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ミケのオンラインリハビリテーション  作者: 白ネコ扇子
第2章・オバケ少女と坑道探険
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9・鉱山都市アイゼネルツ

 青空の下、綺麗に並べられた石畳の道を歩いていた。


 山を切り拓いた広大な土地に作られた町。鉱山都市『アイゼネルツ』。

 石造りの建物が並び、中には精巧な彫刻が施されたものも多い。明るい灰色の石で造られた町だ。

 広い平地の他に、奥の山を切り出してできた崖の斜面にも建造物が点在している。

 始まりの町アルバと異なり道は石畳で整備され、家々も石造りの塀で囲まれている。中には綺麗に刈り揃えられた生け垣なんかもある。庭には芝生が植えられ、庭木が青々と葉を蓄えている。さっきまで森林限界で短い草しかなかったのに、どういう設定だ。


 切り立った山の上に存在する為、周囲は正面の建造物がある崖を除いてとても開けている。

 山々を望む大パノラマ。通ってきた岩場の山道。水が流れる谷川。遠くに見える始まりの町アルバ。足下より下を流れる雲がこの場の標高を示していた。

 鉱山都市という割りにあまりに牧歌的。のどかだ。

 どうやら鉱山は足下より遥か下、山の岩肌に空いた穴が坑道の入口らしい。そこから産出される資源がこの町の産業を支えている。

 と、町の入口にあったパンフレットに書いてあった。


 それと、建造物のある崖の上には草原が広がっており、湖があるらしい。そこから崖の上を伝い落ちてくる滝は、町の中央をまっすぐ分断している。

 山頂はそのさらに先にあるとの事。そこから見る朝日は大変見応えがある事で有名なんだそうな。

 ちなみに草原には飛行船の発着場があり、次の町へはそれに乗って行く事になる。



 さて、新しい町に来たならまず最初に探すべきものがある。


 そう。甘味処だね。


 アルバの町でリラが食べていた様に、このゲーム内では味を感じる事ができるんだ!

 味、香り、食感、全てが現実と遜色なく楽しめる。

 どうやら運営スタッフの中に高級ホテルの元料理人がいるらしく、そのツテで料理業界。さらに食品業界が大々的に監修にあたっているという。

 そして、その元料理人もプレイヤーとしてこの世界で料理修行の旅をしているという噂だ。信憑性は怪しいけど。


「お、おぉ~……! いただきます」


 私の前には今、クリーム大盛りバナナクレープ1つ、苺のショートケーキ1ホール、ジャンボパフェ1山、ジョッキになみなみ注がれたメロンソーダが堂々揃い踏みしている。


 今の私にはブッシュコボルトの集落1つ分のお金がある。じゃんじゃん持ってこい。ふははは!

 この世界のいい所はどんなに食べても太らない事だ。女子にはたまらんぞ。


 ここはアイゼネルツのオープンカフェ。

 崖から張り出した桟橋に造られた広場。そこにアンティーク調のテーブルと椅子が並べられたテラス席となっている。眼下には切り立った山々を一望できる絶景が楽しめる、初心者から熟練者にも大人気のお食事スポットである。

 既に席はほとんど埋まっており、奇跡的に最後の空席を確保できたのは行幸だった。


 甘味。それは至福の代名詞。

 私はめくるめく夢のひとときを堪能し尽くした。


「くぅ……おいしい」


 さてと。幸せを頬張りながら、先程の戦闘で新たに得た情報を整理しようと思う。


 ロックウルフは思っていたより手応えのある強敵だった。あのスピードと群れでのチームワークは対集団戦のいい練習になった。

 何度攻撃を加えてもなかなか倒れないタフさも備えていた。

 しかし、何故最初に岩肌に叩きつけた個体は一撃で倒せたのか。

 推測するに、恐らくロックウルフの突進してきた勢いを上手く利用したからかも知れない。明らかに私は筋力不足だった。

 相手の攻撃力と体重、勢いをプラスしたおかげで破壊力が増したのだろう。となると、このゲーム内でもカウンターはかなり有効だという事になる。


 巴投げで崖下に放り投げた個体もしっかり経験値が入っていた所を見ると、重力加速度によるダメージがあったという事。私自身の攻撃力とは関係ない場所で、より大きな攻撃力が発生したのだ。

