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ミケのオンラインリハビリテーション  作者: 白ネコ扇子
第6章・チェック
66/87

64・灰色のフクロウ

『否……すまない。我輩も今日まで調べてきたが、確証が得られた訳ではない』


「な、なんだよ。ビックリさせるなよな……」


 胸を撫で下ろすジノ。


 アルテロンドが戦場になる。


 そうソディスから告げられ、私達に動揺が走った。

 普通に考えたらあり得ない。王国の首都であるアルテロンドは敵陣営から最も遠い、幾多もの領土の最奥に位置している。

 1つの領土は越えるだけで1時間以上必要とする広さがある。しかも、その1つ1つにプレイヤーが滞在しており、行く手を阻まれる事になる。

 ひと度遭遇すればすぐに情報も回るだろう。

 互いの国境が接する前線地帯からここまでいくつの領土があるのか。数えた事はないが、直線距離でも1日2日で進める距離ではないと誰もが知っている。

 それら要因を総合して、簡単に踏破できるものではないという事は間違いなかった。


「ソディス」


 ソディスの声はいつもの様に平坦だったが、私はその隠し切れていない焦燥が気になった。


『……確証は無いが、しかしようやくアイゼネルツで気になる情報を得た』


「情報……ですか?」


「キュウ?」


 シェルティが首を傾げた。

 その肩でハービィも一緒に体を傾けている。


『すまないが説明は後にさせてくれ。今は時間が惜しい。そちらも気をつけてくれ。我輩はまだ他にする事がある』


 そこでソディスからの通信は途切れた。


「気をつけろ……って。何にだよ……」


 ジノは少し強がったが、震える腕を隠す様にぎゅっと抱き締めていた。


「ミケさん……」


 シェルティもそんなジノの様子に不安気な面持ちでこちらに視線を送っている。


 ソディスは確証は無いと言っていたけど、あの口振りからして確信があるようにも思えた。


「シェルティ、ジノ。ソディスは戦えとは言わなかった。何か他の手も考えてみよう」


 シェルティとジノは好戦的な性格ではない。危険があるなら逃げてもいい。

 戦闘以外でもできる事はあるかも知れない。


「この事をここにいる皆さんに教えてあげましょうよ!」


「確証も無いのに説得できると思うか? 変に目立って不審がられるのがオチだよ。後で変に言いがかりつけられるかも知れないし……得策とは言えないな」


 ジノがそう呟くと、シェルティはしょんぼりした。

 私もわずかに唸る事しかできなかった。



 私達が頭を悩ませていると、少しずつ人の波がおとなしくなってきた。

 ポータルでの転送が始まったようだ。

 やがてあれだけ賑やかだった大通りは静まり返り、誰もいなくなった。


 そして、侵攻クエスト開始を告げる鐘が鳴ると、太陽が空へ急速に昇っていった。その太陽も灰色に淀んだ雲に隠れて薄暗く街を覆っていく。

 誰もいない白い街に寒々しく響く鐘の音。

 それは始まりと同時に、私達には凶兆を告げる不吉な調べに思えた。

 黄金色に輝いていたポータルも黒い石に変わり果て、死んだ様に地面へと落ちている。


 残されたのは私達3人だけ。


「ま、ホントに何か起きるって決まった訳じゃないんだし、とりあえずクランホームに帰ろうよ」


 辺りを見回し、少し不気味だけど静かなだけの街並みにジノはそう言った。


 私も賛成だ。たとえ襲撃があったとしても屋内の方が多少は安全だろう。


「じゃっ、帰りましょ! 私お腹空きました。ジノくん、またあれ作って下さいよぅ」


 シェルティはお腹を押さえて笑った。

 そんなシェルティにつられて私も力が抜けた。

 不安だった空気も笑い声で弛み、とりあえず私達はクランホームのある商業区へと足を向けた。

 何はともあれソディスからの報告を待つ事にしよう。


 そんな時だった。


「わっ!?」


 突然、けたたましい轟音が空に鳴り響いた。


 それと共に激しい揺れが足下を駆け巡り、周りの建物を次々と軋ませていった。

 どこかで何か大きな物……それこそ街全体に響き渡る程の何かが動いた。


「キュア!?」


 驚いたハービィが飛び上がった。乗っていた肩からずり落ちそうになり、慌ててしがみつくハービィ。

 ただ、急に顔にしがみつかれたシェルティから苦悶の声が上がった。


 どこだ。……遠い。いや、これはどうやら1箇所ではない。バラバラに伝わってくる衝撃から、それが複数の異なる場所で発生しているらしい事だけは何となくわかった。


「ミケ、あれ!」


 ジノが指差した先。

 それは私達がいるアルテロンド中央区と他の区画を繋ぐ大門。その山の様に高く大きな門の天井には、内外を隔てる堅牢な落とし格子が吊り上げられている。


 私達の目に入ったのは、それが糸が切れた様にまっすぐ地面へと落ちていく姿だった。

 大砲の様な轟音が響き渡り、そのあまりの衝撃が地面を揺らしながら私達の足下を駆け抜けていく。地面から這い上がってくるその振動は、まるで電気が走った様に私達の足を強く痺れさせた。


