表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

第3話 かかったなアホが!

(何をされた!?)



 盗賊(シーフ)の能職持ちであるザムドは混乱していた。


 いつもと同じように弱そうな女から金目の荷物を頂戴して逃げる予定だったはずだ。


 だが、今日は少し状況が違った。

 逃げ道にボヤッとしたガキが逃げ遅れて立っていたのだ。


 目は怯えで曇り、膝は小鹿のように震えていた。

 間違いなく田舎から出てきたお上りさんって感じだ。

 ちょっと痛い目見せて周りの奴らをビビらせようと思った


(だっていうのになんてザマだ?!)


 自分の視界は揺らぎ、膝が笑っている。

 気を抜いたら膝をついてしまいそうだ。


 だが、顎に残る鈍い痛みが意識をつなぎとめる

 そして、同時にそこを攻撃されたのだと解る。


(そうだ、思い出してきたぞ…!)


 あの時俺は上段から奴に切り掛かった

 棒立ちのカカシだったあのガキは隙だらけだった…


 というのに、だ!

 急にガキの体が宙に浮き、俺の顎を()()()()()のだ。

 予備動作なんて無い一瞬の出来事、達人の域だ。


 何かしらのスキルを使ったのは間違いない

 だがスキル名が聞き取れなかったせいで見当がつかない


 俺の読みだと格闘家(モンク)系の能職だと思うが

 にしても覇気がねぇし、あんな動き見たこともねぇ。


 チラとその攻撃を仕掛けた張本人見るが…信じられない。

 目を閉じて地面に大の字に寝転んでいるではないか!?



(だ、大胆不敵なやつだ…!)



 おぼつかない足取りで距離を取り呼吸を落ち着ける。

 隙だらけに見えるあの体勢も誘ってるだけかもしれない。

 そう思うと一挙手一投足全てに警戒しなければならない。


「へっ、なんて奴に喧嘩を売っちまったんだ…ついてねぇぜ。」


 自分の運の悪さを呪いつつ短刀を構える。

 それと同時に久々の強敵との死合に心を震わせるのだった。



 ◇



 元冒険者のザムドは慎重な男だった。

 優秀な盗賊だったが仲間との揉め事で流血沙汰をおこしてからは流れ者として生活しているが、それでも今までお縄になったことがないのはその性格故だった。

 だが今回はその性格が裏目に出た。


(早くこのまま立ち去れよぉぉ…!)


 彼の顎を蹴り抜き、地面に寝転がる男、シド

 彼はただ死んだフリをしているだけだったのだ。


 ザムドの斬撃を避けたい一心で取った行動

 それが咄嗟に足元に作った罠【スリップストーン】だった


【スリップストーン】

 この罠は触れた対象を問答無用で転倒させる罠

 それは対象者がどのような体勢であれ発揮される。


 日々の研究の中でそれを知っていた僕は

 【立ちながらにして転ぶ】

 という方法で斬撃を避けようとしたのだが…


 まさかの転んだ時の足が男の顎にクリーンヒット

 思いの外いいダメージが入ったみたいだ。

 男はよろめき隙を見せていた。


 とはいえ、トドメを刺さるような決め手は僕にはない。

 だからこうして目を閉じて死んだフリをしているのに…



(何勝手に強敵とのバトルっぽくなってるんだよ!?)



 男が妙にニヒルな発言を吐き、僕の様子を見てるもんだから調子が狂う。さっさと帰るかどうにかしてほしい。

 周りの人もさっさと止めてくれよ本当に。


 目を閉じながら祈るように誰かが動くのを待つ

 しかし、その願いは容易く手折られた。



「いつまで待ってもその手は食わないぜ。」



 何かわかった風な男の声が響く。

 あ、ダメだやる気だこの人。

 もう嫌だなぁ、戦わないと死んじゃう人なの?

 ずっと僕の相手してると衛兵来ちゃうけど馬鹿なの?


 しかも僕が何か狙ってると思ってるみたいだ

 本当勘違いも甚だしい、勘弁してほしい。


 とは言え僕が無策で転がっているのがバレてもマズい。

 僕はただの貧弱な罠師だ、バレた瞬間切り裂かれて終了

 出来るならばこの優位は保っておきたい。


(やるしかないのか…!)


