78・死なない生き餌
「ミケちゃん……」
ギネットは食い縛った歯から声を洩らし、大槌を杖代わりに体を起こした。
ゼフォンに蹴られたダメージが残る腹部を押さえ、もどかしく思いつつも体の状態を確認していく。
そうして、ギネットは目の前で繰り広げられている戦いを眺めながら、手元にウインドウを開いた。
「――ふッ!!」
空を覆う鳥の群れを想起させる、無数の刃。
周囲一帯を根こそぎ薙ぎ払うそれらから走って逃げ、私は次に襲い来た黒い刀身を首を捻ってかわした。
魔法剣による遠距離攻撃に終始せず、直接ゼフォン自身もその手の剣をもって接近してくる。
返す刃で再び魔法剣をまとわせ、振った空間ごと炎の斬撃で焼き払った。
私は髪が焦げる匂いを感じながら、低く屈めた姿勢からゼフォンの懐へ潜り込もうとした。
しかし、ゼフォンの鋭いローキックにより距離を取らざるを得なかった。
「はぁ……ッ」
接近して格闘戦に持ち込もうとしたとはずだった。
しかし、魔法剣の長射程、広範囲のトリッキーな攻撃と、ゼフォン自身の高度な剣撃。さらに体術と、向こうから来てくれているのに、逆にこちらが離れざるを得ないとは。
息をつく暇もない怒涛の猛攻に、今の所為す術が見つからない状況が続いている。
それでも、ゼフォンが私に集中してくれているおかげでギネットさんを始め、他のみんなが体勢を整える時間を稼ぐ事ができている。
ただ、何故だろうか。
ゼフォンからは私に対する執着の様なものを感じる気がした。
そんな疑問が頭に生じたが、それを気にしている余裕はない。わずかに揺れた切先が、鎌首をもたげたヘビのごとく跳ね飛んでくる。
そうして、何度目かの斬撃を避けた時だった。
「拍子抜けだ」
突然、不意に目の前の男から聞こえてきた声。
表情こそ読めない鉄仮面のままだが、煌々と光る眼差しに浮かんでいた感情。
それは明らかな「失望」の色だった。
これまで黙っていた男の放った、私との戦いに出した純粋な感想。
わかっている。
ゼフォンには実際ずっと手を抜かれていた。
あえて私が攻撃を避けられるギリギリのラインを保ちながら、私の時間稼ぎに付き合ってくれていたのだ。
まるで何かを確かめる様に。
ただ、「失望」したという事は、逆に私に何かを期待していたという事?
圧倒的なレベル差。私はそれを覆してガディンを倒し、リゴウを封殺したのは確かだ。
でも、ここにいる他の仲間達だってレベルでは測れない強さを持っているのを私は知っている。
それは、この戦場全てを観察していたゼフォンも理解しているはずだ。
だけど何故、他への意識を途切れさせる程私にだけ集中していたのだろう?
何故――何を、私に期待していたのだろう?
それがわからない。
「お前は……誰?」
私はそうゼフォンに問うていた。
「俺は……ただの思い出す価値もない男だ」
その問いに、ゼフォンはそれだけ吐き捨てた。
そして、足を前に踏み出し、斬りかかった。
「ッ!!」
これまでと違う。
ぶわりと汗が滲み出る。加減されていた力を一段階引き上げたのがわかった。
わかった――が、それに気づいた時、既に黒い剣は私の喉元に触れようとしていた。
避けられない。
そう実感した。と、同時に私の記憶の彼方で、何かが引っかかった様な気がした。
「ミケ!」
不意に聞こえた声。
同じタイミングで金属同士がぶつかり合った甲高い音が鳴り響いた。
剣の軌道がわずかに逸れ、おかげで体を捩ってなんとか避ける事ができた。
目で追った先にはあったのは、瓦礫に突き刺さった金属の矢。
それから、私は矢が飛んできた方向に視線を向けた。
「ミケ、ようやく肩を並べて戦えますね」
「アスタルテ!」
そこに立っていたのは、弓に矢を番えたアスタルテだった。
「ミケちゃん、俺もいるぜ! ま、どれだけ加勢になれるかわかんねーけどな……」
傍らには剣を構えながら握りを確かめているネスト。
「ミケさん! ありがとう。今度は俺が君を守る番だな!」
それからビスレも駆けつけ、その大きな体を隠す程の大盾で私の前に立った。
「さて、仕切り直しだ! 全員回復は済ませたね!? やつはこれまでの敵とは桁が違う! 何度も食い下がって勝つ為の糸口を掴むんだよ!」
ギネットさんも小さな体に似つかわしくない大槌を担ぎ、しかと両足を踏み締めた。
どうやら全員体勢は立て直せたようだ。
私は場違いにも少し胸を撫で下ろした。
