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ミケのオンラインリハビリテーション  作者: 白ネコ扇子
第6章・チェック
78/87

76・鋼鉄の青薔薇

「貫きなさい。セイクリッド(聖なる)ペネトレイター()


 眩い光線が地面を、そこに横たわるいくつもの瓦礫を焼き砕き、貫いていく。

 青白い杖を振るい、中宙から次々と光線を射出する青いドレスの女。

 一分の隙間もなく、獲物を追い詰める光の魔法が戦場を埋め尽くす。


 心臓を狙う鋭い光線を、しかし間に挟んだ大槌が叩き飛ばした。


「悪いが急いでるんだ。とっとと退場してもらうよ」


 掌で大槌を回し取り、口角を上げたのは青い女の半分程度しかない小柄な子供。

 見た目に似つかわしくない口調で、その子供――ギネットは自身の身長より大きな大槌を小さな背に担いだ。

 そして、ギネットは両手で大槌を握り直すと、対峙した青い女――ウルレイテに向けて「はっ」と挑発的な笑みをこぼした。


「先程……わたくし達に手も足も出ず多くの味方を失ったというのに。物覚えの悪い子ですね。わたくしをゼフォンとマスター・ガーチのオマケだと思ったのなら大きな間違いですよ」


 長い杖の柄で地面を叩き、態勢を調えるウルレイテ。

 姿勢を正し、立ち姿だけでも凛として無駄がない。小枝に留まった青い鳥の様に、その振る舞いは優雅という言葉が当てはまっていた。


「なら、お前さんをブチのめして溜飲を下げるとしようじゃないか」


 ギネットの言葉に、ウルレイテの人形の様に整った顔がかすかに歪んだ。


 じり、とギネットが足を詰めたと同時に、両者共に攻撃を繰り出した。


「わたくしと対峙した事を心の底から後悔させて差し上げましょう! ラピッドレーザー!」


 ギネットの脳天に迫った光線を、振り上げた大槌が弾いた。


 ギネットの小さな体目掛けて間断なく放たれる光線。

 杖をかざしてウルレイテはさらに次の魔法を唱えようとした。


 ふと、その視界に突然銀色の何かが飛び込んできた。

 ウルレイテの鼻先に迫り、視界を覆ったのは赤みを帯びた銀色の金属球。


「封炎球!」


 ギネットの手から放られたそれ。おびただしい数の光線を潜り抜け、ウルレイテの顔面にそれは届いた。

 瞬間、ウルレイテの眼前でひび割れ、赤い熱線と共に爆ぜる金属球。


 地を揺らす程の轟音が耳をつんざき、天を突く巨大な火柱がウルレイテのいた場所から立ち上がる。

 さらに、下方からもツルハシで叩き割ったかの様な亀裂が床に広がり、炎が吹き出した。

 やがて立ち上がった炎が渦を巻き、中に閉じ込めた獲物を焼き尽くす竜巻と化した。


 並の相手ならこれで終わりだろう。


ギガルオ(聖天)・ガ・シルディーオ(極大障壁)


