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ミケのオンラインリハビリテーション  作者: 白ネコ扇子
第6章・チェック
73/87

71・最悪との邂逅

「ソディス。あんたがここに来たって事は、あたしと同じ考えだったって訳かい」


 私達は階段を登り、玉座の扉の前までたどり着いた。

 受け取った回復ポーションで傷を癒し、ソディスを見上げるギネットさん。


「考え?」


 そのギネットさんからふと投げられた言葉に、私は首を捻った。


「そうだ。我らが王と敵をぶつける」


 ソディスがそう答えると、何人かからどよめきが上がった。


「王様と!?」


「しかし、万が一王を討たれたら……」


 それはそうだ。王は我らが陣営の急所なのだ。

 もしも王が倒されたなら、こちらの陣営にとってどんな災禍が降りかかるかわからない。

 何にせよ、何かしらよくない事態が起こるのを想像するに難くはない。

 それでも、ソディスもギネットさんも表情を崩す事なく続けた。


「かつて、我が陣営のプレイヤーがただの一度、魔王の喉元に迫った事がある。我らが王と同じく魔王もまた敵の急所。伝え聞いたその戦闘力を鑑みるに、こちらの王にも同等の力があると推測しても良いだろう」


「まぁ、実際の王の強さがわからない以上ほとんど賭けだがね。だけど、あたし達と力を合わせれば、あの敵と何とか戦えるかも知れない」


 直接敵と刃を交えたギネットさんだからこそ、その恐ろしさをよくわかっているのだろう。

 私達の現状、残った戦力で敵を撃退する事は最早非常に難しいと思う。

 私達の中で最もレベルも総合的な戦闘力も高いギネットさんですら歯が立たなかったのだ。

 次いでレベルの高いビスレとヒューイも疲弊している。

 ネストやアスタルテも手練れとはいえ、レベルは60台。私達ヘテロエクスのメンバーにいたっては言わずもがな。

 もうそれしか手は無かった。


 ギネットさんが扉に、それからソディスに視線を送ると、ソディスは頷いた。

 ソディスが扉に手をかけた。

 すると、扉はその大きさに反して軽やかに開かれ、私達を迎え入れてくれた。


「よく来てくれた。冒険者達。我が愛しき民達よ。歓迎しよう」


 穏やかにして力強い、よく通る声が広い玉座の間に響いた。

 ビルを思わせる程に高い柱と、それらが支える大きな天井。外の庭園の一角が入るくらい広大な玉座の間。

 天窓から射し込んだ日の光が大理石でできた床や壁を温かく照らしていた。

 その光に浮かび上がる厳かながらも繊細な細工が施された内装や調度品は、一瞬今が非常時だという事も忘れさせる程に私達の目を奪った。


 そして、赤い絨毯が敷かれた緩やかな階段を登った最奥、玉座に深く腰かけた黄金の鎧。

 それを身にまとった壮年の紳士がその声の主だった。

 その頭にはいつか見た宝石を散りばめた冠の代わりに、額を覆う黄金色の兜が身につけられていた。

 そして、玉座の傍らには黄金の騎士剣と青い紋様装飾の施された盾が掛けられている。

 その出で立ちはこれから戦に臨む決意に他ならない。


「王よ。単刀直入に申し上げる。これより間もなく強大な敵が押し寄せてくる。その撃退に助力を願いたい」


 ソディスが一歩前に進み出て、やや遠慮に欠けた物言いでそう告げた。

 普段ならNPCにも礼節をわきまえて接するソディスだったが、今はその余裕すらあまりないのだ。


「火急の時によくぞ駆けつけてくれた。礼を言う。そうかしこまらずとも、楽にするとよい」