戦場で気を抜くなどいつもならありえない事だったが、どうやら私はそれ程までにすり減っていたらしい。
ギネットさんやアスタルテの加勢がなければこれまで何度も死んでいたのだから。
ゼフォンは動かない。
まるで――いや、やはりこうなる事を望んでいたのだ。
合理的に。冷徹に。チェスの駒を進める様戦況を動かしているかに見えて、ゼフォンのその行動原理はまるで違う所にある。
より厳しい条件を自らに課し、自身を鍛える為の試練としている。
それはゼフォン自身の意思というより、そういった環境に身を置く者として当たり前の習慣なのだ。
そうだ。この男の気配。覚えがある。
「ミケちゃん。行けるかい?」
考え事をしていた私を引き戻す様に、ギネットさんに声をかけられた。
私はすぐに気合いを入れ直し、ゼフォンへと向き直った。
「もちろん」
「剣術だけじゃなく体術まで凄まじいとはね。だけど、一番頼りにしてるのはあくまで剣だ」
ギネットさんは不気味に揺らめく黒い剣を見据え、そう言った。
「ミケちゃん。あの剣をぶっ壊すよ!」
そして、私とギネットさんが動くより先に、ゼフォンが前へと踏み出た。
その振り下ろした剣と、ギネットさんの振り上げた大槌が激突する。
「くっ!」
衝撃に、大槌が押し飛ばされた。
ギネットさんを押し退け、しかしゼフォンはそれを追わず私に剣を向けた。
ギネットさんに続き、打って出ていた私。
その軌道上にゼフォンの剣が既に置かれている。
私の首を刎ねようとする刃を屈んでかわし、避けた先まで追ってくるそれを見据えた。
「どぉおおおあッ!」
しかし、その間を塞いだ大きな盾。
ビスレは雄叫びと共にその巨体をゼフォンへぶつけたのだ。
太刀筋は鋭いものの、ギネットさんの一撃でわずかに重心が崩れていたゼフォン。
盾と剣がぶつかり合い、火花が散る。
勢いが少しだが確実に落ちていたおかげで、ビスレの突進とゼフォンが拮抗。ゼフォンの動きが止まり、その踏ん張る足がわずかに後退した。
「ビスレ。ありがとう」
「なんの!」
ギリギリと盾に全身全霊を注ぐビスレの肩に駆け上がり、私はその向こうにいるゼフォンに飛びかかった。
飛びながらネコの様に態勢を低くし、ゼフォンの顔面目掛けて蹴りを滑り込ませる。
鋭く尖らせた足刀をゼフォンは一瞥だけで首を傾け、かわした。
だが、ゼフォンが一瞬足に目をやった瞬間、もう片方の足がゼフォンの頬を掠めた。
視界に映らない空中2連撃。それでも掠めるのがやっと。
布石は打った。
攻勢に転じた私に、ゼフォンの私への集中が強まったのがわかった。
あくまで私に拘るというのなら、それを利用させてもらう。
そのわずかにこじ開けられた隙間に、雷光が走った。
「ブリッツブレイク!」
剣を握るゼフォンの右手に、閃光と化した必殺の矢が迫った。
ギネットさんとビスレが動きを止め、私が意識を向ける為の囮となる。
そして、その外側からアスタルテが剣を持つゼフォンの右手を狙撃したのだ。
しかし、ゼフォンは飛んできた矢を見向きもせず左手で掴み取った。
そのまま矢を握ったままの手でビスレを盾ごと殴り飛ばす。
「うぐはぁ……っ!」
ゼフォンより頭1つ大きいビスレの巨体が、ゴムボールの様に転がりながら瓦礫を薙ぎ倒していく。
それから、ゼフォンは自身の左を見た。
折れた矢を放ると、ゼフォンは飛来する第二射、第三射を無造作に掴み取り、ゴミの様に捨てていく。
「……っ! これは……あのラゼ以上と認識します」
アスタルテはそう零しながらも次の矢を番え、弓を握り締めた。
その先に見据える男の目を覗き、背中を伝う冷たいものを感じながら。
「ラセレイト・オクタレイズ」
ゼフォンが遠くで構えるアスタルテに向きながら、剣に魔法を込めた。
その魔法は剣の軌道線上にいくつもの見えない刃を飛ばすもの。
戦慄し、既に構えを解いて走り出していたアスタルテ。
まず髪の先が散り、次いで足下の地面が爆ぜる。そして、わずかに遅れた左脚が赤く裂けた。
「く……っ」
飛び込む様に地に転がったアスタルテの眼前で、刃の形に巻き上がる砂煙。
負傷した脚を気にする間もなく、迫る刃にアスタルテは奥歯を噛みしめた。
「よう、ミスター。同じ剣士同士、俺の相手してくれよ!」
しかし、見えない刃は既の所でアスタルテを逸れ、地面を抉って彼方へ去っていった。
アスタルテは顔を上げて、その理由を見た。
