第1話 罠師、罠にハマる
「はっ!?」
昼時を告げる鐘の音
その音に意識を揺すられ我に帰る。
視界に映るのは王都の街並み。
麦粒程の大きさの人達がアリのように街道を歩く様が見える。
気付けば僕は高台のベンチに腰掛けていた。
どうやら無心のまま歩いてきてしまったらしい。
気がつけば太陽は天頂に昇っている
もうあの瞬間から3時間は経っているだろう。
「何やってんだか…。」
思わず自虐的な言葉が漏れる。
しかしそれも仕方ないことだ。
まさか自分の能職が罠師だなんて…!
てっきり冒険者の花形である剣士や槍使い、はたまた華麗に魔法で敵を殲滅する魔導師のような能職になれると思っていたのに。
「はぁー…罠師だなんて。」
深いため息をつきながら手の甲の職紋を眺める。
レアにはレアだけど、どマイナーな能職
『アナタ罠師なの!?素敵!』
なんて言ってくれる女の子が居るとしたら…
迷わず医者にかかる事をオススメするだろう。
だって罠師だぜ?
そう、罠師…
(…ん?)
と、ここで自虐的な脳内寸劇を経て一つ思った。
「なんで罠師だといけないんだ?」
そう、よくよく考えればおかしい。
僕は嘆くほど罠師のことをよく知らない。
過去の著名人が犯罪者だっただけで僕も犯罪者になるとは限らない。
ただこの能職になった人の数が少ないからその人が目立っただけかもしれない。
(うん、落ち着こう。発想の転換だ。)
ベンチから立ち上がり深呼吸する。
すると少し頭が冷静になって気持ちがリセットされた。
冷えた頭で自分の置かれた状況と向き合う
罠師は珍しい能職だ。
つまり、よく知られていない能職ということ。
それが意味するところは【可能性を秘めている】かもしれないってことだ。
剣士のような人が多く研究され尽くした能職と違って、誰も踏み入れたことのない前人未到の罠師としての道が広がっているかもしれないのだ。
そしてその先には罠師にしか出来ないこともあるかもしれない。
(うんうん、未知ってことはそれだけ魅力的だよな。)
冒険者の話でも【調査済みの遺跡】より新しい【未知の遺跡】に踏み入る話の方がワクワクしたし、新しい発見もあった気がする。
そう思うと嘆いているのが馬鹿らしくなってきた。
せっかく珍しい能職を貰ったんだから楽しんでみるとしよう。
「そうと決まれば研究だな!」
軽く伸びをして頬を張り気合いを入れる。
まだ夕暮れまでは時間がある
近場で訓練をしてみるとしよう。
高台を吹き抜ける春風とともに
僕は町外れの森に向けて駆け出した。
◇
「さて、と。まずは…」
穏やかな日差しが差し込む森の中
周囲に人気がないのを確認し、手の職紋を宙にかざす
「職紋開錠」
そう呟くと職紋が輝き、宙に文字が映し出された。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
能職:罠師
レベル:1
スキル:罠作成、罠探知
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
これは職紋が持つ力の一つ
自分の能職の状態を表示してくれる魔術だ。
ここには各能職の情報とレベル
そして使用できるスキルが表示される。
スキルとは各能職ごとに行使できる固有技能の総称だ。
剣士なら斬撃を飛ばしたり、弓師なら自動で相手を追いかける矢を放つ、といった離れ業ができるのだ。
そして罠師にもそれは当てはまる、はず。
もしかしたら凄いスキルを習得してカッコよく魔物を仕留めたり、女の子を助けたりできるかもしれない。
そして、その…へへへ。
こう、モテちゃったりするかもしれない。
「ふへへへ…」
誰も見ていないのをいいことに変な笑みが零れる
なんとも甘い想像だがそれぐらい夢を持たないとやってられないのだ。
「んで、だ。作れる罠は何があるのかな。」
気を取り直しステータスを眺める
どうやら【罠作成】というスキルが怪しい。
頭の中で念じると文字が切り替わり一覧が表示された
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
【罠作成】
マウストラップ
スティッキーガム
スリップストーン
タライフォール
コールバンブー
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
うーん、なんか地味な気配がビンビンする。
マウストラップはネズミ捕りだろうし…
スティッキーガムは足止めの罠かな?
