をからかって楽しんでいるじゃないですか――とは口が裂けても言ってはならないと肝に銘じて話を促す。

 ランバートさまは真面目な顔をして、その整った唇を動かした。


「呪いだと説明したが、まさにその通りでな。指輪をつけてから一年以内に愛し合う関係にならないと、君も俺も命を落とす」

「…………はぁぁぁぁぁぁぁんっ⁉︎」


 あんまりな話に、奇妙な悲鳴が出てしまった。部屋の外にまで響いているかと思うと恥ずかしいが、恥ずかしがっている場合ではない。



次話は明日公開予定です。


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--------2020/05/11--------

あなた様→あなたさま(表記揺れ調整)


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