そこには、自らの剣を黒い剣と交差させて押し留めるネストの背中があった。
ゼフォンが魔法剣を振り抜く間際、ネストが剣を差し込んでその動作を妨害したのだとわかった。
「いつまでもアスタルテの引き立て役だと思われたくないんでな!」
頬を流れる汗を隠す様に笑みを浮かべるネスト。
同時に剣を握る両手に力を込め、交差したゼフォンの剣を押し返そうとした。
びくともしない。
だが、それは承知の上。体を前に出し、剣を固定したままネストはゼフォンの足下に蹴りを放った。
正攻法では到底勝ち目はない。小細工で様子を見るつもりだった。
だが、その蹴り出した足は届く事なく、硬い靴の踵で踏み潰されていた。
「ぐっ! まだまだ――がはッ!?」
ゼフォンの動作は道端の草でも踏むかのごとく、出された足の上をただ歩いただけの他愛のないもの。
ネストの顔が苦悶に歪んだ一瞬、その顔面を岩の様な裏拳が殴り飛ばした。
上半身が仰け反り、後ろへ大きく吹き飛ばされるネスト。
私はゼフォンに向き合いながら、周囲に累々と倒れる仲間達を見やった。
装備も肉体も万全で挑んだというのに、まだこの男と対峙するには足りないというのか。
「ったく、なんて化物だい……」
後ろに転げ飛ばされたギネットさんは大槌を杖に足を踏み締め、汚れた口元を拭った。
「……ヒューイ! 王様の回復はまだなのかい!?」
ギネットさんは小声でその後ろに控えている黒いカソックの男に声を投げた。
「一体何故……! いくら回復魔法をかけても王様のHPが回復しない! どうしてなのか、アイテムも効いてない! すまない!」
しかし、返ってきたのは困惑と焦りに染まった悲鳴だった。
ディバインオーダーのヒューイの傍らには、力なく踞っている王の姿があった。
ヒューイは忙しなく顔の濃い髭を掻き毟りながら、必死に王へ手をかざして魔法を唱えていた。
だが、そんなヒューイの必死の苦労に対し、王の傷が癒える様子はない。
「……だから、奴は王様とヒューイを捨て置いてたって訳かい。魔王が攻められた時に王が回復不能だって知って秘匿してたんだね。ガーチの奴め……!」
ギネットさんはそう納得して零し、奥歯を噛み鳴らした。
そうでなければゼフォンは真っ先に回復役のヒューイを始末しにきていたはず。
それをせずに放置しているという事はそういう事なのだろう。
それに、回復できようと全員を一撃で殺せる自信があった故に、私以外どうでもよかった。
始めから私しか敵として認識していなかったのだ。
そう。私に拘る理由。
それは――
「ぐっ……一体コイツ、何者なんだ。ギネットさん、知ってるか?」
仰向けの体を持ち上げつつ、ネストが傍らのギネットさんに首を傾けた。
「あたしも知りたいよ。これ程の奴なら噂くらい耳に入っててもおかしくないんだが、全く聞いた事がない……」
ギネットさんも首を傾げたい気持ちを抑えながら、ゆっくりとこちらに歩いてくる不気味な剣士から目を離せずにいた。
誰も知らない高レベルプレイヤー。
正体はわからない。
異名、通り名、称号も噂すらも無く、あらゆる存在を凌駕しているその実力以外、全てが謎のベールに覆い隠されている。
その黒い刃の様に冷徹な視線をした修羅の正体――。
――それを、私だけが知っていた。
「『死なない生き餌』。確かそう呼ばれてた」
突然発された私の言葉に、ゼフォンの歩みが止まった。
ゼフォンだけじゃない。全員が私を振り返った。
不意に予想外の所から解決の糸口が現れたのだ。
私はゼフォンの顔を見据えた。
「昔、リアルで……あの砂漠の町で会った……」
それだけで、ゼフォンは答えを得たようだ。
「そして、貴様に敗れた」
ゼフォンの表情にかすかな影が覆った。
かすかな、しかしこの戦場に現れてから最も大きく表情を歪めたのを、私だけが気づいた。
私とゼフォンはリアルで会った事がある。
私は思い出した。記憶の奥底から過去の戦歴を辿り、その1つをようやく探し出したのだった。
『死なない生き餌』
私とこの男が出会ったのは、私とお父さんが旅の途中で通りがかった――とある紛争地帯の町だった。
煤けた色の砂を被った寂れた町。
ただ、そこに人々が生活している様子はない。その痕跡だけが散乱した瓦礫の上で風に吹かれている、既に廃墟となった抜け殻の町だ。
しかし、殺気立った気配だけはそこかしこに潜んでいた。
銃弾が飛び交い、爆薬がコンクリートを破壊し、鉄の履帯が瓦礫を踏み潰し闊歩する戦場。
