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ミケのオンラインリハビリテーション  作者: 白ネコ扇子
第5章・シナリオクエスト 新たな仲間と温泉郷の獣
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59・湯けむりと肌色

「よお、おんしら。さっき言い忘れた事があってな」


 あの後、私達は無事シナリオクエストをクリア。その旨を通知するメッセージがウインドウに表示された。

 次のクエストタイトルは『古の都。湖上の城を解き放て!』だそうだ。


 それから私達は霊峰レドナを降り、麓の温泉街・レドカンナへと戻ってきた。


 ちょっと待ってほしい。

 さっき感動的なお別れをしたばかりだったはずなんだけど。

 町外れのダンジョンの入口で、見覚えのある老人がこっちに歩いてきた。元気に手を振っている。


「なんでいんのよッ!!」


 フォルマージさんが膝を着いて思い切り地面を叩いた。

 普段落ち着いているフォルマージさんが取り乱している。ちょっとビックリした。


「先程振りだな。拳雄カンナよ」


 なんでソディスは平常運転なんだよ。


 そう。さっき光になって消えていったはずの拳雄カンナが、何故かここにいるんだ。


「ほら、俺はレドニレアと違って不死身だからよ。時間が経てばホレこの通り元通りなのよ。それに俺守り神やってるからここを離れられねぇし」


 訊いてもいないのにカンナは答えた。

 もうここで再戦してやろうかとも思ったけど、ぐっと堪えた。

 私の感動を返せ。


「一応訊くけど、あんたがここを離れると何かあるのか?」


 グラノが何となく訊ねた。


「おう! この山から湧く温泉は元々レドニレアの血を長年大量に受け続けてできたもんなんだ。だからか、加護でほどほどに抑えてる神獣がここを離れると……温泉が爆発して山が消し飛ぶ」


「温泉が爆発して山が消し飛ぶ!?」


 何気なく言うな、拳雄カンナ。

 バジルが凄い顔して飛び上がったぞ。


「困りますもんね。温泉に入れなくなっちゃったら」


「……せっかく苦労してここまで来たのに、温泉が無くなったら運営に苦情を入れてるよ……」


「美肌が損なわれるのは大きな痛手ですからな」


 けろっとした顔で頷くシェルティと、腕を組み口を尖らすジノ。顔に疲れが浮かんでいる。

 頬を両手でさするカルネ。

 温泉が大事なんだ。


「さて、依頼の報酬をもらおうではないか」


 ソディスが前に出た。


「おう、それだ! サル退治の報酬は情報だったよな。俺もそれを伝えたくて待ってたんだ」


 しかも先回りかよ。

 茫然としているみんなを置いて、ソディスとカンナは話を始めていた。

 誰も気にしてないけど、アシンさんなんて目と口を開けっ放しで固まってるんだぞ。可哀想に。


「さっき渡した朱炎鉱。あれな。そのまま装備品に加工しても【体力+2%】の効果があるんだが……確かぁ~……」


 自信満々に始めたのに、ボサボサの髪を掻きながら唸り始めたぞ。老人だから記憶が曖昧になってるのか?


「そうだ。あの娘は剣の飾りに赤い宝石を組み合わせてたんだ。それで剣の性能が上がるらしい」


 「よくはわからねぇが」と、カンナは付け加えた。


「赤い……宝石」


 ふと私は手首を返し、右手の甲に輝く石を見た。


「武器、鎧に関しちゃ俺は門外漢だ。だが、俺にもそれだけじゃ不完全だってくらいはわかる。かつての時代、北の都に名匠と呼ばれた武器職人がいたと聞いた事がある。なんぞ魔導や錬金術をも修め、どんな素材でも扱えたそうだ」


 カンナは腕を組み、小さく唸りながら記憶を手繰り寄せる様に目を閉じた。


「名は確か『ツァーン・ビュルステ』といったか。まぁ、だいぶ昔の話だ。けど、手がかりくらいは残ってるはずさ。気が向いたら調べてみるといい」


 私の籠手に組み込まれた赤い宝石。ドラゴンハート。

 これもシナリオクエストの達成報酬として入手した物だ。

 そして、それをギネットさんに籠手として加工してもらったんだ。

 そのままでも【筋力+2%】の効果があったが、装備品に加工する事で【攻撃力+5%】に変化した。

 恐らく朱炎鉱もドラゴンハートと組み合わせる事でより大きな効果に変化するのだろう。


 いや、これでは「不完全」だというのだ。ならば、それだけじゃないのかも知れない。


「確かに伝えたぜ。あの娘も北の都に向かったんだ。あの頃、王都だったエルトリアは既に陥落しててよ。アイツはその背後を突く為に霊峰レドナを越えようとしていたみたいだったな。今はティーア山地の街道を通って正面から行けるはずだ」


