8・魔法と身体テストとオオカミと
私は防具屋を後にした。
グレーのトレンチコート。水色のデニムのパンツと少しタイトな白いブラウス。靴は黒い革のショートブーツでキメて、エメラルドグリーンの長い髪は後ろで一本にまとめた。
もはや変態の面影はない。
ありがとう。防具屋のおじさん。あなたのコーディネートは一生忘れない。
初期装備のペチャンコ靴の時も思ったけど、どんな服でも体の動きを阻害しない仕様になっているみたい。アスリート用のユニフォーム以上の動きやすさがある。
あと、『アイテムホルダー』という腰に着けるベルトを買った。
通常、アイテムは『アイテムボックス』に収納されている。
アイテムボックスとは文字通りアイテムを保管する場所だが、姿形がある訳ではない。
頭の中で「アイテムを取り出したい」と思えば目の前にウインドウが現れ、所持しているアイテムのリストが表示される。そこから選ぶ事で収納されたアイテムが出現する。
出し入れは自由にでき、収納しておけばかさ張らないし重さも感じないからとっても便利。
しかし、取り出すにはウインドウを操作したりと少し手間だ。
その為、戦闘中などすぐ使用したい場面ではこのアイテムホルダーが活躍する。
予め腰のホルダーに取り付けておけば、すぐに手にできて使いやすい。既にいくつか回復アイテムを装着しておいた。
武器なども取り付けられるが、重量は感じるので注意が必要。との事。
ザキに教えてもらったんだ。ザキもホルダーに予備の武器を装着し、状況に合わせて使い分けているという。
武器屋にも寄ってみた。
魔法攻撃力に補正が付くという杖を購入した。
より大きな補正が付くオーブも見てみた。スフィアルが持っていた水晶玉もこれの類いだ。
だけど、武器としては鈍器としての使い道すら期待できないのでやめておいた。
ちなみに、武器は重量さえ許せばどんな職業でも剣だろうが斧だろうが何だって装備可能だ。
極端な話、斧を担いだ魔法使いがいてもおかしくない。
重量は攻撃力が高くなるにつれて増していく傾向がある。防具と違い、必要魔力量は総じて低めになっているみたい。
村娘から変態、カジュアルへと進化してきたが、とても冒険者には見えないな……。
杖に至っては意味不明だ。
こうして、私はまたコボルト先生のお世話になっている。
下卑た笑みを浮かべるブッシュコボルトに一礼して、魔法を唱えた。
「……プリズムアロー!」
杖の先から光の矢が飛んでいく。
『プリズムアロー』
初級攻撃魔法。
威力は低いが任意の【属性】を自由に選んで魔法の矢を飛ばす事ができる。
1度に秒間4発まで連射可能で、チャージタイムもない。クールタイムも短いので連射性能は高い。
属性は【火】、【冷気】、【雷】、そして【聖】、【闇】の5種類がある。
自分の属性値が高いものを使えば威力が上がる。
逆に魔法攻撃を受けた際、自分のその属性値が高ければダメージを軽減できる。
相手の属性値が低ければそこが弱点となり、それを突くのがセオリーだ。
私の種族、龍人族は全ての属性値が均一になっている。まぁ、全部低いんだけどさ。
とりあえず全属性試してみた。
……弱い。
足止めくらいにはなってるが、ちょっと痛がる程度。むしろイラついてるだけの様にも見える。
射程距離も3メートルくらい。水鉄砲の方がまだ飛ぶぞ。普通魔法職でこんなに接近されたら致命的だと思う。
わかった。これ、練習用の魔法だ。初心者が魔法を使う感覚を掴む為のお試し用魔法なんだ。
もう杖で殴り飛ばした。
しかし、幼龍ミスティックマスターの打撃力では何度も叩くうちに、倒すより先に杖の方が折れてしまった。
魔法の補助用の杖では仕方ない。
結局また素手で倒してしまった。万能魔法職とは一体……。
心なしか、素手での攻撃力が上がっている気がする。