絶え間なく漂う硝煙と埃の匂いで鼻が麻痺し、舞い上がる砂がまつ毛に積もる。
見えない罠がそこかしこに敷き詰められ、誰もが気配を殺しているそんな中。
ただ1人、その男は広く開けた空き地に躍り出てきた。
その男の姿は、異様だった。
そこは元は誰かの家だったようだが、大きな爆発があったのか円形の浅い穴とその周りに積もった瓦礫が面影を残しているのみ。
薄汚れたカーキ色の外套をまとい、黒いブーツが一歩踏み出す度にガラスや木屑の割れる音が辺りに響いた。
その場に潜んでいた全員の視線が銃のスコープ越しに男へ注がれる。
銃。
戦場ではありふれた武器だ。戦場で運用されるあらゆる武器、兵器の類いは火薬を用いて安全に遠くの敵を殺傷させる事を至上として作られている。
だが、男の手に握られているのは、刃が付いただけの少し長い鉄の棒きれのみなのだ。
それはいわゆる「剣」と呼ばれた、この時代の戦場にそぐわない古道具。
武器とされていた時代でさえ槍や弓に比べ主立った運用はされず、儀礼的な象徴や工芸品として扱われた物が博物館などで現代に伝わっているだけ。
「いかに遠くから敵を殺すか」を常識とする戦場で、接近戦しか成り立たない、価値の見出しにくい武器。
そんなものを手に、それでいてその棒きれに確かな殺気を込めて構えている男の姿は、異様だった。
しんと静まり返った空き地で、きっかけとなったのは一陣の風が廃屋の扉を閉めた音。
一発の銃声を始めに上下左右、四方八方から男に向けて銃弾が発射される。
極度に緊張した空気の中、現れた無謀な男によって破裂した殺意。
誰もが男はハチの巣になって死んだと思った瞬間。
男は剣を振りかぶり、前へと駆け出した。
銃声がした方向に剣を振り、何かが弾けた様な音を立てて周囲の瓦礫に弾痕が刻まれる。
誰もが理解できていないまま引き金を引き続けていた。
理解できるはずもない。“銃弾を剣で払い除けながら、罠が隠れた瓦礫の山を駆け回る”などと。
精密なセンサーをも凌駕する驚異的な勘と観察力で罠を避け、銃声と銃口の発火炎を頼りに射手の隠れる隙間を的確に剣で刺し貫いていく。
その背中を射線が追っていくが、一手早く男は一軒の建物内に飛び込んでいた。
男を見失い、銃声が止んだ。
だが、静まり返ったのは一瞬だけだった。
代わりに建物内そこかしこから悲鳴と血飛沫の弾ける音が上がり始めた。
足音と共に悲鳴の発生源が移動し、波が押し寄せる様に建物から次の建物へと銃声と悲鳴が上がり、そして引いていく。
それが、隠れている自身の下へ近づいてくる恐怖に、絶叫しながら銃を乱射する者達。
そんな抵抗も虚しく死神は剣を振り下ろし、その尽くを刈り取っていった。
ついには残ったのはただ1人。
剣を片手に何の感情も読み取れない顔で立っている男だけだった。
囮として無謀な状況に放り出され、しかし囮の役割を超えて敵を皆殺しに何度も生還してくる傭兵がいた。
故に、いつしかその傭兵は『死なない生き餌』と呼ばれる様になった。
そして。
お父さんと私、腕試しの旅の途中ふらりと立ち寄った町で、私はその男と出会った。
「俺は俺の剣がこの時代にどこまで通用するのか知りたかった」
私が一通り話し終えると、ゼフォンが巨大な肉食獣の様な声で唸る様に呟いた。
私達はゼフォンに視線を注いだ。
皆剣を構えたままのゼフォンから視線を外す事ができなかったのもある。だが、誰もがその言葉に耳を澄ませ、聴き入っていた。
「俺は剣に全てを捧げて生きてきた。斬る事だけを積み重ね、血反吐を吐き、何度も死にかけながらこれまで戦場に身を投じ続けてきた。それが俺という存在の全てだったからだ」
表情を変えず、淡々と話し続けるゼフォン。
「だが、俺が敗れたのは銃で武装した軍隊でも強力な兵器でもなく、ただ1人の徒手空拳。手も足も出ず、倒れたまま見上げた小さな背中を、俺は忘れた事はない」
ゼフォンの剣がゆらりと蠢いた。
私は視線を剣に向けず、ゼフォンの視線を見返していた。
ただ、ゼフォンがその自身の分身たる剣を強く、強く握ったのはわかった。
「それからは貴様を追い続け、自らを鍛え直し、彷徨い続けた。その果てに行き着いた先が……この世界だ」
その手にした黒い剣と同じく、ゼフォンの鋭い視線が私の眉間を貫いた。
「剣を交えてすぐに確信した。まさか、ここで貴様とまみえるとは。宿命というものを信じてみたくなった」
