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ミケのオンラインリハビリテーション  作者: 白ネコ扇子
第6章・チェック
71/87

69・隔絶と超越

「ホホホ。たった3人で……しかも内2人は30レベル程度? いえ、それ以下でしょうか」


「なめられたモンだが、まぁむしろその勇気を褒めてやるか」


 口元を押さえ、笑みを堪えるのは黒衣の魔法使い。

 浅黒い肌に側頭部に突き出た2本の角。長い白髪を垂れさせた魔人族の男だ。

 不気味な幽鬼を思わせる暗く落ち窪んだ目と生気の無い白い顔。そのくせ蔑む様な笑みだけが妙に生き生きとしており、生理的な忌避感を掻き立てる。


 傍らの獣人族も背中に背負った大剣に手を添える事もなく、腕を組みながら嘲笑の混じったため息を漏らしていた。

 大柄の体躯に金色のたてがみを頭部に蓄えたライオンの獣人族だ。

 動きを阻害しない軽装の革鎧と、分厚い刃の巨大な曲刀。

 その佇まいからも、自らの力にかなり自信を持っている事が窺える。


 そのレベルは、推定90超。


 それに対するは私、ネスト、あとソディスの3人。


「さて、正面から来ちゃったけど、どうするミケちゃん?」


 剣を正面に構え、目の前の強敵2人に向き合っているネスト。

 城の入口前は広い庭園だ。隠れる事は不可能故に正面から堂々と進んだ。


 私達の役目はアスタルテが下位レベルの3人と戦っている間、この2人の足止めだ。

 しかし、敵はレベル90を超える、この場における最大の脅威。

 絶望的な差をもって立ちはだかる高過ぎる壁。

 間違いなくこの世界で相対した中で、最強の敵だ。


「では、私からもその勇気を称え、少しお膳立てして差し上げましょうか」


 黒衣の魔法使いはそう呟くと、両手を大きく広げた。

 途端に展開された魔法陣が私達の足下をも越えて周囲に這い出ていく。

 紫色に妖しく立ち昇る光の中、黒衣の魔法使いは不気味に口角を歪めた。


「ペイン」


 足下を駆け抜けていった黒い風。

 首筋を撫でていく薄ら寒い感覚に、私は眉をひそめた。


 ペイン。

 通常抑制されている痛覚をリアルと同程度まで解放するダークルーラーの魔法。

 その恐るべき作用は前回の侵攻クエストで身をもって知っている。


「『嫌われ者のルルド』のせいで痛覚は半分程度に修正されてしまいましたが、深手を負わせればまだ十分に苦しめるでしょう」


「おい、それ味方も巻き込むヤツだろうが」


 楽しそうに笑う黒衣の魔法使いに、ライオンの獣人族が鼻にシワを寄せて唸った。


「いやなに、どうせこの者達にあなたを傷つける事などできはしないでしょう?」


「それもそうだな」


 私達を一瞥し、つまらなそうに笑い声を漏らした2人。


 そんな2人を見据え、その笑い声を遮る様に私は前に進んだ。


「ふう……」


 私はライオン男の前に立つと、大きく息を吐いた。


「ハハッ! ようチビすけ。何か用か? ママのお使いなら向こうだぜ。まぁ、ちょうど見てるだけも飽きてきた所だったしよ」


 あくびを噛み殺しながら、正面に立つ私を見下ろすライオン男。

 その相手を舐め切った態度のライオン男は、剣を抜く気配すら一向に見せない。


 そんな態度に、私は一足飛びに距離を詰め、ライオン男の腹に拳を突き立てた。


「何だ!?」


 意識するより先に当てられた拳に、目を見開いたライオン男。


「ネスト。そっちの黒いのをお願い。私はこっちをやる」


「えっ!? そっち!?」


 驚くネストに構わず、私は突き立てた拳を打ち抜いた。


 敵はレベル90台。

 そのレベル差はかつて戦ったルルドやヴェイングロウ、ベリオン以上。

 まともに戦っても勝ち目はない。


 さらに、このライオンの戦士は恐らくウェポンアタッカーの上位職、ソードブレイカー。

 アサシンのジミーと違い、搦め手など必要としない本物の物理攻撃の専門家。

 必殺技に特化した最強の近接戦闘職だ。


 物理攻撃に特化したライオン男相手に、私は大火を前にした紙切れの様に頼りなく映っただろう。驚かれるのも無理はない。

 常識的に考えれば私達の中で一番レベルが高く、また同じソードブレイカーのネストで対抗せざるを得ない。


 だけど、私はネストに黒衣の魔法使いを任せた。

 物理攻撃への耐性に乏しい魔法職相手ならば、レベル60のネストの剣はかろうじて通るかも知れないからだ。

 それを邪魔させない為に、私はこのライオンの戦士に相対した。


 いや、それだけでは足りない。

 足止めだけで満足していいものか。それは否だ。

 今こそ勇気を出す時だ。


 今、この瞬間。私は決めた。


 一瞬遅れてライオン男は大剣を抜き、刃が私の髪を掠めて地面を切り裂いた。

 しかし、私はかわし様に懐から青い懐中時計を取り出すと――


「私はこいつを倒すから」


――起動ボタンを押し込んだ。


「……わかった! こっちは任せろ!」


 まだ何か言いたそうだったが、ネストはそれを飲み込んで自らの敵に剣を向けた。


「はっはっはっ! いい冗談だ。蚊程も効かねぇ攻撃しかできねぇクセに、笑わせやがる。その健気さに免じて、全力でぶっ殺してやるぜ」


 牙を剥き出して笑うライオン男。

 そうして、地面に刺さった大剣を抜き放った。


「ガオァアッ!」


「ふッ!!」


 私は弾ける様に斬り上げられた剣撃を、体を屈めて避けた。

 そして、剣の間合いの内側に駆け込み、その手を掴んだ。

 掴んだ腕を引き、私はライオン男のがら空きのわき腹に拳を打ち出した。


「そんなあからさまな攻撃が通じるかよォッ!」


 私の拳はライオン男に片手で止められていた。

 ライオン男の膝を蹴り、掴まれる前に距離を取る。


「堅い」


 全力で打ち込んだというのに、片手ですらびくともしない。

 肌でひしと感じたその身体能力の差。


「なかなかすばしっこいヤツだ!」


 ライオン男がわずかに大剣を頭上に振りかぶった。

 しかし、それに反応する素振りを見せると、下方を駆け抜けた足払いが私の足を蹴りつけた。剣はフェイントだった。


「ゴアアッ!」


 それを避けて反射的に跳んだ私に、振りかぶられた大剣が再び動いた。


「はっ!」


 跳んだ時に体を捻っていた私は、同時に襲ってきた剣をギリギリ避ける事ができた。


 通り過ぎる剣を背に、再び距離を詰める。

 蹴り上げた足がライオン男のアゴを打った。


「おおっ! 今のはピリッとした」


 アゴを擦りながら笑みを浮かべるライオン男。

 そのわずかにできた隙。

 その一瞬に私は鳩尾、腹、脚に打撃を叩き込んでいった。


「フンッ!」


 しかし、全く意に介さず横一閃に振るわれる大剣。

 必殺技の輝きを帯びた剣閃が、振り下げた私の頭上を斬り裂いていく。逃げ遅れた髪の先がわずかに消し飛んだ。


 未だ大剣の間合いの中、見上げる私と見下ろすライオン男。


「……なかなかどうして。やりやがる」


「そっちも」


 わずかな空白。

 ゆっくり流れる時間。

 しかし、赤い警報ランプが脳内でけたたましく明滅している。

 危険はとっくに承知済み。互いに称賛しながらいつの間に私達は小さく笑っていた。


「ガディン。貴様の名を聞きてぇ」


「ミケ」


 静かに佇みながら、しかし互いの間で幾十、幾百もの攻防を想定した睨み合いが渦巻いている。


「……こんな緊張感は久し振りだ。俺とゼフォンは他のヒマなヤツらと違って、この世界に来たのには少しワケがあってよ。いずれこの世界ともおさらばするつもりだったが、まさかここでまたこれ程の相手とまみえるとはな」


