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呪われシンデレラ  作者: 一花カナウ
§01 私、うっかり呪われちゃいました?
1/7

指輪が抜けません⁉︎

 私、エルマ・ゴルドシュミットは、十七年の人生の中で最大のピンチに陥っていた。


 ど、どどど、どうするよ、これ……


 天井にかざした私の華奢な左手には、庶民が一生触れることがないだろう細かな装飾がされた指輪がはまっている。


 ほら、私の指って細いから、一般的な指輪ならばすぐに外れるって思ったの。子どもみたいにちっちゃな手だなって両親に言われてきたし、自分でも小さいなって思っていたし。

 それに、年頃の女の子だし、こういうキラキラしたものに興味を持つものでしょう? お祖父ちゃんが宝飾職人だから、庶民の私でも見慣れているといえば見慣れているほうだと思うけど、王家から預けられたものだって聞いたら余計に気になるじゃない。


 で。


 家族の目を盗んで、こっそり覗いて見ることにしたわけなのよ。ちょっと見て、観察したら、もとどおりに片付ければ大丈夫だって。

 でもね。好奇心に負けてね、指にはめてみたくなったのよ。私の指は細いから入るだろうなって。小指はぶかぶかすぎるだろうから、次に細そうな薬指にはめたの。右利きだから、左の薬指に指輪をいれたのね。

 最初はスッと入ったの。緩すぎるくらいの感覚だったのよ。だけど、奥まできたらピカって光って、そしたらもう動かないの。一応、回転はするんだけど、上下にはビクともしない。

 悪い夢でもみているのかな、焦っているからうまくいかないのかななんて思って、ほっぺたを引っ張ったり深呼吸をしたりするけど、指輪は薬指にあるし、どうにもならないじゃあないですか!


「……ほんと、どうするよ、これ」


 私の短い生涯で、二度目の絶望を味わう。

 王家の持ち物だというので、この指輪に傷をつけるわけにはいかない。どういう理由で祖父に預けられたのかはその場に立ち会っていないのでわからないのだが、祖父の技術を使って修復すればいいという問題ではないだろう。

 魔がさした。どうしてもはめてみたくなった。私には似合わないと一目見たときからわかっていたけれど、指輪は指にはめるものなんだからはめないと意味がない、とか、そう思ったんだもん。


 ……だもん、とか、可愛く言い訳してもどうにもならないわね。


 頭を抱える。策は浮かばない。ひとまず、事情を家族に説明して、案を出してもらうしかなさそうだ。


「エルマ⁉︎ お前、この部屋で何してるんだっ⁉︎」


 作業場に響く低い声。自主的に謝りに行く前に、私は祖父に見つかってしまった。

 私が顔を上げると、祖父は私の指に気づいたらしい。青い顔をして駆け寄ると、私の左手首を掴んだ。


「お前……」


 事態を理解したらしい。祖父も指輪を引き抜こうとするが、やはり指輪は動かない。力任せに引っ張っても、私の指が痛むだけだ。我慢していたけれど、涙はどうしても出てしまう。


「ご、ごめんなさい。あんまりにも綺麗だったから、ついはめちゃったの」


 正直に話して、指輪を外すための協力を得ないといけない。私は必死だ。


「この指輪、かの有名な冷酷王太子さまのものなんだぞ! 頭を下げただけで許してもらえるかどうか……」

「え、ええっ⁉︎」


 この指輪を持ってきた人物は確か女性だった。だから、王族の中でもお妃さまあたりの持ち物だろうと考えていたのだが――王太子さまのもの?


 まさかの展開である。私も血の気が引いていた。

 この王国の王太子さまの名はランバート・バートホールド。年齢は二十歳。見目麗しく、切れ者であり、武術も優れている。外見も地位も経歴も申し分ない存在なのだが、冷酷非道で容赦しない性格であるため周囲から恐れられている。そんな彼をよく思わない勢力もあるようだが、恐れるあまり動けないらしい。


「小娘のしたこととはいえ、笑って流してくれるとは思えないな……」


 顔が真剣である。祖父の頬にも私の頬にも冷や汗が流れた。


「ね、ねえ、お祖父ちゃん! これ、どうにかして外せない? やれることは全部試すから、お願い!」


 宝飾職人という身分では王太子さまと直接顔を合わせることはないだろうが、判断を下すのはほぼ彼だろう。


 無事に外れればそれでいいけど……これ、絶対無理なやつ!


