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ミケのオンラインリハビリテーション  作者: 白ネコ扇子
第6章・チェック
83/87

81・対立する最大勢力と最強

「此度の勝利と、そして皆の尽力に感謝を捧げる」


 グラスを掲げ、キラキラ揺れる赤い液体にソディスは皆の注目を集めた。


「これは……とても美味しいです」


「アスタルテ! それは俺が狙ってた……! あ、おい! ちょっとは譲れよ!」


「ジノ坊やの作る料理はどれも絶品だねぇ。あ、それももらえるかい」


「ジノくん! おかわり〜! ほらほらぁ〜。ジノくんより今日大活躍したシェルティちゃんにもっとご褒美あげてもいいんですよぅ……あっ! 待って! 調子乗りました! ごめんなさい! ごめんなさいぃ〜!」


「おい。俺も呼ばれてよかったのかよ?」


「いいだろうさ。俺達もがんばったんだし」


「私もジノ君の作る料理が食べられてよかったよ。君達もほら、遠慮せずに召し上がれ」


「まだまだたくさんあるから、みんなじゃんじゃん食べてってよね!」


 ……訳もなく、テーブルいっぱいに並んだ豪華なディナーに全員夢中になっていた。


 ここは私達のクラン『ヘテロエクス』のクランホーム1階にあるパーティールームだ。


 戦いの後、私達は生き残ったメンバーで王城内に敵の残存部隊が潜んでいないかを確認し終えてから、城を後にした。

 王はかろうじて生存していたものの、瀕死の重傷だった。

 しかし、「案ずる事はない。余の事は城の者に任せよ。大義であった。そなたらの活躍、決して忘れる事はない」と、言っていたので帰る事になった。


 城の者。王様を守らずに一切姿を見せなかったけど、何してたんだ? ……というツッコミはしないでおいた。そういう仕様なんだろう。


 ボロッボロの玉座に座って爽やかな笑顔でそう告げられたものだから、私達もそれに従ったけど。

 ……ボロッボロなのはソディスが装飾品を全〜部剥ぎ取ったせいだから、なんだか申し訳なかった。

 でも、そのおかげで王を唯一回復できるポーションが作れたんだし、仕方ない。ソディスのお手柄だ。


 ただ、回復不能な体の問題はいずれどうにかせねばならない。材料が尽きた今、あのポーションはもう作れないのだ。

 また再び魔王軍陣営の襲撃を受けた場合、もう戦う事はできないだろう。


 今回の戦い。半分以上私達は王に守られたようなものだ。

 王の力。いや、民を守ろうとするその意志に、私達は助けられた。

 目を閉じれば、瞼の裏にあの王の大きな背中がまだはっきりと浮かび上がる。


 NPCにどれだけ人の様な意識があるかはわからない。

 だが、あの勇姿が虚像であるとは私には思えなかった。


 国にとって、ひいてはこちらの陣営にとって急所である王が自ら前線に出るなど愚かしいと言う人もいるだろう。

 だけど、私達の為に全身に傷を負ってまで戦い続けた王の姿を、私達だけは絶対に忘れない。


 そんな傷だらけの体を押して笑顔で私達を見送った王を思い出しながら、私は胸の前で拳を握った。

 心の底から敬意を込めて。



 そうして城から出た私達は外でこれまで倒れていった仲間達と合流して、ここ私達のクランホームへと移動したのだった。


 誰も注目しないまま、ソディスは気にする様子もなく掲げたグラスをチビチビと煽った。


「ソディス。乾杯」


 そんなソディスに、私は琥珀色の液体が入ったグラスを差し出した。

 ソディスの背が高いせいで、グラスを当てようと届かせるにも一苦労だ。気にせず私もチビチビ飲んだ。

 アルコールの強い気が鼻を抜け、顔が熱くなる。仕事明けの一杯はゲームの世界でも格別だ。


 ちなみに、獣身覚醒の反動で焼け落ちたエメラルドリリィの代わりに、着替えた時に脱いだグレーのノースリーブのブラウスと予備のズボンを着ている。

 【装備解除不能】のマイナス効果がある服だったんだけど、完全に破壊されたせいでその効果も失われたようだ。


 カランと酒に浮かぶ氷が冷たい音を鳴らした。


 ここ、ヘテロエクスのクランホームに集まったのは、最終的に王城に突入したメンバー10人だ。


 私とソディス。ジノとシェルティはもちろん、私達の馴染みのギネットさん。

 シェルティの背中のフードで器用に寝ているハービィもいる。

 街で偶然出会い、玉座の間の戦いまで付き合い大活躍したアスタルテとネストも料理に舌鼓を打っている。

 それから、ドルガン、ビスレ、ヒューイの3人。

 皆今日の戦いに欠かせなかった頼りになる仲間達だ。


 ちなみに、ソディスが集めた他のプレイヤー達にはソディスがしっかりと報酬を支払い、解散した。

 報酬の内容は「ギネットさん謹製の装備品」を各自5つずつ、だそう。かなり奮発したな。

 ちなみにソディス作の不思議アイテムは全員にハッキリと断られたらしい。

 みんなが快く集まってくれた本当の理由がよくわかったよ。


 街へ出ると、暗くなった街中にチラホラ侵攻クエストで倒れたであろうプレイヤーの姿が見えてきていた。

 そうして、私達は他のプレイヤーが増えてくる前に急いでここへと移動してきた訳だ。


 芳ばしい、または甘い、さらには濃厚な、興味と食欲をそそられる香りが部屋の中いっぱいに踊っている。

 ほかほかと白い湯気が立ち昇る大皿から、私は金色のソースがかかったスペアリブを1つ小皿に取り分けた。


 私達のクランホームの1階は広いパーティールームになっており、多くの人が集まっても十分なスペースを確保できている。

 白く清潔感のある壁に、蜂蜜色の温かみを感じる木の床。

 そんな中で黒く太い梁がワンアクセントとなった天井から、白金色のシャンデリアが部屋の隅々まで明かりを行き渡らせていた。


「ミケ。今日の戦いご苦労だった。それに、ミケのおかげで我輩も事前に早く動く事ができた。ありがとう」


 ソディスはグラスをテーブルに置き、高い上背の頭を私に下げた。


「…………」


 そんなにまっすぐ感謝されると照れる。

 私は顔を背け、ちょっぴりどもりながら「ん」とだけ返事をした。


「ひとまずは勝利を祝おう。今回は……運がよかった」


 ソディスはそう言うとグラスに揺れる波紋を眺めながら、どこか遠くへ視線を向けていた。

 私は隣でそんなソディスの顔を見上げ、その考えにそっと頷いた。


「……ゼフォンが私との戦いに固執してた。だから王様が見逃されてたのが大きい」


 でなければ即座に王を倒す機会は何度もあったはずなのに、ゼフォンはそれより私との戦いを最優先にした。

