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2.貞操 ※

 理乃は耳まで真っ赤になった。

 理乃自身だって重要視すべきがそこじゃないのはわかっているが、乙女心はもっと大事だ。スカートに手を触れたまま、康太があきれ果てた顔をする。


「……あのなあ。パンツとセックスするわけじゃねえんだ、大切なのは中身だろ? 大体今さら何言って──」

「いやいやいや、本当に! でっかいなめこ柄のパンツとか、ほんっとありえない柄なんですって‼」


 必死の形相で叫んだ理乃に、康太はがっくり首を折った。手のひらの感触が足から離れる。どうやらやる気をそがれたらしい。

 理乃は心底ほっとした。未婚の王女としてはもちろん貞操も守らねばならないが、乙女心はそれより上だ。何とも言えない面持ちで自分から体を離した彼に、理乃は真剣な視線を向けた。


「先輩。誤解があるようなので、とりあえず落ち着いて話しませんか。この体勢のままではちょっと……」


 愛の言葉を語るには物騒すぎる姿勢だし、縛られた腕が少し痛い。

 そんな理乃の様子を一度物悲しい目で見つめると、康太が深々とため息をついた。


「そりゃ、俺だってわかってたよ。お前がそういう性格なのは……。俺が告白するまでに何回空振りしたと思ってんだ」


 しみじみ言われた言葉の内容に、今度は理乃がぽかんとする。康太はふっと遥か遠くを眺めやるような目で言った。


「それもこれも全部、お前が絶望的に鈍いド天然なせいだろうが。お前、周りに『俺専用フラグクラッシャー』って言われてんだぞ。俺のプライドはズタズタだ」

「え……告白? 空振りって……?」


 思わずつぶやき返した理乃に、康太がやれやれと首を振る。


「ああ、そうだろうな。何も気づいてないのは知ってたよ。──二人っきりになろうとしても他の友達を呼びやがるし、そういう雰囲気に持って行っても『お腹空いたから、先輩も一緒にお菓子食べながら話しませんか』とか……ハートチップルとか、滅茶苦茶ニンニクくせえんだよ! そんな状況でキスなんかできるか‼」


 彼の魂の底からの訴えに理乃は首まで熱くなった。

 康太が名前を上げたお菓子は、理乃がこっちの世界へ来てからハマったものの中の一つだ。ちなみになめこのキャラクターも大のお気に入りであり、ベッドの上には大小二つのなめこのぬいぐるみが置いてある。

 康太は理乃に身を寄せた。近すぎる距離はそのままに、理乃の耳元で低くささやく。


「なのに、容赦なく俺の目の前でこのでかいおっぱいを見せつけて拭くとか……、俺の理性を試してんのか‼ 昨日告白した時は、今までの苦労を思い出して怒りのあまり手が震えたわ‼」


──ああ、そっちの震えだったんですね。


 理乃はひそかに納得した。

 確かに彼の行動は、挙動不審な点が多いとつねづね理乃も思っていた。だが、それが自分に対する告白の予兆だっただなんて、全く思ってもみなかった。


「もうこうなったら実力行使だ。鈍いお前でもわかるように、既成事実を作ってやる。パンツは見ないで脱がせてやるからあきらめて体の力抜け」


 言葉と共にのしかかられて、再びスカートに触れられた。理乃は体を縮ませながら必死で彼の腕から逃れた。抵抗をする様子の理乃に康太が痛いような顔をする。


「そんなに俺のことが嫌いか」

「ち……違います‼ 嫌いなんかじゃ」


 理乃はあわてて彼に答えた。貞操観念はまた別としても、勝負下着の一枚もない危機管理能力のない自分が憎い。


「じゃあなんでそんなに逃げるんだ」

「だ、だからなめこ柄のパンツと──危機が王族としての貞操で──」

「だって初めてじゃないんだろ」

「そんなこと、一言も言ってません‼」


 泣き出しそうになりながら叫ぶと、彼のたれ目がまん丸くなった。


「──え?」


 やっと何とか通じた言葉に、理乃は涙目で訴えた。


「だから……。本当に、こんな経験は初めてです。押し倒されたのも初めてで、こんな格好も初めてです。だからさっきから誤解があるって」


 康太の手から力が抜けた。

 理乃は真摯な声で続けた。


「先輩。初めて会った時から先輩のことが好きでした。入学した時すぐに先輩が私に声をかけてくれたから、この半年間本当に楽しく過ごすことができました。──しかし、私は一国の王女です。王女の務めは祖国を守り、国家の安寧の役に立つこと。私の結婚はゴールデンスティック王国における国策であり、私の貞操は国の財産です」


