66・クビ宣告!?
「はい。わかりました。ありがとうございます」
私は電話を切って、ベッドに深く沈み込んだ。
ジミーが消えてすぐに私はログアウトし、救急車を呼んだ。
VRギアには固有の識別番号が備わっており、緊急事態という事でその所在を照会してもらったのだ。
私自身が警察官だという事もあって面倒な手続きを省略でき、すんなりジミーの居所は判明した。
おかげでなんとかギリギリ間に合ったそうだ。命に別状はなかったとの事。
どうやら「不死身のジミー」こと、そのプレイヤーは医療界隈ではちょっとした有名人だったらしく、こうした事はもう何度もあったそうだ。そう話す声はちょっとうんざりしてた。
病院で救急車を呼ぶ羽目になるなんて。なんと皮肉な。
ま、とりあえずしばらく入院する事になるだろうし、ちょっとゲームから離れた方がいいと思う。健康と、まぁ他にもいろいろと。
強さを求めるのはいいが、ちゃんと社会生活を送れる様にする事も大事だぞ。ホント。
……そこで私もちょっと心配になった。
私も毎日ゲーム三昧の日々を送り続けていたら、この自堕落な生活から抜け出せなくなってしまうんじゃないだろうか……。何だか不安だ。
うぅ……。ヤダヤダ。ニートにはなりたくないなぁ……。
「ん?」
私がシワの寄った眉を指で押さえていると、突然病室に単調な機械音のメロディーが鳴り出した。
VRギアに誰かから通信が入ってる。
VRギアにはネット回線を通じて外部と連絡を取る機能がある。まぁ、電話ができる。
それによってゲーム内にログイン中でもリアル側と会話ができるし、ログアウトしていてもこうして電話として使用できる。
ただ、連絡できるのはリアルの知人やゲーム内で知り合った仲間など、予め互いに登録した者同士でのみとなっている。イタズラ電話や業者の勧誘など不要不急の連絡でゲームプレイに支障が出ない様にとの配慮だ。
で、誰だろう。リシアだ。
「……リシア?」
「大変よっ! アンタ、クビになるかも知れないのッ!」
私、ニートになる。
リシアの突然の知らせに、私は稲妻に撃たれた様な衝撃を受けた。
「わわわわわわわ、わ、わわ悪い冗談。も、もう酔ってるの? イヤですわ、リシアさんったら。ははははは」
「ぶっ壊れてる場合じゃないわよ! まだ決定じゃないから。アタシもすぐそっちに行くから大人しく待ってて!」
それだけ言って、リシアからの電話は切られた。
「……えぇぇ……。なんでぇえ……」
私の嘆きがポツリと病室に響いた。
いや、冷静になろう。
まだ決定した訳じゃないってリシアも言ってた。
それに、クビになる理由がわからない。心当たりもない。
それに「私もそっちに行く」って事は、他に誰かがここに来るのだろうか。
「シェリル・キア巡査。よろしいか」
私がうなだれていると、病室の扉がノックされた。
男性の声だった。
私は伸ばした左腕でベッドを探りながら、リクライニングを操作して体を起こした。
胸の痛みもほとんど癒えたとはいえ、まだ自力で上半身を起こすにはいささか苦労する。
服を払い、急いで居住まいを正した。
「どうぞ」
私が返事をすると、1人の青年が静かに扉を開けて入ってきた。
「具合はどうかな?」
私にかけられた、凛としたそれでいて柔らかな声。
悠然と落ち着いた足取りでこちらに歩いてきたのは、白金色の髪の青年だった。
乱れのない整えられた髪に端正な顔立ちをした、私より少し年上の若い男性だ。
細身ながら均整のとれた体にまとっているのは、華美ではないが滑らかな艶のある濃紺の生地のスーツ。
一見無駄のないシンプルなデザインながら、魅せる為に計算されたラインと繊細な仕立てから職人の気位の高さが窺える。
その身につけている物からも彼が身なりに気を使わねばならない立場にあり、一目でその地位が相応に高いものだと教えてくれていた。
すらりとした体格と細面の顔立ち。
