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7.ネタバレ

 駐車場へと直接続く、人が少ない脇道の出口の方へ向かって行く。

 三々五々と客が散る夜の駐車場を見渡して、康太はキャラクターの形を模したベンチの方へ手を上げた。明るい街灯の光の下で二つの人影が手を振り返す。


「──カラテア‼」


 驚いたようなネリネの声に理乃は両目を丸くした。

 そこにはベージュのコート姿のふくよかな中年女性がいた。明るい笑顔をネリネに向けて、改めてその手を振っている。横には和斗の姿があっていつものように微笑んでいた。

 ネリネがつないだ手を離し、大きなぬいぐるみを抱きかかえたまま女性のもとへと走り出す。飛びつこうとした小さな体をあわてて和斗の手が止めた。脇からネリネに腕を伸ばした柔和な笑顔のその女性が、ぎっくり腰になったという乳母であることは間違いなかった。

 理乃も康太とベンチに急いだ。ネリネは女性の顔を見上げ、必死の声で尋ねていた。


「カラテア、もう大丈夫なの!? 元気になった!?」

「もちろんです。お嬢様」


 巻き毛をきちんと一つにまとめ、上品な雰囲気を漂わせた女性は、母親を思わせる優しいまなざしでネリネを見下ろし、微笑んだ。ネリネの目から涙があふれる。


「わたしがわがままを言ったせいで……本当にごめんなさい」


 しゃくり上げながら今度こそ、腕のぬいぐるみと共に抱きつく。ネリネと女性の様子を見ていた和斗がにこやかに向き直り、改めてその口を開いた。


「お二人ともお疲れさまでした。侯もお二人にお礼をと……ご迷惑をおかけしたとの事で」

「えっ、だって──乳母や従者はみんなクビだって康太さんが」


 わけがわからない今の状況に、理乃は横の康太を見上げた。康太がにやりと笑って答えた。


「俺とゴットとこいつらで、わがまま娘の教育に一芝居打って協力したんだ」


 理乃はぽかんと口を開いた。

 康太は楽しげに言葉を続けた。


「ああ、乳母のぎっくり腰は本当だ。それでいい加減ゴットの方もどうにかしなくちゃと悟ったらしい。こいつの父親に頼まれて、教育に一役買ったんだ」

「次の報告書はサインじゃなくて、押印で済ませる条件付きでね」


 笑いながら相槌を打つ和斗と康太のいつもの姿と、感動の再開をしているネリネの二つの情景を見比べる。理乃は呆気に取られながらも肩の力が抜けるのを感じた。つまり、自分もネリネと共に康太に一杯食わされたのだ。


「お前はこいつ寄りだったからな。あえてお前には知らせずにいた。お前は嘘をつくのが下手だし、どうせ『かわいそう』とか何とか言って、説教するのにも反対しただろ?」


 苦笑しながら付け足すと、康太はネリネに向き直った。


「それからな。一応ためしに聞いたんだ、お前んとこの使用人に。お前の面倒見るのを辞めて、王宮で働く気があるかってな。そしたら全員、お前んちの方がいいって断りやがった。どんだけ高い金出して人雇ってんだ、お前んちは」


 康太が叩いた軽口にネリネが大きく両目を見開く。康太は一歩踏み出して、ネリネの目の前にしゃがみ込んだ。きちんと視線を彼女に合わせ、幼い侯爵令嬢へ告げる。


「いいか? ネリネ、よく聞けよ。俺とゴットはお前の家をお前に継がせようと思ってる。婿養子なんかに頼るなよ、お前は自分自身の力でお前の家を盛り立てるんだ。自分の行動に責任を持て。当主としての自覚を持って、成人したら家を継げ」

「わたしが、ゴット家を?」


 さらに瞳を見開く少女に、康太はにやりと笑って続けた。


「そうだ。だからあれはお前のもんだ。お前が当主なんだから、お前の結婚相手にしたってお前が好きに選べばいい。どこの貴族の馬鹿息子だろうが、お前の選び放題だ──俺の責任において許す」

「わたしが当主……そうお父様も」


 驚いていたネリネの顔が次第にほころんでいく。幼い胸に抱え込んでいた深い憂いから解き放たれて、ネリネは花が開くように笑った。理乃はその笑顔を認め、自身も心から安堵した。


「それでは、そろそろ参りましょうか。菜月と書記官達が待ってます」


 和斗に穏やかにうながされ、ネリネがこっくりとうなずいた。乳母と和斗に付き添われ、ゆっくりと先へ歩き出す。それに続こうとした理乃の腕を、脇の康太ががしっと掴んだ。


「……え?」

「ああ、俺達はこのまま二人でメシ食いに行くから」


 明るく告げた彼の横顔に、理乃はごくんと息を飲んだ。軽い口調とは裏腹に、腕にしっかりと食い込んでいる指の力の強さが怖い。


──痛い痛い痛い、跡が残るから!


