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6話 秋山 是清という男

あの男は何をやっているのだろう。


秋山が雫石に朝霧の話をしてから、既に3日が経っている。

雫石は何時また話を訊かれるかと毎日待っているのだが、当の秋山は昼夜問わず酒を飲んでは三雲の座敷に居続けてドンチキ騒ぎをやっているだけである。酔った状態で厠がどこかも分からなくなっては、ほっつき歩くものだから嫌でも目に入って、雫石の堪忍袋の緒もあと糸数本のみで繋がっている状態だ。


何故わっちがイライラしないとならないか。

まぁ良い。あの男のことは放っておこう。秋山が使い物にならないのなら、自分がしっかりすれば良いこと。一瞬でもあの男に期待をかけた自分が馬鹿であっただけである。気を取り直して、誰が下手人になりうるのか考えていけば良い。


以前にも思ったが、動機はいくらでもある。

ただ、姉女郎達の誰かが朝霧に嫉妬をして殺したという考えが最も妥当に思われる。

特に女郎屋で一番のお職と他の女郎では扱いが雲泥の差となるからだ。

この廓町では女郎たちは一般的に相部屋をしており、部屋もちになると自らの寝間が与えらる。

次に座敷もちへと位が上がり、彼女達は寝間の他に客をもてなす座敷を持つことができるようになる。

扇屋を含む大見世の花魁たちはほとんど座敷もちなのだが、唯一お職だけは、座敷の他に更に客からの貢物を飾るための三部屋目が与えられるのだ。

また、遣り手や楼主ですら、どこぞの大名家の姫君でも扱うように御機嫌を伺い、優先的に上客がまわされる。そんな客に対しても、気に入らなければ袖にすることも許される。

まぁ、雫石が知る限り、お職を張るような花魁方は威張り散らして、むげに客を袖にするようなことはしないのだが、それが出来ることと、出来ないのでは大違いである。

二枚目花魁ですら、そんなことをしたら、よほどな理由がない限り見せしめのように折檻されるのがおちなのだ。

部屋一つとっても、扱い一つとってもこれだけ違うのだから、お職の花魁に対しての他の女郎達からの妬みは一入ひとしおであろう。

姉女郎たちは皆、朝霧を殺める動機が有るが、実を言うと雫石としてはやはり東雲あたりが怪しいと思う。

何故ならって、個人的に嫌いだからだ。

あの女狐は、何かにつけて雫石と初音に意地悪をしてくる。あんなに根性が曲がっていれば人でも殺めるってものだろう。

元々は扇屋の二枚目を張っていた古参だ。後から出てきた朝霧にお職をとられたときには、さぞや悔しかったはずである。

廓内ですれ違うときに、神経質そうな目でじっと雫石たちを睨み付けていたことをよく覚えている。


次の可能性は、男である。

ただ、雫石の知る限りでは朝霧が間夫まぶに溺れていることは無い。

時に、稼ぎの薄くなった女郎に嫌気のさした間夫が、縋る女郎をおいて、他に鞍替えしたいがために花魁を殺したなんて話を聞いたこともあるが、朝霧姉さんに限って間夫がそもそも居ないのだから、そんなことは無いだろう。

むしろ、上客の男たちが朝霧の一番いい人になりたくて、争っていたのは確かだ。だから金の続かなくなった客が他の者にとられるくらいならと、毒を盛った可能性はあるかもしれない。