しかし、立ち振舞いとそのスーツに隠れた厚みのある肉体から、彼がそれなりに高いレベルで戦える人間だという事がわかる。
「万全ではありませんが、会話に不自由はありません。ルガートさん」
やや緊張した面持ちで私が答えると、彼――ルガートはその整った顔で穏やか微笑んだ。
ジョナス・ルガート。
私やリシア直属の上司のさらに上の立場にある人物だ。
いわゆるエリートとして登場し、さらに数々の実績を積み上げ異例の若さでその地位に上り詰めた傑物。
父親が警察組織の上層部の椅子に座する人物であり、その中でも最も大きな派閥のトップを担っているらしく将来はその後を受け継ぐとされている。
そんな父親の影響だけでなく自身の功績もあって、本来ならば私が会話する機会などないはずの人間だ。
裏では私達の署長より上に位置すると囁かれ――実際そうだと思う――が、何故か私達のいるしがない一警察署の一員に収まっている。
「そうか。よくなってきているのなら嬉しく思う。ただ、まだ君と手合わせできないのがもどかしく感じられるがね」
そうしてちょっと皮肉っぽく笑うと、ルガートは屈んで私に視線を合わせてくれた。
「ありがとうございます」
この警察組織では全国の警察官による格闘大会が毎年開催されている。
組織全体の技術の研鑽や交流を目的としているが、そのレベルは様々な格闘技大会と比較しても高い水準にある。
ルガートはその大会で毎年優勝を成し遂げていた程の実力者なのだ。
彼は私が入署する際の試験官としてその末席に座していた事もあった。
流れで実力を披露する事になり、それ以来ルガートは私に目をかけてくれている。
地位を鼻にかける事もなく、友好的な性格で男女問わず慕っている者は多い。
文武両道、眉目秀麗、家柄も良いとあって女性からの人気も高いらしい。
そんなルガートの眉がどこか少し苦しげにシワを寄せた。
それからルガートはイスを引き出して座った。
「すまないな。巡査。時間を取らせてしまって。ただ、今日はどうしても伝えなければならない事があるんだ」
時間を取らせてなんて、それはこちらのセリフだと思う。
そう。そんなルガートがわざわざ直接私に会いに来るなんて、余程の出来事だ。
不覚にも体がガクガクと震え出した。
怖いよー。お父さんの密かに大事にしていたクマ肉を勝手に焼いて全部食べちゃった時くらい怖い。ちなみに笑って許してくれた。
今回はそうはいくまい。
「実は……君を懲戒免職にするよう、内部の者が動いている」
「え……ッ!?」
なんだって!?
「……私、何をしたんでしょうか……」
震える体を必死で抑えながら声を絞り出した。
心当たりは全くない。品行方正、法令遵守に早寝早起き。仕事振りは真面目で実直を絵に描いた警察官として働いてきたつもりだ。
もちろん賄賂なんて受け取った事もないし、目の前の犯罪は全力でぶっ潰してきた。
私、何かしたんですか? いやホントに。
「ああいや、実は……。勤務時間中の度重なるサボり。不自然に大量のピザの領収書を勝手に経理に精算させる。果てはパトカーのGPSを取り外して何も知らないタクシーに預け、追跡を逃れて競馬に熱狂。まだまだある」
ルガートの口から次々と並べ立てられていく聞き覚えのある不祥事の数々。
それを耳にした私は、上司の手前努めて顔に出さない様ポーカーフェイスを貼りつけていた。それはもうコンクリでガチガチに塗り固めて分厚い鉄板で蓋をするくらいにだ。
それでも漏れ出る感情を防ぎ切れなかった事については目をつむってもらいたい。切に。
そして、心の中で火山が噴火するかの様な大絶叫を爆発させた。
リ シ ア ア ァ ――――――ッ!!!!
今度という今度はもう許さないぞ! 常日頃あのぶっ飛んだやり方を改めろと何度も……ッ!
「もちろん、これが君によるものではないという事はわかっている。わかってはいるんだがな……」
わかってもらわなくては困る!