 そんな張り詰めた見えない戦いも、やがて堰を切って目に見える激流と化した。


「いい土産になったぁッ!!」


 爆ぜる様にガディンは前に剣を振りかざした。


「獣身覚醒ッ!!」


 ガディンの体から赤い闘気が迸り、その巨体がさらに膨れ上がった。

 たてがみを蓄えた顔からはわずかに残っていた人の面影すらも消え失せていく。

 牙を剥き出した獣の相貌が、私を捉えた。


 巨体がかき消えた。


「!」


 額を撫でた一筋の風に、私はとっさに体を捩ってその場からわずかに動いた。

 いや、わずかに動く間しかなかった。

 直後、私の肩を掠めて閃光が地面を斬り裂いた。

 破壊された石畳が剣に遅れて吹き飛んでいく。


 私は地に伏せ、這う様に跳んだ。

 頭上から降り立ったガディンの巨体。

 落下の衝撃すら無視して瞬時に飛ぶ刃。今まで私の胴があった空間を横一文字に両断し、石畳ごと地面が舞い上がった。

 払われたその切っ先が弾かれる様に跳ね上がり、さらに袈裟斬りに何度も振り下ろされていく。

 避ける私を追うそれは、正に荒天に走る稲妻の軌跡。


獣爪翔覇(じゅうそうしょうは)ァッ!」


 さらに閃光と化した大剣が分裂し、同時に5本の刃を伴った衝撃波となって襲いかかってきた。


 ソードブレイカーが最強の近接戦闘職であるというその由縁。

 通常、繰り出した直後にわずかな行動不能の隙を生じる必殺技。

 しかし、ソードブレイカーの特性はその隙を無視し、連続して何度も必殺技を繰り出す事ができるのだ。


 5つの軌跡の隙間に体を滑り込ませ、私は前に駆け抜けた。

 背後の城門に獣の爪痕を思わせる5本の溝が刻まれ、門扉ごと城のエントランスが粉々に吹き飛んでいく。


 辺りに降り注ぐ土煙を突き破り、私はガディンへ向かって走った。


 必殺技が連続して繰り出せるといっても、弱点はある。

 無限に繰り返せる訳ではなく、限られた回数撃った直後にはやはり行動不能に陥るのに変わりはない。


 そのわずかな一瞬に滑り込み、私は大剣の間合いを抜けた。

 私はガディンの無防備に振り終えた腕を取り、まだ存分に残っていたその勢いを利用して巨体を地面に投げつけた。


「グオォッ!?」


 腕を極められたまま、顔面から硬い石畳に叩きつけられたガディン。

 そのうつ伏せに倒れたガディンの延髄を、私は足刀で思い切り踏み抜いた。

 常人なら顔から地面に叩きつけられた時点で死んでいる。さらに剥き出しになった首筋を断ち切られたのだ。

 人間相手の禁じ手をこれだけ食らったならば、無事であるはずがない。


 だが、とっさに引いた私の鼻先を分厚い大剣の刃が駆け抜けた。


「まるで悪夢でも見てるようだぜ……。認めるしかねぇな。腕だけならそっちの方が何枚も上手だってよ」


 ガディンは勢いよく跳ね起きると、何事も無かった様に握った大剣を再び振りかぶった。


 やはりレベル差のせいでダメージは全く無い。

 ペインの魔法で痛覚は増しているはずだが、それすらも感じない程度のようだった。

 未だ戦力差は隔絶している。圧倒的に。絶望的ともいえるだろう。

 もはや最後まで時間稼ぎに徹するか、逃げる算段をする事に切り替えるのが常識的な思考だ。

 最早誰が見ても勝敗は決していると判断したに違いない。


 だけど、私にはようやく勝つ為の道筋が見えた。


「悪夢……。全く、思い出したくもねぇ事を思い出させやがる。あの時から俺はこんな所で……」


 ガディンが小さく呟くと、その顔が固く歪んだ。

 牙を剥き出し、剣を両手で握り込む。そして、その切っ先を高く上段に構えた。


 燃え盛る大火の様な殺気が私の肌を焼いていく。

 互いの間にぶつかり合う敵意の嵐が激しく、大きくなっていくのを感じる。

 その放つ威圧感はこれまで以上の大きさで私を押し潰しにかかってきていた。

 私も負けじと鋭く研がれた刃の様にその圧力を切り進んで抗う。

 互いに思い描いた結末は違えども、私達はわかっていた。


 次の激突が決着となる。


「この戦いで、俺は俺の誇りを取り戻してみせるッ!!」


 ガディンは掲げた大剣を振り下ろした。


「!」


 だが、その間合いは明らかに私に届かない。不自然な一手。

 何か企んでいる。


天蓋瀑布(てんがいばくふ)!」


 地面に叩きつけられた大剣が、轟音と共に衝撃波で辺り一帯を吹き飛ばした。

 天高く巻き上げられた瓦礫が空を埋め尽くし、噴き上がる砂塵の壁はその立ち塞がる全てを挽き潰すべく前へ、前へとせり出していく。


 それより、その砂塵の壁によって互いの姿を見失った。


「獣王の(アギト)!」


 視界を遮る砂煙を突き破り、上下を挟み込む様に襲いかかる無数の剣閃。

 獣の牙を思わせるそれは、地面も空を舞う瓦礫も見境なく食い荒らしていく。

 まさしく全てを噛み砕く獣の(アギト)

 一分の隙間なく解き放たれた剣閃は、いかなる者も逃がさぬ執念で相対するものを食い尽くしていった。


 無情なまでの斬撃の嵐が、神聖王国民の憩いの場だった庭園を蹂躙していく。

 NPCの庭師によって丁寧に剪定された木々も、色とりどりの花が咲き誇っていた花壇も、それらを見てもらう為人々を誘っていた石畳も、無残に抉り取られ破壊されてしまった。


