60・幼なじみ
「リシアねーちゃん! ゴチになりまっす!」
「育ち盛りなんだから、好きなものじゃんじゃん食べてよ! ザキ君!」
私とザキ、リシアは喫茶店ブラウンにてちょっと早めのディナーと洒落込んでいた。
温泉でのゆったりした一時を思い返しながら、私は無機質な病院のベッドで1人退屈な時間を過ごしていた。
検査の予定も特に無く、こんな時に限ってエクステンドオンラインは臨時メンテナンスでログインできない。
まぁ、とてもヒマだった。
そんな1日の夕方。
珍しくザキとリシアが連れ立ってここを訪ねてきたのだ。
「よっす、シェリル姉。グラウンドのアイドルザキ君が寂しいシェリル姉と遊びに来てあげたよ~」
「やあやあシェリル~。競馬で勝ったからヒマ潰しに遊びに来てあげたわよ~」
2人揃ってなんて言いぐさだ。
リシアはまた仕事をサボってきたようだ。
ザキは少年野球の練習帰りみたいだ。私服に着替えているけど、ユニフォームや道具を詰めたバッグを担いでいる。
今日はちょっと早めに終わったらしく、他にする事も無かったからヒマ潰しに来たという。
リシアは競馬で勝った自慢をしに来ただけらしい。なんてヤツだ。
で、偶然病院の入口で会って一緒に来たそうな。
ザキとリシアは私がまだ入院する前、仕事でパトロールしていた地域が地元だった為面識があった。
飄々としたザキと破天荒なリシアは結構気が合うらしく、ザキの遊び場とリシアのサボり場でよく遭遇しているらしい。
あまり子供に変な遊びを教えてないといいけど。
で、せっかくなのでと、外出許可を取りつけ私達は食事に出かけたのだった。
もちろん上機嫌なリシアのおごりで。
「いらっしゃい。リシアさん、シェリルちゃん。あら? そちらのお客さんは初めてかしら?」
注文を取りに来たお店のオカミさんことエレンさんが私とリシア、それからザキに微笑んだ。
「はじめまして綺麗なお姉さん! ぼくはザキ・リンスクル。あなたに出会う為ここに来ました!」
「まぁ、お上手ね。私はこの喫茶店でオカミをしてるエレンよ。よろしくね。ザキ君」
「こちらこそ! この出会いと幸運に感謝しなきゃね。いやぁ~、こんな美人の手料理が食べられるなんて今日のボクは世界一のラッキーボーイだよ! なっ? シェリル姉」
「…………」
ザキめ。美人と見ると調子良いんだから。よく臆面もなくそんな面と向かって言えるな。だけど、その伸ばした鼻の下は隠した方がいいぞ。
確かにエレンさん美人だしね。エレンさん目当てのお客さんも多いらしいし。
そんなザキの様子を見て、クスクスと口元を隠して笑うエレンさん。
カウンターの奥でマスターの目が殺気を帯びた気がした。
そうして、私達は運ばれてきた料理に舌鼓を打った。
そんな時、ドアに付いたベルが鳴り一組の男女が入店してきた。
「よかった。ジル、空いてるよ」
「落ち着きなさいよ、トム。だから言ったでしょ。大丈夫だって」
青年がドアを開けたまま後ろに声をかけると、続いて入ってきた女性が1つ吐息を漏らした。
女性がドアを潜ったのを見届け、静かにドアを閉める青年。
「あら? 奇遇ね。トーマス君」
その男女が私達の隣のテーブルに着くと、ふとリシアが青年の方に声をかけた。
「あれ、リシアさん? 奇遇ですね。シェリルちゃんもこんにちは」
青年はリシアがよくサボりの供にしているピザ屋の店員さんだった。
名前はトーマス・メトリー。
以前、私とリシアで公園を散歩していた時に会った事がある。
東国にとても興味があるらしく、今も大きく「サムライ」と胸に描かれた赤いTシャツを着ている。センスについては個人の自由だ。
今日はどうやらオフらしい。
「なにデート? こんな美人連れてぇ~」
リシアがトーマス君と連れの女性を交互に見比べながらニヤニヤした。
「違いますよ~ははっ。こっちはジュリア。学校のクラスメイトで、ここへは課題のレポートをしようと思って」