 それに対して王は我が子を慈しむ様にこちらを見渡し、微笑んだ。


「我が城に入り込んだ賊めの所業は既に把握している。我が民を傷つけ、我が国土を土足で踏みにじった狼藉。断じて許す訳にはいかぬ」


 しかし、穏やかな声に反してその全身からは歓迎されているはずの私達にさえ刺さる程、これからまみえるであろう敵へ向けた強い怒気が迸っていた。


「では、今よりしばし陛下に背を向ける無礼をお許し願う。……総員、迎撃態勢! 扉から目を離すな!」


 ソディスは王様の方から私達に向き直ると、腕を振り扇いで私達の入ってきた扉に注視した。


「…………」


 私達全員、扉に向けて武器を構えた。

 もう間もなく敵がこの扉から現れる。


 ふと、最後に見たドルガンの姿が脳裏を過った。

 敵はどれ程の強さなのか。果たして勝てるのか。私達だけで戦えるのか。

 私の力はどこまで通用するのか。

 無意味だとわかりながらもそんな事が頭の中を駆け巡ってしまう。

 それを振り払って扉に集中した。

 不安だらけ。

 それでも、少し楽しみな自分もいるのもまた否定できなかった。


「私達、なんだか場違いな気がするんですけど……」


「ボクだってそうだよ。でも……ここまで来たら最後までやるしかないさ」


 シェルティやジノも肩を強ばらせながら一緒に武器を握り締めている。

 2人共私達からやや離れた壁際で縮こまっているんだけどさ。

 シェルティの大鎌は先程スカーレットレイザーが壊されてしまったせいで二刀流用の予備だった。


「キュウ……」


 ハービィもシェルティの頭にしがみつきながら小さくなっていた。

 だけど、あれで3人共意外と肝は据わってるんだ。大丈夫だろう。


 扉に向けたジリジリと焼けつく様な視線。

 皆敵がいつ飛び込んできても攻撃できる様に神経を尖らせている。

 あまりの緊張に流れ落ちる汗すら拭えない。

 唾を飲む音がどこからか聞こえた。

 重苦しい一瞬一瞬がとても長い。

 そんな何度目かの一瞬が過ぎようとしていた。

 そんな時だった。


「しまった!」


 真横から襲ってきた破壊音。


 突如私達の右手側、玉座の間の白い壁に亀裂が走った。

 誰かが声を上げ、砕け散る壁を振り返る。

 皆扉に気を取られていたせいで反応が遅れてしまった。

 考えてみれば、ご丁寧に敵が挨拶でもしながら扉を開けてくれるはずはないのだ。


 私もそっちを向いた時、壁の近くからジノの叫び声が聞こえた。


「シェルティ!」


 目に映ったのは、崩れ落ちてきた破片を腕で庇うシェルティの姿。


 そして、壁に空いた穴からそれは現れた。

 やたらゴテゴテしてはいるが、それが非常に強力な装備である事はわかる。

 敵。それもかなり高いレベルの。


「皆殺しにしてやるぜ! てめぇらの王を殺るのはこのオレ様、魔王軍最強の破壊王、暴君ジョロネ――」


 しかし突然、私達の頭上を背後から閃光が駆け抜けた。


 いきなりだった。

 一呼吸置いて、玉座の間の壁と天井が斜めに滑り、ずれた。


 遅れて何かが地面に落ちてきた。

 何やら口上を述べながら入ってきた敵だったが、しかしその口がそれ以上声を発する事はもうない。

 腹を境に分かたれた敵の上半身と下半身が、それぞれに転がっていた。

 空をほんの一瞬だけ覆い尽くした巨大な閃光。

 それが広い玉座の間を横一線に通り抜け、その敵ごと輪切りにしたのだ。


 真っ二つとなって地面に転がったまま、敵は自分がどうなったのかも気づかずに消えていった。


「な」