 魔王軍陣営にとっては裏切り行為である。そのおかげで私達は首の皮一枚繋がったとも言えるが。

 その行為にゼフォンは向こうで何かしらの処罰を受けるだろう。

 それを加味してでも、ゼフォンの意志は向こうの誰にも変える事はできなかったはずだ。

 それに、ゼフォンの処遇を心配したって私にはどうにもならない事だ。


 だが、ソディスの考えはまた別の所にあるらしい。


「今回の襲撃。投入されたのが魔王軍陣営の少数精鋭でなく、中立陣営の大規模な傭兵部隊だったならば、我々はもっと容易く敗北していた」


 もっと戦略的な観点。

 もっと大きな視野で見た場合、今回の襲撃はもっと効率的に攻める手段もあったという事なのだ。


 決闘狂・ベリオン。

 ベリオンは中立陣営だった。

 今回ソディスが行動を始めたきっかけは、私がベリオンから奪取した「セーブジェム」というアイテムから始まった。


 自陣営、または空白地帯でのみ一度だけログアウトした地点から再ログインできる効果のある、希少なアイテムだ。

 敵はそれを使いながら、10日もかけて不毛の山岳地帯を踏破してきた。

 数が少ない故に、少数精鋭での行軍となった訳だ。


 しかし、それを雇った中立陣営の傭兵に持たせたならば。


「今回の侵攻クエスト開始前に……それこそ前回の侵攻クエストの時にでも、この王都付近の山岳地帯に直接ログイン地点を設定したならば。今日の侵攻クエスト開始と同時にログインし、速攻が可能となる」


 中立陣営ならば、王国陣営のプレイヤーを仲介してポータルで王都に来る事もできる。

 前回の侵攻クエストで王都直近にてセーブジェムを使い、帰還直後に魔王軍陣営に改めて雇われ、ログアウト。

 それならば今日まで1週間ログインせずに待つだけで、長い行軍を必要としない分セーブジェムを最小限に節約できる。その余ったセーブジェムで大量に人員を投入できたはずなのだ。


「実際、城の外で足止めに使われていた者達の何人かは、決闘狂の様な中立陣営の傭兵だった可能性がある」


 そう。

 あの灰色のフクロウ、不死身のジミーも決闘狂は露払いの役を負っていた、と言っていた。

 ベリオンや、それこそゼフォン程といかなくても相当の実力者を大規模に投入されていたとしたら、勝敗は逆転していたかも知れない。


「でも、なんでそうしなかった?」


 私はグラスに口を着けながら、疑問を口にした。


「……信用、の問題であろうな。本来自分とは異なる陣営なのだ。極秘で進めていたであろう作戦を伝える場合、その秘密を絶対に守れる人員を選別せねばならない。実力も伴うとなれば、その数も限られてくる」


 確かに、奇襲は情報統制が最も重要だ。

 情報は売買できる価値がある。

 それを踏まえても秘密を厳守できる、信頼できる人物を見定めるというのはとても難しい事だ。

 ベリオンも性格は最悪だったけど、実力と戦いにおいてだけは誠実だった。


「それに、通常の侵攻クエストならば、領主討伐は中立陣営の傭兵であろうと雇った陣営の手柄となる。しかし、陣営の君主の討伐は前代未聞の事柄だ。魔王軍、中立陣営、どちらの手柄となるか、未知数な部分が多い。故に、自陣営の精鋭を投入する事を選択したのだろう」


「あ、そうか。城内に進んだ敵に比べたら外にいた敵はレベルが低かった」


 そうだ。城門前での戦いを思い出すと、城内に侵入したレベル90を超えるメンバーと比較して、70〜80台と低かったのを覚えている。


「恐らく王との戦いでとどめを刺されるのを防止する為であろう。魔王軍陣営の者がとどめを刺す取り決めをしていたとして、最後に裏切る可能性はゼロではない。だから外に留め置いた」


 例外的に高レベルだったガディンと黒衣の魔法使いはその監視も兼ねていたのだ。

 レベル差もある故、裏切られても容易に制圧可能という計算もあったのだろう。


「だから、『信用』という問題が払拭できなかったおかげで大規模な中立陣営の傭兵部隊投入は、見送られた……」


 それでも、なりふり構わず中立陣営の傭兵を投入させてきたら危なかった。

 そこが、ソディスの言う幸運だった。


 一応、侵攻クエスト当日の今日、ポータルで出発直前にパーティから離れて魔王軍陣営と合流……というプランも考えなかった訳ではないが除外したとの事。

 まぁ、傭兵がそこら中で一斉にいなくなったら明らかに怪しいもんね。


「じゃあ、自分達が中立陣営に移籍して、セーブジェムを使って、また魔王軍に戻ってログインすればいいんじゃないですか?」


 ふと、私とソディスが話し込んでいたら、手に持ったお皿に大量の料理を乗せたシェルティが会話に入ってきた。

 それからお口いっぱい詰め込み、リスみたいになってるその顔に「ナイスアイディア!」と自信あり気な言葉が浮かんで見える。

 精霊族であるシェルティの周囲に漂う小精霊も、心なしか弾んでいる様に輝いていた。


 シェルティの挙げたそれに「なるほど」と、私は手を叩きそうなった。

 けれど隣を見上げると、ソディスは澄ました顔でまるで用意していたかの様に返答した。


「シェルティ。確かに、そうであれば最も恐ろしい事ではあるな。だが、それは難しいのだ」


 ソディスの返事に、シェルティは食べ物で口を膨らませたまま首を傾げた。


「それは『百日制限』のせいさ」


 その疑問に答えたのはギネットさんだ。

 ミートソースのたっぷりかかったスパゲッティの皿を持ちながら、フォークを真上に立てている。

 ただ、その口周りをソースで真っ赤に染めながら。なんでそういう所は見た目通りなんだ。


「ひゃくにちせいげん?」


 そんな事など気にせず膨らんだ頬袋の中身を飲み干すと、シェルティはますます首を傾げた。


「新規プレイヤーや一度陣営を移籍したプレイヤーは、再び移籍できる様になるまで『百日間』移籍ができない様にシステムにロックがかかっちまう仕様なのさ。だから、おいそれと何度も移籍するのは難しいって事さね」


 そう答えながら、ギネットさんはフォークにクルクルとスパゲッティを巻き、モグリと一気に頬張った。口周りにソースを塗り重ねながら。


「ふ〜ん。百日待つなんて、のんびり屋さんしかできないですもんね」


 手に持った皿から大きなミートボールをまた1つ、フォークで口に運んだシェルティ。


「加えて、移籍する為に必要な手続き自体数日もの日数を要するクエストを経なければなりません。その最中はどの陣営にも雇われる事ができなくなります。それも踏まえて、あまり現実的とは言えません」