素手で戦うと【体術熟練度】のレベルが上がり、素手での攻撃力に補正が付くという事がわかった。打撃力だけでなく、投げ技、絞め技、極め技にも付くのだからありがたい。
杖を装備していたけど、蹴りなど武器を伴わない攻撃をした際にも体術熟練度は上がるようだ。
龍人族は経験値の上昇速度が他種族の半分しかない。
けれど、幸い経験値と違って熟練度の上がる早さは他の種族と同じらしい。ならば体術熟練度は優先して上げよう。
攻撃力は基本的にステータスの【筋力】が大きい程高くなる。
体術熟練度の補正はこの上にさらに追加されているようだ。
それと、筋力が高ければ重い敵や物を突き飛ばしやすくなる。反対にこちらも突き飛ばされにくくなるみたいだ。
街道から外れ、林の奥深くでブッシュコボルトの集落を壊滅させた頃。大体このくらいの事が理解できた。
レベルは7に上がっていた。
街道に戻り、林の奥へと足を進める。やがて木々は深くなり、道も上り坂となっていった。
さらに進むと木々は姿を消し、岩肌が剥き出しになった山道へと変化した。気温も下がり、疎らな高山植物が力強く岩場にしがみついている。
この辺りではもうブッシュコボルトは現れなくなっていた。
私は来た道を振り返ると、遥か遠くになった林道に一礼して感謝の祈りを捧げた。
しばらく崖に面した山道を歩いていると、急斜面を縦横無尽に駆け降りてくる獣の一団に遭遇した。
目を凝らしてみると「ロックウルフ」という名前が表示されている。
ほぼ垂直の崖をものともせず、皆それぞれ風の様に突き進んでくる。狙いは私か。
この辺りは道も狭く、足場も悪い。蹴った小石が崖の下に消えていった。
昔、父と山にキャンプに行った時の事を思い出した。世界各地色んな所へ行ったな。徒歩で。
いや、あれは荒行って言うんだって最近知った。
普通は森の獣を倒して捌いたりしないんだって。クマさんをやっつけたお父さん、誇らしげだったな。
私もこのキャンプという名の修行の旅で、戦い方や生き抜く為の心構えを身に付けたのだ。
山道に降り立ったロックウルフはまるで慣性を感じさせず、反射するかの様にこちらへ躍りかかってきた。
私は腕を大きく広げると、ロックウルフに優しく無料のスマイルを振りまいた。
一切気にせず飛びかかってきたロックウルフを仰け反って躱す。
空振りして上空を通り過ぎようとしたロックウルフをそっと抱き締める。
そして、後ろへ倒れ込む様にして岩肌へ叩きつけた。ちょっとモフモフしたよ。
岩場に突き刺さるオブジェと化したロックウルフを尻目に、後続の群れに向き直る。
スピードはブッシュコボルトとは比べ物にならない程速いが、獣の相手はもっと直線的な分簡単。
飛び込んできた牙を顔の横に手を添えて反らすと、一気に首を抱え込みネジ折った。
もの言わぬ屍を放し、私は取り囲む様に動く群れに視線を向けた。
間髪入れず次々と襲い来るロックウルフの群れ。
さすがに数が多く、捌き切れないと判断。私は1頭の下に潜り込み、胴体にしがみついた。
そして完全に囲まれる前に岩肌を蹴り付け、諸とも崖下に身を投げた。
「ヒール……!」
岩壁に打ち付けられながら、回復魔法をかけてダメージを軽減する。
やがて小さな広場に叩きつけられ、転がりながら互いにいち早く体勢を立て直した。
先に横面に拳を打ち込み、それでも牙を剥くロックウルフの顔に肘を入れて避ける。
よろけたロックウルフの前足を踏み抜き、地面に突っ伏した隙に首筋に跨がってその後頭部に狙いを定めた。
そして、動かなくなるまで何度も拳を叩き込んでいった。
不意に私はその場を跳び退き、崖から飛び降りてきたロックウルフの顎をカウンター気味に蹴り上げた。
しかし、筋力の不足と相手の重量に押し負け、私の方が後方に倒れ込んでしまった。