「はえ~。あれ、動くんですね」


 シェルティはハービィを顔から引き剥がし、なんだかちょっぴり抜けた声を漏らした。


 アルテロンドの町と外を繋ぐ跳ね橋同様、この町の門などに施された仕掛けが動くという事は知っていた。

 しかし、平時はただ通行の妨げになるだけの無意味、迷惑な代物でしかない。

 動かしたって周りから少し白い目で見られるだけだ。

 なので、動かそうという者はいなかった。


 いないはずなのだ。


 だけど、今このタイミングで。侵攻クエストが開始されたこの瞬間、仕掛けが作動した。


 誰かが意図的に操作した。

 ならば、よからぬ事を考えている何者かがそこにいるのは間違いない。

 正体不明の危険を野放しにしておくのは後々より大きな脅威となりかねない。

 今のうちに正体を暴いて誰かに伝える必要がある。


「さ、帰って夕ごはんの仕度しなきゃっ」


「私もお腹ペコペコですぅ」


「キュッキュウ!」


「私、見てくる」


 見なかった事にして踵を返すシェルティとジノ。あとハービィ。

 ただ1人門を見上げる私。


 わずかな沈黙。

 気まずそうに2人と1匹がこっちを見た。視線が痛い。


「……もし、私が帰らなかったら、ソディスにありがとうって伝えて」


 私は俯いた。チラリ。


「わかったよ! 行くよ!」


 私が物憂げに視線を反らすと、ジノが快く同意してくれた。私は良い仲間を持てて嬉しく思う。……後で埋め合わせはしてあげよう。

 実際、今は状況がわからない。下手にバラバラに行動するのは危険だ。


 そうして、私達は重く閉じられた門へと足を運んだ。


「え、ご飯……」


 シェルティのお腹の虫が灰色の空に寒々と響いた。




 白い石でできた大きな門。

 それに併設されている塔の最上部に落とし格子の操作室がある。


 門の内側、塔の最下部から折り返し階段を登った先に、その内部へ続く扉があった。


「…………」


 私は物音を立てない様にそっと側の壁に張りつき、扉に忍び寄った。

 少し離れた場所でシェルティがごくりと唾を飲んだのが聞こえた。

 そのシェルティの頭に隠れて覗いているハービィ。

 ジノも不安そうにこちらを見ている。


 私は2人に視線を送った。

 そして、2人が頷くと同時に扉を一気に蹴破り、中へと飛び込んだ。


 素早く左右、前後、上空を確認した。

 塔の内部は円筒形の吹き抜けになっていて、壁に沿って上へ螺旋階段が延びている。明かり取りの窓はあるものの、暗い塔内の壁は灰色にくすんで見えた。


 だが、特に変わった様子はない。


「わぁ~。映画の警察官みたいでかっこいいですぅ」


 一応警察官です。私。

 扉から恐る恐る顔を覗かせるシェルティ。


「ど、どう? 何かあった……?」


 そのシェルティの背後に隠れてジノもこっちをうかがっている。


 私は螺旋階段の上へと首を向けた。

 最上部には窓があるらしく、吹き抜けの向こうに明かりが漏れているのが見える。

 壁も階段も、天井すらも灰色だから距離感が上手く測れない。


 とりあえず、今の所異常はない。

 誰かいるとすれば操作室のある最上部だろう。

 私は2人に「大丈夫」だと合図しようとして――


 ――手で制した。


 違和感。

 私は再び螺旋階段を見上げた。

 視界を埋め尽くす灰色。認識を惑わせるその灰色一色の塔内部の風景。

 だけど、かすかに嗅ぎとった違和感が、その溶け込んだ輪郭を私に見せた。


「ッ!!」


 突如空間から滑り出た刃に、私は体を翻した。