 眩く輝く光の障壁が灼熱の竜巻を内側から食い破る。

 そして、浮かび上がった光に揺れる青いドレス。


「この程度ではわたくしに傷1つつける事は叶いません」


 光が爆ぜ、炎の残骸を残さず消し飛ばした。

 そこに現れたウルレイテの、言葉通り傷1つないドレスがフワリとはためいた。

 そうして、攻撃を再開しようと杖を前に掲げたウルレイテ。

 敵を見据えるウルレイテの白く整った顔に、仄かな喜色が浮かぶ。


「!」


 だが、そこに対峙しているはずの敵の姿はなかった。


 不意にウルレイテの顔に落ちてきた、小さな影。


「ジェットキック――」


 上空高く。小さな体を翻し、その体格に似つかわしくない長柄の大槌がウルレイテの視界を()ぎった。

 柄の最端限界を握り、小さな体からは予想もできない長大な円弧を描いた鉄の塊。

 それが、その落下速度と遠心力を込め、光輝く必殺技を叩きつける。


「――レイダーッ!」


 その重い先端は空気を焼き、流星のごとくウルレイテの額へと打ち下ろされた。


「もう一度申し上げましょう」


 その影から通った凛と澄んだ声と共に、鳴り響く大槌の甲高い衝突音。

 大槌はウルレイテの額へと確かに打ち下ろされた。


 しかし、その先端は再び展開された白く輝く壁に阻まれていた。

 白い火花を散らしながら、宙に固定された大槌がギリギリと悲鳴を上げる。


「この程度ではわたくしに傷1つつける事は叶いません」


 回復、支援に特化した職業「ディバインオーダー」。

 そのステータスは魔法防御力に秀でている。


 その反面攻撃力と、そして物理防御力は大きく劣る。

 故に戦闘では後列に立ち、前線で体を張ることはしない。

 だからこそ前衛がいない今、懐に潜り込んで物理ダメージを与える事が最も理に適った攻略法のはずなのだ。


「わたくしのユニークスキルは『物理防御力を魔法防御力と同等に引き上げる』もの。防御性能だけならわたくしはマスター・ガーチをも上回ります」


 大槌を阻む障壁の向こうで、青い唇がかすかに上がったのがギネットの目に映った。


「改めて名乗っておきましょう。クローズド(絶対)ガーディアン(守護領域)の城壁にして魔王軍最高の盾。『鋼鉄の青薔薇』・ウルレイテ」


 振り上がった杖が、空中で釘付けになったギネットを叩き飛ばした。

 優美なドレス姿からは思いもしない重い一撃。高いレベルだけではない。杖を扱うその技量が、劣る筋力をそうと思わせない攻撃力に引き上げているのだ。

 後衛職とはいえ、リゴウ、ラゼなど他の並々ならぬ連中に勝るとも劣らない力量があるのは間違いない。


 大槌の柄を挟んで直撃は避けたものの、その威力は大槌の重量ごとギネットの体が上方へと跳ね上げられる程。


 後ろへ大きく飛ばされ、ギネットは硬い石床に着地した。

 膝を着き、顔を上げてギネットは光と火の粉が舞うその向こうを見上げた。


 杖を振り、悠然と立つ青い薔薇を模したドレスをまとった女。


「わたくしは光栄に思っているのですよ」


 不意に放たれた、場違いな程にゆったりとした淑やかな声がギネットの耳に届く。


 同時にその優雅な振る舞いに偽装された、杖によるレイピアの様な鋭い刺突。

 その虚を突いた一撃をギネットは大槌の柄で受け、(すんで)所で軌道を曲げた。


 しかし、軌道を曲げられて尚、押しつけられる杖と鍔迫り合いとなった。


「数々の偉業を成し遂げてきたあの不落の城砦・マスターガーチ。その新たなる伝説の末席を汚す事が許された幸運に」


 拮抗した力がギリギリと音を立てる。


「そして、そのマスターガーチをも圧倒したあのお方、ゼフォン。この両雄の出会いに、わたくしは喜びを禁じえない」


「!!」


 鉄球でもぶつけられたかの様な重い衝撃。

 踏み込んだウルレイテがギネットを弾き飛ばして距離が開いた。

 とてもそれを繰り出したとは思えない細い腕から、鈍く輝く青い杖がこちらの眉間に向けられている。

 それ以上後ろへ下がるものかと地面を踏み締め、踏ん張るギネット。ガリガリと靴底を擦り減らしながらも、ギネットはその殺意の尖端を見据えた。


 立ち姿だけならただのお上品なお嬢さんだが、その中身は歴戦の勇者に相違ない。

 はたまた冷たい理性を宿した恐ろしい怪物かだ。