「そうか。拳雄カンナ。世話になったな」


 ソディスはそう笑いかけると、カンナも笑みを返した。


「俺はいつでもここにいるからよ。また闘いたくなったら遊びに来な。プラクティスモードで決闘申請すれば闘えるんで待ってるぜ!」


 最後にそう言うと、カンナは私に笑いかけた。白い歯を剥き出して、まるで

少年の様に。


 そうして、私達は霊峰レドナを背にその場を後にした。




「さて、お待ちかねだ。皆湯に浸かり旅の疲れを癒そうではないか」


 宿に戻って、ソディスがみんなを見渡しながらそう言った。


 私もジノを一瞥して頷いた。

 長時間歩く苦行にジノは最早風前の灯火だった。シェルティの肩にもたれかかり、かろうじてぶら下がっている有り様。既に呻き声すら枯れていた。


「あぁ~……。やっとお風呂に入れるうぅ……!」


 フォルマージさんは頭上で手を組んで伸びをした。

 フォルマージさんだけじゃない。みんなクタクタだった。

 もちろん、私も。




「ミケさん、ミケさん! 広いです! プールみたいです!」


 脱衣場の扉を開け、シェルティが目と周囲を漂う小精霊を輝かせて振り返った。


 ほのかに香る白い湯気が肌をふんわり包む。

 広い露天風呂からその外を覗くと、やや傾き始めた陽に彩られた山々が目に飛び込んできた。

 視界の下方では谷川の青く透き通った流れが心地よい音を奏でている。


 露天風呂ではインスタンスダンジョン同様、外部からこちら側を知覚する事はできない仕様になっている。

 同じパーティやクランメンバー、レイドを組んでいれば一緒に入る事が可能だ。


 で、子犬みたいにはしゃいでいるシェルティは既にスッポンポンだ。


 普段のフィールド上ではどんなにダメージを負っても胴体部分の衣服はある程度以上破損しない仕様になっている。

 当然性能的には低下するが、それでも見た目は全年齢対象のゲームなのでしっかりと保護されている。

 特に下着だけは絶対に破損はもちろん、脱ぐ事も不可能だ。


 しかし、ここお風呂ではその限りじゃない。

 全裸OKだ。

 しかも、私の呪われた装備も解除可能なようだ。さすがにずっと右半分マイクロビキニで過ごすのは遠慮したい。ちょっとした裏技だった。


 一応見られたくない場合(どことは言うまい)【湯気】、【黒塗り】、【モザイク】、【タオル】、購入していれば【水着】などで自動的に保護される様に設定も可能。見たくない場合も同様だ。

