あなたをあいして
「みんなおはよう、今日も仕事頑張ってくるぜ、と……」
僕の書き込んだ一言に、フレンドたちから続々とコメントが付いていく。
頬を緩めつつ、それを通勤電車の中で見るのが最近の日課になっていた。
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昼食時や休憩中、ふと周りを見渡せばみな片手にスマホを持ち、なにやら熱心に眺めている。
メールにしては返信する素振りもあまりない。
隣のデスクでコソコソとスマホを弄っていた同僚に、何を見てるのかと尋ねてみた。
「SNSだよ」
同僚――黒崎がスマホの画面を鼻先に突きつけてきた。
聞くところによると、みんな何かしらのSNSに登録していると言う。
社会人になって初めて、所謂ガラケーからスマホデビューしたので、これまで初期登録されているアプリの中でも、通話とメール、カメラくらいしか使ったことが無かった。
スマホ自体まだ録に使い方を覚えていないし、やったことがないと言うと「化石かよ!」と目を見開いて大袈裟に驚く。
登録してみろよ、と囃し立てられ、黒崎お勧めのアプリやSNSサイトを紹介された。
そうして物は試しと登録してみたのがキッカケだ。
小馬鹿にされたのが癪だったのもあるが、地元を遠く離れて就職し、人恋しい気持ちもあったのだと思う。
僕もご多分に漏れず、時間が空けばソワソワとスマホを手繰り、SNSを見るようになっていた。
幾つかのSNSに登録してみたが、一番気に入ったのはやはり黒崎も使っていた「maxi」というSNSだ。
そのSNSには様々な「コミュニティ」というものがあり、それに参加すれば共通の趣味や好きな話題を同好の人たちと話すことができるのだ。
数あるコミュニティの一つ、お気に入りのアーティストのコミュニティに参加したことで、特に仲良くなった人たちが数人いた。
よく会話を交わすようになると、フレンド申請がきて、承認すれば日々のちょっとしたつぶやきや、書かれた日記を見せ合うことで更に親交は深まった。
自画像撮りを出している人もいれば、アニメや芸能人の話題を振る人、飼っているペットの画像を公開している人など様々だ。
実際に会ったことはないが、不思議なもので、毎日会話をすることで友人と呼べるほど気を許せる間柄になっていった。
SNSにも慣れてきたころ、よくやり取りする友人の一人から、メッセージが届いた。内容はLINEのグループに入らないか? という誘いだった。
そのLINEグループは【内輪で交流できる友人】と限定されたグループだと言う。
新しい友人ができると思い、二つ返事でその誘いに乗った。
返事を送ると、LINEのIDを友人追加してくれとすぐ返信があった。
「あ! LINE登録まだすんでない!」
慌ててLINEのIDを作って参加の準備をした。
黒崎に「LINEぐらい入れとけ!」とアプリを教えてもらって良かったと感謝した。
うざったいから本人には絶対言わないが……。
教えられたIDを友人追加すると、すぐにグループトークへの招待が届いた。
【仲良し雑談グルチャ】
そのグループ名に、更に深い付き合いができると有頂天になる。
早速、グループのチャットに参加して自己紹介を投下。
ここでも、SNSのネームと同じく自分の名前をジュンと名乗った。
「ジュンです。ルルさんから紹介されてきました! よろしくお願いします」
あまり堅苦しい話しかたにならないように努める。
こういうことは初めが肝心だ。
次第に、いろんな人が自己紹介をはじめ、僕の呼びかけに答えてくれた。
想像以上にみんな気さくで優しい。
maxiよりも親密度が増していて、更に嬉しくなった。
グループ内で会話していると、何人かから個人LINEへ友人追加申請が届いた。
全て友人に追加し、グループで会話しつつ、その裏で個人での会話もやり取りした。
それからは、SNSとLINEを交互に頻繁に開いてみるようになった。
友人申請をしてきた人の中で、サクラという女性がいた。