リシアの質問に無邪気に笑って答えるトーマス君。
どうやら普段は学生のようだ。
「ジュリア・バートンです。トムとはただのクラスメイトですが、よろしくお願いします」
ジュリアと名乗った女性は「クラスメイト」にかなり強いアクセントを置いてにっこりと微笑んだ。
肩まで伸びた茶髪と切れ長の目の少し大人びた雰囲気の女の子だ。年齢は私と同じくらいだと思う。
「シェリル・キア……です」
「リシアよ。よろしく!」
私とリシアもそれぞれ自己紹介した。
「リシアさんって、もしかして……お得意様のリシアさん?」
ふと、リシアを見たジュリアさんが目を輝かせた。
「はじめましてのハズだけど? それともアタシってそんなに有名? ふふふ」
首を傾げつつ、満更でもない笑みを浮かべるリシア。
「あっ、はい。私とトムは同じバイト先で働いてて。リシアさんにはいつもご贔屓いただいてますので、店長一同皆よく存じ上げてます」
そう言ってジュリアさんは深く頭を下げた。
……一体どんだけピザを食べてるんだリシアは。仕事もせずに。
「ジル。いつものでいいかい?」
「うん。ありがとう」
トーマス君は席に着くとエレンさんに注文を伝え、その流れでジュリアさんの分も頼んでいた。
「よっす、ジュリア先輩!」
今度は私の横で黙々と「タマネギとリンゴのソース和え特大ステーキバーガー」を頬張っていたザキが顔を覗かせた。
「あれ? ザキ君じゃない。ちゃんと毎日練習してる?」
「もちろん。今日もおかげさまでクタクタだよ」
私を挟んで繰り広げられる意外なかけ合い。
「知り合い?」
私はザキに訊ねた。
「うん。ジュリア先輩はチームのOGで、たまに練習も見てもらってるんだ」
「私ももう少し顔を出せたらいいんだけどね。シェリルちゃんだったわね。もし興味があったら一緒にやってみる? もちろんそのケガを治したらね」
ジュリアさんの慈しみに満ちた優しい笑顔に、私はちょっと苦笑した。
せっかくのお誘いだけど、あいにく年齢制限に引っかかってるから無理だ。
「だってさ。シェリル姉」
ザキ、こっちを見てニヤニヤすんな。
「……ありがと。考えて……みる」
とりあえず、私は頷いた。上手く表情を作れていたかは考えないでおこう。
「そんな事より次はいつ来てくれるのさ? ジュリア先輩が来るとみんなわかりやすくやる気出すんだから」
「おあいにく様。大人はそんなにヒマじゃないの。今度時間を見つけたら顔出すから。だけど、私がいないからってサボったりしてたら許さないんだからね」
「お~怖っ。ま、みんなにも期待して待ってるよう言っておくよ」
わざとらしく肩をすくめるザキに、ジュリアさんはイタズラっぽく笑って返した。大人の余裕だ。
ふと、ザキが手を叩いた。
「そうだ。せっかくだからシェリル姉達にジュリア先輩の打ち出した数々の伝説を聞かせてあげようかな」
「伝説?」
「え? なになに?」
ザキから飛び出した2文字に、私とリシアはちょっぴり前のめりに食いついた。
「い、いえもう子供の頃の話だし、大した事じゃ……」
逆にやんわりと話を遮るジュリアさん。なんだかしどろもどろと慌てた様子だけど、どうしたんだろう。
それを見逃さなかったリシアがウインクして見せた。
気付かれない様かすかに頷くザキ。お前ら息ピッタリだな。
「昔、大会で万年初戦敗退だったうちのチームが初めて優勝した時のピッチャーだったんだ。ジュリア先輩は」
まるで当時を懐かしむ様に、腕を組み目を閉じるザキ。
それってたぶんジュリアさんが小学生だった頃の話だよね。その頃ザキはまだ赤ちゃんを卒業したくらいだったと思うんだけど。
リシアは珍しく黙って話に聞き入る事にしたようだ。
「そうそう。懐かしいなぁ~。ジルはその年の最優秀選手として表彰されたんだ」
トーマス君も会話に入り、その頃に想いを馳せてかくすりと笑った。