ただそれが巴投げの形になり、ロックウルフは遥か崖下に吸い込まれて消えていった。
脚を振り上げ、反動で飛び起きる。
既に後続が次々とこの広場に降りてきていた。
残りは3頭。
3頭共私を中心に周囲をグルグル駆け回っている。私という獲物に狙いを定め、飛びかかるタイミングを測っているようだ。
私は背後に回った1頭に脱いだコートを投げつけた。
同時に反対側、正面のロックウルフ目掛けてプリズムアローを撃ち放った。
突然の魔法に反応が遅れたロックウルフ。冷気属性の魔法で顔面が凍結し、もがき出した。
私はその鼻先に手を添えると、宙返りの要領で背中に飛び乗った。
そして、後ろから渾身の力を込めて首をへし折った。
迫り来るもう1頭の鼻面にストレートを見舞うが、力負けして突き飛ばされてしまった。
噛み付かんとする口元に必死でしがみつき、無理矢理閉じる。遮二無二暴れるロックウルフの爪が肩に食い込むのを感じる。
だが、視界の端で背後のロックウルフが、頭に被さったコートを取り去ったのが見えた。
一か八か、ロックウルフの拘束を解く。
同時に大口を開けた鋭い牙が襲いかかってきた。
「プリズム……アロー……ッ!!」
しかし、口が閉じるより先にその中へ腕を突き入れ、秒間4発の魔法の矢で胃の中から体を突き破った。
残り1頭。
もう小細工をしている暇はない。口から腕を引き抜いたその瞬間、並んだ牙が視界を埋め尽くしていた。
鋭く強靭な顎が右肩に食らい付いた。
だが、私はロックウルフの背中に手を回して、千切れる程その毛皮を固く握り締める。体中の力を膝に集中させ、がら空きの胸を全力で打ち抜いた。
1撃、2撃、3撃、と叩き込み、たまらず牙を離したロックウルフ。
その顔面にフック気味の拳を打ち込み、体勢を整えられる前に左腕一本で何度も殴りつける。
その双眸がこちらに狙いを定めたと同時に、後ろ回し蹴りを繰り出す。
……と、見せかけて蹴りの軌道を下からすくい上げ、ロックウルフの下顎を上空高くカチ上げた。
「フ……ッ!!」
そして、私は無防備となった喉笛に、残った全ての力で足刀を叩き込んだ。
やがてロックウルフは力なく崩れ落ち、ついにその場へ倒れ込んだ。
「……やっぱり、鈍ってる……」
ロックウルフ達が光の粒となって消えるのをよそに、私は自身の現状にため息を吐いたのだった。
右腕の感覚がほとんどない。
肩には歯形の傷が赤く光を放っている。血が流れない仕様は見た目的に悪くないのかも知れないが、ダメージは深刻だ。
手足のHPは半分を切ると徐々に動きや感覚が鈍り始め、5%を下回るとほとんど感覚が無くなる。わずかに動くが戦闘は難しいだろう。
さらに、上腕や肩を負傷するとその先、末端の前腕や指先のHPは無傷でも動作に影響が現れるようだ。
今現在、指先もほとんど動かないからだ。
腰に着けた回復ポーションを使い、治療する。もうMPも空だ。そちらもMPポーションを使って回復させた。
回復アイテムはアンプル状のガラスビンに入っており、まるで香水の様なオシャレなデザインになっている。
その先端を指で折るだけで効果が発揮されるので、戦闘中でも手軽に使用できる。
私はコートを拾い上げ、着直した。
岩肌に腰を降ろし、スタミナ値が回復するのを待ってからその場を後にした。
それからしばらく険しい岩肌が続く山道を進んだ。
ゴツゴツとした大きな岩が並び、何度目かの岩山を越えた時、ようやく視界が開けた。
やっとたどり着いたのだ。
第2の町。鉱山都市『アイゼネルツ』へと。
次の投稿は10日午後8時予定です。
やっぱり戦闘シーンを書いてる時が一番楽しいですね。ミケが気分良く敵をバッタバッタとなぎ倒していくのは、書いてるこっちも気分良くなります。
次回、第9話『鉱山都市アイゼネルツ』
お楽しみに!