 人々に安らぎを与えてくれた佇まいと、絵画の様な高い芸術性を持ち合わせていた美しい庭園は最早見る影もない。

 獣王が食事を終えた後には、何も残されていなかった。


 そう、「誰も」いなかった。


 空を覆う瓦礫の天蓋。

 その瓦礫の雨雲は、やがて激しい雨となって直下の大地に降り注いだ。瓦礫の雨が槍のごとく激突した地面に突き刺さっていく。


「いくぞ」


 降りしきる岩石の雨粒。

 未だ空を舞うその1つに、身を隠していた私はそう呟いた。


 先程のガディンの初撃。

 不自然な意図を感じた私は足下にあった石畳の破片を盾にし、その衝撃波に乗って上空に飛んだのだった。


 私は瓦礫を足場に、真っ逆さまに地面へと突き進んだ。


天剣(てんけん)逆彗星(ぎゃくすいせい)ッ!!」


 ガディンの突き上げられた大剣から、衝撃波の砲弾が撃ち放たれた。


 逃げ場の無い空中。

 その砲弾は私のコートの背に大穴を開けて天高く昇っていった。


「バ……バカなッ!?」


 だが、私は足場にしていた瓦礫を蹴り、体を捻って衝撃波を躱していた。

 私の腰を掠めたそれは、曇天に開けた風穴からその向こうに隠れていた蒼穹を引きずり出し、消え果てた。


 ソードブレイカーの必殺技による連続攻撃回数は最大3回。

 その後の隙も他職に比べて小さく補正されており、無防備な状態はおよそ0.5秒。


 それだけあれば十分だ。


 突き上げられたままの大剣。

 私はその背に着地し、刀身を、ガディンの腕を一気に駆け降りた。

 伸ばした指先を固め、腕を振りかぶる。

 ついにガディンの顔を眼前に捉え、その瞳を覗き込む程に迫った。


 驚愕に見開かれたガディンの目。


「シルバーバレット!」


 そして、押しつけた銀色に輝く手刀で、ガディンの顔を横薙ぎに引き裂いた。


 たとえ強化してもほとんどダメージが与えられる事はないだろう。

 しかし、深手を負わせる必要はない。

 薄皮1枚剥がす程度の力さえあればいい。

 それで事は足りた。


「……ッグァアアアッ!! め、目をォ……ッ!」


 両目を押さえ、悲鳴に近い咆哮を上げるガディン。

 その手が腰のアイテムホルダーに伸ばされるより早く、私はある操作をしてガディンの正面に「それ」を出現させた。


 それは一見何の変哲もない操作用のウインドウ。

 私はガディンのまだ宙をさまよっている手を取ると、それに思い切り叩きつけた。



『デッドオアアライブモードにて決闘の申請を受諾しました』



「か、回復しないだと!?」


 自分の手がウインドウに触れた事にすら気づいていない程混乱しているらしい。ようやく手が腰に提げた回復ポーションに届いたものの、ガディンは視力が戻らない事により混乱を増していた。