「あぁ、アスタルテは元々傭兵として中立陣営にいた事もあったんだよな」


 アスタルテとネストがふんだんに果物を使った、クリーム山盛りのケーキを皿いっぱいにいくつも並べてこっちにやってきた。

 その1つをフォークで口に運ぶと、アスタルテはうっかり指先に付いたクリームもペロッと舐めた。


 中立陣営は雇われないと他の陣営とパーティを組めないらしい。ポータルを使うにはその領土を支配する陣営のメンバーとパーティを組む必要がある。


 移籍に伴う枷の数々。

 個々人それぞれ移籍の経験とその時期によって準備期間もまた変わってくる。

 仮に全員が魔王軍陣営から移籍した事がなかったとしても、やはり準備期間は最低百日と長くかかる。

 ただ、全員足並みを揃えられるかを置いておけば、これは待つだけだから時間が許すのなら難しい事ではないかも知れない。


 それよりも、セーブジェムを使用後、ログアウトせずに数日かかる移籍の手順を踏むのはアスタルテの言う通り現実的ではない。


「なら、信頼できる自分自身が中立陣営に移籍して傭兵になっちまえばいい。それなら手間も準備期間もかなり短縮できるし、山越えのリスクも無くなるだろう?」


 串焼きの肉を片手に話に入ってきたのはドルガンだった。

 玉座の間の前で壁越しの斬撃によって無念にも倒れたものの、城門前での戦いでは倒れゆく仲間達を鼓舞しながら戦い抜いた猛者。

 一見ただの角刈りのおじさんだが、どんな逆境でも仲間を見捨てない男気のある人物だ。


 ドルガンがシェルティのアイディアに少し修正を加えてそれを述べた。

 確かに、それなら問題はほとんど解決する。


 それに、山越えにおける高所からの転落死は、高レベルプレイヤーであっても即死となる大きなリスクがある。

 王城の最上階から転落したリゴウの死に様がそうだった様に。


 そんな山越えという大博打を避け、確実に最強戦力を王都へ届けられる。

 「10日間ゲームだけに没頭せねばならない」という常人では不可能な条件も必要なかっただろう。


 だが、それも否定する理由をソディスは答えた。


「否。仮に『城塞』、『鴉羽』、『赤龍』、『青薔薇』。あれだけ名の通った者達……それに準ずる者だったとしても、敵陣営の有力者達が中立陣営に移ったならば、それを黙して見過ごす程我々の陣営も愚かではない」


 向こうの陣営ではかなり名前が知られている有名なプレイヤーだという面々だ。

 それが陣営から抜けるとなったら、間違いなくこちらの陣営もすぐに察知するだろう。

 むしろ大ニュースになる事は間違いない。


 単純に中立陣営となった自身で王にとどめを刺せなくなるリスクもある。


 そんな時、ギネットさんが不意に呟いた。

 

「ゼフォン……って名前を聞いた事がある奴はいるかい?」


 しん、と静まり返る一同。

 全員が記憶を探り、口を開けないままでいる。

 しばらくしても挙手し、言葉を発する者が出ない。


 そういえば、ゼフォンと対峙していた時もギネットさんやネストも知らないようだったとのやり取りを思い出した。

 私もゼフォンがリアルで「死なない生き餌」と呼ばれていた事は知っていた。

 けど、ゲーム内でのプレイヤーとしてのゼフォンの事まで知っていた訳ではない。


 最古参プレイヤーでいつも私の思いもよらない情報をどこからか引っ提げてくるソディスも、ギネットさんのの発言を頭で反芻しているのか口を噤んだ。

 それからしばし思案に暮れていたソディス。


 確かに、特にゼフォンの戦力はたった1人であっても戦略級の一手だったのは確かだ。それは戦った私達が一番よく知っている。


 ……それを、誰も知らない?


 ソディスは顎に手を添え、目だけが計算式を追う様にせわしなく動いている。

 そして、ちょうど1つの結論に行き着いたのか、ハッと目を見開いてギネットさんを見た。

 迎え撃つ様にギネットさんもソディスを仰ぎ、訊ねた。

 

「あの場に居合わせた連中はどいつもこいつも名の通った有名所ばかりだった。だが、ゼフォンという名はあたしゃ聞いた事がない。ソディス。お前さんもそうだろ?」


 幼い顔の眉間に重くシワを寄せるギネットさん。


 誰も知らないのなら、それこそゼフォンだけでも傭兵として送り込む事もできたんじゃないだろうか?

 でも、それをしなかったのは何故?


 その問いに、ソディスも出たばかりの結論で答えた。


「ゼフォンは……初心者、だったのかもしれん」


 「初心者」というゼフォンというあの強大な敵からは想像もつかない単語に、一同にどよめきが走った。


「ゼフォンは……百日経たずにレベルを108まで上げ、あれだけの強さをつけた。新規プレイヤーだから故に移籍が不可能だったのだ。彼らはゼフォンという最強のカードを徹底的に隠したかった。しかし、あれだけの強さだ。情報を秘匿しようともいずれ必ず人の噂に上る事は避けられまい。故にその前に電撃作戦を決行せねばならなかった」


 ソディスの話を聞きながら、ふとギネットさんの顔が強ばった。


 ゼフォンの【魔神覚醒】の強さには、時間制限と反動による死という大きな弱点もある。

 対策を打とうと思えばいくらでも方法は考えられるのだ。

 だから、その前に行動を起こしたのだろう。


 さらに、たった百日足らずでレベルを108まで上げたという事も驚異的だった。

 私だって始めて1ヶ月足らずだけどレベルはまだ31だ。これからレベルが上がるにつれて上昇速度は鈍っていくだろう。

 あの決闘狂・ベリオンでさえ中立陣営に移籍できる日数を経てもレベルは40台だったのだから、その凄さがどれ程のものなのかが理解できる。


 ソディスがそう言い終えると、部屋の中がしん、と静まり返った。

 ごくり、と唾を飲み込む音が時折聞こえる。


 凍りついた空気の中、それを打ち破る様にソディスは続けた。


「まぁただ、セーブジェムはその絶対数が少ない。十数人、10日分用意するのもかなり無茶をしたはず。加えて侵攻クエストで陣営全体を動かす程の大規模な囮作戦まで講じる程だ。恐らく今回の作戦は魔王軍陣営一丸となった決戦だったに違いない。それを打ち破ったのだ。もう同じ作戦は二度ととれまい」