 突然襲ってきた敵と、それを一撃で消し去ってしまった謎の光。

 一瞬で起きた大きすぎる出来事に、私達は言葉を失っていた。


 誰もが動けずにいたそんな中、広間を揺るがす地鳴りが響いた。


「正面から堂々と立ち向かう誇りも持ち合わせておらぬ不届き者めがッ!! 万死に値するッ!!」


 否、それは怒声だった。

 砲撃にも匹敵するその怒鳴り声は床に落ちた破片をも動かし、相対すればそれだけで膝を砕けそうな凄味を帯びていた。

 さすがに私も少し震え上がった。


 私達が背後を振り返った時、目に映ったのは刃に残った光を振り払う王の姿。

 あれは、あの光は王の剣による一振りだったのだ。

 剣を振るだけでその軌道上の全てを一撃の元に両断するその力。

 あれは光の魔法剣。しかし、その威力はこれまで見たものとは違う。

 これまで見てきたどの攻撃とも比較にならない次元、それ程のものだった。


「クソッ! ジョロネロのバカめ! 1人先走りやがって! 同時の手筈をよくも……ッ!」


 反対側からも分厚い石壁を突き破り、新たな敵が現れた。


 しかし、王はそれに向けていつの間にか手にしていた盾を掲げた。


「穿て! 崩天の矛先よ!」


 そしてその中央が開き、獣の(あぎと)を象った砲身へと形を変えていく。

 その中心を上下に挟み込み、王の左手を据える事で砲は完成。

 その左手に周囲の空気、空間が凝縮され、猛烈な光が掌に集まる様子がかすかに見えた。


アークキャリバー(蒸発天印)!」


 次の瞬間、解き放たれた眩い光の柱が敵を飲み込み、壁一面ごと玉座の間を吹き飛ばした。


 既に両断され、崩れかけていた柱と天井が横倒しに降り注いでくる。

 飴細工の様に壁が溶けて散り、床が重力を振り切って飛んで行く非現実的な光景。

 光の奔流に引きずられる様に激しく渦巻く風。それが広間の空気が「外」へ押し出された事によるものだと気づいたのは、少し時間が経ってからだった。


 やがてパラパラと降ってくる破片が止み、顔を守っていた腕を退けた。


「……す、すげ……」


 腰を抜かしながら、引きつった笑みを浮かべるネスト。

 そこには、頭上一面を覆う眩しい青空が広がっていた。


 空の眩しさに目が慣れると、やや間を置いて城外へ追いやられていた膨大な大気が押し戻されてきた。

 頬を殴りつける風がひどく冷たい。私は激しい風に飛ばされまいと足を踏ん張り、髪を押さえつけた。


 私達から見て左側半分が消し飛び、風通しの良くなった玉座の間。

 半ば崩れかけた城を、それからすっかり天気の移り変わった空を見上げ、私達はただただ呆気に取られていた。


 ギネットさん以外は。


「……来たね」


 ギネットさんの視線の向こう。


 不意に感じた。

 空気が変わった、と。


 玉座の間の入口。未だ閉じられた扉を、連続した見えない何かが通り抜けた。

 無数の軌跡が壁ごと扉を細切れにすると、その奥から複数の気配が敷居を跨ぎ乗り込んできた。


「総員配置に着け。これより最終目標の討伐を開始する」


 先頭の男はそう告げた。

 黒い肌に逆立った白い髪の魔人族の男。

 遠目にもわかる大柄な体躯と、その体を包む雪の様な純白のコート。片手には幅広の黒い騎士剣を握っていた。

 所作からもその強さが伝わってくる。

 それだけじゃない。

 これまで感じた事のない威圧感と、寒気すら覚えるその佇まい。

 その底知れない何かに、私は目が離せなかった。


「了解だァ。ゼフォン。今回の大仕事も大詰め。アンタにリーダーを任せて正解だったぜェ」


 その敵はゼフォンというらしい。

