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ミケのオンラインリハビリテーション  作者: 白ネコ扇子
第7章・シェリルのとても長い1日
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85・最強の切り札と世界が嫉妬する逃げ足

「どう!? いた!?」


「いない」


「こっちじゃなかった!?」


「方角はこっちだった。たぶんまだ遠くには行ってない」


「じゃあ飛ばすわよ! 掴まって! 振り落とされないでよ!」


 ビルの間から覗く日が少し高く昇り始めた朝の街。

 行き交う車のけたたましいエンジン音に混じって、ガタガタと軋む車椅子が疾走している。


 颯爽と走っていた自転車が慌ててよろめき、その横を一目散に追い抜く車椅子。

 歩道をまばらに歩く人達も通りかかった車椅子に驚き、飛び退いている。

 怒って文句を言ったり、ポカンと眺めたりと、それぞれに反応を返して見送っていた。


 車椅子を押しているのはヨレヨレの黒いスーツを着た赤い髪の女。

 その車椅子には手足をギプスで固められた入院着の小柄な女の子が、唯一自由な左手でしがみついている。


 傍から見たら怪しさ満点のおかしな絵面だ。



 そんな風に思われていても、今の私達にはそれを気にしている余裕はない。


「顔を知ってるのはシェリルだけなんだから、目ぇかっぽじってよく探しなさいよ!」


「リシア。かっぽじるのは耳。目は痛い」


 今、私達はある問題を抱えている。


 私の抱えている問題。

 それは相棒のリシアの実家であるバレンタイン家の手によって、警察官の仕事を失う危機に陥っているというものだ。


 リシアが昨日調べて回ってきた中でわかったのだが、もうあまり残された時間ないようだ。

 どうやら明日の会議で私のクビを検討するらしい。

 いや、それは検討とは名ばかりの出来レースだろう。バレンタイン家の圧力によって、私のクビは既に決定しているのだから。


 世界的な大企業グループの元締めであるバレンタイン家。

 何故そのバレンタイン家がこんな事をしてきたのか。


 それがリシアの抱えている問題。

 リシアは過去に実家であるバレンタイン家と決別し、以降家を出て互いに関わりはないそうだ。


 それが今、突然バレンタイン家はリシアを連れ戻したくなったらしい。

 リシアとの間に何があったのかはこれからリシアに訊くつもりだ。

 戻ったら監禁される事もありえるという親子関係と聞いて、まともな家とは思えない。


 本気になったら全世界の警察相手にも逃げおおせるだろう逃げ足を誇るリシア。

 そんなリシアを捕まえる為だけに、私を人質にした事からもそれは窺える。


 目的の為なら手段は選ばず、人の人生を弄ぶ事に何の抵抗もない。

 それがバレンタイン家に対する私の認識だ。


 ただ、何故リシアを呼び戻したいのか。

 その目的がわからない。

 故に、私達はそれを直接問い質そうと、リシアの父親に会う事を決めたのだった。

 私のクビを取り消させる為に。


 しかし、相手は巨大な組織。

 人ひとりどうこうするくらい訳ない大きな権力と武力を持っている。


「探してる相手って、本当に頼りになるんでしょうね!?」


「私がもう1人いると思っていい」


「それは絶対仲間にしたいわね! 最強の切り札だわ!」


 耳元で荒い息づかいと共に発破をかけられ、私は私が知る中で最も腕の立つ傭兵を探した。


「ゼフォンは絶対見つける」


 ゼフォン。

 昨日、エクステンドオンラインの中で再会し、死闘を繰り広げた……敵だった男だ。


 紛争地帯で育ち、銃弾飛び交う戦場を剣1本で生き延び「死なない生き餌」と呼ばれていた傭兵。

 その実力は私が身をもって知っている。


 今、これ程頼りにできる人物は他に存在しない。