 康太の言葉に振り返ったネリネが、理乃を見上げて口を開いた。


「そうだわ。最後に一つだけ、姫にお伝えしたいことが」

「え? 何ですか?」


 差し伸べられた救いの手に理乃はほっとしながら尋ねた。視線を合わせて腰をかがめると、康太が渋々手を離す。ネリネはにっこりと微笑んで、二人を見ながら言葉を続けた。


「殿下があなたを束縛するのは、あなたに甘えているからです」

「な……!」


 思ってもいなかったらしい言葉に横の康太が赤くなった。ネリネに向かって反論しかける。だが、前に立った和斗がまあまあと彼の勢いを押さえた。

 令嬢は可愛く小首をかしげ、こましゃくれた口調で重ねた。


「父から聞いた話によると、子供の頃の殿下は相当甘えん坊だったようですわ。なんでもお小さい頃は、乳母であるコルダータのお母さまと手をつながないと眠れなかったとか」

「まてこら、いい加減なこと言うな‼」

「わたしも乳母のカラテアに対して全く同じだからわかるのですが。……あなたをそばから離さなかったり、ちょっとだけ意地悪したりするのは、あなたに甘えているからです」


 理乃は口を半開きにしてネリネの言葉を聞いていた。的確すぎるその忠告が、とても目の前にいる少女から発せられているものとは思えない。


「殿下をうまく操ってきちんと自立させるのは、姫、あなたの役目です。甘えに流されてしまうのではなく、その寵愛を上手に使って手のひらで転がしてくださいね」


 愛らしく笑って告げられた言葉に横の康太が絶句する。理乃は深く眉根を寄せた。これは、王太子に一杯食わされた令嬢の仕返しなのだろうか。


「それでは。皆様ごきげんよう。また姫にお会いできる日を心から楽しみにしています」


 ネリネはミニスカートのすそをつまむと、その場で優雅に頭を下げた。美しく完璧なその所作に、理乃は改めて感嘆した。乳母と再び手をつなぐ後ろ姿にため息をつく。


「──さすがねえ。私、あんなにきれいにお辞儀できない」


 小さな淑女の振る舞いに理乃が惚れ惚れして言うと、康太はあきれたように答えた。


「お前、それはそれで問題あるだろ」

「ええまあ、確かにそうなんですけど……できないものはできないし。『お前はそれでも可愛いから許す』と、小さい頃にお父様が……」


 照れ笑いをする未来の妃に、康太は大げさにため息をついた。


「ここにもいたのか、親馬鹿な親父が」


 駐車場の出口へ向かう三人の背中を見送った後、康太は改めて腕組みをした。


「……それで? お前は、俺に言わなきゃいけないことがあるんじゃないか?」


 結構身長がある彼に大迫力で見下ろされ、理乃はその場で固まった。


「あ、え……あの」

「何しろ俺は自分勝手で俺様気質なドSだからな。反省するのはどっちだろうな?」


──あああ、全部聞こえてた‼


 あの時、何も知らなかった上に勢いがついていたとはいえ、確かに多少言葉が過ぎた。彼はネリネのためを思って悪役を演じて見せた上、きちんと彼女の行く末を父親と共に考えていたのだ。

 思慮の足りない自分に気づき、理乃は少々しゅんとした。案外しっかりしているらしい婚約者へと素直に謝る。


「ご……ごめんなさい。本当にすみませんでした」


 理乃がぼそぼそとつぶやくと、康太は再びにやりと笑った。理乃は思わず後ずさりした。


「それじゃ、とりあえず約束通り、二人っきりで焼き肉行くか。で、その後は──」

「あ、わ、私、明日はドイツ語の小テストが……」

「奇遇だな。俺もそうだ。それならみっちり勉強しよう、メシ食った後二人きりで」


 再びがしっと二の腕を掴まれる。

 捕らえた獲物を目の前にして口角をつり上げたその顔は、悪役そのままの笑みだった。愛嬌があるはずの彼のたれ目もつり上がっていて超怖い。


「そ……そんなことばっかり言ってると、ほんとに卒業できなくなりますよ! 王族総覧の経歴に『大学中退』とかって書かれてもいいんですか!?」

「そんなもん、それこそ職権乱用だ。著者と出版社を買収してやる──行くぞ」


 抵抗しながら放った言葉をこともなげに切り捨てられる。

 帰り道で見つけた焼肉店で食事をしている間中、康太はなぜか上機嫌だった。どこかおかしなそのテンションが理乃には心底恐ろしく、できるだけ彼を見ないようにしてうつむきながら肉を焼いていた。


「あ、あのー……ビール飲んでもいいですよ……?」


 酔うと陽気になる彼におずおずと理乃が勧めると、なぜか迫力のある笑みで返される。


「いや、やめとく。これからが本番で色々あるから」


──本番って、色々って何ですか!?


 本音はとても聞きたかったのだが、怖くて尋ねることができない。山盛りの肉と炭水化物で十分な食事を取った後、笑顔の彼と店を出た。裏通りへ引っ張り込まれると、そこは想像していたとおりネオンのきらめくホテル街だった。


「ねえアパートへ帰りましょうよー、逃げも隠れもしませんから」


 以前ホテルでえらい目に遭った際の記憶が脳裏をよぎる。十八禁そのものの思い出に半泣きしながら訴えると、康太はにっこり笑って答えた。


「アパートは壁が薄いからな。一応近所付き合いの手前、あんまりでかい声出せないし。──ここなら何したって通報されない」

「通報!? 通報って何ですか!?」

「あー大丈夫大丈夫。まだ嫁入り前の身だからな。その辺はまあ、考慮する」

「考慮って何ですかー!?」


 だがぐいぐい腕を引っ張られ、そのまま手近なホテルの中へ強引に連れ込まれてしまう。

 皆勤だったはずの自分を悪の道へと引きずり込む彼氏に、理乃は半べそで後に続いた。

次回が最終回です。

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