 そう呼んだのは、その隣に並んだ獣人族の男。

 スキンヘッドの頭部を苔色の鱗で覆った爬虫類の獣人族だ。

 ゼフォンに負けず劣らずの大きな体格で、その全身を墨色をした尖った鱗状の鎧で固めている。


「我々も同意見です。リーダー・ゼフォン。マスター・ガーチ。お2人と共に戦えて光栄です」


「ハッハハッ! これだけの豪華なメンバー、『黒城(こくじょう)』の連中でもなかなか揃うめぇよ!」


 その後ろからも続々と敵が侵入してくる。


「マスター……ガーチ!? あ、あの|クローズドガーディアン《絶対守護領域》のクランマスター!?」


 ビスレが隠れ切れない大きな体を大盾の後ろに詰めながら顔を青くした。


「あの独断主義のクランメンバーをまとめるリーダーにして、魔王軍陣営の最古参の1人だ」


 ヒューイもそんなビスレの傍らに控え、髭面を引きつらせている。


「ひぃ……ふぅ……みぃ……。ほォ、意外と多く残ってるじゃねェか。こりゃァ少し苦戦しそうかァ? グフフ」


 ガーチと呼ばれた敵獣人族の男。事ここに至っても堂々と落ち着き払っている。

 余程の修羅場を潜ってきたに違いない。そんな凄みを感じる。


 と、そういえばうちにも最古参がいたっけ。

 ちらっと見てみたけど、澄ました顔で5分前に生まれたばかりの仔ヤギみたいに膝がガクガク笑ってる。なんかもう、残念だ。


「ガーチ……。奴に続いてまた厄介なのが来たもんだ。魔王と一緒に立ちはだかったっていう『城塞のガーチ』。こいつさえいなきゃかつての攻略でも魔王を倒せたと言われている敵のトッププレイヤーだよ」


 ギネットさんが引きつった笑みを浮かべ、「はっ」と自嘲にも似た息を吐いた。

 その武器を握り締める手がわずかに震えている。

 ギネットさんにそう言わしめる程の敵。それが目の前にいるあの男、ガーチなのだ。

 全員がその存在に(おのの)いた。

 わずかな恐慌が皆に伝播したのが感じ取れた。


 だが、あのゼフォンという男は、そのガーチをも差し置いて敵のリーダーを担っているというのだ。


 奴から感じられる冷たい殺意。この世界に来てから初めて感じる感覚。ベリオンですらここまでのものは感じなかった。

 かすかな恐怖。

 明らかに他の誰とも違うその気配が掻き立てる恐怖に、チリチリと痛む指先がもどかしく感じる。


 こんな感覚、お父さんと旅をしていた時に立ち寄った紛争地帯、その最前線の激戦区でしか感じた事はない。

 障害物に隠れた敵との偶発的な遭遇。遠距離からの狙撃。罠。銃弾の雨。

 獣とは違う、知能のある敵と兵器。

 その群れ。群れ。群れ。


 そして、どんな手段をも用いてでも相手を殺傷せんと襲いくる手練れとの戦い。

 武道家にはない、予想も予測もできない手練手管にはさすがに少し肝を冷やしたものだ。


 それらに匹敵するものをあのゼフォンただ1人から感じられるのだ。

 その不気味な存在感を誰しもが認識せざるを得なかった。


 こいつだ。

 この男こそがギネットさんが最も恐れていた敵なのだ。


「来るぞ!」


 その一言に全員がビクリと身構えた。

 しかし、発したのは私達ではない。


 敵、そのゼフォンだった。


 次の瞬間、私達の前に落下してきたそれが、硬い大理石の床を踏み砕いて立ち塞がった。


「我が剣は我が国、我が民の刃。王が前に立たんとして何故それを守れようかッ!」


 私達に背を向け、敵と対峙したのは我らが王。

 握り締める剣の柄すら握り潰さんと憤怒を燃やす鬼神だった。


 にわかに敵に戦慄が走った。

 