 決闘中はいかなる手段も無効化され、HPの回復は不可能となる。


「ガァッ!?」


 私はガディンの膝裏を蹴り抜いた。

 意識の外からの打撃に、反射的にくの字に折れたガディンの膝。


 膝を着く事になったガディンの、その顔が私の目線まで降りてきた。


 最初の攻防の時。

 私がガディンの顎を蹴り上げた直後、数発の打撃を許す隙を生じていた。

 もしやと思ったけど、このゲームキャラクターの体内もリアルの人体同様の急所が再現されている可能性が垣間見えたのだ。


 ボクシングなどで顎に打撃を受けると、脳が揺れて意識と肉体が切り離された様に体が動かなくなる。

 多少都合良く考えればだが、私の攻撃によって一時的に体がバランスを取る機能を失ったのだ。


 だとすれば、バランスを司る急所を直接破壊したらどうなるのか。


 私は体重を深く込めた足を杭の様に地面に突き立てた。

 さらに自分自身の小さな力へ大地の大きな力を上乗せする。その力を足から胴へ。胴から腕へと。

 そして、その伝えた力を掌に集めて、ガディンの耳のやや後ろに打ち込んだ。


 パン、と紙袋を破裂させた様な音が、ガディンの頭の内部から聞こえた。


「ギィッ……ガァアアアッ!!?」


 それと同時にガディンは腰から地面に転がり落ちると、のたうちながら大剣を振り回した。


 私の打撃は「鎧通し」の要領でダメージを頭蓋の奥で発生させ、耳の内部にあるバランスを司る器官「三半規管」を破壊したのだ。


 このゲームの世界でも体内は耐久力が極めて低く設定されている。

 わずかな異常でも重い眩暈を伴う三半規管。

 ダメージが少ないとはいえ、そんな場所をほんのわずかでも損傷したらどうなるか。

 最早ガディンに上下の概念は無くなっているだろう。


 ペインの魔法による激痛で叫ぶ姿に、あれだけの威容を誇っていたガディンから最早その面影は失われていた。


「もう決着はついた。終わりにしよう」


 私は拳を開き、降参を促した。


「……まだだッ! 貴様だけは……! 貴様だけは絶対に倒す……ッ!!」


 地面に這いつくばりながらも、懸命に剣を振るうガディン。

 その姿からは威容こそ失われていたが、未だ残ったプライドだけが自らを支えている様に見えた。


「……そう」


 武人として最後、完全に誇りを燃やし尽くし、倒れるまで戦う事を是とするというのならば。


 足下に振るわれていた大剣を跳び越え、ガディンの側頭部に拳をねじ込む。

 それによって私の位置を掴んだガディンが何度も剣を振り回した。

 私は体を傾けてそれをやり過ごし、尚も顔面の急所に拳を突き刺していく。

 ガディンの抵抗と言うのも虚しいそれを払い退けながら、私は何度も打撃を叩き込んだ。


 視力を失い、上下もわからぬ真っ暗な泥の海でもがき続けるガディン。

 私はそのガディンの無防備な急所を容赦なく穿ち続けた。


 自らのあらゆる抵抗、防御をまるで蛇の様に潜り抜けてくる攻撃に、ガディンはやがて引きつった声を漏らし始めた。


「オオオオオォッ!」


 その叫びを打ち払う様に、私は渾身の力を込めた拳を真下に向け、構えた。


 数ある打撃を用いる格闘技の中でも、真下に向けて拳を打ち出す技はほとんど無い。

 数少ないもので、その用法は組み伏した相手の命を徒手空拳により絶つ為のもの。

 命のやり取りが行われる戦場で、敵にとどめを刺す為の技だ。


 私は拳に、その殺意を込めた。


 瞬間、ガディンの顔にぶわりと汗がにじみ出た。

 常人ならほんの一時で正気を失ってもおかしくない暗闇の中、感じるのは激しい痛みと自らを殺そうとしてくる打撃のみ。

 ステータス上のダメージとは違う、自らの「芯」を冒す得体の知れない脅威。


 次第に抵抗も散発的になり、震え出したガディン。

 抵抗もできない、いつ終わるとも知れない瞬間の連続に――


「まだ……やる?」


 ガディンの耳元に口を寄せ、私はそれだけ言った。


 ――ガディンはついに恐怖に飲み込まれた。


「……お、俺の負けだッ! 認める! 『コールサレンダー』ァッ!!」


 「決闘」における敗北宣言。

 デッドオアアライブモードでのそれは、安らかな死と同義である。