「トムさん、もしかしてその時のチームメイトだったの?」
ザキは興味津々とトーマス君に訊ねた。
「うん。そうだよ。決勝戦でのジルと敵の謎の助っ人打者『ブラッド・バレンタイン』との熾烈な戦いは今でも鮮明に思い出せるよ」
「あの! 1点リードで迎えた9回の裏! 2アウト、ランナー2、3塁のピンチに、23回ものファールの果てにもぎ取った三振での勝利! 今でも語り継がれてるよ!」
「その後、ジルは周りから『マウンドの小さな女神』なんて呼ばれる様になって、一時期は町を上げての盛大なお祭りが開かれるくらいの騒ぎになったんだよな。文字通り俺達のチームに勝利を呼び込んだ勝利の女神さ!」
「スゲー! やっぱジュリア先輩スゲーッ!!」
互いに意気投合し、話題の本人そっちのけでワイワイと盛り上がっているトーマス君とザキ。
23回も粘ったそのブラッド・バレンタインとやらも凄いけど、最終的に勝利を掴んだジュリアさんも見事としか言えない。
私はチラリとそのジュリアさんを盗み見た。
「……! ……!」
顔から耳まで真っ赤にしながら、魚みたいに口をパクパクさせている勝利の女神がそこにいた。
「ふふっ。俺達もみんな初めての優勝で感極まってたけど、あんなに泣いてたのはジルだけだったよな。そうそう、ジルってばあの時大泣きしながら俺に抱きつい――」
「まーっ!! まーっ!! ま、待って! それ以上はダメッ! ダメッ!!」
店内に響き渡る声に、周りのお客さんの視線がジュリアさんに突き刺さった。
慌てて縮こまるジュリアさん。さっきから真っ赤だったけど、もうこれ以上は火が出そうだ。
両手で顔を隠し俯くその姿に、最早大人の余裕は無かった。
「コホン」
ジュリアさんがようやく落ち着きを取り戻し、軽く咳払いをした頃。ちょうど2人の席にエレンさんがコーヒーを運んできた。
「そういえば一度訊いてみたかったんだけど、万年初戦敗退のチームがいきなり優勝なんて一体どんな手を使ったのさ?」
ザキが食事の手を止めて2人に訊ねた。
「まぁ、ジルのおかげだって言えばそれまでなんだけど……。そうだジル、あの年どうしてあんなに一生懸命だったんだ? それまではどっちかって言うと幽霊部員みたいなものだったじゃないか」
「えっ!? そうなの!?」
トーマス君から放たれた意外な事実に、慌ててコーヒーカップを倒しかけるザキ。
「ずっと試合で勝てずに負け続けていて、もうみんな諦めてヤケになっていたんだ。俺も他チームにバカにされては愛想笑いばかり浮かべてたっけ。ホント、情けない話だよ」
トーマス君は顔にわずかばかり憂いを覗かせると、恥ずかしそうに頬を掻いた。
「でも前の大会の後、ジルが急にありとあらゆる手を使ってチームメイト全員をしごき始めたんだ。あまりに厳しい練習にみんなヒーヒー言ってたっけ。よくみんな最後まで逃げ出さずについてきたと思うよ」
「し、失礼ね! みんながイジケてばかりいたのがあまりに情けなかったから、わ、私がやってやろうって思っただけよ」
ジュリアさんはトーマス君をひとにらみすると、照れ臭そうに視線を反らした。それから、熱く湯気の立ち昇るコーヒーカップに口を付けようとした。
「ふ~ん……。だけど『急に』ってのは何かきっかけがあったんじゃな・い・の・か・な……って思うのよ。ねぇ?」
不意にリシアが声を上げた。何かを感じ取ったのか、薄く笑みを浮かべている。
リシアは人の表情を読むのが上手い。私が隠し事をしていてもいつも暴かれてしまうし。真面目に仕事をしている時は凄く役に立っているんだけどな。
そんなリシアのイタズラっぽい視線に、びくりとジュリアさんのカップを持つ手が止まった。
「まだ何か隠してるのかよ? 良い機会だし、言っちゃえばスッキリするんじゃないか?」
と、トーマス君に言われ、しかし口ごもるジュリアさん。
「えっと……言ってもいいのかな……」