 黒塗りとかモザイクとか、かえって下品になってしまう気もするんだけど……。

 私はタオルに設定した。シェルティは湯気だ。

 ゲーム内じゃ体は汚れない仕様だから、体を洗わずに湯船に直行しても、タオルのまま入っても大丈夫だ。リアルじゃやっちゃダメだよ。


 外の景色に歓声を上げながら、シェルティはこちらに手を振っていた。


 いつも重い大鎌を振り回してるとは思えない細い腕と、元気良く走り回る白い脚。

 小さなお尻と、花の茎を思わせる華奢でくびれた腰は折れてしまいそうな程に細く儚い。

 いつもは髪留めでサイドテールにまとめている髪も、今は下ろしている。顔にかかった髪で何となくいつもと違った表情を見せていた。


 長い髪から覗く肩甲骨とすらりと薄い背中。

 振り返ってその正面が露になると……シェルティ、君意外と着痩せするタイプだったんだ。


「ミケさ~ん! 早く早く~! とうっ!」


 シェルティは軽く柔軟体操をすると、腕を伸ばして湯船に飛び込んだ。プールじゃない。


「うぼあ~! 水面にお腹を打ちました! 痛いんです!」


 鼻と口からお湯を吐いては垂れ流しているシェルティ。

 捻りを加えて華麗に飛び込んだシェルティだったが、結果は無様を晒したに終わったようだ。

 もちろんここまで全部全裸だ。何やってるんだ。


 私も大きな自然石でできた湯船の縁に腰かけ、爪先でお湯に触れた。

 ミルクの様に真っ白なお湯。

 足首からふくらはぎ、太ももとお湯に浸かっていくと、足の先からゆっくりと痺れる熱が這い上がってくる。

 そうして肩までとっぷり沈み込むと、私はほうと一息ついた。


 私は右手を突き出し、お湯から出した。


「むう」


 小さく細作りに見える腕。

 雫が流れ落ちていく右腕を見て、私は小さく唸った。


 温泉は久しぶりだ。

 子供の頃旅をしていた時にお父さんが振り当てた温泉に入って以来。

 あの頃と今もほとんど体型が変わっていないのは気にしない。

 だけど、物心ついた頃から鍛え上げ、絞りに絞って筋繊維の一本一本を限界まで凝縮した鋼の様な肉体だ。

 一見ひ弱に見えなくもないが、私の筋力は男性アスリートにだって勝るものとなっている。


 お湯の中に隠れた子供みたいに小さな体。

 細く薄い体だけど、無駄なく均整の取れた肢体。身長こそ無いものの、脚だって比率では長いんだから。

 薄っぺらい胸板だけはいかんともしがたいけれど、実は自信と自慢に満ちあふれた体なのだ!


 もっとも、今は入院中でろくに動く事もできないんだけど。肌もすっかり白くなっちゃった。

 きっとすごく鈍ってるだろうな。鍛え直すのが大変そうだ。


 そんな事を考えていたら、お湯から頭だけ出したシェルティがすいすいとこっちに泳いできた。

 ついでにその頭にハービィを乗せて。ハービィも楽しそうだ。ここ、ペットOKなんだ。


「ミケさん。あれを見て下さい」


 と、シェルティはお湯から手を覗かせ、指を差した。

 その向こうには竹を組んで作った壁が、湯船の中から頭上高くまでを遮っているのが目に映った。


「あの向こうはひょっとして……男湯じゃないでしょうか!?」


 何やら興奮気味のシェルティ。

 やや血走った目で舌なめずりしている。ダメよシェルティ。女の子がはしたない。

 それより、お湯から出て私の正面で体を起こさないでほしい。

 目の前に突き付けられたたわわな果実に、私のかすかな自信と自慢が粉々に砕かれてしまいそうだ。


「ほら、うちの男性陣って中身アレですけど、ガワだけはかなり良いじゃないですか」


 あまりにあんまりな言いぐさだけど、頷けなくもない……。

 私も2人の姿を頭に浮かべ、しかしそれはいけない事の様な気がして頭を振ってかき消した。


 「どぅひひ……」と普段見せない下卑た笑みを浮かべ、シェルティの視線が溶かす勢いで壁をなめ回している。

 私はそんなシェルティの奇行を見ている内に、かえって冷静さを取り戻した。


「待ちに待ったお風呂だぁ~い! あ゛あ゛ぁ~……。なぁなぁ、ソディスぅ~。温泉って美肌の効果があるんだろ? ボクますます可愛くなっちゃうよ……。クランホームにも造れないかな、これ……」