自身を示すアイコンは、可愛い子猫の画像で、控えめな発言が可愛らしくて少し気になっていた女性だ。
内心「ヨシ!」とガッツポーズをとるほど彼女からの申請が嬉しかった。
サクラは僕より五歳ほど年上の女性で、役所で事務職をしながら一人暮らしをしているという。
個別でLINEグループの話や、気になるアーティスト情報は勿論、日頃の話をたくさん話してくれてすぐに親密になった。
最初に抱いた印象と変わらず、落ち着いていて優しさが言葉の端々に現れている。
サクラは自分が関西に住んでいること、残念だが彼氏がいること、しかしポロリと愚痴を零すなど、深い話も徐々に増えてきた。
マメに僕のSNSもチェックしていて、食事の画像をみたり、体調が悪いと呟けば誰より先に心配してくれた。
彼女いない歴を毎年更新しつづけていて、色恋沙汰とは遠いところにいた僕は、彼氏持ちと言えど、気のある異性といろんな話ができるのをひっそり喜んでいた。
心の何処かで「あわよくば……」という欲も膨れあがりもする。
サクラは僕の事を「ジュン君」と呼び、LINEで会話するときの始まりは決まって『ジュン君ー!』であった。
二人で会話するようになって一か月ほど経ったころ、サクラから相談があると切り出された。
彼氏のことについてだという。
彼氏の話と相談事。
もしかしたら別れ話を考えているのかと胸が高鳴った。
……だからといって、彼女が僕を好きになる確証など何処にもないことに胸がチクリと痛んだのだが。
『ジュン君ー! 彼がね、浮気してるかもしれない……どうしよう』
「ええ。ホントに? 浮気の証拠でも見つけたの?」
『ううん……なんだかそんな気がするだけ。最近ちょっとそっけないんだもん。サクラのこと嫌いになったのかな』
「そんなことないでしょ! 彼氏さんは仕事が忙しいだけだよ、きっと。サクラはイイ女だもん。嫌いになんてなってないよ!」
『うぅ……ありがとうジュン君。嬉しいよ。ジュン君は優しいね。ジュン君みたいな人が彼氏だったら良かったのにー』
「照れるってば! でもありがとう。気になるなら彼氏さんと話してみたらどう?」
『うん! 話してみる。ありがとうジュン君。また何かあったらLINEしていい?』
「いいよ。いつでもして!」
これを機に、今までとはまたひと味違う親密なLINEが届くようになった。
朝の挨拶から昼食のランチメニュー、今日一日何があったかの報告とおやすみまで。
返事を返さないでいると、『今忙しい?』『お返事待ってるね』『サクラ、寂しいなあ』という通知が次々に送られてくる。
まるで恋人っぽいな、とにやけながら「ダメだダメだ。彼女には彼氏が……」と自分を抑える。
時を同じくして、仕事で新しいプロジェクトが始まり、残業が続いたりで遅くまで終わらずにいたので、返事が遅れ気味なのだと詫びると、沢山のハートマークの絵文字とともに『気にしないで。お仕事ファイト!』の言葉が返ってくる。
僕は彼氏に悪いなと思いつつ、ハートマークが乱舞するメッセージや、可愛いスタンプのLINEを心待ちにするようになっていた。
そうこうするうちにグループ参加から半年ほどが経ち、LINEグループのほうで、みんな集まってオフ会をしようという話がもちあがった。
僕はグループの友人たちに会ってみたいと常々思っていたので、意気揚々と参加の声をあげた。
すると、グループチャットではなく、個人LINEの通知が鳴った。
『ジュン君が参加するならサクラも参加する! やっと……会えるね』
サクラからの通知だった。
その言葉に、思わず心臓が跳ねる。
今までどんなに頼んでも、サクラは顔写真を見せてはくれなかった。
一度だけ、唇から下がチラリと映り込んだ写真を「ワンピース買っちゃった」と送ってくれただけだ。
それが実際に会えるとなると自然と頬が緩む。
スマートフォンを胸に抱くようにして、綺麗なのかな、可愛らしいのかな、と、ベッドにゴロゴロと転がり、どんな人かと想像しつつ眠りに落ちた。