「どうして? 俺も聞きたいしさ」
何故か歯切れが悪い。
そんなジュリアさんの様子を気にした気配もなく、トーマス君はちょっぴり興味ありげだった。
その返事にジュリアさんは目を閉じ、大きくため息を吐いた。
それからゆっくりと目を開くと、少し気まずそうにトーマス君から視線を外し、呟いた。
「私、見ちゃったんだ。前の大会の後、トムが1人で泣いてるとこ」
「……ん?」
予想外の言葉に目が点になるトーマス君。
数瞬の沈黙。それを破りジュリアさんは続けた。
「周りの空気に飲まれてやる気も、楽しいって気持ちも無くなってたあの時。大会で負けた後、これでチームを辞めようと荷物を取りに行ったの」
ジュリアさんは口を付け損ねたカップを静かにテーブルに置いた。
「私ももう嫌気が差してたし、こんな気持ちじゃ続けられないって思ってたしね。そんな時、クラブルームの中に誰かいるのに気付いたのよ。最後だし、誰でも構わないから溜め込んでた不満全部言ってやろう……って思ってた」
一瞬言葉を詰まらせ、ジュリアさんはトーマス君を見た。
「だけど、扉の向こうにはたった1人、泣きながらスコアブックを書いてるトムがいたの」
呆気に取られたまま手にしたカップを宙に泳がせるトーマス君。どうやらトーマス君にとっても相応に秘密の出来事だったらしい。
「思い返せば、他のチームにバカにされてる時も矢面に立ってたのはいつもトムだったし、1人で笑顔を作ってそれに耐えてたのを……みんな本当は知ってた。それに甘えてみんな汚い部分を全部トムに背負わせて見て見ぬふりしてたのよ……。私も含めてね」
少しバツが悪そうに視線を背け、ジュリアさんは所在なくテーブルを指先でなぞった。
「それで、その後こっそりトムの荷物を調べてみたの。悪いとは思ったけど、トムが書いてた内容が気になっちゃって」
ジュリアさんの口からくくっと笑いが漏れた。
「そしたらビックリしたわ。これまでの全試合、練習試合から大会まで、全ての試合の詳細が記録されてるんだもの。それだけじゃない。チームメイトの長所やクセ、さらに敵チームの選手ひとりひとりのデータまでが完璧に網羅されてたのよ。ストーカーかってくらい詳しかったから、正直ちょっと引いた」
ちょっとどころではなく眉をひそめるジュリアさん。
情報収集は恐らくどのスポーツチームでも多かれ少なかれやっている事だ。
しかし、ジュリアさんの様子からただ事ではない情報量だったであろう事が窺えた。
「だけど、たった1人諦めてないのがいたってわかった。トムだけが勝つ事を諦めてなかったって知れた。そうしたら私も……まだ諦めたくなかったんだって、その時気付いたの」
話ながら、ジュリアさんはまるで子供の頃に戻ったみたいになんだか嬉しそうだった。
それから、ザキの方に視線を向けた。
「そこから先はザキ君も知ってる通りよ。チームメイト全員を説得して、トムの研究ノートを元に作戦を練って……。トムが立てた作戦通りにすると気持ちいいくらい思い通りに事が進むから、次第にみんなのやる気も出てきたわ。もちろん、それについて来れるだけの練習はさせたけどね」
そこまで話すと、ジュリアさんは背もたれにぐったりと深く体を預けた。
「ジュリア先輩?」
そんなジュリアさんを見て、ザキが眉をひそめた。
いつの間にか笑みも消え、顔に影を落とすジュリアさん。黙り込んだまま、俯いていた。
さっきまでの様子が鳴りを潜め、一転重く静まり返る店内。
私達もこのぎこちない雰囲気につられ、声を発せずにいた。
しかし、ジュリアさんは深く息を吸うと、やがて姿勢を正して目を開いた。
そして、正面のトーマス君をまっすぐ見据えた。
「トム。……あの時はごめんなさい! 私達がもっと早くがんばっていれば、トム1人にあんな思いさせずに済んだのに。もっと早く気付いてあげられなくて、ごめんなさい」
突然深く頭を下げたジュリアさん。