「今日はご苦労だったなジノ。今宵は心行くまで堪能するといい」


 変な笑い声を上げるシェルティを尻目にお湯に沈んでいると、壁の向こうから声が聞こえてきた。

 もしかしなくてもジノとソディスだ。


 シェルティ。大層ご機嫌なのはわかったから、無言で私の肩を揺さぶらないでほしい。


「あら? ミケさん、シェルティちゃん。早いのね。先に入ってたんだ」


 扉を開けて背後から現れたのはフォルマージさんだった。

 普段は後ろで一本にまとめている髪を結い上げ、髪留めを挿している。

 一歩前に差し出した脚がピチャリと水を踏んだ。細く引き締まり、無駄のない肉の乗った健康的な曲線。

 体の前をタオルで隠しながら、しかし隠し切れない肌色がその豊満な凹凸を主張していた。

 私はこっそり泣いた。


「あっ、フォルマージさん。お先にお風呂いただいちゃってま~す。……ところで、モノは相談なんですけど……」


「なになに?」


 シェルティがニヨニヨと目を三日月型に曲げて手招きした。

 それを見て小首を傾げるフォルマージさん。胸の前でタオルを押さえながら、片足ずつお湯に浸かってこっちに来た。


 ゴニョゴニョとシェルティがフォルマージさんに耳打ちすると……。


「マジか」


 フォルマージさんどうした。

 元々鋭い目つきがさらにつり上がり、生唾を飲み込む音が聞こえてきた。


「ミケさん。聞いてください。いいですか――」


 シェルティが顔を寄せ、フォルマージさんと私も3人集まって小さく声を潜めた。


 どうやら入場中の全員の同意が得られればこの壁――シェルティが掌で力強く叩いた――を取り払い、なんと混浴にする事が可能なんだとか。

 当然、向こう側でも同様の操作をしてもらわなければならない。

 一応混浴には年齢制限があり、15歳以上限定となっている。

 あと、混浴になったと同時に全員自動的にタオル、または水着が装備される。異性への接近も50センチメートル以上は不可。お触り禁止だ。


「私は年齢制限ギリオッケーですし、確かジノくんも大丈夫だったと思います」


 シェルティもフォルマージさんも既に手元のウインドウから「混浴」の項目をオンにしていた。

 2人共強く視線で私にもそれを促してくる。

 私はしぶしぶそれに応じ、手元にウインドウを開いた。


「ミケ、シェルティ、そこにいるのか? せっかくの壮大な眺めではあるが、いかんせん無聊な壁により視界が半分しかないというのは少々もったいない。ミケよ」


 つまり壁を取り払え、という事だよね。

 というか、私を指名するな。きっとこっち側では私が最後だとわかってて言ってるんだろう。

 シェルティとフォルマージさん。無言でバシャバシャ暴れないで。


 ムッツリソディスめ。やっぱりアイツはムッツリだったんだ。初めてアイツの顔を見た時からムッツリだと思ってたんだ私は。


「ジノ。手を出せ」


「うん~ん……? 別にいいけど。ホラ……ボクの可愛く美しい手を取れる事、光栄に思うといいフフン……って混浴!? おいちょっと待……ッ!」


 なんだか男湯が騒がしくなったと思ったら、急に壁が霞の様に消えて無くなった。


「!!!」


 そこに現れたのは、タオルで腰のわずかばかりの面積を隠しただけの2つの裸体。


 カラスの濡れ羽色の髪を垂らし、その肌は白磁の様に白い。

 そうあるべきと神に導かれて大理石から彫り出されたと思わせる完璧な肉体。長身の体にまとった細身の筋肉を一滴の湯が伝い、流れ落ちていく。

 まるで神話の世界から現れた様な男の姿。


 その男に手を引かれたまま、こっちを見つめている青い髪の少年。

 その少年のたおやかな花を思わせる繊細な体は、見る者に背徳的な思いを想起させてしまう罪深さを孕んでいた。

 少年はその仔鹿の様なほっそりとした体を震わせ、無駄だとわかっていながらそのか細い両腕で隠した。

 そうして、顔を赤く染めてその場にしゃがみ込んでしまった。


「ミ、ミケさん……。うちのクランって男性陣の方が私達より色気あるじゃないですか。でも、正直想像以上です……。鼻血出そう……」


 シェルティが満足そうに微笑みながら、鼻を押さえてお風呂に沈んでいった。

 あと、自然な流れで私も含めたよね。


「うおっしゃあああぁおらああ~ッ!!」


 ひえっ。フォルマージさんが野太い雄叫びを上げた。

 バスタオル姿で天高く掲げた拳。それを思い切り脇腹付近まで引き下ろして強く、強く握り締めた。

 興奮のボルテージが天井を振り切っている。状況を冷静に俯瞰し、的確な判断で皆を支えているいつものフォルマージさんは死んだ。


 沈みかけたシェルティを抱き起こし、しかし私はこの状況にただおろおろとする事しかできずにいた。

 