 ギネットはその戦場に似つかわしくない、ウルレイテの浮かべる柔らかな笑みに戦慄し、汗を拭った。


「そんな偉大な方々とこの困難極まりない任務を成し遂げ、共に凱旋できる栄誉! そうして、それもついにあなたという最後の障害を取り払うのみに到ったのです」


 最後の障害。

 ウルレイテにとってギネットは正にこの局面でチェックメイトに至る為の最後の障害に違いない。

 こちら側でレベル、技量を合わせた総合的な戦闘力が最も高く、こちらの要となっているのは間違いなくギネットだ。


 対し、ウルレイテは敵にとっての要だ。


 今現在、敵はウルレイテによる回復支援が欠けているにも関わらず、こちらは不利な戦いを強いられている。

 なのに、ただでさえ強大なゼフォン、ガーチが回復を受けて何度も蘇る事になったなら、打つ手はもう無い。

 ギネットがウルレイテを他の敵と分断しているからこそ、ギリギリで勝敗の天秤が釣り合っている状況なのだ。


 ギネット、ひいては王国陣営にとって、ここでギネットが負けたら敗北が決定すると言っても過言ではなかった。


「とはいえ、あなたの実力の底は見えました。その程度でわたくしに敵う道理はありません。ここから去りなさい。これはわたくしからの最後の慈悲です」


 ウルレイテの呼びかけと共に、その背後から浮かび上がる無数の光球。

 それはウルレイテの頭上を埋め尽くし、獲物を狙うハチの様にその針の矛先をギネットに向けて静止させた。


 しかし、ギネットは「ふん」と鼻で笑うと、大槌を肩に担いで構えを直した。


「そう気が早いと足下をすくわれるよ」


 そう吐き捨てながら、不敵に口角を上げるギネット。


 そんなギネットの様子を見て、ウルレイテは小さく肩を落とした。


「そうですか。残念です。せめて、憐れみをもってその命を摘み取って差し上げましょう」


 ウルレイテの宣言と共に、その上空全ての白い光が飛び出した。


 光球の射撃。否、絨毯爆撃がギネットに降り注ぐ。

 一斉放火の乱撃ではなく整然と並んだ隙間のない面攻撃に、一切の逃げ場はない。


 ギネットがそれを見上げたと同時に、着弾した光球が一帯を閃光で包んだ。


 殴りつける様な衝撃と炸裂音。もうもうと立ち昇る埃。

 手応えを噛み締め、満足そうに微笑みを浮かべたウルレイテ。

 だが、ウルレイテはその手を休める事なく、前へ杖を突き出した。

 支援職である自身の攻撃力が相手を一撃で倒せる程高くはないと知っているからだ。

 それでも、笑みを湛えているその顔は、獲物をいたぶるネコを思わせた。


「さぁて、いっちょ行くとしようじゃないか!」


 突然、埃の煙幕を突き破って現れたのは、銀色の大きな盾。

 着弾の直前でアイテムボックスから取り出した盾でギネットは光球を防いだのだ。

 そして、ギネットは盾をかざして、続く光球を蹴散らしながら正面のウルレイテ目掛けて突進した。


 ギネットがウルレイテを退けられなければ、こちらはより窮地に立たされる。

 だが逆に考えれば、ギネットがウルレイテを倒す事ができたなら。

 敵側は回復手段という要を失うという事でもある。

 そうなれば、戦況はこちらに大きく傾くかも知れないのだ。


 故に、ギネットが膝を折る訳にはいかなかった。


「あなたにわたくしの防御は破れません。なおかつ、杖による近接戦闘術を極めたわたくしに、一切の隙はございません!」


 鋭く目を剥き、瞬時に握り直した杖を破城槌のごとく突き出したウルレイテ。

 鈍い音が響き、魔法で著しく損壊していた銀色の盾は中心からひび割れ砕け散った。


 手に残った盾の持ち手を放ったギネット。それから、両手で握り直した大槌を思い切り振り下ろした。


「トゥーハンドレイダー!」


 光をまとった必殺技がウルレイテの脳天目掛けて叩き込まれる。


「性懲りもなく無駄な足掻きを!」


 瞬時に展開された障壁と大槌がぶつかり合い、強烈な衝突音が響き渡る。


 だが、ギネットの必殺技後に生じる隙を見逃すウルレイテではない。

 高い練度で繰り出される杖術を、そんな無防備な状態でまともに食らったらひとたまりもない事は火を見るより明らか。

 そう思考し、舌舐めずりをしたウルレイテ。


 そんなウルレイテが踏み出した地面から、赤く光る魔法陣が広がった。

 