 ソディスは澄ました顔でそう言う。

 それを聞いてドルガンを初め、皆から安堵の吐息が漏れた。

 一瞬、緊張感が緩んだ。


 しかし、加えてこう言った。


「だが、我輩は戦いに疎い。ギネット」


 そうして、腕を組んだまま押し黙るギネットさんをソディスは一瞥した。


 緩んだ緊張感の中、ぽっかりと穴が開いた様にそこだけが未だ暗く沈んでいる。


 古参のプレイヤー同士にしかわからない視線で、それに応える様にギネットさんは口を開いた。


 何故、ギネットさんはこんなに青く強ばった顔をしているのか。

 先程からずっと――ソディスの話の中から何かを拾い上げた時から、ギネットさんの表情は曇ったままなのだ。


 ギネットさんの実力は相当高い。私から見ても、同等レベルならばまともに手合わせしたら勝敗はどちらに転んでもおかしくないくらいにあるはずなのだ。

 そのギネットさんが追い詰められた獣の様に歯を食い縛る程の理由が、これから発せられる言葉にあるというのか。


 重苦しく、たった一言。


「黒城」


 その発せられた単語に、ソディスを初め、アスタルテ、ドルガン、料理を摘んでいたネストまでもが一斉に冷や水を浴びせられた様に戦慄を走らせた。

 皆の顔色からより重い、何か言い知れぬものを感じる。

 私にも一瞬で周りの空気が鉛の様に全身にのしかかってきた様に思えた程に。


 たった1つの、その名前によって。


 私とシェルティはそんな皆の様子を訝しみ、キョロキョロとその表情を見回す他なかった。

 そんな皆の雰囲気にシェルティが耐えられなくなったのか、訊ねた。


「……あの、一体『黒城』ってなんですか?」


 手練の仲間達すら表情から不安を隠せなくなる程のものを、その名前から感じる。


 シェルティの問いに応えて――自身の不安を吐露する為にか、ギネットさんが口火を切った。


「黒城ってのは……魔王軍陣営『最強のクラン』だよ。メンバー全員を合わせても十数人しかいないにも関わらず、一人一人が一騎当千を誇る規格外のクランさ。だから、有象無象とはいえ一番勢力がデカいガーチのクラン……クローズド(絶対)ガーディアン(守護領域)とよく『どっちが強いか』って引き合いに出される事が多いのさ」


 最強のクラン。

 ガーチ率いるクローズドガーディアンの構成人数は出入りも激しい為、正確な人数はわからないそう。

 しかし、クランの、ひいてはクランマスターの自由な気風とその影響力によってその勢力は魔王軍最大勢力となったそうだ。

 その構成人数は今や千や万といった規模だという。


 それを相手にたった十数人でも対抗ができるというのだ。


「あたしもかつてその1人に会った事がある」


 眉間にシワを寄せるギネットさんの喉からゴクリと唾を飲む音が聞こえた。


「3パーティ合同で高難易度ダンジョン攻略のレイドを組んでいた時。突然現れたそいつに丸ごとダンジョン攻略を横取りされたのさ。たった1人にレイドを全滅させられてね」


「1人がレイドを全滅!?」


 ギネットさんの告白で、ドルガンを筆頭に何人かから驚愕の声が上がった。


 それも無理はない。

 ギネットさんが必要とする程の攻略メンバーだ。

 ギネットさんは生産職だ。本来戦闘に特化した性能を有している訳ではない。

 全員がギネットさんと同等か、戦闘職であればそれ以上の戦闘力を持っていた事は想像に難くない。


 それが、たった1人に壊滅させられたという意味。

 私の額にも汗がにじんだ。


「今回の襲撃。黒城のメンバーはいなかった。恐らく……ガーチがゼフォンの情報を本当に隠したかった相手ってのは、黒城の連中だ」


 一丸となったはずの魔王軍陣営。

 しかし、その最強戦力がいない。

 それがギネットさんの心に魚の小骨の様に刺さった不安の正体だった。


「それで、ギネットはどう見る?」


 そんなかつての記憶に沈むギネットさんを、ソディスの声が呼び戻した。


 ソディスの言葉に少しバツが悪そうな顔をして、ギネットさんは苦笑した。


 それから目を閉じ、腕を組んだまま唸り声を上げるギネットさん。

 眉間のシワを深くし、組んだ腕の上を指を忙しなく叩いている。

 そうしながらしばらくして、ギネットさんは大きく息を吐いて、ゆっくりと目を開いた。


「……よく引き合いに出されてるのもあってか、実際魔王軍最大勢力の『クローズドガーディアン』と最強クランの『黒城』が犬猿の仲なのはソディスは当然、他の皆も多少聞いた事があるだろう?」


 私とシェルティはないが、他の皆は次々と頷いていく。


「たぶんだが、今回の襲撃はここアルテロンドに到着した時点で成功だったのかも知れない。逆に言えば、王討伐は失敗するものと思われてた。魔王の力を知ってる奴らなら、ガーチ達だけじゃ王を倒す事は不可能だ……ってね」


 私達はあの襲撃メンバー全員と戦った。

 その実力が抜きん出て高い事も体で知っている。


 それでも、彼らはチームワークに欠けていた。

 あれでは王の高い攻撃力と手数を凌ぎ切れず、個々に撃破されていっただろう。


「黒城の連中はみんな自尊心の塊みたいな奴らだ。そうでなけりゃ自分達で王を倒したいと考えるはずさ。だからガーチ達の行軍を見逃した」


「しかし、ゼフォンの力を知っていたら、そうはいかなかった」


 ソディスがそう言うと、ギネットさんは頷いて続けた。


「ああ、どんな妨害をしてでも行軍を邪魔しただろうね。ゼフォンを勧誘もしたかも知れないし、セーブジェムを強奪だってできた。襲撃チームを黒城メンバーが乗っ取った可能性もあるさな」


 今回、王が追い詰められたのは、ひとえにゼフォンという唯一無二の存在があったからだ。

 他の強敵も魔王軍最精鋭の名に恥じない実力者だった。それを踏まえてもゼフォンは遥かに突き抜けていた。


 そのゼフォンの実力を見たばかりの私達を前にして、そう言い切るギネットさん。その言に、私達に戦慄が走る。

 それに、暗に黒城のメンバーは皆あのゼフォンと同等以上の実力があるという事でもあった。


「だから、魔王軍陣営の本当の目的は、私達が囮と思ってた侵攻クエストの方かも知れないって事さ」


 そうか。前回こちらの陣営は侵攻クエストで完敗していた。

 想定外の全軍突撃で、ほとんどの領土で敗北。前線を後退させるはめになった。

 それもあって今回はこちらの陣営もいつも以上の人員を投入していた様だし、両軍入り乱れる大混戦となっているだろう。

 ちょうど今、見知らぬどこかで戦火が上がっているのだ。


「あたし達は次の侵攻クエストからどうしても王都の守りを固めざるを得なくなる。それがどんなに可能性が低くとも、ね」


 そのせいで今の王都は空っぽになってるのだ。

 その裏を突いて丸裸となった王を奇襲された。

 次回から警戒して守りに戦力を割かざるを得ないのは必然だろう。

 そうして、それは侵攻クエストに出ていくこちらの戦力を削る事になるのだ。


「侵攻クエストは長らく停滞が続いてたからね。そこに大きな変化を与えたかったのかも知れない。それも、なるべく自分達に有利な形で……。それが、ガーチと黒城の出した妥協点だった……ってとこだろうさ」


