6・買い物
再び始まりの町アルバへと戻ってきた。
途中、現れたグレイスラビットを「殺さないで! この子は悪い子じゃないの!」と必死で庇うルクスが首を噛み切られ、死にかけた以外問題はなかった。
「俺はクエストの用事を済ませてくる。とりあえず各自自由行動。集合は30分後でいいよな?」
スフィアルがそう言うと皆頷いた。
ゲーム内でも時間が進むと太陽は傾き、空も少しオレンジ色が混じり始めていた。
アルバの町には屋台も含め様々なお店がある。
道具屋や武器、防具屋などRPGにある基本的な店や、他にもこのゲームで体験できるいろんなサービスが一通りそろっているらしい。
このエクステンドオンラインの世界をとりあえず色々味わってもらいたいという運営の計らいのようだ。
「ミケはどうする? せっかくだし、買い物に付き合ってやるよ」
ルクスが笑顔で提案してきた。きっと暇なんだろう。
まぁ、まだわからない事はたくさんあるだろうし、付いてきてもらうよう改めてお願いした。
「好きにしろ。あまり初心者を振り回すなよ」
と、スフィアル。
「じゃ、私達も出かけてくるから。ルクス。ミケさんに変な事教えちゃダメだからね」
「信用ないなぁ」
「ハッハッハッ。それがルクスの良い所だ」
「さすがベイブはわかってくれるよな」
リラ、ベイブもそう言うと、それぞれ解散していった。
そうして到着したのは防具屋。
扉を潜ると、重厚な鎧兜が並ぶ店内に目を見張った。鎧兜だけでなく、様々な衣服も取り揃えてあり、服屋としてもなかなかにオシャレだと思った。
「ミケは魔法職だから、武器よりまず防具を揃えた方がいいよ」
ルクスが店主に話しかけた。どうやら所持金を伝えるとおすすめの商品を教えてくれるらしい。
通貨の単位は『リッチェ』というようだ。棚に並べられた商品にリッチェと書いてある。
初期装備と同じシャツが100リッチェ。……高いのか安いのかまだイマイチわからないな。
しかし、ブッシュコボルト3体を倒した程度の戦果しかないので財布の中身は寂しい。
と思ったら、ゲーム開始時に準備金としてある程度の金額が持たされているようだ。一応最低限の準備はできる金額を持っていたので、店主に伝える。
「ん……」
「どした?」
「今の装備と変わらない……」
「……少しくらいなら足してあげようか? 」
渋い顔をする私を覗き込んで、ルクスが言った。
さすがにそれは辞退した。でも、あと少しあれば服の上に装備する『外装』が買えそうなんだけど。
外装とは防具のメインとなるもので、【物理防御力】の高い「鎧」、【魔法防御力】の高い「ローブ」、その中間型の「コート」がある。
基本的に誰でもどんな装備を身に付ける事は可能である。
ただし、装備品には【重量】が設定されており、基本的に物理防御力に比例して重量も増えていく。
装備する為にはステータスの【筋力】値の範囲内に全装備の重量を収めなければならない。
それを超えると体の動きが鈍くなったり、【スタミナ値】の消耗が早まるなどのペナルティが発生する。
筋力って装備にも関係するのね。
その他にも【装備に必要な魔力量】があり、魔法防御力の高いローブなどは比例してそれが高い。
こちらは【魔力】値を超えると【MP最大値】、【魔法攻撃力】、【魔法防御力】が著しく減少する。さらに装備品に特殊な効果があった場合、その機能が発動しないペナルティがある。
【スタミナ値】とは、走ったり戦闘などの激しい動きをした時に減少する値。
半分を切ってくると徐々に体の動きが悪くなっていき、尽きるとほとんど動けなくなる。長期戦には注意が必要だ。
時間経過で回復し、座ると回復が早くなる。寝転がるとさらに、という仕様。
【体力】次第でスタミナ値は増加する。だけど、強い装備で重量が増加すると結果的に活動時間はトントンみたい。
ミスティックマスターは魔法職にしては魔力が乏しく、筋力も低いので結局良い装備ができず防御力は低い。
と、ルクスが自慢気に教えてくれた。
なので、選択肢は中間型のコートに絞られる。
ちょうど目の前にあったグレーのトレンチコートなんて良さそうだ。
ふと閃いた。
RPGではこういう時、古い装備を売って下取りしてもらっていた。
店主に話しかけ、提示された金額を見てみると足りる上に少しお釣りがくる!
すぐさまニコニコと「はい」を選択した。取引成立と同時に装備も自動的に完了するようだ。
コートを羽織った下着姿の変態が、ここに爆誕した。
くっ。殺せ!
「どうしたの? その格好?」
町を歩いているとリラに会った。
甘味処とノボリを掲げた屋台でバナナクレープを頬張っていた。仮想世界でも味が感じられるんだ。後で食べてみたい。
リラはルクスと歩く私を見つけると手を振って声をかけてきた。
だが、私の格好を見て頭に疑問符を浮かべた。
あの後散々笑い転げるルクスをポカポカ叩いたが、町の中ではダメージが入らない仕様らしい。痛くもかゆくもなさそうなルクスにさらに腹が立った。
申し訳なさそうに「新しい装備を買ってあげようか?」と提案してきたが、断固として拒否した。
買い戻そうともしたが、新規購入の値段となるので泣く泣く断念した。
こうなりゃ意地だ。自分でお金を稼いで良い装備を買う!
こうして今、私は股下丈のちょっとカジュアルなトレンチコートを、カッチリ前を閉じて着込んでいるという格好だった。
「なんで裸足なの?」
リラの追撃。
コートの下から無防備に伸びる脚。何も身に付けず、靴すら履いていなかった。足下から頭の天辺までじっくり見ていたリラ。
そして、ついに私の格好の正体に気が付くと、みるみる顔を赤くしてワナワナと震え始めた。
「ルル、ルクスッ!? アアンタななななんて事してくれてんのッ!?」
「ちょっ、オレじゃねーし!!」
やめて。騒がないで。この格好で目立ちたくない。
どう見ても変質者だからほんとやめて。
「まぁ、そういった格好になりたい人物もいると聞いた事があるぞ。わかってあげよう! ハッハッハッ!」
いつの間にかベイブも合流していた。
「ち、ちがう……。 ご、誤解……!」
必死で弁解しようとしたが、全く自分のペースを乱さない。ダメだコイツ。人の話を聞かないヤツだ。
「おい、何騒いでんだ? お使い完了。報告行く――」
そうこうしているとスフィアルも合流した。
スフィアルはこっちの格好を目にすると、一瞬で気付いた。トマトみたいに真っ赤になって、マッハで視線を反らした。必死に眼鏡を直す指がガタガタ動揺しているのが見て取れる。
なんだか目から何かこぼれそうだよ。顔が熱い。
私は手で顔を覆い、うずくまった。
なんやかんやあり4人に礼をし、別れを告げた。
出会ったばかりの人間に親切な良い若者達だった。ネットゲームだから本当に若者かどうかはわからないんだけど。
こういった良い出会いがあるのもネットゲームの素晴らしい所だと思う。
思う、けど。とにかく今は急いでこの場から離れたかった。
顔から火が出そうなんだ。このモヤモヤした感情をぶつける相手を求め、私は街道をひた走って行ったのだった。
後日、コボルト先生を暴行する変態が出たという噂が流れた。
次回は26日の午後8時に投稿予定です。