テーブルに髪がくしゃりとかかった。
顔は見えない。それでも、その髪に隠れた顔にどんな想いが滲んでいるのか。私達に言える事など何も無い事だけは痛い程にわかった。
そんなジュリアさんに、トーマス君はきょとんと頬を掻いた。
それから、ふっと吹き出した。
「相変わらずジルはマジメだなぁ……」
トーマス君が笑みを漏らすと、ジュリアさんは少し顔を上げて口を尖らせた。
「……反応軽すぎない? これでもこっちはずっと気にしてたんだから」
「ごめんごめん。おかげで練習は辛かったけど、誰1人欠けずに付いてこれたのと、みんなで試合に勝てたのは誰よりジルが一番がんばってたからさ。ジルは誰よりもがんばり屋さんだったからなぁ」
「ちょっとやり過ぎた感じはあったけどね」
舌を出して笑うジュリアさん。
まるで当時の出来事をたどっている様に、2人は憂いを覗かせたり、また笑みを取り戻したりと表情をコロコロ変えた。
「ジルのおかげでみんな変われたんだよ」
そして、最後は2人一緒に笑っていた。
互いに信頼しあえる仲間、か。
一緒に泣いて、一緒に笑って、できないと思ってた事を力を合わせて成し遂げた。
少し羨ましい。
ふとソディス、シェルティ、ジノの顔が浮かんだ。
私にできた新しい仲間。ちょっと個性が強い3人だけど、シナリオクエスト攻略という前人未到の志を持った仲間だ。
まだ出会って日は浅いけど、いつか私達もそうなれたらいいな。
ううん。なれる。そう思う。
「なるほどね~。ま、色々あったけど優勝できたのは立役者のトーマス君とジュリアちゃん、2人のおかげだったって訳ね」
「だけど、オレ達はオレ達でがんばらないとって事かぁ」
感心したリシアが思い出した様に料理に手を伸ばした。
ザキはちょっぴり残念そうだ。まぁ、トーマス君のデータは当時の物だしね。
とは言え、今もジュリアさん指導の下情報収集は欠かしていないそうだ。
「そうね。だけど、そう落ち込む事はないわよ。ザキ君達にやらせてる練習の方がもっとハードなんだから」
「えっ!? あれ以上っ!?」
トーマス君が驚いて椅子から腰を浮かせた。
「できると思った事しかやらせてないし、それだけ期待してるって事」
ジュリアさんはニッコリと微笑むと、ザキにウインクして見せた。
「そっか」
少しだけ面食らったみたいだったけど、ちょっぴり誇らしげなザキだった。
引きつった笑いを浮かべていたトーマス君。
ややあって気を取り直すと、口を付けたコーヒーカップをそっとテーブルに置いた。
「相変わらずスパルタだなぁ……。あの頃もあまりにキツい練習を課すもんだから、付いたアダ名が『デビルメイクライ』。みんな似合う似合うって笑ってたよな!」
トーマス君はジュリアさんに視線を向け、ケラケラと陽気に笑い出した。
「それ、初耳なんだけど」
「……え」
私からはジュリアさんの顔はよく見えなかった。
でも、トーマス君の表情から、きっと悪魔も泣き出す様な顔だったに違いない。
その後、調子に乗ったリシアが2人の分まで代金を払い、財布を寒くした頃。私達は店を後にした。
ちなみに、リシアがふと訊ねたんだけど、アルバイト先で先輩なのは2人の内どっちなのか? という質問をしたら、先輩なのはトーマス君だそうだ。
その答えにリシアは満足そうに目を細めていた。
私はただコーヒーを飲み込んで、何も言わなかった。
2人共強く固辞していたけど、リシアが「良い話を聞かせてもらったお礼」と強引に支払った。
そう言われてジュリアさんは顔を赤くした。
トーマス君は首を傾げながら笑っていた。
外は少しずつ宵の紫に染まり始めていた。
街の喧騒は遠くなり始め、空気にはどこからか運ばれてきた夕食の香りがかすかに混じっている。
少し冷える風が食事で温まった体に心地よく感じられた。
「いや~食べた食べた! ごちそうさま、リシアねーちゃん」