そんな私の心中を察してか、落ち着いた口調をより穏やかにトーンダウンさせたルガート。
「……本人に確かめます」
私はそう吐き捨て、病室の扉を睨みつけた。
「シェリル! 無事!? アタシは今来たトコよ! ホントよ! アタシが来たからにはもう安心よ!」
そう言いながら慌てた風に扉の前に滑り出してきたのは、今話題のアイツだった。
てめぇ、この野郎。よく私の前に顔を出せたな。
「リシア……。話せ」
私は未だかつてないくらい目に力を入れてリシアを見た。それはもう瞼が弾け飛ぶんじゃないかってくらいに。
先日戦ったおサルさん達だって凄い形相してたけど、今の私だったら視線だけで皆殺しにできる自信がある。
拳雄カンナも真っ青だろう。
しかし、相棒のよしみだ。弁明くらいは、聞いてやる。
「ま、まぁ、心当たりは無くもないんだけど。まさかそれがシェリルに向くとは思ってなかったのよ」
私の視線でリシアが少し素直になった。
「先に待たせてもらったよ」
ふと、ルガートが立ち上がり、リシアを見た。
「や~どうも、ルガートさん。わざわざこんなむさ苦しい所まで来て下さって。感謝いたしますわ」
女の子の部屋にむさ苦しいとは何だ。失礼な。
頭を掻きながらペコペコとその頭を下げるリシア。浮かべた愛想笑いに少し卑屈っぽい調子を含ませて。
「彼女が処分を受けさせられようとしているのは君のせいなのだろう。それについて詳しい説明をすべきではないか?」
それに対してルガートは淡々と伝えた。
その声色はそんなリシアの態度に対して、咎める様な棘を感じさせた。
「アタシのせい? ならアタシを処分すればいいじゃない。ま、それができない理由はもしかしたらあなたの方が詳しいんじゃなくて?」
しかし、そんなルガートの言葉に臆する事なく、ふとリシアが声を落として返した。
腕を組み、不遜に鼻を鳴らすリシア。
開き直った……とも取れるが、その態度は失礼というにはかなり度を越している。
なんだか普段よく見知ったリシアのイメージと少し離れて見えた。
「……ああ、そうだな」
それに対してルガートが唸る様に呟いた。
酷く重々しく、しかし視線を伏せる事なくまっすぐ射抜く様な目で、リシアを見詰め続けていた。
その様子に、何故かリシアは視線を反らして舌打ちした。
「今回、シェリル・キア巡査の懲戒理由は相棒である君の不正行為を制止せず、共犯の疑いが強いとされるから……となっている」
「ッ!?」
信じられない内容に、私は思わず息を飲んだ。
そんな大きく論点のズレた、あまりにも馬鹿馬鹿しい理由聞いた事がない。
一体どんな調査をしたら主犯のリシアが処分されず、私に全ての罪を被せた結論が導き出されるのか。
誰がそんな調査をしたのか問いたい。
いや、行わせたのが「誰」なのか。
「君に処分を受けさせたくない人物がいる」
ルガートはリシアに向き合いながらそう告げた。
既にルガートは事情をある程度把握しているのか、それは断言だった。
それを聞いたリシアが激烈な反応をした。
「あ……ッんのクソ親父っ!」
噛み潰す様な声で、病室に備えつけられたテーブルに拳を叩きつけたリシア。
「あのタヌキのやりそうな事だわ。今更になって……まだアタシに何の執着があるってのよ。だからって、関係ないシェリルにこんなヒドイ仕打ちをするなんて、許せない……」
本当だよ! そもそもお前がマジメに働いていればこんな仕打ち受けてないんだからな! バカ!
「はぁ……。シェリル。この件はアタシが何とかするわ。ルガートさん。あなたはこの件、関わってないのよね?」
鋭くさせたリシアの目が、突きつける銃口の様にルガートを見つめた。
「目下、撤回してもらえるよう働きかけている」
「……そう。感謝します」
リシアの言葉を正面から受けても、怯む事なく答えたルガート。
それだけ言うと、リシアは背を向けて部屋の外に足を運んだ。
「ゴメン、シェリル。これは必ずアタシがなんとかするからさ」
そう言ってリシアは私をチラリと振り返ると、少し笑って手を振りながら病室を後にしようとした。
しかし、そんなリシアの背中をルガートが呼び止めた。
「アリシア」
不意に、ルガートがそうリシアを呼んだ。
耳慣れない名前。
「その名前で呼ばないで」
ルガートがかけた言葉に対し、すげなく切り捨てるリシア。
その冷たく突き放す様な声は、これまでで最も普段のリシアから酷くかけ離れた重く寒々とした響きだった。
「まだ、バレンタイン家に戻る気はないのかね?」
「……ルガートさん。あなたはあの人のやり方をどう思う? あなたなら……もしかしたらそれなりの覚悟があれば飲み込めるのかも知れないけれど」
リシアは振り向かずに吐き捨てた。
「アタシには無理だわ」
そう告げると、場に重苦しい沈黙が流れた。