だけどタライってなんだろう。
「まぁいいや、取り敢えず一通り使ってみよう。」
最初は一番上にあるマウストラップからいってみよう
思考を切り替えると頭の中に使い方が自然と浮かぶ。
地面に膝をつき、そっと手を触れる
「【罠作成】 マウストラップ」
スキル名を呟くと体から力が抜ける感覚
体内の魔力が手を伝って放出されるのがわかる
魔力の流出が終わると同時に指先に異物感を覚えた。
「おぉ?」
手をどけると何処かで見たことがある罠があった。
板状と針金で出来た【ネズミ捕り】
実家の台所に置いてあったよくある罠だ。
餌につられてネズミが金属板に乗ると、その重みで罠が作動してネズミが針金に挟まれるって寸法だ。
餌は自分で用意しなければならないようだが…
見た感じ完成度は高い。
ちゃんと動くか確認してみよう。
転がっていた木の棒で金属板をつついてみる
「あれ?」
グイグイと何度も金属板を押してみる
だが、罠はうんともすんとも言わない。
壊れているのだろうか?
直接手で触れて押してみても全くだ。
「ふんふんフンフン!!憤怒ゥッ!!」
鬼の形相で連打してみるが全く応答なし
僕の息が上がるばかりだ。
これは困った…。
これからはこのスキルを活かして生きていこうと思っているのにポンコツ罠しか張れないとなると死活問題だ。
額に浮いた玉のような汗をぬぐい
息を切らしながら役に立たない罠に愚痴をこぼす
「ハァ…ハァ…なんだよ、ちゃんと【動け】よな…。」
ーーバチンッ!
「…ふぁっ!?」
威勢のいい乾いた音が響き渡った
そして指先に覚えた確かな衝撃
目線を落とすと貧弱な指に針金が食い込んでいる。
それを認識した瞬間
遅れて鈍い痛みがやってきた。
「アッー!?」
穏やかな木漏れ日差し込む森の中
ざわめきと共に僕の情けない叫びがこだました。
◇
「うぉいつつ…」
安宿のベッドに寝転がりノートに向き合う僕
まだ罠に挟んだ指が痛み思わず顔をしかめる
指は紫色に腫れていてそっとしておいた方が間違いないのだが…今日起きたことは今日のうちにまとめておきたい性分なので仕方ない。
研究して分かったことをノートにまとめることで後で見返したり、この先有名になった時に語るネタを作っておくのだ。
そうすれば今日自分が自分の罠で指を挟んだことも笑い話の一つとして役に立つはずだ。
まぁ今はミジメな気持ちでいっぱいだけど…
それでも体を張っただけの価値はあったと思いたい。
「さて、纏めてみるか。」
気を取り直して筆を執る。
まず罠師という能職について。
簡単に言うとこの能職は【魔力と引き換えに罠を作り出す】ことが出来る能職だ。
1日試してみて思ったが地味に凄いジョブだと思う。
魔力さえ有れば材料なしで罠が作れるのだ。
それだけエコでお得なジョブだ。
スキルを発動するたびに道具を消費する弓師なんかに比べるとだいぶ財布に優しい。
家計に厳しい彼女ができても大丈夫だ。
そして罠師の真骨頂とも言えるスキル【罠作成】
このスキルの発動には大きく分けて2つ条件がある。
①スキルの詠唱
色々試して分かったが、なんと【罠作成】の部分の詠唱だけで発現するのだ。あとは作りたいものを頭の中で念じておけばソレが出来上がる。
本来スキルを発現するときはスキル名を全て詠唱するのがセオリーなのでこれは大きい。
②罠が設置可能な場所に体が触れていること。
目測で設置場所を選べれば最高だったが残念ながら無理。
ただ、驚いたことに手だけじゃなく足でも設置面に触れていれば問題ないみたいだ。