私と出会った後、これまでゼフォンがどのような半生を送ってきたのかわかった。
どれほどの想いで歩んできたのかも。
ゼフォンは剣だ。
「斬る」事そのものが生涯の全てである、人の形をした剣なのだ。
その剣が、唯一斬り損ねた獲物を追ってその刃を砥いで今再び私に突きつけてきた。
ならば、私もそれに応えよう。
否、私にしか応えられない。
「……わかった」
私はゼフォンを見据えたままそれだけ返した。
そうして、私が構えた事に対するゼフォンの反応は――
――しかし私の予想に反するものだった。
「だが、貴様の今の弱さはなんだ。俺が探し求めていたものはこんなものではない」
瞬間、肩に寒気が走った。
明らかにこれまでと雰囲気が変わったのを、私だけでなく全員が感じ取った。
「う……っ」
伝わってくるのは失望と、強い怒り。
大気が震えていると錯覚する程の強烈な殺気に、膝を折りそうになる。
「ここからは本気でいく。抗うならば、死力を尽くせ」
「本気」という言葉に冷や汗が出る。
これまで本気でなかったのは知っている。
だが、その底が知れているかどうかといえば、それは否だ。
ゼフォンの力と技が……ゼフォンという存在自体の底が全く見えない。
本当に私は以前これを倒したのか。
いや、以前まみえた時よりゼフォンは遥かに腕を上げている。私が全盛の力を持っていたとしても、今のゼフォンに敵うだろうか、わからない。
そんな真っ暗闇の中に引きずり込まれ、無数の剣に刺し貫かれる様な感覚に襲われた。
どうする? どう出る?
対応の予測に頭の中が擦り切れる程思考する。
だが、答が出るのを敵は待ってくれない。
暗闇が動き出した。
「神聖剣・究極絶技――」
ゼフォンが動きを見せた、その瞬間。
しかし、最初に動いたのは、ゼフォンではなかった。
私達の背後から飛び出した空を裂く閃光。
誰もが、ゼフォンすらその想定を超えた一瞬。
「黒王・奈――」
地響きを伴い、雷鳴のごとく音が弾けた。
黒い剣に激突した黄金に輝く剣。
その衝撃だけで地面が割れ、発生した余波が瓦礫の山を粉砕していく。
「――『アシュフェル』!!!」
ここまでの戦いで初めて聞いた、黒い刀身から軋む様な音が走った。
「王様!」
赤いマントがはためく背中を私は見た。
一瞬遅れてあらゆるスキルを飲み込む黒い霧が黒王の刀身を包んだ。
しかし、黒い霧に飲み込まれながらも、それを上回る勢いで迸る黄金の光。
王の全ての力を剣に凝縮した究極の斬撃は、力を食われながらもそれを圧倒して斬り進んでいく。
左半身はダメージでまともに動かせない。力も既に万全とは程遠いまでに消耗しているはず。
なのに、王はゼフォンが口にした「死力」を尽くして攻勢に出たのだ。
その命の輝きは、口にしたゼフォンの想定を一瞬だが超えた。
「ぐおお……ッ!」
剣を握る両手に満身の力を込め、王の技を受けるゼフォン。
耐える足下の石床が脚力と圧力に沈み、受けた黒剣が自身の肩を抉る程に押される。
その口から、呻きが漏れた。
「これが、余にできる最後の手向けだ! 王国の……我が民達の脅威よ! 去れッ!!」
傷だらけの顔を上げ、王は咆えた。
ぶつかり合う剣の衝撃だけで周囲の大気が弾け飛ぶ。
その風圧に、その場にいた全員が顔を覆った。
嵐の様に飛び交う飛礫や砂煙が顔を打つのも構わず、足を踏み込み右腕一本だけでゼフォンを押し込んでいく。
どこにそんな力が残されていたのか、両腕で剣を支えるゼフォンの方が下がっていた。
「……邪魔だッ!!」
ゼフォンが咆え、剣を翻した。
全身で突撃する王をとっさに返した刃で受け流し、剣を上段へと抜き放つ。
無防備に前のめりになった王の背後から、ゼフォンはその首へと剣を振り下ろした。
「させない!」
その瞬間、全員が動いた。
私は王とゼフォンの間に滑り込み、ゼフォンの顔面を蹴り上げた。
「貴様……!」
とっさに避けたゼフォンの鼻先を爪先が掠った。
「王様! ……ったく、無茶するぜ!」
ゼフォンの意識が私に向いた事で、剣の速度がわずかに鈍った。
おかげで間一髪、ネストが王に飛びつき、黒剣は空を切った。
「うおおおおお!! ここは俺に任せろ!」
再び剣を翻し王を追おうとしたゼフォンに、巨大な盾が激突した。
ゼフォンの右腕を押し込み、その動きを封じたのはビスレ。
「ネスト、ビスレ……!」