 つまり自身のステータスに因らない、物理現象によってダメージを与える攻撃も可能。

 この世界は想像していたよりずっと厳密に物理法則が再現されているみたいだ。


 それから、ジャブよりストレート。さらに蹴りの方が相手へのダメージがより大きかった。

 リアルでは腕より脚の方が筋力があるのは常識だ。この世界でもより多くの、それこそ全身の力を動員すれば筋力の数値以上の効果が発揮されるらしい。これは筋力の低い私にとって非常に有益な情報だ。


 もう1つ。

 攻撃力の低いプリズムアロー。ロックウルフの顔面に当てても足止め程度の効果しかない威力だった。

 しかし、体内から攻撃した時は4発で体を突き破る程の効果を発揮した。モンスターの体内は非常に防御力が低く設定されているみたいだ。かなり危険な賭けだったが、いざという時は活用できる。

 というか、こんな事知ってる人他にいるのかな? 自ら食べられに行かないと、敵の体内から攻撃なんてできないだろうし。



 一通り食べ終わった後、最後に5段重ねのアイスクリームタワーを注文した。あのアイスのタワーは子供の頃夢だったなぁ。注文を受けた店員のお兄さんが爽やかなスマイルで店の奥に去っていく。

 程なく店員さんが絶妙なバランスで5段のアイスクリームタワーを運んできた。

 あの軽やかな歩みはさすがプロだ。いや、プロでもそうはいまい。危なげなく運んできた店員さんは、まるで花束を手渡す様に優しくアイスタワーを差し出してくれた。

 なんだか照れる。リアルだったら少しときめいていたかも。私は高鳴るハートを抑えながら、そっとアイスを受け取った。

 店員さんはニコリと微笑むと、足を一歩引き、一礼してその場を後にした。


 その時だった。


 店員さんに通行人がぶつかり、よろけた店員さんはまっすぐこちらへ転倒してきた。


「あっ……」


 スローモーションで色とりどりのアイスが私に飛んでくる。

 ベチャリと粘り気を含んだ音を立ててアイスに襲われる私。私は頭のてっぺんから爪先に到るまで、身体中全てをもってアイスを受け止めた。これがお約束か。

 ありがとう。店員さん。確かに受け取ったよ。


「ジャマだ。どけよ」


 ぶつかった通行人は、全身でアイスを堪能する私に一瞥もくれる事なく、店員さんを蹴飛ばした。


「な……!」


 なんたる所業! ぶつかってきたクセになんて事をするんだ。

 ほとんど反射的に、私は椅子から音を立てて立ち上がった。

 そこでようやく通行人の男はこちらに気が付いたようだ。


「店員さん、大丈夫? ……おい、お前」


 私は店員さんを支えて起こしながら、その男をにらみつけた。


 流れる長い銀髪。同様に白銀に輝くプレートメイルで身を包み、黒いマントを羽織っている。腰の両脇には2振りの長剣を下げていた。

 見上げると綺麗に整った顔だが、高い身長からこちらを見下してくる視線を感じる。その相手を舐めた目付きは敵意に満ち、相対する者に嫌悪感を抱かせる挑発を含んでいた。そこには、誰と敵対しても構わないという意志が感じ取れた。

 種族は浅黒い肌と真横に突き出した角から魔人族か。

 引き締まった体格で、身に付けている装備品には細かな装飾が施されている。そのこだわりを感じさせるデザインが、彼のレベルがかなり高い事を窺わせる。

 両脇には取り巻きの美女を侍らせていた。出る所が出ている。コイツらはモブ1号、2号と名付けよう。


 銀髪の男はにらみつける私へ面倒臭そうに目を向けた。


「なんだ? ……あぁ、これで足りるだろ。それで新しいのを買え」


 そう言いながら、男はテーブルに硬貨を放り投げた。そこにはアイスタワーが2つは買える金額が転がっていた。


 しかし、断固として受けとるつもりはない。


「……あやまれ」


「あ?」


 私はいい。だけど、店員さんにした暴挙を私は見過ごせなかった。ぶつかった挙げ句、蹴り飛ばすだと。

 店員さんのあの身のこなし、所作は敬愛に値する。作法のひとつひとつをとっても多くの鍛練を積んで、苦労して身に付けたものだと窺える。磨かれた技術はそれだけでその人となりを見せてくれる。