 頼りない僕のスキルでこの場を切り抜けるしかないらしい。

 時間を稼げば衛兵が来てくれるだろうし…

 ベストを尽くすしかない。


 腹を括り寝転んだまま大きく息を吸い込む。




「ふっ…ハァーッハッハッ!」




 今まで出したことのない高笑いをぶちまける

 突然の俺の行動に男も群衆もどよめく。


「…何がおかしい!」

「いやな、まさか俺の狙いに気づくとはな。久々に骨のある男と出会えて嬉しいのさ。」


 余裕がある姿勢を崩すな

 僕がとても強い人間だと錯覚させるんだ。

 それでいて相手を褒めてノせよう、少しでも時間を稼ぐんだ


「ハッ…ぬかしやがる。」


 あ、なんか満更でもない感じだ。

 口角を上げながら手元の短刀をくるくる回して…

 何だか嬉しそうだ、わかりやすいなこの人。


 ゆっくりと起き上がり男に向き直る。

 相手は武器を構えて臨戦体制だ。

 僕も身構えようにも獲物は何も持っていない

 だからそれっぽく拳を握りファイティングポーズを取る。


「やはり武道家(モンク)か…油断したぜ。」

「ほぅ…あの一撃で気付くか、やるな。」


 残念!正体は罠師なんだがな!

 と内心突っ込みをいれながら話を合わせる。

 どんどん勘違いしてくれ、対人戦闘のプロ武道家(モンク)だと思われれば迂闊に攻められないはずだ。


 内心安堵していると男はしたり顔で笑い、呟いた。


「まぁな、それならそれでやりようがある。」


 そう言うと男は懐から投げナイフを取り出した

 舌先でナイフを舐り危険な笑みを浮かべている。


(あ、ダメだそれ。絶対死ぬやつ。)


 今の僕は布の服しか着ていない、投げられたらお終いだ。

 ここはまたハッタリをかますしかない。


「遠距離から一方的に痛ぶらせて貰うぜ。」

「ふふふ…それで本当にいいのかな?」

「何ぃ?」


 男の発言に意味ありげな笑みを浮かべ

 構えを解き、ナイフが全く脅威でないように見せかける。


「一つ忠告しておこう、俺の得意スキルは…後の先(カウンター)だ」

「カウンター…まさかっ!?」

「どうとでも捉えるがいいさ、だがそれを投げた瞬間命が散ることになるがな。」

「ぐ、クソッ…!」


 間違いなく散るのは僕の命なんだけどね。

 余裕たっぷりに言った甲斐もあって勘違いしてくれたみたいだ。

 投げナイフを片手にワナワナと震えている。


 まさかここまで信じてくれるとは…。

 本当はこの人すごくいい人なのかな?