私は王がネストに伴われて下がっていくのを横目に、ゼフォンの背後に回り飛び蹴りを放った。
「……ッ!」
ゼフォンはそれを左腕を上げて防御した。
蹴りつけた左腕を足場に、足首を引っかけ思い切り引き寄せる。
そして、体を高速で腕の内側に滑り込ませると、腰を捩って2撃目の蹴りを繰り出した。
3撃、4撃と、放たれた空中連撃の蹴りを、しかし左腕が払い、押し退け、弾き返す。
「うっ!」
5撃目を放った直後の足がゼフォンに掴まった。
その握られた指の凄まじい力に、足首の骨がミシミシと悲鳴を上げる。
「弱い! 貴様の力はこんなものではなかっただろう! 何が貴様を弱くしたッ!」
声を上げ、私の足を掴んだまま腕を振りかぶるゼフォン。
「俺を……忘れるなッ!!」
その動作を阻害する様に密着させた盾を押し込むビスレ。
「ドルガンの仇!」
盾の横から槍を差し込むと、その穂先をゼフォンの脇腹へ突き出した。
壁の向こうから通路ごと見えない刃で斬り殺された仲間。
その名前を叫びながら、ビスレは手にした槍にあらん限りの力を込めた。
その刃はとっさに体を捩ったゼフォンの服をわずかに裂いたに終わった。
だが、ビスレは槍を手放し、両手で大盾を握るとその山の様な巨体ごとゼフォンを押し出した。
「おおおおおおッ!!!」
「く……っ」
まるで暴走した機関車のごとく、地響きを上げながら足を踏み鳴らすビスレ。
あまりの勢いと苛立ちからか、ゼフォンの口から小さく呻きが漏れた。
「……あ!」
その瞬間、私の足を掴んでいたゼフォンの手が解け、私は地面に逃れられた。
態勢の崩れたゼフォンの体を盾に押しつけたまま、世界の果てまで突進するかのごとく雄叫びを上げ続けるビスレ。
その先にあるのは、横たわる折れてなお堂々たる城の大支柱。
「うおおぉおおおおああッ!!!」
絶叫し、勢いに焼ける石床を砕き、巻き上げながら竜巻のごとく荒ぶるビスレ。
その巨大質量の大理石にこのままの勢いで挟み潰せば、いかにゼフォンといえど無傷では済むまい。
突き進む巨体と、鋼鉄を超える頑丈な大盾。
その大盾がひしゃげ潰れた。
「おおッ!!」
左腕の腕力だけで重厚な大盾を縦に圧し潰したゼフォン。
叩き落とされ、地面に突き刺さったビスレの大盾が甲高い悲鳴を上げながら飴の様に裂けていく。
石床が爆裂し、飛び散る破片と砂煙を突き破ってきた手がビスレの首を捕らえた。
「ビスレ!」
勢いは完全に殺され、掴まったビスレの首が鈍い音を立てて握り潰される。
「ぐ……ちくしょ――」
そして、力任せに跪かせたビスレの脳天を黒い剣が刺し貫いた。
光の粒となって消えゆくビスレを放り投げ、こちらを振り返るゼフォン。
「死力を尽くせ……と言ったはずだ」
吹き荒れる砂煙を斬り払い、私の方へとゼフォンが足を進めた。
ゼフォンの剣が小さな挙動を見せ、コマ落ちのごとく眼前に現れる。
「くっ!」
私は足を地を蹴り前へ出た。
私の頬を剣風が撫で、その刀身をなぞる様に私はゼフォンへ距離を詰めた。
私は反射的に跳び、避けた刃が真横に跳ね返る。
薙いだ剣が跳んで避けた私の靴底を削った。
「はあッ!」
私は大柄なゼフォンの目線へと跳び、向かい合った。
対峙した瞬間、ゼフォンの顔面目掛けて拳を撃ち出す。
だが、ゼフォンはわずかに首を傾げてそれをかわした。
ゼフォンは私の目を覗き込んだまま距離を詰め、左拳を握り込んだ。
撃ち上げられた剛腕が私の脇腹に突き刺さる。
「ヒール!」
だが、その直前で無理矢理体を捩り、ゼフォンの左拳に私も左拳を合わせた。
私の籠手は弾け、割れた部品が千切れ飛ぶ。圧倒的な力量差によりガラスの様に砕けた手の骨を、回復魔法で強引に治して動かす。
拳を引き戻し、足が地に着く前に構え直した。
そして、次の一撃へ力を込めた。
だが――。
「ぐう……ッ!?」
その私の肩口に、突如落ちてきた何かが刺さった。
振り下ろされたのはゼフォンの右手。
固く握られた剣の柄だった。
刃ですらない。ただの剣の柄だ。
その一撃で私の肩は砕け、右腕のHPも全損していた。
冷たい。硬い。
その感触で自分が地面に這いつくばっている事に気づいた。
「もう一度訊く。何が貴様を弱くした」
這いつくばったままの私に、空から降ってきた言葉。
かつて戦った時とは逆に私が見上げ、向こうが見下ろしていた。
ゼフォンが強くなった。それもある。
