服を脱げ、とな??
護衛がついて来ていたが、部屋の安全を確認すると廊下に残ってしまった。つまり、部屋にはランバートさまと私だけである。
ええっ、二人きりって、正気? 身の安全とか、気にしないの? 私が実は王太子さまの命を狙ってるとかあってもおかしくないでしょ? いや、むしろ私の命が危機なんですがっ!
どうしたらいいのかなんて、冷静になれないからさっぱりわからないし、そもそも緊張で動けない。私は王宮内での所作に問題があっても正解なんて知るはずのない庶民だ。粗相があっても見逃してほしい――見逃してくれるよね?
俯いて固まっていると、ランバートさまがふうと小さく息をついた。
「エルマ、顔を上げてほしい」
「……ですが、私は」
彼の顔を見るのが怖い。絶対に怒っているはずだし、そうでなくても冷酷非道と言われている人の顔を見るのは恐ろしい。余計に喋れなくなりそうだ。
私が言い淀んでいると、再びため息をつかれた。苛立ちを紛らわすためというよりも、どうすればいいのか困惑しているような感じ。
困惑? いやいや、これは私の態度がひどいから呆れているんですよね? でも、すみませんね、王太子さまの御尊顔を拝むなんて庶民にはおいそれとできないんですよっ!
拒否していると、ランバートさまが言葉を続ける。
「俺は君の顔を見たいんだ。この状況で怖がるなとは言えないが……」
「しかし、私は庶民の身ですから、遠目に拝見することは叶っても、このようにお近くで御尊顔を拝めるほどの身分ではございませんので」
なおも迫ってくるので、私ははっきりと断った。王太子さまの命令には必ず従うべきものなのだろうけども、このあとに起こりうる展開に嫌な感じがして従えない。
それはそうと、どうしてそんなに私の顔を見たがるのだろう。罪人の顔をしっかりと目に焼き付けて、これからの処罰を考えようとでもいうのだろうか。
この顔が苦痛に歪む様を見てたっぷり楽しんでやる――とか、そういう感じだったら嫌だな……
ちょっと想像してみて、私は身体を震わせた。しっかり立って、誠意を持って謝らなければいけないのに。
身体を縮こませた私の頬に、ランバートさまの素手が添えられた。一瞬叩かれたのかと錯覚したが、怖々とした感じで、それこそ繊細なガラス細工に触れるかのように優しく手を添えられている。
どういうこと?
「顔を見せろと命じてもできないなら、無理に上げさせるだけだぞ。ほら」
状況が掴めずにオロオロしていたからか、彼の手によって簡単に顔が上に向かれた。よって、強制的に見つめ合う体勢になる。視界いっぱいにランバートさまの顔がひろがった。
うわぁ……本当に綺麗な顔……
ふさふさの睫毛、くっきり二重。サファイアよりもやや薄い色の瞳には私の惚けた顔が映っていた。鼻筋もくっきりしているし、唇は男性にしては厚みがあってプルンとしている。肌も滑らかで、身近で見かけていた男性よりも陶器の人形のように感じられた。
こんな外見で動く人間がいるなんて。
「――やはり、君は」
「ああっ⁉︎ し、失礼しました」
自分が凝視してしまったことに気がついて、私は慌てて視線を外す。なんて失礼なことをしてしまったんだろう――そう反省していたとき、いきなり抱き締められた。
「へっ⁉︎」
「よかった……会いたかった。もう会えないんじゃないかと……俺は……」
ぎゅっと抱き締められて、私は動けない。こんなふうに抱き締められるなんて、最近は家族ともしていなかったので、身体も動かないし声もろくに出ない。
な、ななななっ⁉︎
ランバートさまの胸に顔を押し付けるような形になっていて、ちょっと恥ずかしい。腰に巻きつく手は彼の身体にぴったりと引き寄せられているし、頬に触れていた手は私の頭を固定するのに使われていて、もし私に力が入る状態だったとしても抵抗できないだろう。
「本当によかった。ずっと探していたんだ」
「え、あの……この指輪、盗品だったんですか……?」
会いたかっただの探していただの言われて、私は思ったことを冷や汗をかきながら尋ねた。
一方で、そんなに大事な指輪にとんでもないことをしてしまったと猛省する。
そもそも私が身につけていいようなものではないことは承知しているつもりだ。しかしそれは指輪自体の価格の話であって、持ち主にとって思い入れの強い品という認識はまるでなかった。加工のために貴金属を預かる者として、持ち主の気持ちを想像できなかったのは致命的だ。
すると、腕の力が緩んで、私たちは再び顔を見合わせることになった。
「……え?」