 ガーチ達を囮に、領土拡大を大幅に推し進める。それが敵の本来の目的だったのだ。


 両陣営共に戦力が拮抗し、侵攻クエストは長らく停滞していた。

 ほとんどのプレイヤーが日常的に集団戦の訓練をしている訳ではない。故に戦いであまり複雑な作戦の行使は困難だ。

 結果、単純な正面衝突になる場合がほとんどで、勝っては負けてを繰り返している。

 最近では領土も発展してきて、全体的にやや守りに入っていた様な傾向もあるそうだ。


「ともかく、黒城の連中を出し抜いてこちらの王を獲るっていうガーチ達の目論見は失敗に終わった。……とりあえずはソディス、お前さんの言う通り、すぐには次の動きはないとは思う。そこだけは、まぁ安心してもいいだろうねぇ……」


 そこまで言い終えると、ようやくギネットさんはイスに腰を下ろして深く背もたれに沈み込んだ。


 しばらくは襲撃の危機はない。

 今回の不毛の山岳地帯行軍がかなりの無茶だったのは誰の目にも明らか。同じ方法での奇襲はソディスも言っていたが、もう不可能だろう。

 警戒は怠れないが、少なくともすぐに次が来る事はないので緊張しすぎなくてもいいか。


 私も無意識に固まっていた肩をほぐしながら、ギネットさんを眺めていた。


「…………」


 だけど、ギネットさんは言わなかったが、恐らく――



 ――次は、黒城が来る。



「こ〜らぁ〜っ! もうっ! みんな何やってんだよ! 料理が冷めちゃうだろ!」


 せっかくのごちそうをほったらかしにして話し込んでいた私達。

 怒気を孕んだ呼び声の方をみんなが振り向くと、そのごちそうを作ってくれたジノが目を吊り上げてこちらを睨んでいた。


 そうだな。今は心配しても始まらない。

 とりあえずの危機は去った。

 ジノの言う通り、今は料理を楽しんだ方が建設的かも知れない。


 私達は誰ともなく顔を見合わせると、少しずつ肩の力が抜けて皆食事に戻っていった。




「絶品です。このクリームチーズとベリーのタルト。これまでたくさんスイーツ巡りをしてきましたが、これ程美味しいベリータルトはリアルでもお目にかかった事がありません。ジノ」


 いつも冷静沈着で表情をあまり変える事のないアスタルテ。

 そのアスタルテが手に取ったタルトをサクリと一口齧った途端、少し頬を染めてその作り手に賛辞を送った。


「ふ、ふん! このくらい普通だし。褒めたって何も出ないからな! そんなに気に入ったなら、こっちのミルクレープだって負けてないから!」


 あまりの絶賛っぷりに、腕を組んで照れて赤くなった顔を背けるジノ。素直じゃないのか素直すぎるのか、ジノはテキパキと大皿から自慢の逸品を取り分けてアスタルテに手渡した。


 ああ、あれ美味しいんだよな。

 ふわふわのミルフィーユ生地に甘いクリームと、パイナップル、キウイフルーツ、モモをそれぞれすりおろした、果肉と果汁たっぷりのソースを丁寧に塗り重ねたミルクレープだ。

 甘くて一口ごとに変わるフルーツソースのカラフルな味わいはジノにしか出せない、私もお気に入りの逸品だよ。


 アスタルテも一口食べて唸り、二口目にしてちょっぴり頬が緩んだ。


「ジノ。あなたは素晴らしい料理人です。おかわりをいただけますか」


「まったく、しょうがないな」


 ジノは渋々といった表情で、しかし踊る様な足取りでアスタルテのリクエストに応えに行った。


「……ホントだ。こりゃアスタルテが絶賛する訳だ」


 ネストも少し離れた場所からその様子を横目に、同じミルクレープを一口頬張り感嘆の声を漏らしていた。

 と、同時にいつの間にかお皿が空になって驚いているくらい気に入った様子。


「ジノは私達自慢のシェフ」


 ちょうどその隣にいた私も自分の事ではないのになんだか胸を張りたくなった。


「ははっ。アイツをうちのパーティで雇ってからずいぶん長いが、アスタルテのあんな顔、初めて見たぜ……」


 ふと失笑したネストの目を追うと、もう二皿目を食べ終えようとしていたアスタルテの姿があった。

 わー。あんな顔もするんだ。


「雇った?」


 ただ、ネストの口から出た単語に、私は首を傾げた。


「ああ、元々アスタルテはソロでやってた傭兵だったんだ。中立陣営にいたって言っただろ? 昔、侵攻クエストで俺達のパーティが雇ってから妙にウマが合ってよ。あ、他のメンツはワケあって今日はいなかったけど、いずれ紹介するよ。それからちょくちょく雇う度にいつの間にかずっと仲間でいる事が多くなって、今に至るって訳なんだ」


 あぁ、きっと食べ物の好みがピッタリだったんだな。

 ネストもおかわりをし、その幸せそうな顔を見てすぐわかった。

 今日いないネスト達のパーティメンバーもきっとそうなのだろう。

 前回の侵攻クエストではネスト達と一緒に戦っていたと記憶してる。まぁ、アスタルテの印象が強すぎてほとんど覚えてないから、いつか紹介してもらえたらいいな。


「で、元々弱小チームだったせいでアスタルテにおんぶに抱っこだったから、アスタルテの金魚のフンパーティなんて呼ばれもしたっけな」


「そうなの?」


 私も皿にミルクレープを取っていたんだけど、ネストの発言に思わず口に運ぼうとしていたスプーンを止めた。


 確かにアスタルテは多くの人が知る実力派プレイヤーだ。

 前の侵攻クエストでも「甘味軍団長」という異名なんて付けられていたのを聞いたし。

 私もこの目でアスタルテの実力は見たばかりだから、よくわかっている。


 とはいえ、今日のネストだって、あの魔神覚醒後のゼフォン相手に食い下がる程の戦いをしたのだ。

 決して他のプレイヤーに比べて劣るとは思えない。それどころかアスタルテにだって大きく後れを取っている訳ではないと思った。


 ふと、ネストがアスタルテを見る目を見て気づいた。


「がんばったんだね」


 ネストも前で戦うアスタルテを見ながら必死にがんばったんだろうな。

 その背中を眺めるだけでなく、必死に追いかけ続けたんだ。

 いつか横に並んで戦いたいと、全力で。


 と、私はネストのがんばりを想像しながら微笑ましく思っていた……のだが。


「そう! そうなんだよ! アイツについていこうと思ってメチャクチャがんばったけどさ! フツーあそこまでやるか!? ありえねぇっ!!」


 私が囁いた途端、急に狼狽し出したネストにビックリしてお皿を落としかけた。


「『いろんなタイプのモンスターと戦う訓練だ』って俺ら仲間を従魔のエサにしたり、『反射神経の訓練だ』って足を縛られたまま4時間も弓矢で狙われ続けたり、他にも崖から突き落とされたり、夜の湖に投げ込まれたり――」