「えっ!? パラダイス!?」


「肌色が眩し過ぎますぞ!?」


「うわっ!? フォルっ!?」


「ギャーッ!? なんでアンタ達までいるの!?」


「いるに決まってんだろ!?」


 男湯の扉から現れたレッドピースの男性陣。

 最初から混浴のスイッチをオンにして入ってきたんだな。みんな。アシンさんもムッツリだったか。


 さっきあれだけぶっ壊れてたフォルマージさんもよく見知った顔を見てか、急に恥ずかしさが戻ってきたようだ。体を腕で隠し、顔を赤らめて狼狽している。


「おや? ワタシのスーパー観察眼によりますと、リアルよりウエストが2センチ細いですな」


「ゲーム始めてから太ったんじゃねぇのか?」


「……あまりそういうデリケートな話題は避けてあげようよ」


「うっせぇええーッ!!」


 フォルマージさんが風呂桶を投げつけ、木を打つ気持ちの良い音が響いた。

 カルネの気持ち悪い観察眼と、バジルの無遠慮な一言が突き刺さる。

 アシンさんのフォローになってないフォローでフォルマージさんがキレた。


 状況はさらに混沌としていった。


「賑やかな湯も良いものだな」


 私は手を胸の前で組んで死んだ様に眠っているシェルティを床に横たえた。

 すると、私の隣にソディスが座った。

 ソディスはギャーギャー走り回るレッドピースの面々を眺めたまま、いつもの澄まし顔で足を湯船に浸した。


「うん」


 私も湯船に腰かけると、前を向いたまま返事をした。


 ふと笑みが浮かんだ。


 今こんな騒がしくも楽しい一時を過ごせるのも、ソディスに誘ってもらったおかげだ。

 シェルティと再会できたのも、ジノと知り合えたのも。

 1人ではありえなかったその喜びに、私はちょっと感謝してる。


「此度のシナリオクエスト。無事誰一人欠ける事なくクリアできた事。レッドピースという良き縁を運んできてくれた事。皆ミケが我らがクランに来てくれたおかげだ。嬉しく思っている」


 私がソディスに感謝の言葉を思い浮かべていたら、ソディスの方から先に言われた。

 いきなり真顔でそんな事言われると、照れる。返事に困るじゃないか。


「さて、今回手に入れたこれだが」


 私が何て返そうか頭を悩ませていたら、ソディスがおもむろにアイテムボックスを開いて中身を取り出した。

 切り替え早い。ムードもへったくれも無いな。ソディスらしいと言えばソディスらしいんだけどね。

 私はちょっぴり吐息を漏らしつつ、ソディスの掌に現れたそれを見た。


「それは……朱炎鉱?」


 ソディスはオレンジ色の光を放つその不思議な鉱石を床に置くと、それを私の方に滑らせた。

 朱炎鉱を手に取ると、私はその温かな色の金属塊を日の光にかざした。


「ミケ、レドナにて解読した石碑の内容を覚えているか?」


 私は頷くと、一応保存しておいたスクリーンショットを並べて見せた。


「石碑の内容は神獣と人々との関わり、その歴史。それは神獣の行動パターン、攻略法に通ずるものだった」


 私は相槌を打ち、頷いた。

 ソディスがそれを見抜いたおかげで反撃できたんだ。


「しかし、中にはいくつか攻略法と関係の無い石碑がある」


 ソディスはスクリーンショットに表示させた文面のいくつかを指差して選んだ。


「神獣の力と呪いについてのものだ。それはすなわち神獣の血によって与えられたもの。今この時代、神獣の血を受けたものの内現存するのは拳雄カンナ、神獣の子供達の骸、そして――」