マジックトラップ(罠魔道具)!? いつの間に!」


 ウルレイテは振るおうとしていた杖を止め、間一髪足下から立ち昇った光の魔法から飛び退いた。


 ただ、攻撃の手を緩めたその間で、ウルレイテに大槌の一撃が迫っていた。

 必殺技の隙を予め放っておいた罠で補い、攻撃に転じるギネット。


「なんて手癖の悪い子でしょう!」


クレアトゥール(生産職)がアイテムを使って何が悪い……ってね!」


 振り下ろした大槌が両手を添えた杖にぶつかる。

 すぐに受け止めた杖から両手を(ほど)き、握り直して反撃に出るウルレイテ。


 突き出された杖を大槌で叩き伏せ、ギネットも間髪入れず踏み込んだ。


 互いに一歩も譲らず、繰り広げられるどちらが勝るとも劣らない攻防。


「これならどうだい!」


 ギネットは再び高密度の魔法が詰め込まれた金属球を取り出した。


ギガルオ(聖天)・ガ・シルディーオ(極大障壁)!!」


 ほぼ同時。ウルレイテとの間を遮る光の壁が、硬い音を立てて金属球とぶつかった。

 ギネットの攻撃は一歩遅かった。

 壁のこちら側でひび割れ、光を放ち始める金属球。


「フルスイング……レイダーァッ!!」


 だがしかし、その爆発間際の金属球へ、腰溜めに力を込めた大槌が追いついた。

 耳をつんざく金切り音を上げ、叩き潰した金属球から閃光が迸った。


「何ですって!?」


 潰され、凝縮された閃光が大槌の剛力を合わせてその衝撃力を押し上げる。

 ビリビリと痺れる振動と耳を貫くガラスを掻き毟る様な不協和音。

 そして、一瞬の内にウルレイテの防御魔法に亀裂が走った。


 爆炎と閃光が視界と聴覚を白く飛ばす。


 やがて目が白以外の色を思い出し、耳の奥で鳴り続ける高い音が止んだ頃。拮抗していた炎と障壁も宙へと霧散して消えていた。


 その爆心地に立っている2人。

 振り抜いた大槌を持つギネットと、それを杖で押し留めているウルレイテ。


 ギネットは確かにウルレイテの防御魔法を打ち破ったかに見えた。

 それでも、ウルレイテの技量によりその身に攻撃は届いていなかった。

 これほどまでの攻防にも関わらず未だ無傷のその実力は、それがこの場に立つ魔王軍最高のディバインオーダーであるという、その証明であった。



「なるほどね」



 だが、ギネットは目を細め、少し意地悪い笑みを幼く見えるその顔に浮かべていた。

 大槌を押し退け、後ろへ距離をとるウルレイテ。


「く……っ! 無駄です。何度繰り返してもあなたにわたくしの防御は突破できません。それすら理解できない愚鈍な思考。このわたくしが正して差し上げなければ!」


 舞い散る障壁の残滓を杖で払い除けながら、ウルレイテは再び杖を構えた。


「じゃあほれ。もう一度だよ」


 獣の様に顔をしかめたウルレイテに、対してギネットは軽くそう言った。


 そして、三度ウルレイテに放られた金属球。


「陽動も無く、そんなものが馬鹿正直に通じるとでも!?」


 対するウルレイテはわずかな爆風すら通さぬ様に障壁を張る。

 金属球はひび割れ、見慣れた閃光が内部から爆発した。


 しかしウルレイテにとって、見慣れていたのはそこまでだった。


「ぐう……ッ!?」


 呻き声を漏らし、崩れ落ちるウルレイテ。

 今の今までギネットの攻撃を全て無効化し、凛と佇んでいたその姿には、大きな異変が起こっていた。

 青いドレスにいくつも刻まれた赤い傷跡。

 そして、その原因は体の至る所に突き刺さった金属の刃だった。


ブレイドグレネード(刃榴弾)。文字通り金属製の刃物をばら撒く爆弾さ」

 

「物理……属性……!」


 自身に刻まれた想定外のダメージに目を見開いたウルレイテ。


「お前さんの能力は『物理防御力を魔法防御力と同じにする』もんじゃない」


 苦々しげに呻くウルレイテに、ギネットはニヤリと口角を上げた。


「結局、さっきの封炎球と必殺技はお前さんの障壁を破れなかった。ちょっとヒビを入れるのが精々だったんだ」


 ウルレイテの整った顔が歪み、奥歯を噛み締める音がギリリと鳴った。


「だが、あたしの大槌をお前さんが杖で防いでいたのは、何故か障壁が消える前だった。物理攻撃も防ぐはずの障壁があるのにもかかわらず、大槌だけをそれに触れさせたくない理由があった。それはどうしてか――」