 穏便に片付くことを心底願いながら、私はとにもかくにも指輪を外すための努力を誓った。



*****



 ああ……どうしてこんなことに……


 玉座の前で平伏し、私の身の処遇についてのありがたいお言葉を待っているところである。

 どこぞのご令嬢が着るのにふさわしいだろうデイドレスで着飾った私は、本来ならこんな服を着られることを喜ぶところであろう。それに平民である私が、お城の中で、しかも玉座の前に行くなんてことは一生なかったはずで、舞い上がるような気持ちになっていたはずだ。

 だが、現状は気が重くて仕方がない。


 それは私が、事もあろうに王太子さまの持ち物に粗相をしてしまったからだ。

 そう、うっかりはめてしまった指輪は外れることはなかった。


 冷や汗が止まらない。平民は王族の顔をまともに見てはならないものなので顔を上げることはできないのだが、かえってそれがありがたいくらいである。私は隣にいる祖父と父と一緒に、額を床に擦りつけるようにして耐えていた。


 早く終わって……ああ、でも、まだ死にたくはないから、終わってほしくないような……いやいや、この状況が続いても確実に寿命が縮んじゃう……


 玉座のあたりからの視線を感じる。今日は王さまは公務で不在。本日の城内の公務は王太子さまが行なっている。私たちの用事の相手は王太子さまだったおかげでこうして通してもらえたのだった。


 怖い噂がたつランバートさまのことだから、穏便には済ませないでしょうね……ああああ、なんてこと……


 怖いと噂されてはいるが、悪い人ではなさそうだと私は思っている。悪人には容赦しないのと、女性に対してやたらと冷たいらしいというだけで。


 うう……考えれば考えるほど、私ってランバートさまが憎むだろう人間だわ……絶望的……


 どのくらい固まっていたのかわからない。やがて玉座のほうからため息が聞こえた。


「――そうだな。本当にそれが事実なのかどうか、俺にも試させてもらおうか」


 近づいてくる足音に、私は身体を震わせる。


 な、何をされるんだろう……


 ビクビクしながら様子をうかがっていると、私の頭の先で足音が止む。続いて、衣擦れの音。


 あ、頭は下げたままでいいのよね?


 顔を上げろと命じられたところで、おそらく応じられないだろう。畏れ多いし、怖いしで、動けないのだ。

 私の手が取られた。左側の手袋が外されて、私の手に直接触れてくる。感触からすると、彼も手袋はしていないようだ。私の薬指にはまる指輪をつまみ、引き抜こうと動かされる。


「ううっ……」


 痛みでつい呻いてしまった。指輪は肌にくっついてしまったように動かない。回すことさえ無理なのだ。


「なるほどな。確かに俺が造らせた指輪だし、簡単には抜けないようだ。嘘ではない」


 用事が済んだら離れてほしいと願っているのに、ランバートさまは私の手を握ったままだ。


 えっと……振り払うわけにいかないのは承知しているつもりだけど……


 年上の異性に触られることなどなかったので、妙に緊張する。しかも相手は王太子さまだ。怒らせたらまずいのは今の現状も含めて明白なのだが、だからといってこのままというのも別の意味で緊張する。


 ああ、そろそろ離して。手汗でヌルヌルしちゃいそう……


 身構えていると、手を上に引っ張られた。立ち上がるようにと指示されたような感じだ。


「名はエルマだったな。どんな手を使ってでも、俺がその指輪を外してやるから覚悟しろ」


 低い声で明確に告げられる。そこには威厳も感じられて、有無を言わせないはっきりとした意志があった。


 ひぃぃぃ。私が悪いのは認めるけど、どうか、穏便な方法でお願いします! 協力は惜しまないので!


「ほら、エルマ。立て。君の口から話を聞きたい」

「ひっ……」


 なおも手を引っ張られる。私はどうしたらいいのかわからなくて、身体をうまく動かせない。


「エルマ、ランバートさまの言うことに従うんだ。お行きなさい」


 大好きな祖父に小声で指示されると、覚悟ができたのかゆっくりと立ち上がれた。だが、ランバートさまの顔を見ることはできない。俯いたまま、次の言葉を待つ。


「近くの会議室は空いているよな?」


 ランバートさまは部屋にいる誰かに声をかけて確認している。私はというと足もとを見ているだけで精一杯なので、自分の周辺がどうなっているのかも、ランバートさま以外に誰が一緒にいるのかも把握できていない。


 話を聞きたいっておっしゃっていたけど……もうこれ以上話せることなんて……


 おおよその事情であれば、ランバートさまが登場するなり祖父から説明したはずだ。私を連れて行ってどうしようというんだろうか。

 部屋の状況確認が終わったらしい。二言三言交わしたのちに、私の手はひかれてしまう。城内の構造など庶民の私にわかるはずもないので、ランバートさまに導かれるまま後ろをついて行った。

この第1話で第九回書き出し祭りに参加していました。いかがでしたか?


次話は12:00公開予定です。

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