 懐かしいな。私も昔お父さんと似たような遊びをしたっけ。

 へぇ。これって訓練にもなるんだ。


「極めつけはアレだ! この前敵領主に負けたからって、侵攻クエストの日でもないのに魔王軍の砦を襲撃させられてよ! しかも70レベル帯のを……1……2……3……5ヶ所も! 山賊だってここまでしねぇよ! ミケちゃんもそう思うだろ!?」


 ネスト達ってこの前まで50レベル台だったよね。たった1パーティで武装した砦にカチ込んだんだ。

 あぁ、だからたった1週間で腕もレベルも大きく上がってたのか。


「私も今度やってみよう」


「同類かよッ!!」


 色々思い出して青くなっていたネストが、悲鳴みたいなツッコミを入れながら膝から崩れ落ちた。


「どうかしたんですか? ネスト」


 その原因を作り上げたアスタルテがしれっとした顔でこちらにやってきた。

 両手にはそれぞれジュースの入ったコップを持っている。

 ジノ謹製のスイーツに大変満足したようで、お顔が若干ツヤツヤ輝いて見えた。


「……あ、別に」


 今しがた思い出したアレな記憶に、ネストはちょっぴりむくれてそっぽを向いた。


「今日のネストの戦い振り、立派でした。ちゃんと特訓の成果が出てくれて私も嬉しく思います」


 アスタルテは2つ持っていたコップの片方をネストに差し出した。

 普段通りのあまり豊かとは言えない表情のアスタルテだけど、その内からはひっそりと溢れんばかりの喜びが見て取れた。


「お、おう」


 ネストは目に見えて嬉しそうだ。ニヤける口元を我慢しながら、コップを受け取るネスト。単純だって思った。


「ですが、減点ポイントが7つ程ありました。それについて後でまた相談をしましょう。ネスト」


「お、おう……」


 ネストは目に見えて落胆した。まぁ、がんばれ。


「アスタルテ、ネスト。今日は一緒に戦ってくれてありがと。2人がいてくれてよかった」


 私は側のテーブルに置いていた酒の入ったグラスを手に取ると、2人に向けて掲げた。


「同じ陣営同士、危機に応じるのは当然の事です。礼はいりません」


「そうだぜ。ミケちゃん。水臭い」


 2人は笑い、グラスのぶつかる冷たい音が鳴った。

 そうして、私達はしばし他愛のないおしゃべりを楽しんだ。



「え? PK(プレイヤーキル)で入る経験値って、ずっと3%じゃないの?」


「そうだぜ? レベルが上がるに連れて渋くなってくんだよ」


「正確には『倒した敵のレベル』が、ですが」


 私が目を丸くすると、ネストとアスタルテが会話の補足をしてくれた。

 話の流れで侵攻クエスト中のレベル上げについて、新たに知った事実に私は驚いて聞き返したのだった。


「まぁ、最初の内はミケちゃんも知っての通り、倒した敵の『次のレベルアップまでに必要な経験値の3%』が入ってくるんだけどな」


 以前の侵攻クエストの時にルクスから聞いた内容はそうだった。


 私達プレイヤーは死亡時にデスペナルティとして経験値が減少する。プレイヤーを倒すと、その経験値を丸ごと取得できるのだ。

 自分よりも高いレベルの相手を倒せば入る経験値はより多くなるので、同レベル帯のモンスターを狩るより遥かに実入りが大きいという利点がある。


 一応、パーティを組んでいたらメンバーに均等に分散されるとはいえ、それでも効率はいいのでPKを生業にしている者もいるくらいだ。


 これが、私が把握してるPKに関する知識だ。


「ただ、その倒した相手のレベルが上がってくると、その比率が下がっていくのさ。ちなみに――」


 相手のレベルが39以下ならば、既知の通り3%。

40〜49レベルでは2%。

50〜59レベルでは1%。

60〜69レベルでは0.5%。

70〜79レベルでは0.1%。

80〜89レベルでは0.05%。

90〜99レベルでは0.01%。


 ――までどんどん落ちていく。


 あぁ、だから私がガディンを倒した時、8レベルしか上がらなかったのか。

 レベルアップはレベルが上がるにつれて必要な経験値が膨大になっていく。

 それこそ、レベル90台ともなればその数字は天文学的なものになっているはずだ。

 レベル90台のガディンの3%なら一気にアスタルテ達のレベルに追いつきそうなものだと思ってたけど、そういうカラクリがあったんだね。楽はさせてくれないようだ。なかなかどうして、よくできている。


 前に教えてくれた時はルクス達もレベル30台だったから、知らなかったのかも。

 いや、私もレベルは低かったし、知る必要はなかったから省かれたのかも知れない。


 さらに、自分よりレベルが低い敵の場合は入る経験値はさらにその半分に減るとの事。

 レベルが上がれば上がる程PKの旨みはなくなっていく。


「じゃなきゃ、この世界みんなPKだらけになっちまうからな。ヤだぜ。そんな殺伐とした世界」


 顔をしかめながら手をヒラヒラ振るネスト。


 ちなみに、ゲームスタート時に降り立つ「始まりの町アルバ」からそれぞれの陣営の本拠地への分岐点となる「鉱山都市アイゼネルツ」までの区間はプレイヤー同士の戦闘は禁止されている。

 攻撃しても自動的にダメージが自分に反射される仕様になっているそう。

 まぁ、ゲーム開始直後にみんな襲われてたら、プレイする人が減ってしまうしね。運営会社にとっても商売あがったりだろう。

 だから、アイゼネルツはどの陣営にとっても寛げる憩いの場となっている。


「とはいえ、倒した相手からアイテムやお金をドロップできるのは大きな利点ではあります」


「ああ……。この前の……。アイテムだけはウハウハだったっけ。だけど、格上だらけの砦にケンカ売るのは生きた心地しなかったぜ……」


「初めての割には上手くいってとても満足でした。次はもっと綿密な計画を立てて、より良い成果を出せるよう努めましょう」


「アスタルテ、お前強盗の才能あるよ」


 無表情で指折り何かを数えているアスタルテに、ネストが呆れ顔でツッコんだ。

 アスタルテは首を傾げていた。


「ったく。おかげで俺らも強くなれたとはいえ、うちのメンバーみんなもう目が死んでたからな。今日、侵攻クエスト不参加を必死で勝ち取った時のアイツらの顔を思い出すと……涙無しにゃ語れない……」


 ネストは眉間に疲れとシワを集めると、言葉ごと飲み込む様にコップのジュースを煽った。ちらりと仲間の不参加の理由が垣間見えたけど、まぁ私には関係ないので流しておこう。