 しかしここまでくると何かノってきちゃったな。

 恐怖も振り切れてきた感じがする

 スキルを使えば出来ない事も無さそうだし。

 よーし、いけるとこまでいっちゃおう。



「…一つ、提案がある。」



 人差し指を突き出し神妙な面持ちで男に語りかける。

 突然の流れに男は身構えた。


「…何だぁ?」

「その奪った荷物を置いていけば見逃すが…どうかな。」


 ゆっくりと円を描くように歩きつつ、男に語り掛ける。

 これはある種の賭けだ。

 相手のプライドを傷つけ、激昂するかもしれない。

 その場合危険度は一気に上がるが…落とし込めるはずだ。


「ふざけんな!そんなダセェこと出来るか!」

「見ろ、もう近くに衛兵が来ている。迷っている余裕はないんじゃないか?」


 案の定男は怒ったが背後を見ると顔色を変えた。


 男の背後には長槍を持った集団が向かってきている

 十中八九衛兵だろう、あと少しで時間切れだ。


 男は状況を理解したのか焦りが顔に滲んだ。


「チィッ!?もう来やがったか!」


 頭をかきむしりながら地団駄を踏んでいる

 冷静さを欠いて視線が外れている今がチャンスだ。



 バレないように()()()を済ませ

 トドメの言葉を男に投げかけた。


「さぁどうする?こんなところで捕まるのは…()()()()()だろう?」

「クッ…。」


 僕の言葉に男は口を噤んだ


 僕の想像では多分この男はこういう言葉に弱い。

 さっきから妙にスカした言動をしているから何となく分かる

 男の子っていつになってもこういうの好きだもんね。


 男は一瞬考えるようなそぶりを見せたが 

 すぐに乾いた笑いを吐き出した。



「ハッ、今日は逃げるが勝ちか…。」



 バツが悪そうな顔をしながらも短刀を納め

 手荷物を地面にぶっきらぼうに投げ捨てた。

 憑き物が落ちたようにスッキリした顔で男が語り掛ける


「お前、名前は?」

「シド、シド=ブラウニーだ。」

「覚えておくぜ、俺はザムド。」

「ふっ…今度は邪魔の入らない所で死合おう。」

「…楽しみにしておくぜ。」


 クサいやり取りを交わし、僕が路地裏へと続く道を開ける。

 すると連動して野次馬の人垣が割れた。

 ザムドは僕に一瞥をくれ、背後に迫る衛兵から逃れるように駆けだした。


 その視線には往年の悪友を見るような信頼感が込められていた。

 僕はそっと微笑み返し、頷いた。



 --その瞬間



「どぅおぉ!?」



 突如としてザムドの身体が()()()()()

 いや、正確には前のめりに吹っ飛んだと言うべきか

 駆け出した勢いそのままに頭から石畳に落下する


 辺りに響き渡る硬い地面にぶつかる痛々しい音

 そして同時にドチャリと耳にまとわりつく不快な音が響いた


「な、何だコレは?!」


 ザムドが落ちた地面は石畳ではなく

 【白くねばつく何か】で覆われていた

 白い粘液に包まれる人相の悪い男、誰得だ


「クソォッ…!ぜんっぜん取れねぇッ…!」


 ザムドがもがけばもがくほどあたりにグチャグチャと不快な音が響き続ける、息も荒く顔を赤くした男が粘液まみれになってフーフー言っている姿は色々と目に悪い。


「かかったな、ザムド。」

「テメェ何しやがった!?」


 もがくザムドを見下ろしながら冷たく告げる。

 冷静な僕に反して息を荒げるザムド

 まだ事態が飲み込めず錯乱しているようだ。


 種明かしをしてやる義理は無いので黙っておくが…


 勿論この白い粘液は僕の仕掛けた罠だ。

 詰まるところ流れはこうだ。

 最初に設置したスリップストーンを踏む位置にザムドを誘導


 そしてその延長線上に仕掛けたのは【スティッキーガム】

 設置した場所に粘着液を塗布する罠だ。

 粘着力はかなり強く、一度はまればなかなか抜け出せない。


 僕自身も自分の体で試したがそれはもうえらいことになった

 ザムドはうつ伏せに飛び込んだから抜け出せなくて当たり前だ。


「チクショウ!騙しやがったな!?」


 ザムドは鬼の形相で睨みつけてくる。

 だがそう恨んでくれるな、僕は普通に死にかけたのだ。

 ザムドの罪状や余罪は分からないけれど因果応報だ。


 腰を落とし地面に這いつくばるザムドに近づく。

 猛犬のように牙を見せ唸るザムド

 僕は無言で彼の顔に近づき、耳元でそっと呟いた。


「【()()()()()()()】」

「は?」


 意味不明な単語を聞かされたザムドは目を丸くし固まった

 一方で僕はすぐさまその場を離れ距離を置いた


 次の瞬間



 ーーガアァァン!!

「ぐふぅっ!?」



 教会の鐘に似た音が鳴り響き、あたりは騒然とした。

 音の正体は天から降ってきた金属の鍋…

 が、ザムドの脳天に直撃した音だ。


 直撃したザムドは目を回し気絶している。

 ザムドの目の前で手を振っても反応はない。


 目の前の脅威が去ったことが解ると緊張の糸が解け、急に身体がどっと重くなった。


「ふぅー、勝てたぁ!」


 柄にもないことはするもんじゃない。

 今になって手足が震えて力が出ない。

 地面にペタリと座り込み、僕は大きく伸びをした。


 そんな僕の背後から衛兵の声が迫る。

 どうやら、これにて一件落着だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