 上段に振り上げられた黄金の剣閃が、天井を切り裂きながら目の前のゼフォンに振り下ろされた。


「光の彼方へ消え去るがいいッ!!」


「はぁッ!!」


 抜き放たれたゼフォンの剣。

 その闇夜のごとく黒い剣を、ゼフォンは王の剣に叩きつけた。

 黄金の剣閃がゼフォンの背後の壁を割り進みながら、床に突き刺さって消え去った。


 あれを受け流した。

 鎧ごと城壁をも切り裂く剣閃の威力を。

 それ以上に、その速度はギリギリ目に映る程だったはずだ。

 それをいともたやすく見切ったというのか。


「ホラホラ! どこ見てるの!」


 王とゼフォンがただの一合した最中、敵の部隊は玉座の間に散開していた。

 壁際を走り抜ける黒髪の女。

 黒いコートから伸ばした両手をこちらに向けているのが目に映った。

 渦を巻く稲妻を伴って、女は風のごとく距離を詰めてきた。


「避けろ!!」


 白く瞬く雷光が壁を、床を削岩機の様に抉り取っていく。

 とっさに全員が走り出したが、その余波だけで手足が焼かれている者も少なくない。


「魔法職が前に出てくるとは早まったな! ねーちゃん!」


 稲妻を掻い潜り、懐深くに飛び込んだのはネストだった。

 そのままネストは腰溜めに構えた剣をまっすぐ女に突き出した。


「あれっ!?」


 しかし、その切っ先は空を切り、そこに女の姿はない。


 ニヤリと笑う女。

 女はネストの頭に手を添え、逆立ちに上空へ飛び逃れていた。


「うわっ! うわっ! なんだコイツ!? 魔法職の……っていうか人間の動きじゃねぇ!」


 目を丸くしながら頭上を剣で払うネスト。

 しかし、女はネストの頭を蹴ると、壁に飛び移り水平に駆けていった。


 トップアスリートを超えるこのゲームの体でも、あそこまでの跳躍力を出す事は不可能だ。

 だが、例外がある。

 あれはまるで獣身覚醒した獣人族のようだった。

 ただ、女は浅黒い肌に長く伸びた耳からエルフ族の亜種、ダークエルフ。魔力に長けたエルフの、闇属性に特化した種族だ。

 獣人族ではなかった。


「『獣神憑依』。これで俺の役目は果たした! 後は……暴れまくるぜッ!!」


 こちらに飛び出してきた獣人族の男から聞いた事もないスキル名が聞こえた。


「ネスト。油断しないで下さい。どうやら敵は仲間の移動速度を上げる手段があるようです」


 アスタルテが弓を構えて敵獣人族に矢を放った。

 それを振り切る様に加速した獣人族。


「正確にはパーティメンバー全員を、だぜ。女ァ!」


 矢をすり抜け、一気に間合いを詰めてアスタルテの鼻先に迫る獣人族。

 繰り出された蹴りが防御したアスタルテの腕ごと体を弾き飛ばした。


「アスタルテ!」


 蹴飛ばされたアスタルテをネストが振り返った。

 玉座に続く階段に打ちつけられ、倒れ伏したアスタルテ。

 そのすぐ側に飛び込み、トドメを刺そうと振り上げた踵を、しかし大きな盾が受け止めた。


「前は任せてくれ!」


「アンタに救ってもらった命だ。アンタの為に使わせてもらうよ」


 温かな光がアスタルテを癒していく。

 アスタルテを庇ったのはビスレとヒューイだった。


「あなた達……」


 腕を支えに、アスタルテは体を起こして2人を見上げた。


「ここは俺達が支える! アンタはアンタのやり方で皆を助けてくれ!」


 2人の背を見ながら、アスタルテは弓を杖にして立ち上がった。


「……ここはよろしくお願いします。キャンディー!」


 吹き上がる風。それを巻き起こしたのは大きな黒い翼だった。

 アスタルテの背後の空間が歪み、中から巨大な翼を広げた翼竜が姿を現した。


「私は私の役割を全うします」


 その背に乗り、アスタルテは大空へ翔ていった。



「ジノ、シェルティ。無事?」


 私は壁際でうずくまっている2人の下へ駆けつけた。


「あ、ああ。なんとか」


「うう……。たんこぶになってませんか?」


 崩れてきた瓦礫がぶつかったらしい頭を擦っているシェルティ。


「キュア!」


 ハービィもシェルティの傍らを飛びながら大丈夫だと主張していた。

 どうやらみんな大丈夫みたいだ。


「なあ、ソディスは?」


 未だ鳴り止まぬ破壊音に体を低くしながら、ジノが私を見た。


「大丈夫。あそこ」


 私が指を差した先。

 玉座の後ろに隠れながら何やらゴソゴソとやっているソディスの姿があった。


「何やってんだアイツ?」


 ジノが(いぶか)しげな視線を向けるも、とりあえず無事な様子に胸を撫で下ろしているようだった。


「それより……」


 気になっていたのはあの敵獣人族の言った事だ。

 こっちに来たのはさっきのダークエルフの女と獣人族の2人だけのようだ。

 たった2人で私達を制圧できるという自信があるのだろう。

 2人の身のこなしを見ればかなりの実力者だという事はわかる。ここに来た全員が恐らく決闘狂・ベリオンに匹敵、もしくはそれ以上の力とプレイヤースキルを持っているに違いない。