 恐怖に負けたガディンは、最早その提案にすがるしかなくなっていた。

 「コールサレンダー」を行使したガディンの体は光の粒へと姿を変え、曇天に消えていった。


 私は勝ったのだ。


 決闘に勝利した事で、ガディンの膨大な経験値が流れ込んでくる。

 決闘で得た経験値はパーティメンバーに行く事はなく、全て決闘に勝利した自身のみに注がれるようだ。


「レベルが……」


 グロウブルーの効果で取得経験値が2倍になっているとはいえ、その量にちょっと驚いた。

 わずか一度の戦闘で私のレベルは23から31にまで大きく飛躍したのだった。




「マジかよ。勝っちまいやがったぜ……」


 黒衣の魔法使いと対峙していたネスト。

 双方共、隣で行われていた戦いの結末を目にして呆然と立ち竦んでいた。


「ミケならばやってのけると確信はあったが……。直に目にするとやはり驚きを禁じ得ん」


 ソディスもネストの後方で備えながらも、その手を止めてこちらを眺めていた。


 皆が驚くの無理はない。

 それだけの差があったのだ。


 だが、いかにレベル差があろうとも、「視覚」を封じる事は可能である。



 不死身のジミーとの戦いで、 ジノの使った煙幕やギネットさんの「スタングレネード」を見て思いついた。

 毒やマヒなどのバッドステータスの付与は、相手とのレベル差や装備品などの耐性によって成否の確率が変動する。

 私とガディンのレベル差での成功率は言わずもがなゼロだ。


 ただし、負傷による身体機能の損傷は別である。

 バッドステータスは専用の治療薬で回復できるが、身体的損傷によるもの――目の負傷ならば通常のHP回復ポーションでも治療できる。


 一応、決闘中でも進行上バッドステータスの治療薬は使用可能である。

 しかし、ガディンの腰のアイテムホルダーに目の治療薬はなかった。

 まさか自由に戦える敵陣営の相手に、無理矢理決闘を受諾させられるなんて夢にも思っていなかったのだろう。


 回復ポーションが使用不能な状況に陥った時点で、ガディンの目を治療する術はなくなっていたのだ。



「まさかガディンが殺られるとは……。リアルでは元格闘チャンピオンだとかほざいていた割には口ほどにもありませんでしたね」


 仲間の死を傍目に、黒衣の魔法使いは嘲笑と共にそう吐き捨てた。

 そうして、片手を上げるとパチンと指を鳴らした。


「よくぞ素晴らしい奇跡を為し遂げました。称賛致しますよ。しかし、その奇跡……もう一度成せと言われたらどうでしょう?」


 直後、足下に展開された魔法陣が黒衣の魔法使いの周囲を公転し始めた。

 やがて魔法陣はゆっくりと宙に浮かび上がり、黒い闇となって霧散した。


「リベリオンアンデッド!」


 ガディンの消えていった地面から黒い影が起き上がり、人の形を取り始めた。

 次々と他の場所からも立ち上がる数多の影。

 それは、虚ろな目をした死人の群れだった。


 リベリオンアンデッド。

 ペイン同様、先の侵攻クエストでこちらの隊に大きな被害をもたらした、死者を意思のないアンデッドとして蘇らせる魔法。


 イヤらしい笑みを浮かべ、落ち窪んだ目に煌々とした光を灯す黒衣の魔法使い。


「力はガディンそのままに、今度は恐怖も痛みも感じない。不死身の人形相手にどう戦ってみせますか?」


「くっそ!」


 ネストが黒衣の魔法使いに剣を振り下ろした。


 しかし、黒衣の魔法使いが片手を軽く上げると、その剣は見えない力に押し止められた。

 ギリギリとネストが力を込めるものの、その切っ先は上へ上へと宙に引き上げられていく。


「さて、そろそろ私も先行した部隊を追うとしましょう。最後に、増幅された痛覚で胴体に穴を開けられたらどんな声を上げるのか。聴かせてもらえますか?」


 笑いながら手を前にかざす黒衣の魔法使い。


「えっ? ちょちょちょっとゴメン! 待って!」


 慌てるネストの腹に、黒衣の魔法使いが黒い光を収束させた掌を向ける。


「!」


「あだっ!?」


 しかし、その手を上空から飛んできた何かが弾き飛ばした。

 同時に剣の拘束も解かれ、突然尻餅をつく事になったネストが悲鳴を上げた。