・・・ただ、秋山の話では、数ヶ月に渡り、何度も毒を盛られていたとの事だ。それを信じるのなら、これもまた考えづらい可能性のはずである。


では、扇屋のなかではどうか。

お職になるような花魁は皆から一目置かれており、恨みを買うようなことは、まず無いはずである。

ただ、チクリを心がささくれ立つとすると、番頭の武三たけぞうだ。

人当たりの良い男ではあるが、朝霧には特別な感情を抱いて惚れ込んでいたように思える。

ことあるごとに朝霧の御機嫌伺いをし、何かにつけて便宜を図ろうとしていた。

朝霧は、どちらかといえば、そんな行為を嫌ってか、武三に距離を置き、避けていたように思う。

可愛さあまって、憎さ百倍なんてことになったとも思えなくはない。


色々考えてみたが、まぁ、どれも推測の域を出ないことは雫石が一番良く分かっている。

下手人が毒を使っていたなら、未だその毒をどこかに持っているかもしれないから、そっと皆を観察して下手人の尻尾を掴んでやれば良い。


「雫石、なにボートしてるざます。若旦那にお酌して、新しいお酒を留吉とめきちに伝えて、もらってきておくれ。」

気付けば、夕顔花魁がきりりと睨みつけていた。

自分としたことが、あの日以来、頭の中を秋山の言葉が離れずに、お座敷の間でも、気付けば考え事をしてしまっていたようだ。

今宵は、夕顔には大事なお馴染み、呉服問屋の若旦那が登楼しており、自分がきちんとお世話をしなくてはいけなかったのに。

朝霧が亡くなった後、面倒をみてくれている夕顔に迷惑を掛けては申し訳がない。


「花魁、あい分かりました。新しいお酒と膳のご用意をしてまいります。」

雫石は若旦那に酌を行った後、床廻とこまわしの留吉へ酒と膳の準備のを申し伝えるため座敷をあとにした。

座敷を出ると、階段前の廊下には留吉が控えている。

留吉は、年の頃は二十五程度の優男やさおとこで床廻しをしている。

床廻しとは、花魁や客の世話をする男衆おとこしゅうの一人で、その名の通り床を準備したり、膳のものを運んだり、花魁が衣装を変えている間などは客の相手をしたりまで行っていた。


雫石が近づいていくと留吉は「雫ちゃん、膳の準備なら出来てるぜ。お辰さんと運ぶから座敷に戻っていいぜ。」と優しい笑顔を向けてくれた。

「留吉さん、わっちも手伝うわ。新しいお酒もお願いされてるし、お辰さんと三人で運びましょう。」

「分かった。じゃぁ、お願いしようか。」


留吉の後ろに付いて歩きながら、雫石は扇屋全ての男共が、留吉のようなら良いのにとふと思った。

扇屋には七人の床廻しが居るのだが、女だらけの廓で、隙あらば美味しいおもいをしたいと言うギラギラした男が多い。

勿論、商品である花魁方に手を出すことは、ご法度だから、男共もおいそれと花魁に手は出せないのだが、そこは男と女。客の付いてないはずの花魁の部屋から喘ぎ声が聞こえるなんてことは雫石が記憶するだけでも一度や二度ではない。

そんななか、留吉だけは性を感じさせない落ち着きを持っていた。

整った顔立ちに、上品な佇まい。優しい性格も含めて、花魁方には人気があるのに、一向になびかないとのことである。女同士で湯屋に行くときなど、振られた花魁方が留吉は男色なのだと風潮していたのを何度も訊いている。


くりやで膳のものと新しいお酒を受け取り、座敷に戻るため留吉の後に続くと、留吉とは似付かない野蛮な男が泥酔状態で廊下に転がっていた。


秋山是清、その男である。

凝視すれば気分が悪くなりそうだったので、見ないように前を向き先を急げば、洋装の男はあろうことか雫石の足を掴んだのだ。

「ひぃっ!!」

「おっ。しーずくいしーどの。ど何処に、ヒック、いかーれるのですかー。ヒック」

「秋山様、わっちに何か御用でも。その手を離して下さいまし。わっちはお座敷に戻らないといけないのでありんす。」

一瞬、運んでいる膳を取り落として、酒の入った徳利とっくりで頭を殴ってやろうかと思ったが、雫石も廓で育った女である。笑顔で秋山に向き直った。

「そーんな、つれないことは申さずにー、ヒック、しょ、小生と飲んでー下さいよー。」

更に絡んでくる秋山に対して、留吉が雫石と秋山の間にわって入ってくれた。

そして秋山に向かい、しゃがみこんで変わらぬ優しい口調で話し出す。

「おっと旦那、新造しんぞに絡んじゃなりませんぜ。お部屋で三雲花魁がお待ちです。お送りしますので一緒に行きましょう。膳を届けたらすぐ戻ってまいりますので、少し待ってて下せえ。」

「なんだ、てめぇ。ヒック、、おっ、てめぇは床廻しの留じゃねぇえか。その酒寄越せ。ヒック」

秋山は留吉の運ぶ膳から、酒の徳利と焼き物いくつかを取って勝手に食らい、もっと寄越せと喚きだした。

留吉は、一瞬かなり動揺した顔をしたが、すぐに振り返り、雫石とお辰に先に膳を持って夕顔の座敷に戻るように言い含めて頷いた。秋山を先に送り届けてくるとの意味だろう。

そのあと膳を持って夕顔の座敷に来るつもりのようだが、どちらにしても、これでは留吉の運んでいた膳は夕顔の座敷では使えない。新たな膳を作るにも時間が掛かる。お辰と自分の持つ膳だけ持ち帰り、雫石が食べなければ良いだけのことである。

雫石は留吉に、その膳は秋山に食べてもらってと言って、三雲の部屋に持っていってあげて欲しいと伝えた。

優しい留吉と反比例して、正直既に何も期待はしていなかったが、つくづく秋山に幻滅をした雫石であった。


横では、遣り手のお辰が「まったく、困ったお大臣だね。秋山様、この酒とお食事はお会計につけておきますよ。」と青筋を立てていた。



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