「これ……」


 私は手の中で輝く朱炎鉱を一瞥し、ソディスを振り返った。


「そう。すなわち、朱炎鉱の扱い方について記されていると見て間違いない」


 龍の心、ドラゴンハートを思わせる記述のあった石碑も見た。

 確か、これだ。


『獣は命を奪い、また与えた。その大いなる力に寄り添う事叶わず。その手に届くのは龍のごとき強き心を持つ者のみ』


 これはドラゴンハートと朱炎鉱を組み合わせる事を示唆しているのだろう。

 カンナからそれに類する発言もあったし、これらは必要な素材やその在処を指し示しているのかも知れない。

 他のソディスが見つけた石碑にもまだまだヒントが隠されているはずだ。


「これにカンナから得た情報を合わせれば朱炎鉱の……それによってもたらされる装備品の真価を発揮できよう」


 北の都エルトリア。そこにかつていたとされる名匠ツァーン・ビュルステの存在。

 石碑を解読しただけじゃダメ。ソディスがカンナと交渉し、情報を引き出してくれたおかげで初めてたどり着けた結論。


「次のシナリオクエストの舞台、古都エルトリアに行けば全ての答えが得られるという訳だ」


 ソディスはそう言いながら、楽しそうに笑みを浮かべた。


 なら、私も強くならなくちゃ。

 今回の戦いでいくつか課題が見つかったし。レベルも上げないとね。


「そうなると、我輩もレベルを上げねばなるまいな。そういえばミケ、今回のクエストでレベルはいくつ上がった?」


「2、上がって22になった」


 私はそっけなく応えた。だけど、ちょっぴり高くなった声に隠し切れない嬉しさが出てしまっていたかも知れない。


 それは今回ある実験をしていたのと、その成果が出たからだった。


 私はアイテムボックスから1つの懐中時計を取り出し、ソディスに見せた。

 銀色の鎖がサラリと掌から流れ落ちた。

 少しくすんだ黒銀色の時計だ。


「それは重畳。まさかジャイアントキリングボーナスの最高ランク報酬がこの様な物だったとは。素晴らしい発見だ」


 これは先日の侵攻クエストで入手したアイテム。3つの内、その1つだ。

 ジャイアントキリングボーナスの最高ランクは50レベル格上プレイヤーの討伐だ。

 52レベル差のダークルーラー・ルルドを倒したおかげで入手できた。


 蓋の中央は窓の様に開いており、青いクリスタルの文字盤と、その奥に内部の機械仕掛けが透き通って見える。

 ボタンを押して蓋を開けると、青銀色の針が静かに小さな鼓動を刻んでいた。


 しかし、よく見ると針は1本しかなく、その動きは時計とは反対方向に進んでいる。


「『グロウブルー』といったか。時計というよりタイマーに近い。『1時間取得経験値が倍化』する機能とは、この世界では得難い珍しいアイテムであるな」


 ソディスはグロウブルーを覗き込むと、小さく感心の声を漏らした。


 その機能のおかげで、1時間限定だけど経験値がたくさん入ってくる様になったんだ。

 取得経験値が半分の龍人族の私でも、これで人並みの成長ができる様になったのはとても大きい。

 おかげで侵攻クエストの時程ではなくとも、今回2レベルもの大きな成長を遂げる事ができた。


「そして、今は効果時間が終了し、針が巻き戻っている……と。この早さからするに、クールタイムが完了するのはおよそ2時間といった所か」


 それと、2つ目。

 こっちはジャイアントキリングランキング1位の景品。

 私はアイテムボックスからやや黒みを帯びた、鈍く輝く立方体を取り出して見せた。


 1つの領土に参加したプレイヤー全員の順位に応じた経験値と、上位者にはアイテムが与えられる。

 ボーナスで最高ランクを叩き出したのは私が初めてだったそうなので、当然これもトップは私だった。


「これ、ソディスわかる?」


 それを床に乗せて差し出した。

 私には正体不明の金属鉱石としかわからない。


 アイテムはある程度レベルが上がらないとその性質、性能がわからない物がある。

 回復ポーションでさえ適正レベルがあり、より上位のものはそのレベルに達しないと使用できずエラーとなる。

 ちなみに私が今使用しているのはレベル10から使用可能な「低級ポーション」で、1つ上の「中級ポーション」が解禁されるのはレベル25からとなっている。レベル22の私ではまだ使えない。


「ランキング報酬はその領土レベルに合ったアイテムがランダムで授与される。だがしかし、1位ともなればそれより高いレベル帯のアイテムが得られる故に、時としてなかなか珍しい物が手に入る事がある」


 ソディスは金属塊を手に取ると、クルクル回しながらもったいぶってそれを観察していた。


 『鑑定スキル』を使用してるみたいだ。

 クレアトゥール固有のスキルであり、より詳細な情報を得る事ができる。

 熟練度を上げればより高レベルのアイテムも鑑定可能となる。

 レベル20台後半でしかないソディスだけど、スキルの熟練度はかなり高いようだ。

 

「ミケよ。喜べ。当たりだ。これは『魔霊銀・デミスリルム』という。30レベル台前半のリグハインでこれが出るとは思わなんだぞ」


「いいもの?」


 私はやや興奮気味に、その鉱石を眺めるソディスの顔を見上げた。


「もちろんだとも。これはおよそレベル40前後からの装備に使われる素材だ。しかし、重量の割に性能が高く、良い造りの物ならばレベル50程まで使える代物である」


「うん……?」


「『偽ミスリル』とも呼ばれ『精霊銀・ミスリル』の下位素材ではあるが、ミスリル同様魔力の増強と魔法防御力にも優れている。特に『魔霊銀』の名の通り闇属性値はミスリルをも上回る」