 だが、それより。

 他の「パーティメンバー」がどこで戦っているのか。それが気になった。

 『獣神憑依』。恐らくユニークスキルだろう。

 パーティメンバーの機動力を獣身覚醒同様まで引き上げるならば、その他のメンバーは。


「王様!」


 私は最前線で戦う王の背に目を向けた。


「『神剣・アルテロンド』よ! 魔を討ち滅ぼすその力を今こそここに示せッ!」


「『黒王』。固有スキル『奈落』起動。光を喰らえ」


 王とゼフォンの剣が激しくぶつかり合った。

 王の剣から延び上がる光の剣閃。

 しかし、ゼフォンの黒い剣に触れた所からその光が消え去っていく。


 その王に走り寄り、側面を突く影。

 右手にやや頼りなく見える小振りな片手斧を持っているが、その代わり左手を大きな分厚い盾で固めている大柄な爬虫類の獣人族。

 ガーチ。

 その盾は、盾というにはあまりに規格外の厚さだった。

 どちらかと言えば、まるで厳重な警備の敷かれた銀行の重金庫扉を想起させる。巨大な丸型の金属塊を幾重にも重ね合わせた重厚な防御装置。


 斧だけでなく、そんな鈍器として余りありすぎた盾をも用いた変則的な攻撃で王に殴りかかっていくガーチ。

 その速度は人間業ではない。闇夜を引き裂く雷のごとく王の剣を持つ利き腕を狙っていた。


 ゼフォンの背後からも戦いの余波をかわしながら援護をする後衛が魔法を浴びせている。

 そのどれもが人間離れした速度で地を駆けていた。


 獣身覚醒と同等の速度で戦える敵が3人。

 さすがの王とて互角を保つのが精一杯。攻め切れずにいるようだった。


「さすが魔王の尖兵。少しばかり侮っておったぞ!」


 王の鎧が切り飛ばされ、肩に赤い軌跡が刻まれた。

 同様にゼフォンの肩も深く抉られていた。互いに相討ちで刃を許したようだった。


ディバインブレス(極大祝福)!」


 しかし、その傷も後衛の回復魔法でたちまち癒えていく。


「……ゼフォンよォ。レベル108のアンタとレベル103の俺でやっと一太刀たァ、さすがに強すぎだぜ」


 ガーチが斧を握った手で、言葉と裏腹に笑みをたたえる口元を拭った。


「無駄口を叩くな。駒として課された役目を果たせ」


「はいはい。わかってるよィ。じゃ、第2ラウンドいくぜェ!」


 ゼフォンとガーチ。

 あれだけの戦いを繰り広げていながら、まだまだその力の底は見せていないらしい。

 互いに焼けた鉄の様な闘志を滾らせながらも、波ひとつない水面を思わせる程に冷静。心の芯がぶれていない。

 だが、その余裕とも取れる静けさが、爆ぜる様に破られた。

 2人共、技の冴えが一段階引き上げられたのだ。

 より激しさを増した攻撃が王に迫る。


「賊にしておくには惜しい者達だ!」


 それでも尚、王の気迫は陰るばかりか、さらに膨れ上がった。

 ゼフォンとガーチ。敵としてこの世界最高峰の戦闘力を持つ者達を相手にしても、王の力は激流の様にそれらを押し返していた。


「よかろう!! 汝らには余の力の全てを見せようぞッ!!」

 次回投稿は12日午後8時予定です。


 次回第72話『玉座の死闘』


 お楽しみに!

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