 私が床を蹴って後ろへ跳ぶと、同時に上空から降ってきた何者かが静かに床に靴を着けた。


「ホホウ。あれを避けるなんて。なかなかやる」


 私は軽く息を吐き、いつでも対処できる様に爪先に力を込めた。


 上空から音も無く現れた人物。

 全身を灰色のマントで覆っており、顔には鳥の嘴を模した仮面をしている。

 背には一対の灰色の大きな翼を広げていて、しかしその翼からは大きさに反して一切の音が聞こえてこない。

 夜空の狩人たるフクロウの鳥人族だ。


 唯一手にした銀色のナイフだけがギラギラと下品な輝きを垂れ流している。

 それ以外全身が灰色のせいで背景に溶け込み、視覚の認識を阻害されていたのだった。


 そして、その頭上に表示されたものに、私は拳をより硬く固めた。


「……魔王軍」


 仮面の奥で笑うこの男の頭上に、クルクルと回るアイコンが血の様な赤い輝きを放っていた。


「潜入と妨害工作は無事に完了。後は合流して次の作戦に移行」


 男はまるで私に興味が無いのか、彼方へ視線を向けて何やら1人喋っている。

 その余裕が、私に前へ踏み出すのを躊躇させる程に不気味だった。


「あ、でもここの仕掛けを動かされちゃ困るんだった」


 彼方を向いていた首がぐるりとこちらを見据えた。


「殺さなきゃ」


「やってみろ」


 男は呟くとまるでちょっとしたお使いにでも行くかの様に、こちらへ足を踏み出した。

 しかし刹那、私の喉元に滑り込むナイフと、すぐ鼻先に詰め寄っていた鳥の仮面。


「くっ!」


 音が無いせいで反応が遅れた。外見だけでなく、攻撃までフクロウを模しているのか。

 私は刃の進行方向に体を回して受け流すと、躱し様にナイフを持った手を蹴り上げた。


「ホホウ。 お前、見た事あるぞ? そうだ、あの決闘狂の動画の……!」


 間緩いしゃべり方をしているが、声と違ってこいつがただ者ではないとわかる。

 重い。手を蹴り上げたはずだったが、蹴った私の足の方が弾き返された。まるで高速で通り過ぎる貨物列車を蹴飛ばそうとした様な、そんな無謀なものに手を出した感覚だった。


「決闘狂なんて言っても所詮オレらの露払いでしかない。だけど、渡されたジェムを無くしちゃそれすらできないんだから、使えないヤツだ。ホラ、もう逃げられない」


 攻撃をかわし続けていたものの、背中が壁に当たった。

 力も強いが立ち回りも凄まじく上手い。確かに決闘狂・ベリオンと比較しても口だけではない実力を肌で感じた。


「ミケさん!」


 男がとっさに背中へナイフを回した。

 無造作に掲げた小さな刃が、シェルティの長大な大鎌を受け止めた。


「シェルティ!」


「な、なんなんですかこの人!?」


 渾身の力を込めた大鎌を片手のナイフ一本で止めたこの男。

 その異様さをシェルティも感じ取ったようだ。


「ホホウ、申し遅れた。オレはジミー。周りからは不死身のジミーって呼ばれてる」


 ぐるりとシェルティを振り返った鳥の仮面がくっくと笑みを漏らした。


「ぐぬぬ~……! フルムーンパーティー!」


 何度も円を描き、力いっぱい斬りかかった赤い刃。


 しかし、シェルティの放った無数の斬撃はことごとく片手のナイフ1本に軽くあしらわれていく。

 否、大鎌の重い一撃一撃全てが、あの小さなナイフによって力任せに弾き返されているのだ。

 その証拠に受けた手は微動だにしていない。


「キミの名前は聞かなくてもいい」


 鳥の仮面がそう呟いた。

 その瞬間、ナイフから黒い光が走り、大鎌を打ち飛ばした。