「ふふっ。なんのなんの。将来いい男になったら、その時たんまりお礼してもらうんだから」
将来何をさせるつもりだ。
私は車イスを押すリシアをキッとにらみつけた。リシアはただただ笑い返すだけだったけど。
まぁ、ゲーム内でのザキ――ルクスの姿はいつか見るザキの姿になるんだろうか。
確かに……まぁ、なかなか。
一足先にそれを見て知っている優越感をちょっぴり味わいつつ、ふと思い出した。
「そういえば、明日は週末か。長かったなぁ~」
ザキが両腕を上げて伸びをしながら呟いた。
「あれからゲーム禁止されてたけど、やっと解禁してもらえたよ。もう侵攻クエストには参加しないって事を条件にだけどさ」
そう。明日は侵攻クエストが開催される日だ。
夕方6時から6時間ぶっ通しで開催される大規模イベント。
ザキは小学生の身の上でそんな長時間ゲームをしていたから、親御さんにゲームを禁止されてたんだ。
私も一緒に戦ったのを思い起こされる。
あれから1週間か。早いものだ。
そうだ。忘れてはいけない。
「ザキ。……あの動画……!」
私と決闘狂・ベリオンの決闘を撮影し、それを勝手に配信してくれたのを私は忘れてないぞ。おかげで大変だったんだから。
私がひとにらみするとザキは一瞬「しまった」という顔をしたけど、すぐに親指を立てて白い歯を輝かせた。開き直るな。
「動画? なになに、教えてよ!」
しまった。リシアに聞かれた。
嬉々としてしゃべろうとするザキを咄嗟に目で制した。
あの時ゲームとは言えひどく感情的になってしまった事が思い出された。あんな姿をリアルの知り合いに見られるのはさすがにちょっと恥ずかしい。いや、かなり。
上手くごまかせ、ザキ。
「え、え~と、シェリル姉主演の……ちょっと……いや、かなり恥ずかしい動画……かな?」
ちょっと待て。ザキ。こっちを見ろ。
「シェリル……いくら何でもこんな……マニアックすぎるでしょ……。さすがのアタシも今回は遠慮してあげるわ……」
何を想像した! マニアックって何だ! 失敬な!
悔しいけど、リシアの興味が削がれたのでよしとしよう。リシアときたら口が軽い上、人の秘密を嗅ぎ付けたらトコトン暴こうとするんだから。油断も隙もない。
いや、今回はむしろ興味を持って誤解を解いてもらいたい。
「ザキ、ゲーム内で私が戦ってるのを勝手に配信してたの。それでちょっと……」
「なぁ~んだ。そんな事。どうせそれで挑戦状がたくさん届く様になって困ったって所でしょ? まぁ、相棒のよしみで後でちゃんと観てあげるわ」
肩をすくめてため息を吐くリシア。
人の苦労を何だと思ってるんだ。もう。しかも当たってる所が悔しい。
あと、絶対観ないな、これ。まぁ、それでいい。
リシアの横でバツが悪そうに笑ってるザキを私はにらみつけた。
「ザキぃ……! 覚えてろ……」
だけど、そのおかげでソディスやジノと出会え、シェルティとも再会できた。それについては感謝……かな。
「それはそうと、リグハイン砦のダンジョン。アレまだ攻略されてないんだってさ。だけど、クリアする前に今週ので取り返されたらマズイよなぁ……」
ザキは歩きながら空を見上げた。
苦労して奪取した領土。
そこで発見されたダンジョンを巡って、両陣営共に激しい戦いを繰り広げたのだった。
私達の領土ではかろうじて勝利できたけど、他の領土戦はことごとく敗北したという我ら神聖王国陣営に取って苦い経験でもある。
「明日……。リシアは参加する?」
私は背後を見上げた。
リシアもエクステンドオンラインをプレイしてるはずだから、訊いてみた。
「ん~。アタシはパス」
と、リシアはそれだけ答えた。
長丁場だし、そういう事もあるか。
侵攻クエスト。
参加するかどうか、明日ソディス達にも訊いてみよう。
次回、第6章プロローグの投稿をもって、またしばらく更新をお休みします。
26日午後8時投稿予定です。
第61話『暗闇に蠢く者達』
お楽しみに!