 ついさっき話して別れたばかりだ。まだ近くにいるはず。


「かなり大柄で短い白髪の男。黒い服を着てた」


「それだけでも割りと目立ちそうな感じね。情報屋が頼れない今、シェリルの無駄にいい目と勘だけが頼りよ。限界までセンサーの感度上げて探しなさい!」


「アイアイサー」


 文字通り、最強の切り札となろう。


 リシアの父を呼び出す考えもあったが、電話すら取り次いでもらえないので諦めた。

 しかし、丸腰で突入するのは無謀過ぎる。

 だから、そんな相手と対等に渡り合う為の戦力が今、必要なのだ。



 そんなこんなで小一時間程街中を駆けずり回っていたのだが――


「ぜぇ……ぜぇ……。もうだめ……。休憩」


「いない……」


 ――目的の人物は未だ見つかっていない。


「名前以外になんか手がかりないの……?」


 車椅子にもたれ、しゃがみ込みながら声を絞り出すリシア。

 さすがに徹夜明けで小一時間も車椅子を押して走り回っていたので、リシアも限界だったみたいだ。


「名前も多分本名じゃないと思う」


「本名と住所、連絡先と誕生日と血液型、趣味と好きな女の子のタイプ、休みの日は何してるかくらい確認しときなさいよ!」


「女の子からそんなグイグイいけない」


「それでもマッポの一味か! 恥を知れ!」


 警察官がマッポって言うな。

 それに、警察官でも好きな女の子のタイプは訊かないだろ。


 しかし、連絡先すら訊かなかったのは失態だったな。

 思えばまともな方法で入国してるかも怪しい不審者だ。

 身分証の提示くらい求めてもよかった。


 それは後で訊くとして、他に心当たりはないか。


「そういえばその男、シェリルに何の用があって会いに来たの?」


 リシアが息を整え、よっこらと立ち上がった。


「会ったのは偶然……あっ」


 リシアに訊かれて、ふと思い出した。

 突然変な声を上げた私の顔をリシアも覗き込む。


「お見舞い。そうだ。病院にお見舞いに来たって言ってた」


 ガディンのお見舞いの帰りに偶然私と会ったって、そうゼフォンが言っていたのを思い出した。


「……ふふっ。振り出しに戻るって訳ね……」


 次の目的地がスタート地点の病院と聞いて、リシアは天を仰いだ。

 ……ゴメン。


 乾いた笑い声を上げるリシアに、ちょっぴり申し訳なく思う。

 もうちょっと早く思い出せばよかったな。

 まぁ、気を取り直していこう。


「それより、何人ついてきてる?」


「あー。前に1人。後ろに2人ね」


 私はとりあえず話題を替えるついでに、そっとリシアに訊ねた。

 天を仰いだまま、特に気に留めた様子も見せず小さく笑うリシア。


 次の話題は今、私達を尾行している者達についてだ。


「ずいぶん減ったね」


 病院を出てからずっと複数の追跡者に後をつけられていたのは知っていた。

 だから、リシアは猛スピードで走り続けていたのだ。それとなく尾行しづらい道を選びながら。

 こっちは普段から足で稼ぐ警察官なんだ。街中の道は全て頭に入っている。


 それに、リシアの逃げ足はそんじょそこらの探偵ごときに捕まえられる程ヤワじゃない。

 車椅子の足手まといなどハンデにもならないくらいには。


 ましてや、相手は追跡に関しては全くの素人のようだった。

 多少心得はあるようだが、ギラギラとした気配が全く隠せていない。

 恐らく本来は格闘技を嗜む程度の警備員か何かだろう。


「あの家が雇った警護隊よ。昨日ちょっとからかってやっただけなのに、今日はずいぶんとまぁわかりやすくなっちゃって」


 いじわるな笑顔で再び車椅子を押し始めたリシア。

 だからか。みんなあんなに殺気立ってるのは。

 まぁ、わかりやすくていいか。


「昨日何したかは訊かないでおく」


「世界中が私の逃げ足に嫉妬してるのかも」


「なにそれ」


「ふっふっふっ。逃げ足世界代表として、もう1人の逃げ足さんも見つけ出さないとね」