私と戦った時からこれまでさらに研鑽を積んできたのだ。
魔法剣を抜きにしてもその強さに陰りが見えるとは思えない。
対して確かに私はまだ以前の強さを取り戻せていない。
ケガをし、長い入院生活で失われた力と技。この世界に来てリハビリを続けてきたが、元の私にはまだまだ及ばないのもわかっている。
それだけでは、ないのかも知れない。
足にまとわりつき、体を縛るこの感覚――。
私は弱くなった。
「それがどうした」
私は顔を上げ、ゼフォンの目を見返した。
それでも、ここにいるのは今の私だ。
言い訳などしない。今ある私の体でぶつかる。それだけだ。
この戦いを勝ち、ゼフォンを糧に私はまた強くなってみせる。
私の目を見て、ゼフォンは剣を高く構えた。
「ならば、今の俺の全てを賭けて、斬って捨てるのみ」
剣を振る風の音が聞こえた。
負けてたまるか。
地に拳を打ち、膝を立てる。
レベル差、余力、技術。今や全てで劣るこの身だが、負けてやるにはまだ闘志は燃え尽きていない。
腕に、脚に力を入れて体を起こす。
心で咆え、気合いで両足を立ち上がらせる。
私の額目掛けて落ちてきた刃に、私はなけなしの力を振り絞って拳を振り上げた。
しかし、私の拳が刃に触れる事はなく、空気の吹く軽い感触が肌を撫でて通り過ぎた。
「!?」
何が起きたのか、私にも一瞬わからなかった。
それに先んじて、薄紫色の閃光がゼフォンの頭上を駆け抜けた。
私の視界に、瞬時に眼前へと掲げられたゼフォンの剣から、火花が散ったのが見えた。
「シェルティ! やっちゃえぇぇえーーーッ!!」
遠くから鳴り響いてきた甲高い声。
瓦礫に身を寄せ、拳を振り上げている青い髪の少年の姿が視界の端に入った。
ジノ。
必死に声を張り上げ、その声援を飛ばしている先は私、そしてゼフォンのさらに向こうの虚空。
薄紫色の閃光が瞬いた。
「……大鎌の娘か!」
残像すら残さず虚空を駆け巡る閃光に、ゼフォンの視線が忙しなくそれを追う。
見上げた私の目からも、それは夕空に駆け抜けるいくつもの流星と見紛う程。
精霊族固有スキルのHPを速力に転化した高速移動――だけではない。
薄紫に混じった仄かな青い光。
ジノの付与魔法、フェザーシューズも合わせた2重加速の超々高速疾走。
傍から見ている私でも、最早その速度は目で追うのも困難な程。
わずかな挙動からの予測と経験による勘がなければ、ついていく事は不可能の領域に侵入している。
「たあぁぁぁぁあッ!!!」
虚空から声だけが響く。
瞬時にゼフォンは黒王から奈落を解いた。
同時にゼフォンが体に添わせた剣から火花が散った。
「先程より鋭さが増した。だが、その分読みやすくなったぞ」
跳ねる様に軌道を切り返す閃光に、すれ違い様ゼフォンが剣を振り抜いた。
ガランと音を立てて湾曲した刃が地面を跳ねる。それは斬り飛ばされたシェルティの得物である大鎌の先端。
それでも、両者は止まらない。
刃が交差し、すれ違う2人。
だが、ゼフォンは既に後方に体を回し、閃光の向こうにあるシェルティの背中に魔法剣の照準を合わせていた。
ほんの3合の接触で、既にゼフォンはシェルティの動きを見切りつつあった。
その順応力に私は息を飲んだ。
最早かつての「死なない生き餌」ではない。あのガディンやリゴウ、私ですら超えている。
私の心中を渦巻いていた感情は、しかし恐怖でも驚愕でもなかった。
こんな時であるが、私は密かにゼフォンを尊敬した。
澄み切った青空を見上げる様に、私はただただ凄いと感動していた。
ゼフォンが魔法の刃を射出させようと剣を握る手を返した。
その視線の先には無防備な背中。
その華奢な背中に一撃入れればその命は綿毛程に軽く吹き飛ぶ。
それは誰の目にも明らかだった。
だが、あのゼフォンがそのあまりに研ぎ澄まされた速度と大鎌捌きへの対応に失念していた。
「クア!」
シェルティの職業を。
シェルティのローブのフードから覗く温かなオレンジ色。
そこから滾る眩い炎。
翼を失ったハービィがシェルティの背中のフードに包まったまま、ゼフォンの殺気に負けぬ熱い炎を燃やしていた。
「…………!!」
無防備だったはずのシェルティの背中から放たれた猛烈な火炎放射。
虚を突かれたゼフォンの視界を覆い、魔法剣の行き先を一瞬見失わせた。
視界を奪われてもゼフォンはその炎を一刀のもとに斬り捨てた。
見切りと勘でシェルティの次の手を予測したゼフォン。