 大鎌を掴んだまま後ろへ態勢を崩すシェルティ。

 そして、その目が大きく見開かれた。


 シェルティの視界を過って地面に散らばったのは、細切れに解体された自身の大鎌だった。


「あああっ! 新品のスカーレットレイザーがぁ~っ!」


 新調したばかりの強化された大鎌。しかも力任せに砕かれたのではない。まるでバターでも切った様に、その切り口は滑らかに切断されていたのだ。


 シェルティを追おうとナイフを持ち直したジミー。


「クアアッ!」


 その仮面をハービィの吐き出した炎が包み込んだ。

 

「チッ」


 炎に視界が塞がれたせいで、シェルティの首を狙った軌跡は前髪をわずかに切り落とすに終わった。

 ダメージは無いみたいだったが、予定外の抵抗が少し面白くなかったようだ。仮面の内から舌打ちが聞こえた。


 その背中へと私は大きく足を踏み出し

、詰め寄った。

 そして、覚えたばかりの魔法を拳にまとわせた。


「シルバーバレット!」


 眩い輝きが拳を包み、攻撃力を爆発的に高めていく。

 その光の拳を、私はジミーの背中に叩き込んだ。

 マント越しの背中に突き立つ光の弾丸。

 渾身の力を込めた拳から放たれる銀色の光が一気に爆発し、視界を埋め尽くした。

 やがてその光が止んだ。


 もろに背中に直撃したはずだ。


「悪い。そろそろ行かないと」


 いや、そもそもかわせたはずだ。なのに避けようともしなかった。

 避ける必要すらなかったという事だ。


 ジミーは私の方を振り返りもせず、ただそう呟いた。

 この強さ。天井が見えない。


「ああオレ、レベル94。可哀想だけど、もう追いかけっこはおしまい」


 レベル94。

 こいつの言っている事が本当なら、あの小さなナイフすら必要ないだろう。奴の小指が擦っただけでも私達のレベルでは致命傷になりかねないという事になる。


 とにかく、ソディスの予想が最悪の形で当たってしまったのだけは間違いない。


「ミケ! シェルティ! こっちだ!」


 その時、扉の外からこちらに手を向けるジノの姿が目に入った。


「エンチャント・ダブルエクステンド!」


 それはアイテムの効果を倍増させる付与魔法。

 たちまち白い煙が私達をも押し流す勢いで塔内部に広がった。

 

「ソディス謹製の煙幕さ! 早く!」


 バッドステータス付与などの妨害は相手のレベルが高過ぎる場合ほぼ通用しない。

 しかし、視界を煙で遮るだけならレベル差は関係ない。

 私達はジノの声を頼りにすぐに走り出した。


 爆発的に噴出し続ける煙に、腕で顔を覆いながら首を回しているジミー。


「どこに行った……?」


 ジミーはその背中の翼を広げ、大きく振り扇いだ。たちまち激しい突風が立ち込める煙を吹き飛ばしていく。

 出口を視認するや否や、ジミーは飛んで扉を潜った。踊場に着地し、素早く周囲に視線を張り巡らせるジミー。


「ホホウ。逃げられた」


 しかし、ジミーの目には閑散とした無人の白い街並みだけが映っていた。


 私達は辛くも逃げ切る事に成功したのだった。

 ホホウ。次回投稿は22日午後8時予定。


 さぁて、お待ちかねの戦闘回。

 敵は強い。すごく強い。

 ホホウ。作者は勝たせる気があるのか? この頭で展開を考えられるのか? 自分で自分の首を絞めている。


 次回第65話『不死身のジミーVS鍛冶師ギネット』


 お楽しみに!

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