 喉を鳴らして飲み干し、下ろしたコップからカランと氷の揺れる音が鳴った。


「つーか、俺らとアスタルテが組んでからずいぶん長く経ったもんだよな。最初はまさか何年も一緒に旅を続けるとは思ってもみなかったぜ」


「ええ。私も最初は質の悪いナンパ男だとばかり……。その実、意外にもここまで根性があるとは思いもしませんでした」


 アスタルテはちょっぴり誇らしげに笑うが、それを聞いてネストがムッとした。


「あん? ボッチで可哀想な女の子を優しい俺と愉快な仲間達が気づかってやったんだろうが。その後、2度目に会った時はそっちから逆ナンしてきたんじゃねーか」


 それを聞いて今度はアスタルテがムッとした。


「私はそんな事しません」


「はああ〜?? おいおい記憶力悪過ぎだろ。あんなにオドオドしながら話しかけてきたの、俺は忘れてねーぞ。糖分の摂り過ぎでついに脳ミソプリンになっちゃったんですかぁ〜?」


「記憶力はいい方です。あの時、ボルホルム平原の戦いで何故か孤立したネストをキャンディーが咥えて空へ逃したのをしっかり覚えています。まさかゲームの世界で泡を吹いて気絶する人間がいるなんて、初めて見ました。高い所が苦手とは知りませんでしたので」


「侵攻クエストで集まった人混みの中をわざわざかき分けてまでこっちに来たクセに『奇遇ですね。また組みませんか?』なんて言い出すもんだから、戦いよりニヤニヤを堪える方で死にそうだったぜ」


「何度も窮地に陥っては『助けてアスタルテ』と泣き叫ぶ誰かさんを放っては夢見が悪かったので。あれだけ窮地を嗅ぎ分けながらも、自ら飛び込んでいくのはむしろ才能です。褒めてあげます」


「はっ! モジモジしながら涙目だったクセに? 告られるかと思ったぜ」


「こんな死んだカニみたいな男、願い下げです」


「そいつぁ失礼しました。甘味軍団長殿」


「……少し今日の反省会をしましょうか。外へ出なさい」


 互いにギラついた目をして、額を突き合わせてガンを飛ばし合う2人。

 さっきまで和やかだったはずが、なんだか一気に一触即発の雰囲気を孕み始めた。

 仕事柄喧嘩の仲裁は慣れてるけど、私はあくまでどつき合い専門だ。口喧嘩はリシアの土俵。口下手な私は門外漢だぞ。


 オロオロするばかりの私がどうしようか手をこまねいていた、そんな時だった。


「ミケさんミケさん! これ! 美味しいですよ! 私、目から星が飛び出すかと思いました!」


 大皿にいくつものケーキを乗せたシェルティが、鼻息荒く飛び込んできたのは。

 今の私にとってはいいタイミングで舞い降りた天使に見えた。


「食べてみてください! もうほっぺが落ちるくらい美味しかったんですからっ! あ、アスタルテさんとネストさんもぜひ!」


 面食らって呆けている私を他所に、興奮冷めやらぬ顔で目を輝かせたシェルティ。

 そして、シェルティは眩しい笑顔で私達にケーキの乗った大皿を差し出した。


 私同様呆気にとられていたアスタルテとネストも、なんとなく毒気を抜かれた様子で顔を見合わせた。それから軽くため息を吐くと、互いにわざとらしく視線を外してケーキに向き直った。


