あなたがあいしてる
翌朝、身支度を整えたあとスマートフォンの電源を入れると、LINEのアイコンに通知が数十件ついていた。
開いてみるとすべてサクラからだ。
てっきり、昨夜盛り上がったグルチャメンバーだと思っていたので、目元がピクピクと痙攣する。
昨晩の事を思い出すと既読を付けることに躊躇いを感じたが、後から確認するより今見たほうがいいんじゃないかと観念してサクラの欄を開いた。
やはりあのあと着いてきてたのか、待って、とか、追いつけなかったとか延々と書かれていた。
そして最後に――。
『お揃いのマフラー使ってね。サクラ、関西に住んでるから頻繁に都内に来られないけど、また今度ジュン君に会いに来るね。愛してる』
「ちょっと待てええ!!」
そもそも、サクラには彼氏が居る。
それなのに他の男にこんなメッセージをして良いのか?
友人かも微妙な関係なのに『愛してる』って……?
なんだこなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれ……!
お揃いのマフラーにしたって、手編みを渡すってのは普通は彼氏じゃないのか?
いやいやいや、もっと冷静に考えれば。
そもそもを考えたら初夏にマフラーってどうなんだよ。
サクラの言動や行動が理解できず、頭が破裂しそうだった。
仕事中もサクラのメッセージや、あの俯いた顔がぐるぐると脳内を駆け回り仕事どころではなかった。
昼過ぎに仕事を終え、未読LINE通知を確認せずにグループチャットを開いた。
オフ会での様子が画像も交えて語られていて、昨夜の楽しかった時間が蘇り、ほんの少し気分が良くなった。
電車の中でも、自宅に帰り着いてからも、チャットにいるメンバーと、たわいも無い会話を続けていたときだった。
『ジュン君! 私のLINEみてよ。寂しい』
突然サクラが会話に割り込んできた。
他のメンバーが、急に驚きを表すスタンプを羅列する。
ごめん、確認すると言いつつも、だらだらと会話を長引かせていると、サクラ個人のLINEがきた。
『ジュン君、人気者だね……皆にちょー好かれてる。私なんてどうでもいいよね』
『わたしと話すよりも他の子の方がいいんだね。私の事なんてどうだっていいよね』
『死にたい……』
死にたい、の言葉に胃が絞られるような感覚に襲われた。
腹を押さえるように撫で、サクラへ返事を返す。
「人気者じゃないしみんなと昨日の話してるだけだよ。死にたいとかやめろよ」
『だって。ジュン君、他の人と話してるときの方が楽しそうだもん。サクラなんか消えたほうがいいよね』
「そんな事ないよ。サクラと話すのは楽しいよ」
『うれしい! ありがとう。ジュン君、大好き! 愛してる』
この時、僕は大変な間違いをしたような気がした。
スマートフォンを適当に放り投げ、明日もまた休日出勤だったので早々にベッドに潜り込んだ。
翌朝、スーツに着替えて出かけようとしたとき、スマートフォンが見当たらなかった。
急いでいるのに、と文句を口籠もり部屋の中を探し回る。
足下に触れるものがあったのでテーブルの下を覗き込むと、スマートフォンが落ちているのを見つけ手に取った。
自室を出て、エレベーターで階下に降りる間に画面を確認すると、LINEの通話着信が五件あった。
サクラからだ。
最後の着信の後、午前四時十三分にメッセージが書かれていた。
『ジュン君。怖い夢見たの。何度も電話してごめんね』
『ジュン君とLINEしてるとすごく安心するの。ジュン君愛してる』
メッセージの内容の重さに吐き気を催して公衆トイレへ駆け込んだ。
元々、女性への免疫など皆無なのだ。
サクラに対してもどう対処していけばいいのかなど想像もできない。
お手上げどころの騒ぎじゃない。ゴリゴリと精神の柱を削り取られている。
よろついた足で出社して、なんとか午前の仕事を片付け、休憩時にからかわれることを覚悟で、黒崎にアドバイスをもらうことにした。
すると。
「すごい女に見初められたな。早いとこ切らないと、あとあと面倒なことになるぞ」
「そうだよな。もっと早くに切っておけばよかった」
「ストーカーと化する前に切るべし。こいつ変だなって思ったら即刻切ることだ。メンヘラやヤンデレは怖いぞ」
いきなり連絡を切るのではなく、徐々にフェードアウトすることを勧められ、縋るような気持ちでその通りやることにした。
LINEグループへ招待してくれた人にサクラの事を話し、グループを抜けることを伝えた。
それから仲の良かった数人にも話した。カズミが一番サクラに対し嫌悪感を露わにした。
グループを抜けた後に直ぐサクラからLINEがきたが適当に嘘を言った。
通話着信が何件か来たが全て無視し、数日後サクラのLINEをブロックした。
これでやっと普通の日常に戻れると思っていた。けど。
SNSのメッセージ欄にサクラの名前があった。
『LINEみてる? 返事ちょうだい。寂しいよ! サクラの事嫌いになった? 私なにかしたかな? ジュン君愛してるよ』
『サクラのこと、嫌いなのね。サクラのこと、愛してるって言ったのに酷いよ』
虫唾が走った。
僕はサクラに一度も『愛してる』などと言ったことはない。何を勘違いしてるんだ。
不快感と苛立ちでただただ口の中が乾いて苦かった。
サクラのIDをブロックせず、自分のアカウントを作り直すことにした。
全くの別人としてやり直そうとしたのだ。
これでやっと解放されると思っていた。しかし、それも叶わなかった。
友達になりませんか? というメッセージに答えた。
名前と画像をみて相手を男だと判断した。
何通か会話をすると、画像付きのメッセージがきた。
『ねぇ、サクラだよ? ジュン君』
カメラに向かって投げキッスのようなポーズをきめる、赤いマフラーを巻いたサクラの顔。
「うわああああああああああああああああああああああああ!!!!」
この世の中にこんなに、言葉に言い表せない恐怖を感じることなどあるだろうか。
不気味など生ぬるい。
『ジュン君のフレンドを辿ってここまできたの。サクラすごいでしょ? それだけジュン君への愛が大きいってことだよ! ジュン君愛してる』
「ストーカーなのか? 勘弁してくれ頼むから」
『ジュン君のこと愛してる』
反射的にSNSを退会し、二度とSNS関連はやらないと誓った。