「そっちは逃げ足だったら困る」



 私達は人で賑わう商店街に差しかかった。

 ちらほらシャッターが開き始め、それを楽しみにもう多くの人が行き交っていた。

 流行りのスイーツや手作りのアクセサリーなど、話題のお店が軒を連ねている。


 私達も尾行さえなければ寄り道したいくらいだ。

 私なんて入院してからこんなに人で賑わう場所に来たのは初めてだし。車椅子に押されながらも、いろいろ目移りしちゃう。

 それを察して、リシアも歩く速度を緩めてお店のショーウインドウに寄ってくれた。


「私の知らない間にこんなお店が……。リシア、あれ食べたい」


「ハイハイ。ちょっとだけよ」


 私が甘い香りの漂うキラキラしたお店を指差すと、リシアはクスクス笑った。

 私の言動が子供っぽかったのは認める。だって久しぶりだったんだもん。


 リシアはスーツの内ポケットから財布を取り出し、いくつかの硬貨と引き換えにクリームたっぷりのクレープを私に買ってきてくれた。


「ありがと」


 礼を言う私に、そっと目配せしたリシア。


「どういたしまして……っとぉ!」


 リシアは私にクレープを渡すと同時に、車椅子の進路を真横に切った。


 そこはビルとビルの隙間にぽっかり開いた、小さな入口だった。

 地中深くへ伸びているそれは、地下街へ繋がる階段。


「またか! 追え!」


「向こうだ! クソッ!」


「わっ!? なんだ!?」


「きゃあっ!」


 途端に背後が騒がしくなる。

 リシアはスロープに車椅子を乗せると、重力加速で一気に下り坂を駆け下りた。

 リシアも一緒に車椅子に足をかけて飛び乗り、バカみたいなスピードで景色が後ろに吹っ飛んでいく。


「ひゃっほ〜うッ!」


「おお〜!」


 ガシャガシャと暴れる車椅子にヒヤヒヤしながらも、そのスリルに歓声を上げるリシアと私。


 この商店街には地上だけでなく、地下街にもいろんな店が開いている。

 その出入り口は街の至る所にあり、その場所もリシアは全て把握していた。


 だから、どの入口がどこに繋がっているのか。1番目的の場所に近いかも当然完璧にわかっている。


『まもなく、3番線からイーストゲート行きの列車が発車します』


 この地下街の、私達が入った入口は地下鉄の最も近い駅に繋がっているのだ。


「慌ててる慌ててるっ」


「リシア性格わるっ。ふふっ」


 急に地下へと消えた私達を追って、追跡者達も急いでこちらに走り出したのが見えた。

 それを見てリシアが、つられて私まで笑っちゃったじゃないか。


 無事下り坂を出て、レーシングカーよろしくドリフトをキメた車椅子のタイヤがキュキュッと甲高い音を上げた。

 すぐに視線を上げて電光掲示板の表示を見やる。

 間もなく電車が出発する。


「どっちだ!?」


「あっちだ! クソがぁ、コケにしやがって!」


 よほど頭に血が上っているのか、最早隠れる事などその頭にはないようだ。

 ホント、リシア昨日何したんだ。


「来たきたきたぁーっ! あっはははっ!」


「リシア。3番線はこっち。笑ってないで前見て」


 ちらりと振り返ったリシアが子供みたいにキャッキャと叫ぶ。

 私が指摘しなかったら柱にぶつかってたぞ。グニャリと曲がりかけた進路を慌てて修正。

 ほっとしたら私も笑みが零れた。


 私達は急いで改札口に走った。

 後ろからはドタドタと慌てた追跡者達が転びながらも懸命に追いかけてくる。


 クレープを買った時に出したままの財布を改札機に押し当てるリシア。

 瞬時に財布内のICカードが自動的に支払いを済ませ、小気味よい音で入場を促す。


「おい! 何だお前達! 無賃乗車は許さんぞゴラァ!」


「うるせぇ! 邪魔だ! どけっ!」


「何やってんだ!」


 追跡者達は財布を取り出すのに四苦八苦したり、改札を乗り越えようとして駅員と取っ組み合いをしてゴタついているようだった。