そうして作り上げられた沈黙も、やがて作った本人が打ち破った事で終わりを告げた。
「ま、これはアタシの問題だから、気にしないで」
「そうか……。だが私で良ければいつでも頼ってくれ。私にはその義務がある。君があのバレンタイン家の一員である事を抜きにしても、だ。それだけは信じてほしい」
ルガートの言葉に、リシアは再び黙り込んだ。
リシアの家。それがどれだけリシアにとって禁忌な領域なのか。
多少なりと親しい間柄である私にもそれは理解しきれてはいない。
それは、今まで見た事もないここまでのリシアの表情が物語っていた。
言いたい事はたくさんあったけれど、そんなリシアの雰囲気に結局私は声をかける事ができなかった。
いつもは騒がしいくらい足音を響かせながら帰っていくのに、今日は小さく遠ざかっていく足音がやけに寂しく感じられた。
「すまない。見苦しい所を見せてしまった」
ルガートは軽く頭を下げると、少し深く息を吐いた。
「今回の件。私の方でも何とかするよう全力を尽くす。君に処分が下る事は無いだろう。関わっている者が者だけに、私が直接伝えるべきだと思ったのだ」
「そう、ですか……」
正直、私の問題よりリシアの心配の方が気になってしまっている。
私はまとまらない頭の中に邪魔され、上手く返事ができなかった。
「それに、相棒である君にしか頼めない事もあるしね。どうか、アリシアをよろしく頼む」
「はい」
わかっている。
またリシアを耳慣れない名前で呼ぶルガートに、私はちょっと複雑な気持ちを押し殺してそう応えた。
リシアの本名は「アリシア・バレンタイン」という。
リシアの過去については、実家であるバレンタイン家と何かあって家を出ているという事しか知らない。
それ故か、自分の本名を嫌っている。
随分な資産家らしいが、今の話から父親と何かあったんだとは思うけど。
それ故、私だけでなく警察署のみんなや馴染みの人達、私の知る限り全員が彼女を「リシア」というニックネームで呼んでいる。
これまで深く事情を聞く事もなかったが、いずれきっちり聞かせてもらう。
今回、私も不本意ながら関わらせてもらった訳だから。
まぁ、今回の件はリシアが原因ではあるが、根本はリシア以外の意思が関わっているようだ。
リシアが仮に品行方正なマジメな警察官だったとしても、何らかの形で私に被害が来たと思う。
リシアにとって、今の私は人質みたいなものなんだろう。
そう考えるとリシアを責める気持ちは少し無くなった。
少しだけだけどね。
「それに、私の方もそろそろ彼女との関係を真剣に考えないといけないからね」
「リ……アリシアと?」
「親同士が決めた関係とはいえ、婚約者という繋がりを私は大事にしたいと思っているんだよ」
不意に聞かされた驚愕の事実に、私は腰を抜かしかけた。まだ腰動かせないけど。
とんでもない事を聞いちゃった気がするぞ! 署の女性一同に聞かれたら暴動が起きるのは間違いない。
誰かに聞かれていないか、部屋の入口や窓を見回した。大丈夫なようだ。
私はそっと胸にしまった。
「それはVRギアだね」
ふと、ルガートが部屋の片隅に追いやっておいたゲーム機器を見つけてしまった。
「へ……あ、はい……」
空気の抜けた様な声が、私の口から出た。
ギクリと心臓が跳ねる。
いやいや、遊んでる訳ではないんですよ。一応リハビリの一環としてプレイしてる訳であって……。
いや、確かに楽しんではおりますが、他にする事……できる事がないと言いますか。違うんですよ。違うんです。
「治療の一環としてだろう。早く良くなる事を願っている」
ルガートは私の心を見透かした様に微笑んだ。
察してくれたようだ。この人の寛大な心に感謝した。
「では、そろそろ失礼させてもらおう。また進展があれば伝えに来るよ」
「はい。ありがとうございます」
ルガートも席を立ち、病室にまた私1人となった。
また色々と面倒な出来事が舞い込んだものだ。
私はため息を吐いた。
でも、ルガートのおかげで事なきを得そうで安心した。
身近であれほど頼りになる人物など、お父さんとお母さんくらいしかいない。
地位もあり、人望もある。そんな人が私の為に力を割いてくれるというのだ。感謝しても足りないくらいだ。
だけど、私はあのルガートという人物が……どうしても好きにはなれなかった。
次回投稿は2月5日午後8時予定です。
とりあえず、ジミーの不死身伝説は更新されていくようです。
ご安心ください。この小説で人は死にません。多少首や腕はへし折れますけど、そのくらいです。死にません。
突然のオフ回でしたが、これからもまたちょくちょくオフ回入れたいなぁ。展開の制御ができない質なので、どうなるかは私自身でもわかりませんが。より面白くなるようがんばります。
次回第67話『魔王軍最精鋭』
お楽しみに!