彼はとても不思議そうな顔をしている。
お互いに目を瞬いた。
「君はウィルへルミナだろう? 今はエルマと名乗っているようだが」
「ウィルへルミナ……? 私はエルマです。エルマ・ゴルドシュミット」
私は改めて自己紹介をする。ウィルへルミナとはどこのどなたのことだろう。ウィルへルミナという名前の愛称はエルマなので、名前としては近いとも言える気がするけれど。
もう一度目を瞬かせると、ランバートさまも同じようにパチパチと瞬きをした。長い睫毛が上下に動くのが、鳥が羽ばたくようでとても美しい。
ついつい見惚れていると、ランバートさまは私を手放して数歩離れた。そして私の頭の先からつま先までマジマジと見つめる。
なんだというんだろう。彼が知っている誰かに似ているのだろうか。
ただ立ち尽くしている私をランバートさまは腕を組んで睨むようにして、うーんと小さく唸った。
「……勘違いではないはずだが、念のために脱がすか?」
「え……ええっ⁉︎ さ、さすがにそれはっ⁉︎」
慌てて自分の胸元に手を当てて、私は身体を捻った。
念のためって何っ⁉︎ ランバートさまの命令であっても、それは嫌なんですけどっ‼︎
距離をとろうと徐々に後退りする私を、ランバートさまはじりじりと追い詰めてくる。それはまるで獲物を仕留める最後の詰めの仕草そのもの。
って、狩られちゃうの、私⁉︎
「全裸にしようとは思っていない。ちょっと確認するだけだ。嫁入り前だというのに、そんな女性の肌を見せろと迫るのはあまり褒められるものではないが、幸い二人きりだ。許可を求める」
「も、求められても困ります!」
私の背中に壁が当たる。横に逃げようとしたところで、ランバートさまの手が壁に添えられた。反対側へと思ったときにはもう片方の手で行き場を塞がれる。
「わかった。それなら、エルマ――君に求婚しよう。その指輪がはまって抜けないということは、どっちにしろそういう意味合いだからな」
「きゅっ求婚⁉︎」
聞き間違いではないかと思ったが、私が繰り返すとニヤッと彼は笑った。狼狽える私の茶色の髪を一房持ち上げると、軽く口づけをする。
「そうだ、求婚。結婚の申し込みだな。君がしている俺の指輪は、運命の相手にしかはめられない代物だ。それを外すためには俺の協力も必要になる」
彼の指先が妖しく私の頬をなぞる。
すごくドキドキする。私のこの胸の高まりは、恋愛的なそれではなくてどう考えても危険察知のほうのそれに違いない。証拠に、冷や汗がダラダラ流れているし。
「そ、そうだとしてもですね……き、気安く求婚なんてするものじゃないと思います……。あなたさまは国を背負うかたですし、わ、私はただの金属職人見習いの身分ですし……冗談でもそういうことは――」
「冗談だって? 悪いが、俺は冗談は嫌いだ」
ランバートさまは、ものすごく不機嫌な顔をした。怖い。とはいえ怯んではいられない。
「わ、私には冗談にしか聞こえないですっ! からかっているとしか……」
「俺は本気だ、ウィルへルミナ」
顎をクイっと持ち上げられたかと思ったときには、唇に柔らかな熱が伝わっていた。
これは……口づけっ⁉︎
「んんっ‼︎」
口づけは目を閉じてするものらしいと聞いていた。なのに私ときたら、驚きで目を閉じることすら忘れて――むしろ見開いてしまった。
え、えっ、なんで? なんで、こんな……
身体が動かない。これが私に与えられる罰だというのか。
角度を変えて再び唇が重ねられる。どうしたらいいかわからないし、突き飛ばしてうっかり怪我をさせてしまったら、さすがに首をはねられてしまうだろう。ただでさえ立場が悪いのに。
でも、なんだろう……なんか、懐かしい……?
初めて異性とキスをしたはずなのに。どうして嫌悪感以外の感情が……このモヤっとしたものは何?
嫌がらせでしたわけではなさそうだと思えてしまった。自分の気持ちを伝える言葉が浮かばなくて、こういう強引な手段しか方法を思いつけなかった――みたいな。
どのくらい長い口づけだったのかわからないが、いつのまにか私は目を閉じていて、再び目を開けたときにはランバートさまの真剣そうな顔が至近にあった。
「これで思い出せないなら仕方がない。指輪の件もあるし、少し様子を見るとしよう」
そう告げて、私の左手を取った。薬指にはまったままの指輪が薄ぼんやりと光っている。
キスで指輪が反応した……? いや、まさか。
次話は20:00公開予定です。
続きが気になる方はブックマークをしておくと大変便利です。
作品を気に入ってくださった方は評価をお願いいたします。