 楽しそうに話すソディスだったが……。


「……結論」


「今のミケには扱えん」


 ハズレじゃないか。


 装備品も【装備重量】、【必要魔力量】以外に、【レベル制限】も設けられている。適正レベルに達しないと装備できない。

 ゲームを始めたばかりの初心者が、いきなり最強の装備を身に付ける事はできない仕様だ。

 ただ、所持や譲渡、加工は誰でも可能である。

 ポータルがある時点で簡単に初心者でも上級アイテムが入手可能である故、ゲームバランスを取る為の措置だろう。

 ちなみに、デミスリルム製の装備が可能なのはレベル38以上となっているそうだ。



「確か、今の決闘狂の装備もデミスリルム製だったな」


 ガックリと肩を落とす私の横で、ふとソディスが呟いた。

 あの侵攻クエストの日、その最後の戦いを私は思い出した。

 その相手の装備と同じ素材がここにあるなんて、ちょっと因縁めいたものを感じる。


 そして、その日最後に手に入れた物がこれだ。

 虹色に輝く水晶の様な宝石。

 その決闘狂ベリオンとの決闘の果てに私が勝ち取った物だった。

 デッドオアアライブモードの決着では、特に指定しなければ敗者の所持するアイテムがランダムで勝者に1つ譲渡される。


「何故……こんな物が」


 それを見せた時、ソディスの表情にわずかな困惑の色が差した。


「これ、ベリオンが持ってた。これも珍しいもの?」


 そんなソディスの様子に、私は少し首を傾げた。


「……珍しいと言えば珍しい。これは『セーブジェム』という。フィールドでもダンジョンでも、ログアウト時にこれを使用すると1度だけその場から再ログインできるという効果がある」