「なんですか?」


 黒衣の魔法使いが見た、詰まった様な音をさせて地面に転がったそれ。

 少し形の歪んだ青い兜だった。

 側頭部から生えた角は半ばからポッキリ欠けており、その顔の辺りを覆っていた金属板は大きな打撃痕で酷くひしゃげている。

 その隙間から何か、視線の様なものが覗いた気がした。

 ややあって動きを止めたそれは、間を置かず光の粒となって消えていった。


 それを目にして、急に空を仰ぎ見た黒衣の魔法使い。


「彼らを全員倒してきたというのですかッ!?」


 遥か上空。

 黒衣の魔法使いの視線の先に、空を駆け抜ける矢が光った。


「遅くなりました。これより加勢します」


「アスタルテ!」


 強かに打ったお尻を擦りながら、ネストは顔を上げた。


 雲間からわずかに開いた青空を背にした黒い影。

 大きな翼を広げた翼竜の背で、弓矢を構えた姿がそこにあった。

 それは先程3人の敵と対峙する為、別れたアスタルテだった。

 傷だらけになりながらも、無事敵を倒してこちらに来てくれたのだ。


 アスタルテは番えた矢を目一杯引き絞り、放った。


「リパルシブフォース!」


 しかし、黒衣の魔法使いが手をかざすと、直撃寸前だった矢の軌道がグニャリと曲がって逸れた。

 次々と風を切る第2射、第3射も見えない力場によって黒衣の魔法使いを避けて地面に刺さっていく。


「そんな軽い矢など私には届きませんよ。ダークルーラーであるこの私に挑んだ勇気だけは買いましょう。しかし、ここまでです!」


「アスタルテ~! コイツの攻撃手段は重力操作での妨害と攻撃力重視の攻撃魔法だけだから! バッドステータス系はペイン以外は無いから必要以上に警戒しなくても平気だ~っ!」


 ネストが空に向かって大声で呼びかけると、空のアスタルテが小さく手を振ったのが見えた。


「……この……っ!」


 それを聞いた黒衣の魔法使いがこめかみをヒクつかせながらネストを睨んだ。


「平気かどうか、まずはあなたの身をもって教えて差し上げましょう!」


「おっと、どうした? ちょっと血色が良くなったんじゃないか? 周りのゾンビ共と見分けつかなかったし、ちょうどよかったぜ」


 掌から放たれた黒い稲妻が縦横無尽に駆け巡り、一帯を滅茶苦茶に引き裂いていく。

 しかし、あえて前に飛び込んでそれをやり過ごしたネスト。懐深く潜り、すれ違い様に黒衣の魔法使いの胴を斜めに斬り上げた。


「ぐあっ!?」


「やっぱり。重力魔法の妨害さえ注意しておけば、至近距離での1対1はそれ程でもないみたいだな」


 ネストにそう言われてにわかに目を血走らせ、頬がビクビクと痙攣し始めた黒衣の魔法使い。

 相手の逆鱗に触れた事を察したネストは、さらに口角を引き上げてニヤニヤと挑発的な表情を作った。


 実際、黒衣の魔法使いの役割は対多数、対格下を想定したものだったのだろう。

 黒衣の魔法使いだけでなく、ガディンを除くここに陣取っていたメンバー全員が同様に多数相手の足止めを本領とする戦い方だった。

 黒衣の魔法使いのプレイヤースキルは決して低い訳ではないが、飛び抜けて高い訳でもない。

 ネストは数度手を合わせ、それを認識していた。

 自分より遥かに強い仲間を間近で見続けてきたネストだからこそ、それがよくわかるのだ。


「ナメるなァッ! お前らなんかより私の方がずっと優れているんです! 事実、お前らはこの亡者の群れに対して何の対処方もないのでしょう!」


 腕を広げて辺り一面の光景を指し示す黒衣の魔法使い。

 私達を取り囲む亡者達がもう今にも動き出そうとしていた。


「はっ。『嫌われ者のルルド』のマネして慌ててリベリオンアンデッドを習得した割には、自信いっぱいじゃねーの」


「……こ……ここ……こ……っの野郎ぉおッ!!」


 ニヤけ顔で唇を突き出すネストに、黒衣の魔法使いが爆発した。

 当てずっぽうだったようだが、どうやら図星だったらしい。


「あんな奴より私の方がレベルも実力もずっと格上なんだ! それを……ポッと出の新参がちやほやされるなどと間違っている! 全員もっと私こそを敬い、称賛するべきなのにィ!!」