逆にジャンプしている時にスキルを唱えても何も起きなかったからそういうことなんだろう。
設置の条件が思いの外緩かったのもありがたい。
ただ設置できない所に触れていてもスキルが発動しないのでそこの所は注意かな。ここは今後確認していくとしよう。
あとは罠そのものについて。
各々の性能は物によって違うけど、マウストラップやタライといった【単発罠】と、スティッキーガムやスリップストーンのような僕が解除するまで消えない【持続罠】があるみたいだ。
作動した単発罠と解除した持続罠は同様に形を無くして消える事も確認した。
そして、罠は設置主である僕が触れても誤作動しないようになっているらしい。どうしても発動させたい時は触れながら【動け】とか【やれ】とか念じると作動するようだ。
これはさっき思いっきり指を挟んで学習済みだ。
「…こんなとこかな。」
ノートを抱え仰向けにベッドに寝転がる
書き上げたノートを天井に突き出し改めて見返す。
今日の研究だけでも収穫はそれなりにあった。
地味なのは否めないが救いがないわけじゃなさそうだ。
工夫とやりようによっては面白い事も出来そうな気がする。
スリップストーンなんて物理法則を無視した動きで対象を転ばせられるし、踏んだ対象の動きを止めるスティッキーガムはシンプルに使い易い。
それに罠を仕掛けたあとに証拠が残らないのもいい、なんかこれぞ罠師って感じだ。
まぁだからこそ昔の罠師が暗殺者として活躍出来たのも理解出来る気がする。
(これだけわかればちょっとは売り込めるかな。)
ベッドから起き上がり荷物から皮袋を取り出す。
皮袋をひっくり返すと机の上に貨幣が転がった。
「いち、にぃ、さん…だいぶ厳しいな。」
並べられた貨幣は銀貨が3枚と銅貨が4.5枚
これが今の僕の全財産だ。
今まで貯めた金は路銀で大半が消えてしまった。
不退転の決意で故郷を出てきたから帰りの路銀はない。
この手持ちだとこの安宿でもあと2週間ぐらいしかもたないだろう。
まずは何をするにも金だ。
明日から冒険者ギルド含め色々な所にあたってみよう。
罠師が出来ることをアピールすればどこかしらで雇ってもらえるはずだ、いや雇ってもらわなければ困る。
そこで罠師として活躍して、功績を挙げて…
「可愛い彼女をゲットだ…!」
自分がまだ見ぬ彼女と寄り添う甘すぎる妄想に頬を綻ばせながら布団の中で悶える。
今後の目標とビジョンは固まった。
となるとやることは一つ!
「よし、寝るか!」
鼻息荒く決意を新たにして
俺はランプの火を吹き消した。
ベッドに潜り込み心の中で自分を鼓舞する。
明日から罠師シド、本格始動だ!
待ってろ美女たち!待ってろお宝!
僕はやるときはやる男なんだ!
輝かしい未来を夢見ながら、僕は意識を手放した。
罠はローグライク系ゲームの罠を参考にしてます。
他にも現実にあるやつもですが。
だんだん増やしていきますのでお楽しみに。
◇スキル解説
【マウストラップ】
触れた相手に小ダメージを与える。
特性:小型獣型モンスター特攻
【スティッキーガム】
触れた相手の体にまとわりつく粘液を展開し動きを止める。
特性:虫型モンスター特攻、鈍足効果
【スリップストーン】
触れた相手を転倒させる。既に転倒している場合は無効。
【タライフォール】
指定箇所に足を踏みいれた者の頭上にタライを召喚し落下させる。ヒットした場合スタン状態にする。
【コールバンブー】
対象が接触すると音を鳴らして周囲に知らせる。