「それ……侵攻クエストで使える?」


 そんな便利な物があったら侵攻クエストで絶対的に有利に戦える事になる。

 あり得ないとは思ったが、口に出ていた。


「使えない事はない。……が、現実的ではない。ある場所で必ず入手できる物でもあるのだが、そもそもプレイヤーに流通している絶対数が少ないのだ」


 必ず入手できる場所があるのに? という事は、その場所はまさか。


「これはジオビーストのドロップアイテム。空白地帯を埋めた時にのみ入手可能な物なのだ」


 現在、各陣営全て合わせた領土の数は数百に上るらしい。

 しかし、その希少性に気付く前に既に使用された物も多いそうだ。

 しかも1個につき1人にしか効果を発揮しないという。

 なので、たった1つの領土でも百人以上ものプレイヤーが動員される侵攻クエストではほとんど意味を成さない。

 オマケに使用可能なのは「自陣営の領土」か「空白地帯」のみに限られる。敵領土の奥深くから奇襲、という事はできない仕様だ。


「故にもっぱら長丁場になるダンジョン攻略で重宝されているのだが、決闘狂がダンジョン攻略とは不似合いな……。ふむ……」


 ソディスは顎に手を添え黙り込んだ。


「行っきますよぅ~! ハービィ! 風のブレスです!」


「クア!」


 少し離れた場所から聞こえてきた喧騒。

 いつの間にか復活していたシェルティと、その指示でお風呂のお湯を津波の様に吹き飛ばしたハービィ。


「負けるなお前達! ボクへの忠誠を証明してみろ!」


「任せてジノちゃん!」


「おっしゃあ!」


 反対側ではグラノとバジルを従えたジノ達が風呂桶で懸命にお湯をかけている。

 というか、なんでジノは胸元までタオルで覆ってるんだ。まさかまだ性別がバレてないのか。

 だけど、こうして見るとフツーの女の子にしか見えない。

 ……私だって負けないもん。


「弓矢隠し技、水造りの矢っ!」


 湯船のお湯を掌にすくうフォルマージさん。それを頭上高く構えて肩を後ろに引き、おもむろに太ももを上げた。

 そして、重心を一気に前へ倒し、上段から思い切り腕を振り下ろした。


 濡れた体を隠すにはあまりに頼りない面積しか用意されていない一枚の布。

 しかし、大胆に振り上げた脚に添って裾は上がり、めくれていく。

 そして、ついに最後の一線を取り払い、その内に秘められた柔肌が――。


「見え……見え……アウチッ!! 待ってワタシは味方ですぞ!?」


「痛ッ! ちょ……っ、強い強いっ!」


「散弾かよ!? アダダダッ!?」


 投げられた水の礫が3人を打ち叩いた。

 見事な投球フォーム。そこからナイスピッチされたお湯がもの凄い勢いで3人を襲ったのだった。

 ただ凄く強く投げただけだ。技とかじゃない。


「んふ~っ!」


 フォルマージさんは満足そうに鼻息を吹いた。


「相変わらず良い球投げるなぁ。フォルは」


 お湯の嵐渦巻く戦場から逃れ、私達の対岸でゆっくりお湯に浸かっているアシンさん。


「球……?」


 じゃないけど、良いフォームだった。


「ああ、フォルは小学生の頃、少年野球チームに入ってたんだ。大会でも結構凄い成績残してたりしてたっけ。そこでフォルはピッチャーを務めてたんだよ」


 私が頭にクエスチョンマークを浮かべていると、アシンさんが説明してくれた。

 通りで。

 そういえば、ザキ達の少年野球チームも男女混成のチームらしい。小学生のリーグでは男女一緒にプレイしてるんだって。


「中学に上がってからはアーチェリーを始めて、高校では全国大会決勝まで進んだんだ。今はクレー射撃をやってるよ」


 並々ならぬ経歴だ。

 動いてる的や走りながらでも高い命中精度を誇っていたのは、こうした経験を積み重ねてきたからこそあったものだったのか。


 おや、そういえば。


「2人は……幼なじみ?」


「そういえばもうずいぶん長い付き合いになるかな……。親同士が仲良くて、だから物心ついた時には隣に居たって感じだね。懐かしいなぁ……あいつあれで可愛い所もあって、小学生の頃俺に――」


 そう笑顔で口を開きかけたアシンさんだったが、その顔のすぐ側に水の弾丸が炸裂した。

 額からずり落ちたタオルにも気付かないくらい縮み上がったアシンさん。

 そんなアシンさんの前に立ちはだかった影。

 その影――フォルマージさんが笑って言った。


「何でもない」


 フォルマージさんはそれだけ言うと、湯船をかき分けながらまたお湯をかけ合う戦場に戻っていった。


「……話はこれくらいにしておこうかな。はは……」


 えー。小学生の頃に何があったのか聞きたかった。

 ……とは、すっかり萎びた草みたいに青くなったアシンさんには、言えなかった。


「うわわわわ……っ! ボクの可愛い兵隊達がぁ~……!」


「ふ~ふっふっふぅ~っ! そろそろ負けを認めたらどうですかぁ? ジノく~ん!」


 容赦なく襲いかかる水の弾丸に逃げ惑うグラノとバジルと、追い詰められたジノ。

 対称的に、高らかな笑い声を上げて仰け反っているシェルティ。

 その両脇を固めるフォルマージさんと、何故か逃げ惑っているカルネ。

 ハービィもその傍らで元気に飛び回っていた。


 最早勝敗は決しようとしていた。

 ちなみにシェルティは何もしてない。


「さぁ~あ、覚悟はいいですかぁ?」


「うぐぐぐぐ……っ!」


 既に守りは無く、丸裸にされたも同然のジノ。

 そんなジノににじり寄るシェルティとフォルマージさん。あとカルネ。


「ギャピィーッ!?」


 しかし、そのカルネの体をお湯の礫が弾き飛ばした。

 変な叫び声を上げて湯船に転がり落ちたカルネ。


「ジノ。加勢する」


 私は左右の掌でお湯をすくい上げて、それぞれフォルマージさんとハービィに投げつけた。


 白熱した勝負を観ていたら私も参加したくなったのだ。

 4対2。相手に取って不足はない。


「くっ! ミケさんが相手か……! これはわからなくなったわね」


「キュウ!」


 2人共紙一重で飛び退き、お湯を躱した。

 私が立ちはだかった事に唸るフォルマージさんだったが、その顔は好敵手にまみえた喜びに踊っていた。


「ミケぇえぇえぇ……っ」


 か細い声を震わせながら、ジノが諸手を上げてこっちに来た。すがる様に私の影に隠れるジノ。

 子猫みたいに震えるその姿は、なんだかグッとくるものがある……。


 そんなジノを背中に庇い、私は両手にすくったお湯を再び構えた。


「あわわわわわわ……っ! ミケさんが敵に回っちゃった。どうしましょう!?」


「シェルティ。……覚悟」


 再びキャーキャーと歓声やお湯を飛ばし合いながら、私達は温泉を堪能した。

 ちょっと本来の楽しみ方とは違ったけど、まぁいいか。


「ソディス……?」


 私はソディスも、と呼ぼうとした。


 しかし、そんな私達を他所にソディスは1人ただ静かに何か考えているようだった。

 邪魔しちゃ悪いかな、と私はそれ以上声をかける事をしなかった。



 私達は、この時まだ誰も気付いていなかった。


 ソディスが間もなく訪れる最悪の危機に、ただ1人戦い始めていた事を。

 次回投稿は19日午後8時予定です。


 ついに今章最終話。オフ回になります。


 次回第60話『幼なじみ』


 お楽しみに!

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