 ギネットは振り上げた大槌をこちらを睨むウルレイテに突きつけた。



「――お前さんの本当の能力は『物理防御力と魔法防御力の任意の交換』だろ?」



「どうして」


「これはゲームだよ。そんな都合のいいスキルがあってたまるもんかね。それにお前さん、自分じゃ気づいてないだろうけど、ちょっと馬鹿正直すぎるんだよ」


 片目を閉じ、満足げにギネットはニヤリと笑った。


 ずっと人形の様に澄ました顔をしていたウルレイテだったが、イタズラがバレた子供の様にバツが悪そうな顔をした。

 だが、それも一瞬。地に(うずくま)っていたものの、杖を床に突き立てて瞬時に戦闘態勢を整えるウルレイテ。


「今度はどっちだ?」


 その眼前にまたも金属球が飛び込んできた。


「う……っ!? ぎ、ギガルオ(聖天)・ガ・シルディーオ(極大障壁)!!」


 目を左右に振りながら思考をフル回転させたウルレイテが、とっさに展開した光の障壁。


 だが、炸裂した閃光はその壁をすり抜け、ウルレイテの体に炎が食らいついた。


「残念。ハズレだったね」


 防御性能の切り替えを誤ったせいで、魔法の炎が物理防御力に特化した障壁を紙屑の様に吹き飛ばしたのだ。

 さらに、魔法防御力が著しく低下した体ごと炎が焼き尽くしていく。


 ジリジリと炙られ、膝を折ったウルレイテに、ギネットの大槌が追撃を加えた。

 その打ち下ろした先端を、杖が受け止めた。

 そう。魔法の障壁が無くともまだ高い練度による杖が立ちはだかる。


 さらに、焼け焦げたウルレイテの傷が徐々に再生を始めていた。


「ま、まだです……ッ! 障壁が破られようと、わたくしにはまだ杖術と魔王軍最高の回復魔法があるのです! この程度の攻撃力ではあなたに勝ち目はございません!」


「あたしがなんでお前さんを相手に選んだかわかるかい?」


 杖に力を込めながら喚くウルレイテ。

 その杖と振り下ろされた大槌が交差し、同時にギネットはおもむろに顔を寄せた。


「あたしらの仲間の中で、お前さんのその防御力を突破できるのがあたししかいなかったからさ」


 突然近づけられた瞳に、一瞬狼狽えたウルレイテ。

 その一瞬に、ウルレイテの足下が輝き出した。罠魔道具のトラバサミが豪華な刺繍の施されたドレスごとウルレイテの脚に齧りつき、牙を立てた。


「しまっ――」


 振りかぶられた大槌がウルレイテの右腕を捉えた。


「…………くッ!!」


 杖が吹き飛び、直撃を受けたウルレイテの右腕が砕けて曲がる。肘から先が折れてダラリと垂れ下がった。


「……わたくしは負けられない。居場所の無かったわたくしを拾い、戦い方と居場所を与えて下さったマスター・ガーチにご恩をお返しするまではッ!」


 足を踏ん張り、前に出るウルレイテ。

 鎖で地面に繋がったトラバサミで最早逃げる事は難しい。