「いや、ちやほやはされてねーだろ」


 「嫌われ者だぜ?」と、ネストが呟いたものの、もはや聞こえているのか怪しい。

 背面の空間、足下の地面、両掌いっぱいに魔法陣を展開して、黒い光の一斉砲火を浴びせかける黒衣の魔法使い。


「お前精鋭って感じしねーし。ひょっとしてダークルーラー枠で仕方なく選ばれた、レベルが高いだけのヤツだろ?」


「……ッキィイイイーッ!!」


 金切り声を上げる黒衣の魔法使いから全力で逃げ回りながら、ネストはその意識を自分だけに集中させようとしていた。……いや、半分は楽しんでいたかも。


「ぐ……っ! 落ち着け……! 普通に戦えばレベル差で私が負ける事などないんだ! 殺す!! いや、ジワジワと嬲――」


「そこな魔法使いよ。こっちだ」


 荒々しく息を吐き、煮えたぎる頭と痙攣する顔を押さえつける黒衣の魔法使い。

 そんな黒衣の魔法使いが冷静さを取り戻そうとしていた矢先、不意にかけられた声。


 完全に意識の外から投げられた声に、黒衣の魔法使いは反射的にそちらを見た。

 割と必死に逃げるネストを傍目に、声の主――ソディスは手にしたあるものを黒衣の魔法使いに向かって投げつけていた。


 何か容器らしき紫色の筒。

 飛んでいく筒はやや狙いを外し、黒衣の魔法使いに届く事すらもなく地面に落ちた。それがなんともソディスらしいが、しかしそれで役割は十分に果たしたようだ。

 爆ぜた筒の中から湧き出した煙。


「小癪な! ただの煙幕など……!」


『はぁーい、お兄さんこっちこっち』


 煙幕にしては妙に少ない煙を黒衣の魔法使いが払い退けようとした瞬間。

 その背後から何者かに声をかけられた。

 いつの間に背中を取られたと、黒衣の魔法使いは反射的に背後に手をかざした。


「だ、誰……だ?」


 しかし、そこにあったのは場違いな笑顔で愛想の良い女性の姿。

 それだけではない。 


『安いよ安いよ~! 今日はタマゴの特売日!』


『うわっ! 「微笑みのドブさらい」ソディスだ! 逃げろ!』


『「こ~らっ! シェルティ! お前つまみ食いするなって言っただろっ!」「いいじゃないですかぁ~! ジノ君のケチ!」』


 また背後から、さらに耳元から、足下からまで聞こえてくる声。

 次々と地面から湧き上がってくる多くの人々の姿だった。

 脈絡のない文句に混じって見覚えのある姿もあるけど、なんだこれ。


「な、何だ!? 何なんだこれはッ!?」


 突然取り囲まれ狼狽する黒衣の魔法使い。

 自らが放ったリベリオンアンデッドとは別の軍勢が周囲に現れたのだ。

 さらに、リベリオンアンデッドともまた違う様子のそれは、ただの煙幕で視界を塞がれるよりも遥かに意識を引いた妨害だったに違いない。

 不規則に飛び出してくる意味不明な集団は、黒衣の魔法使いの喉を引きつらせる程に不気味だったのだろう。


 ただでさえネストの挑発により平常心を喪失していた所に、視覚と聴覚をかき回されたのだ。

 今この瞬間、黒衣の魔法使いの思考は完全に停止していた。


「『ウィスパーヘイズ(囁く煙)』。予め撮影した映像を立体化する我輩特製のパーティーグッズだ。意識は反らした」


 得意気に空を見上げるソディス。

 その視線の先。


「慣性だけで進む軽い矢では当たる前に軌道を逸らされてしまう」


 遥か、高く高く。小さく映った黒い点。

 かすかに見える、広げられた翼とその上に乗った影。


「では、自ら推力を生み出す巨大質量による一撃なら、貫ける可能性はある」


 その影は両腕を体の右手側に大きく寄せると、その重ねた両手に遠い地上からでも形状を把握できる程巨大な何かを出現させた。


 およそヒトが扱う武器として想定されていない異形。

 全長だけでも扱う影――アスタルテと駆るキャンディーを合わせた全長をも優に超え、直径も片腕を広げた程の厚みを誇る。

 地上で振るう事はおろか、保持、運搬、携帯すら不可能に思える、武器としてはどう見ても欠陥だらけの正に論外の産物。

 否、狂気の沙汰と言ってもいい。


 それは王城の大支柱程もある巨大な馬上槍だった。


 それを、アスタルテは天高くから重力に任せて一直線に地上へ向けて高速落下させているのだ。

 恐らく扱える素材の制限レベルは上限一杯。超絶的な重量過多による通常運用度外視、極々限定的状況での一撃必殺に特化し、完成された器物。


 隕石にも匹敵するその超質量を、アスタルテは黒衣の魔法使い一点に向けて降下させた。


「こ、これは!? これを狙っていたのか! リバースグラビティ! ブーストマジック、出力全開ィ……ッ!!」


 魔法で幻の人影を蹴散らした黒衣の魔法使い。