 そんな2人を尻目に、私は大きめの皿に並んだ色とりどりのケーキに手を伸ばした。


「クア!」


 しかし、その時だった。

 突如襲来した赤い影がケーキを皿ごと全部引っ掴み、かっ攫っていったのは。

 それから口を大きく開けると、大皿に乗ったケーキを全部放り込んでしまった。


「あ〜っ! こら、ハービィ!」


 宙を舞う小さなイタズラっ子は満足そうにヒラリと翻ると、再び定位置のシェルティの頭に着地したのだった。

 オマケに、ごちそうを前におあずけを食らった私を一瞥しながら、「フン」と鼻息を吹いてあくびをしたハービィ。


 以前、初対面の時に殴ったのをまだ引きずってるのか、未だ私は嫌われているようだ。

 ハービィはシェルティの頭の上で丸まりながら、私をあざ笑った気がした。いや、気のせいじゃねーな。

 その人をナメ切った態度に、私の堪忍袋の緒が切れた音が聞こえた。


 野生では強い者が正義だ。サバンナを旅してた頃はジャングルの王者シーちゃんと呼ばれていた私と、どちらが上かよく理解させてやる。食べ物の恨みは怖いぞ。覚悟しろ。

 私の頭の中でゴングが鳴った。


「ハービィ……と、言うんですね」


 私が青筋立てながら、ふてぶてしいチビトカゲに詰め寄ろうとした時だった。

 その私を遮る様に腕が差し出されたのだった。


 その腕の主であるアスタルテ。

 音もなくしなやかに歩み寄り、アスタルテは目線をハービィに合わせた。


 いつの間にか、まるで意識の隙間を縫った様に近づき、柔らかに微笑んだアスタルテ。

 戦闘時の鋭く尖った矢を思わせる厳しい表情とは打って変わった優しい笑み。萌え立つ様な新緑の瞳で、アスタルテはハービィの目を覗き込んだ。


 最初こそ少し警戒しながらも尊大な態度で、寝る姿勢を崩そうとしなかったハービィだったのだが――。


「ええっ!? お菓子も無しでハービィが初対面の人に懐いたのは初めてです!」


 まさか、あのやんちゃ坊主が自ら撫でやすい様にと頭を差し出したのだ。

 自分の頭上で繰り広げられるやり取りに、シェルティが驚嘆の声を上げた。


 アスタルテは優しくハービィの頭に触れると、耳から喉へと手を滑らせモフモフと撫でた。


「ふふっ。いい子。やはりとても賢い子ですね」


 撫でられる手に満足し、シェルティの頭からアスタルテの肩へと飛び移ると、まるで子ネコみたいに自分の頬をアスタルテの頬に擦りつけるハービィ。


「わーっ! すごいです! どうやったらこんなにデレデレになるんですか!? ハービィ! えー!?」


 あまりに驚きすぎて身振り手振りが大きくなるシェルティ。

 驚くのも無理はないと思う。ぶっちゃけ主人であるシェルティにだってこんな態度見せた事ないぞ。


 果てには尊敬の眼差しでアスタルテを見上げる始末だ。


「大した事ではありません。互いに触れ合えば気持ちは通じるものです」


 いや、それができたら苦労はしない。

 しかし、私の思いなど知らずにシェルティはさらに目をキラキラ輝かせてるし。


「それにシェルティ、あなたが信頼関係をしっかり築いていたからこそ、この子も他者に心を許す下地ができていたのでしょう」


「えへへ〜。そうですかぁ〜?」


 褒められてさらに目尻が下がるシェルティ。


「では、ハービィ」


 ふと、今まで優しかったアスタルテの目がきゅっと厳しく変わった。


「ミケに謝りなさい。人の食事を横から取ってはいけません。わかりますね?」


 少し声を低くし、アスタルテは腕に乗るハービィに諭した。


「クゥ……」


 穏やかなだったアスタルテの声が急に重々しく変わり、飄々と寛いでいたハービィもその眼差しに体を小さくしていった。


 うんうん。わかるよ。

 普段優しいお父さんでも、怒ったらとても怖い。

 私がまだ小さくほとんど分別もついてなかった頃、覚えた技を友達にかけようとしたら物凄い勢いで叱られたっけ。

 今なら加減もできるけど、きっと大怪我をさせていただろう。

 そうしてやっていい事と悪い事を覚えていったものだ。


 今のハービィはその時怒られた私そっくりだった。


「さ、ハービィ」


 アスタルテに促され、その腕に乗ったまま私の方へと差し出されたハービィ。

 最初はそっぽを向いていたハービィも、アスタルテやシェルティに見つめられ、しばし静かに鳴き声を上げていたものの、ようやくおずおずと私に頭を差し出した。


「ん……む」


 その普段とは違ったしおらしい姿に、私もちょっと緊張しながら指先を近づけていった。


 ツンと額に指先を触れる。

 ふわりとした毛並みの感触。温かな体温を掌に感じる。

 抵抗なく触らせてくれるのを少しずつ確かめて、私はそっとハービィの頭を撫でた。


 どうやら、やっとハービィが少しだが私に心を許してくれたようだ。そう感じ取れた。


「ふかふか……」


「よくできました。ハービィも本当はミケと仲直りがしたかったんですよね。少し意地っ張りな所はありますが、許してあげてください」


「うん」


「よがっだねぇ〜! ハービィ! これでミゲざんどもながよじだよぉ〜っ!」


 シェルティは感極まって涙をこぼしながら私に抱きついてきた。

 実は私とハービィの仲をずっと心配していたのだろうか。心配かけてごめん。これからはもう大丈夫だと思うから安心して。

 だから、私の頬を鼻水でベショベショにするのは勘弁してほしいな。


「全く、一体どんな魔法を使ってるやら」


 くつろぐハービィを腕に乗せたアスタルテを見ながら、コップを煽るネスト。


 そんなこんなで私とハービィの長きに渡る冷戦はひとまず終結した。


「ありがと。アスタルテ」


 私はハービィの毛並みを堪能しながら、アスタルテの長身を見上げた。


「お安い御用です。礼には及びません。……が、そうですね。でしたら、1つ頼み事をされてください」


 私が感謝を伝えると、ふとアスタルテは何かを思いついた様に瞬きをした。

 それから、アスタルテには珍しい、ちょっといたずらっぽい笑みを浮かべた。


「ミケ。いつか手合わせをお願いしますと、話したのを覚えていますね? 次に会う時までにもっと腕を磨いておきます。そこで、追加で……ネスト達、皆ともお願いします」


「げぇっ!? 俺らも!?」


 突然振られた話に、ネストが口に含みかけていた飲み物を吹き出した。

 慌てふためくネストに目もくれず「ビシバシ」という言葉を容赦なく付け足すアスタルテ。


 その2人の表情に、私もふと笑みがこぼれた。


「うん。私もレベルを上げて追いかける。アスタルテ」


 私とアスタルテは視線を合わせ、約束をした。


「あいつらにも死ぬ気でやる様に伝えなきゃだな……。ま、そん時はお手柔らかに頼むぜ。ミケちゃん」


「うん。全力でいく」


 笑顔で返した私に、ネストは引きつった顔で苦笑した。




「旦那。姐さん。今回の件、わかってると思うが……」


「そうさな……。上の連中も黙っちゃいまい。特にあの小言好きのマクリエルは」


 広間の片隅。

 額を突き合わせながら、声を潜めたドルガンがソディスとギネットへと神妙な顔つきで話しかけた。

 それに腕を組んでギネットが唸った。


「俺は最後までついていけなかったせいでその立場に立てねぇ。悪い」


「わかってるよ。どの道報告はしないとなんだ。陣営全体の存続にも関わりかねなかった重大な事件だからね。誰かが矢面に立たなきゃならないのは仕方ないさ」


 ドルガンが顔をしかめながら俯くと、ギネットはそれを制しながらも大きくため息を吐いた。


「マクリエルの事だ。この件をどう利用するかまでは読めないが、まともに貸しって事にできたら御の字……ってとこさな。とんでもなく運が良ければ、だが」


 ギネットが難しい顔で唸る。


 3人の間で浮上している問題。

 王都が魔王軍陣営に奇襲を受けた事。

 陣営の急所である王を独断で戦わせ、瀕死の状態にさらされるまで追い詰められた事。

 何とか撃退に成功したものの、敵の戦力がこちらより遥かに高かった事。

 戦闘の詳細をさらせば、勝利がほとんど幸運でしかなかった事は誰にでもわかる事だろう。


 話の中で出てきた報告せねばならない相手は、あまり物事を好意的に受け取る人物ではない。

 ギネットとドルガンはその顔を思い浮かべると、重い頭を抱えた。


「この件。我輩に任せてもらえるか」


 そんな重苦しい唸り声が響く雰囲気を切り裂いたのは、ソディスの一声だった。

 それを聞いたギネットとドルガンは目を見開き、揃ってソディスに視線を集中させた。


「今こそ、我輩の日頃の行いの良さを活かす時である」


「く……っ。なかなかいい案が浮かばないねぇ……」


「すまねぇ、2人共。俺が不甲斐ねぇばっかりに……」


 2人は無視した。


「我輩がマクリエルと話そう。それで全て解決する」


 それでも、ソディスはいつもの澄まし顔でそう続けた。


「どうしたの?」


 部屋の隅で3人がやいのやいのやってるのが気になって、私はそっと声をかけてみた。


「ああ、ミケちゃん。……実はな――」


 振り返ったギネットさんが固まった眉間のシワを指でほぐしながら私に説明をしてくれた。


「――つまり、ソディスは1人で全ての泥を被るつもりでいるのさ。バカだねぇ……」


 あれ? そうだっけ? ソディスは日頃の行いがいいんだって……いや、まぁ、いいか。

 だからこそ、なのだろう。

 まだ知り合って日は浅いがソディスがどんな人間なのか、私達はよく知っていた。


 私は遠くでアスタルテと笑いながら話すシェルティを見た。

 そんなシェルティから何やらいろいろと注文を受け、新しい料理を差し出すジノはやっぱり素直じゃないけど嬉しそうだった。


「ソディス。わかった」


 私はそれだけ言って頷いた。


「ジノとシェルティもついてきてくれる」


 私の言葉に、ソディスはわずかに目を見開き、伏せた。


「……後悔はさせん」


 ソディスは再び目を開け、いつもの様に薄く微笑んで私を見下ろしていた。



 この時の私はまだ知らなかった。

 この決断が、これからのこの世界での生き方を大きく変える事になるなんて。

 次回投稿は1月20日午後8時予定です。


 次回第82話『敗者達の晩餐』


 お楽しみに!

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