 否、それでも逃げるつもりなど毛頭ないのだろう。

 気迫が魔力に乗り、掲げた左腕から全ての余力を注いだ無数の光球を前へと押し出す。


「泣き言かい? だけど、手を抜いてやるつもりはないよ!」


 降り注ぐ弾幕を掻い潜り、突っ込んでくる小さな体。

 大槌でそれらを弾きながら突進し、肩を抉られてもその勢いは殺せない。

 弾き飛ばした光球の爆風を背中に受けつつ、ギネットは力一杯大槌を振り上げた。


「青薔薇の名にかけて、マスター・ガーチの為に……あなただけは……ッ!!」


 前に踏み出した、しかし腕を下げたままの無防備な顔を大槌が容赦なく跳ね上げた。

 

 首を後ろに飛ばされ、仰け反りながら背中を地面に叩きつけられたウルレイテ。

 ガチンと脚に繋がった鎖が硬い音を立てる。

 声を上げる間もなく倒れ、それでも仰いだ空に――上空から飛び込んでくるギネットと大槌に向けて左手を突き出していた。


「……ギガルオ(聖天)・ガ・シルディーオ(極大障壁)……ッ!」


 ギネットとウルレイテの間を断絶する魔法の壁。

 その表面に、落下してきた金属球がコツンと音を立てた。


 今度はどちらか?


 瞬時に脳の血流を加速させ、限界まで思考を巡らせる。

 そして、ウルレイテは自身の判断を信じ、叫んだ。


「マスター・ガーチッ!! 今、わたくしは参りますッ!!」


「グレイトフル――!!」


 ギネットは両手でしかと握った柄に、残った全ての力を込めて振り下ろした。

 金属球を必殺技の輝きに包まれた大槌が叩き潰す。


「――レイダーァアッ!!」


 金属球の閃光と大槌の輝きが重なり、増幅し合った。


 炸裂した金属球から放たれたのは無数の刃。

 刃は障壁に突き刺さり、小さなヒビをつけた。


 ウルレイテの判断は「物理防御」。

 選択は、当たった。


 それでも、ウルレイテの顔に二度と笑みが浮かぶ事はなかった。


 突き刺さった刃を楔とし、全力で打ち下ろした大槌が障壁を穿つ。

 前回の「魔法プラス物理」とは異なる、「物理プラス物理」の合算。

 その一点に集中した威力は相乗され、破砕された障壁を吹き飛ばしながら――


「これが、年季の違いさ。お嬢ちゃん」


 ――ついに大槌ごと無数の刃がウルレイテの胸を貫いたのだった。


 障壁と共に霧散していくウルレイテを背に、ギネットは大槌を担ぎ直してキセルを咥えた。

 次回投稿は1月10日午後8時予定です。


 大変お待たせして申し訳ございませんでした。

 遅くなった分、これから6章終了まで2日おきのペースで投稿していきます。

 それまでまたどうかよろしくお願いいたします。


 次回第77話『災厄との対峙』


 お楽しみに!

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