 一瞬遅れて間近に迫った巨大な槍に気づいた。

 すぐに両手を空にかざし、最大出力の反重力魔法でその軌道を跳ね退けにかかった。


「言ったはずです。自ら推力を生み出すと」


 槍の持ち手に密かに備えられた引き金。

 それを引くと槍の四隅が展開し、内蔵されていた円錐形の金属筒が顔を覗かせた。

 それは内部に封じられた膨大な風魔法を発射させる為の噴出口。

 耳をつんざく炸裂音と共に極限まで圧縮された圧力が出口を求め、解き放たれた。


 一気に押し出された蒸気の奔流が景色を押し退け、後ろへ飛び消えていく。

 それは槍の巨大質量をもモノともせず、重力加速度に爆発的な推進力を上乗せさせた。


「『ヴェイパートレイル(天翔る駿馬の軌跡)』!!」


 排出された蒸気が空中に長く鋭い尾を引いて駆け抜けていく。


「ま、曲がれッ! 曲がれッ!! ま――」


 黒衣の魔法使いはネストの挑発とウィスパーヘイズ(囁く煙)による撹乱で、気づくのに遅れた。

 それはわずかではあったが、致命的な遅れとなっていた。

 巨大な馬上槍は軌道を修正しながら、寸分違わずその速度と威力をもって反重力魔法の壁を突き破ったのだ。


 巻き上げられた石畳と土砂の嵐。

 大地に半分以上も深く潜り込んだ巨大な切っ先が大地を揺らす。

 生じた蒸気の衣をまとったそれは、気づいた時には既に地面に突き立った姿で現れていた。

 その勢いは激突してもなお、音を置き去りにして石畳を抉り進んでいく。


「あ……がぁ……ッ?」


 ほぼ垂直に地面から立った、その槍の中腹。

 そこにはまるで百舌(もず)速贄(はやにえ)の様に胴体を貫かれ、磔にされた黒衣の魔法使いの姿があった。

 無様な飾りと化したそれを振り回しながら、尚も槍は地面を削り進んでいた。


「ぐ……っ」


 ようやく止まった槍の前に、放ったままの姿でアスタルテが倒れ転がった。


「ふっ……っぐぅ……ッ! ま、まだだ。悲しきはレベル差かな! HP全損とはいかなかった。ペインの魔法が効いてる内に広範囲魔法で――」


「いえ。もう終わりです」


 震える膝に手を添えながら立ち上がったアスタルテ。

 もがく黒衣の魔法使いに、しかしアスタルテは無防備に武器を下ろした。


「待て! 私はまだ……」


 そんなアスタルテの背中に、宙を掻き毟りながら手をかざす黒衣の魔法使い。

 その手に攻撃魔法の黒い光が収束されていく。


 だが、突然その腕を獣の牙が食い千切った。


「なッ!? おま……ガ、ガディン!?」


 虚ろな目で黒衣の魔法使いを眺める死人。

 それは自らが蘇らせたガディンと、私達の味方だった死者達の変わり果てた姿だった。


 リベリオンアンデッドで蘇らせた死者は敵味方の区別なく襲う。


 それらは、一斉に黒衣の魔法使いへとその暗い瞳を向けた。


「ち、直接操作しなくては……ま、まま待てやめろ! 来るな! 来るなぎゃああああッ!!」


 磔にされたまま、正に贄として食われていく黒衣の魔法使い。

 服ごと手足を貪られ、顔を咬み千切られていく。

 やがて人の形を成さなくなっても、HPが尽きない限り終わってくれない地獄。

 流れる沈黙。響き渡る言い様のない音と正視に堪えないその光景に、皆が目を伏せた。


 アスタルテだけが、ただそれを見届けていた。

 己の為した事、その結果から目を背けない。それが手を下した者の責務なのだと言わんばかりに。

 その覚悟が、アスタルテを支える礎となっているのかも知れない。

 私には、なんとなくアスタルテという人物がわかってきた気がした。

 きっと彼女にも強く譲れない何かがあるのだろう。それが何かはわからないが、もし機会がこの先あるなら聞いてみるのも悪くない。

 そう思った。


 やがて、死者達が食事に飽きた頃、黒衣の魔法使いは光の粒となって消えていった。

 地に立った槍は、ここで倒れていった者達と、今正に死に行く黒衣の魔法使いへ向けた墓標に見えた。


「よくやってくれたな、アスタルテ。行こうぜ。仲間が待ってる」


 ネストがアスタルテの肩を叩いた。

 気を紛らわす様に軽く笑いかけながら、颯爽と前を行くネスト。

 その顔から少しだけ緊張が解け、アスタルテは頷いた。


 私もソディスに目配せすると、一緒にそれに続いた。

 ネストの言う通り、シェルティとジノ。ギネットさん達の安否も気になる。先を急ごう。


 そうして、私達は激戦を勝利し、城の中へと進んだ。

 次回投稿は26日午後8時予定です。


 次回第70話『白亜の宮殿 アルテロンド王城』


 お楽しみに!

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