そして、即座にその切先を向けたのは、自身の頭上。
四度交差した刃と刃。
その閃きは十字の輝きとなって宵闇の空を駆け抜けた。
「う……っ!」
虚空からシェルティの姿が現れた。
シェルティの体が、糸の切れた人形の様にバラバラと手足を投げ出したまま地面に転がる。
「シェルティ……!」
何度も地面を跳ね、埃を巻き上げながら仰向けに倒れたシェルティ。
凄まじい戦闘を繰り広げていたとは思えない、ぐったりと投げ出された体。
その横にフードから転げ落ちたハービィも横たわっていた。
シェルティの体に刻まれた、胸から腰にかけて走る赤く深い線。
その体を貫いた一撃は、同じくハービィの体にも及んでいた。
それらが致命傷である事は、ゼフォンとのレベル差では明らか。
だが、私は横たわるシェルティに労いの言葉をかけるよりも先に、その向こうに映った光景に目を奪われていた。
「…………」
剣を振り上げたままの姿勢のゼフォン。
私は見た。
その額に刻まれた赤い傷痕を。
この戦いが始まってから、初めてゼフォンがその顔に傷を許した。
それを、シェルティが成したのだ。
私は、その光景を深く目に焼きつけていた。
そして、それに続く者も。
「シェルティちゃん! あとは任せな!!」
高く上がった剣の腹に叩き込まれた大槌。
鈍く鳴る鐘の音の様な響き。
ゼフォンの剣が振り上がった瞬間、小さな影がその隙を狙って飛び出した。
剣を狙った攻撃。
いや、正確には剣に入った「亀裂」に、だ。
先の王の一撃。
奈落のスキルが一瞬遅れた事で、その衝突によって刀身はいつ砕けてもおかしくない損傷を負っていたのだ。
大槌を受けた剣からクモの巣状に亀裂が広がり、そして乾いた破砕音が鳴った。
様々な剣技を繰り出し、多くの仲間達を屠ってきた黒い刀身。
それが、ついに粉々に砕け散った。
「どうだい。あたし達もなかなかのもんだろう?」
受け身を取る余裕もないまま石床に転がりながら、ギネットさんは口元に笑みを浮かべた。
黒い破片の雨が降りしきる光景に、ネストも、アスタルテとヒューイも、ジノも、絶望の果てに射し込んだ一筋の光にただただ目を見開いていた。
「ミケさん……」
ふと、横たわるシェルティが私へ顔を向けた。
「私……ミケさんみたいにかっこよかったですか?」
体が光の粒へ変わっていくシェルティが小さく微笑んだ。
「うん。私も負けてられない」
私が頷くと、シェルティは「えへへ」と目を細めて消えていった。
風に吹かれ何も無くなった石床へ、私は手を差し出して握り締めた。
ゼフォンの状況把握力と反応速度は私以上だろう。
レベルも高く、それでいて慢心もしない。
ゲーム内だけでなく、これまでの人生で培ってきたその技術は驚異の一言に収まらない。
しかし、そこに付け込む隙がある。
私やシェルティの攻撃など避けずに受けていてもよかったのだ。
受けたら死ぬリアルでの攻防で、ゼフォンにはどんな攻撃でも回避してしまう癖がついていた。
ここまでの戦いで、あまりにレベル差がある私の攻撃ですら尽くかわしていたゼフォン。
相手の攻撃力を把握して、食らって構わない攻撃と避けるべき攻撃を選別し、対処していたらゼフォンは今頃確実に勝利を手にしていただろう。
故に、それが唯一無二のゼフォンの弱点となった。
その結果が、ゼフォンの手に握られた折れた剣だ。
「畳みかけるよ! 王様!!」
声を張り上げるギネットさん。
その背後から、眩い黄金の光が立ち昇った。
「神聖剣・究極絶技――!!」
王の絶大な威力を誇る技が再び繰り出されようとしていた。
「俺達もいくぜ!!」
「ええ」
ネストと回復を済ませたアスタルテもそれに続いた。
いかにゼフォンとて、最早剣を失ってはその技術を使う事はできまい。
私達の、王の攻撃を受け切る事は至難。
今、ようやく私達は勝利への取っかかりに指先をかける事ができたのだ。
そう皆が実感していた。
降り注ぐ黒い破片。
しかし、皆が気づいていないその光景に、私だけが気づいた。
その黒い破片が、真っ白な骨の様にその色を失った事に。
その意味を私だけがいち早く目撃した。
「みんな、待――」
私が手を伸ばした時、既に事態は次の段階に進んでいた。
「『魔神覚醒』」
ゼフォンの唸る様な声が、本当の絶望がこれから始まったのだと、そう告げていた。
次回投稿は1月14日午後8時予定です。
次回第79話『魔神』
お楽しみに!