 そうした人物を私は尊敬している。

 私の信念が、コイツを許す訳にはいかなかった。


「店員さんに……あやまれ!」


 普段あまり出す事のない私の大声に、周囲の客がこちらに目を向ける。


「あやまりもせず、お金だけで済まそうだなんて……ゆるさない!」


「ハッ。威勢のいいチビだ。嫌だ、と言ったらどうするんだ?」


 男はゆっくりと振り返り、こちらに嘲る様な視線を向けてきた。


「絶対にあやまらせる」


 未だにらみつけていると、私の敵意を気にも留めず銀髪の男はこちらに顔を近付けてきた。


「幼龍かよ。しかもまだ始めたばかりのルーキーが。ケンカを売るなら相手を選べ。その度胸だけは買ってやるよ。はははっ」


 そう言いながら指先で私の額を突っついてきた。

 私はそれを避けなかった。ただ、ずっとにらみつけてやった。


「大体それNPCだろうが。モンスターやアイテム。その椅子なんかと同じ、ただのデータだ。謝ろうがどうしようが、お前に感謝するとでも思ってんのか?」


「…………」


 店員さんは何事もなかったかの様に立ち上がると、笑顔で一礼して去っていった。


 店員さんの動きが見事だったので忘れていたけど、NPC。ノンプレイヤーキャラクター。つまりコンピュータに作られたオブジェクトで、プレイヤーと違って人が操作しているキャラクターではない。

 元々心が存在していない。何も感じない。謝らせようが、そこに意味は存在しないのだ。


 銀髪の男とモブ1号2号はクスクスと笑い出していた。

 恥ずかしさに顔が熱くなってきたが、それでも私はこの男をにらみ続けた。

 

「レベルを上げて龍神になれたら相手してやる」


 そんな私の意志を意に介す事なく、銀髪の男は踵を反すとモブ共を連れて去っていった。



 しばらくして、ようやく周囲の視線が私に集まっているのに気が付いた。

 くっ。恥ずかしい。

 しかし逃げ出すともっと惨めな気がしたので、何事もなかった風を装って静かに椅子に座り直した。


「……はぁ」


 それにしても、あのいけ好かない男。腰の両脇に全く同じ剣を差していた。予備というにはいささか不自然だ。

 もしかしたら素手でも両手で殴れるのと同様、二刀流が可能なのかも知れない。これだけ現実を上手く再現している世界だ。両手に剣を持ってはいけないなんて道理はないか。


 そんな事を考えていると、目の前にそっと6段重ねのアイスタワーが差し出されてきた。

 あれ? 頼んでないよ? しかも5から6段に増えてる。


 差し出したのは爽やかスマイルの店員さんだった。

 私は呆然としながら、そのアイスを受け取った。


「あ、ありがとう……ございます」


 店員さんはニッコリ微笑むと、一礼して優雅にその場を後にした。去り際、かすかにこちらへウインクしたのが目に留まった。


 ……あれは、コンピュータの動きじゃない。まさか噂の……。

 私はただただ呆然と見えなくなるまでその後ろ姿を見送っていた。


 アイスは崩れた。

 メロンソーダをジョッキで飲みたい。それを起点に書き始めた話でした。

 冷凍庫でキンッキンに冷やしたジョッキに砕いた不揃いの氷を入れて、よく冷えたメロンソーダをなみなみと注ぐ……。

 甘党なんです。


 先日、アップルパイを作ったら、なんか得体の知れない物体が出来ました。

 カスタードクリームは変な塊の浮いた甘くない何かに。生地は油まみれのなんかブヨブヨした気持ち悪い物に成り果てました。

 凄く不味かったです。責任持って全部食べました。夜中に食べたせいか、背徳の味がしました。


 次回投稿は17日午後8時予定。

 第10話『パーティ募集』


 お楽しみに!

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