 車椅子ごと改札を駆け抜け、私達は駅のホームへ躍り出た。

 そして、扉が閉まる直前で電車の中へと滑り込むのに成功したのだった。


「よっゆう!」


 そんなドヤっとした笑顔で白い歯を見せるリシア。


 だが。


「うぐぐぐぎぎぎぎ……ッ!! 待……っちやがれ……!」


 なんと、追跡者の1人が私達の前で無理矢理電車の扉をこじ開けてきたのだ。


 昨日からリシアに挑発され続けてきたのだろう。その目は血走り、真っ赤な額には青筋が浮き出て脈打っている。


「……本当にリシアの逃げ足に嫉妬してるのかもね」


「やだっ。ちょっと嬉しくなっちゃう」


 強引に電車に乗り込み、私達の前にたどり着いた追跡者の男。


「ゼェゼェ……! に、逃さねぇぞ……! 小娘ぇ……!」


 その男が汗を垂れ流した顔にニヤリと勝ち誇った笑みを見せた――


 ――次の瞬間。


「きゃーっ。痴漢よー」


 わざとらしい悲鳴を上げたリシアが、男の胸倉を引っ掴んだ。

 直後、男の天地が逆転した。


「せいやっとぉ!!」


 リシアの見事な一本背負いによって、上半身から思い切り床に叩きつけられた男。

 エグい角度で叩きつけられた頭から、もの凄い音が電車内を駆け巡る。

 私やたまたま居合わせた周りの乗客も思わず目を背けた程だ。


 警察官なら街中の道は全て頭に入れている。

 だが、リシアはそれだけじゃなく、全ての交通機関のダイヤまでも完璧に網羅している。

 しかも、こうして追跡者がギリギリ1人電車に滑り込めるタイミングまで計算できるのは、世界でリシアただ1人だろうな。


「さ・て・と・っ」


 私が感心している側で、リシアはおねんねした男の耳から延びる一本の線を引き抜いた。

 それから、そこに繋がるイヤホンを自分の耳に押し当てた。


『目標は地下鉄に乗った! イーストゲート方面の各駅に人員を配置しろ!』


 それを聞いたリシアが薄く目を細めてニヤリと笑った。


「イェイ!」


 それはもう、とってもいい事を閃いたイタズラっ子の様に。


 そうして、リシアは軽く咳払いすると、男の懐から小型マイクを引ったくって声を低く、低く変えていった。


「んっんん! アーアー。……クソッ! 奴ら、出発直前で反対のウエストゲート行きの電車に乗り換えやがった! ウエストゲート方面の駅に人員を配置しろ! 繰り返す! ウエストゲート方面の駅に人員を配置しろ! 急げ急げ早ぁ〜くッ!! ……うふっ」


 俳優も驚きの名演技で通信を終えると、リシアはこちらにウインクした。ウザい。

 だけど、本当に大した奴だ。そう素直に称賛した。


「はぁ〜い安心してくださ〜い、警察で〜す。はいはいどうもね〜どうも〜。……はぁ〜っ。シェリル。着いたら起こしてぇ。もう限界……」


 テキパキと後始末を終え、周囲で固まっている乗客達に笑顔を振りまくと、リシアはドカッと座席に腰を落とした。

 そして、溶ける様に背にもたれかかると、もう寝息が聞こえてきた。


 そういえば、徹夜明けなんだった。リシア。

 なのに、車椅子を押しながら走り回ったり、人を投げ飛ばしたりしてたら無理もない。


「ん。おやすみ」


 もう届いていないだろうと思いながら、私は買ってもらったクレープを頬張る。

 長椅子でだらしなく眠るリシアと床に転がったままのもう1人を眺めながら、私は束の間の平穏を味わった。


 タイムリミットはあと1日。


 こうして、私の人生で3本の指に入るだろう、とてもとても長い1日が始まったのだった。

 次回、第86話「トラブルメーカーズ」(仮)


 次回投稿は未定です。

 第7章が完了、もしくは大筋が決まった辺りで投稿する予定。

 それまでに先に6章のキャラクター紹介を近いうちに載せます。


 どうぞお楽しみに!

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