 康太の告白を耳にした時、喜びに舞い上がるようだった気持ちを今改めて思い出す。

 あふれそうになった涙を見せないように顔をそむけ、理乃は一度だけ唇を噛んだ。だが、すぐに自分を見下ろしている康太の顔を見返して、凛とした口調で言い放つ。


「私の体は国の物です。私のものではないのです。ですから、私は先輩の言葉に従うことはできません」

「……」


 康太は無言で理乃を見ていた。理乃のスカートに触れている手がゆっくりとした動きで離れる。

 その時、理乃のトートバッグからスマホの着信音が鳴った。理乃はあわてて康太に告げた。


「教育係のクロトンです。お願いですから、私を解放してください。定時連絡に私が出ないと、クロトンが護衛の従者と共にこちらに駆けつけてしまいます。早く電話に──!」

「クロトン? ああ、オクラレウカ伯の子息か」


 ぼそっと康太がつぶやいた言葉に、理乃は両目を見開いた。


「あいつ、一昨年までうちんとこに大使として滞在してたよな。前髪きっちり七三分けの、イヤミな言い方する男だろ? ……あいつがお前の教育係か」


 理乃は顎が外れそうになりながら、自分の真上にある顔を見た。康太の口からこぼれ出た、理乃が今いる世界では決して語られるはずのない、自国の貴族に関する情報。

 康太はどこか不満気な目で理乃に重なった体を起こすと、トートバッグの中で鳴っている理乃のスマホを取り出した。慣れたしぐさで画面をタップし、そのまま耳へと押しつける。


「もしもし?」


 何の躊躇をすることもなく、電話口の相手と会話を始める。絶句している理乃の耳にも冷え切ったクロトンの声が届いた。


『……これは「雪村理乃」のスマホのはずですが。あなたは一体誰なんです?』

「今、雪村は取り込み中だ。話があるんなら後にしてくれ」


 康太が放った言葉の内容に、理乃の背中が凍りついた。拘束されたままの状態で康太の顔を仰ぎ見る。

 一瞬の沈黙の後、クロトンの大きなため息が聞こえた。


『ミナヅキ殿下。あなたですね? 本当にお人が悪い。まあ潮時だとは思ってましたが……きちんと勅使を立ててからと』

「悪いけど、こっちも色々あるんだ。なり振りなんかかまってられるか。すぐソリダゴから勅使が行くからくわしい話はその後だ」


 康太がちらりと理乃に目を向け、唇の端で笑いを形作る。


「準備ができたら国策として、第一王女の婚約によるソリダゴとの和平強化を検討してくれ。──じゃあな、クロトン殿。慈悲深き女神シランの御加護が互いの国にあらんことを」


 祖国における最大級の敬意を払った挨拶を述べ、康太がプチっと通話を切る。あんぐり口を開いたままで彼を見つめる理乃を尻目に、スマホをバッグへ放り込んだ。再び震え始めたバッグにビーズクッションをどんと乗せると、晴れやかすぎる笑顔を浮かべる。


「これでいいな? じゃ、始めようか」


 衝撃のあまり声も出せない理乃に身を寄せ、キスをする。その後、康太は甘い響きで決定的な言葉をささやいた。


「今度あいつに電話する時は、もっとこっちの世界について勉強させろって言っとけよ。『信号なんて初めて見ました』とか、どこのド田舎の生まれだよ。フォローするこっちの身にもなれって」


 理乃が硬直しているうちに、顎を通った唇が理乃の首筋へと落ちた。ちゅっと音を立てて吸いつかれ、反射的に体がはねる。慣れない反応に気を良くしたのか先ほどの怒りはどこへやら、彼は上機嫌な様子で続けた。


「もっと早くにバラしてくれれば俺だって楽だったんだ。なのに必死で隠しやがるから、こっちもなかなか言い出せなくて。仕方ない、芝居につきあってやるかって考えてるうちにもう半年だ。──俺も来年は戴冠式の準備で色々と忙しいし、こっちと向こうを行き来するから思うようには会えなくなるだろ。俺があっちに行ってる間にお前の正体がバレたら困る。でも、正式な婚約者としてお前の身分が確定すれば、一応外交問題にならずにうちの従者が助けてやれる」


 そう告げながらも手のひらが理乃の体を抱き寄せる。

 理乃は背中を震わせて尋ねた。


「え……せ、せんぱい、あの、もう一度、名前……!」

「──ミナヅキ。ゴールデンスティックの隣国、ソリダゴの王太子、ミナヅキ。聞いたことくらいあるだろう? 相栄大学経済学部の『北爪(きたづめ)康太』は仮の名前で……つまりお前と同じ立場だ」

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