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ミケのオンラインリハビリテーション  作者: 白ネコ扇子
第5章・シナリオクエスト 新たな仲間と温泉郷の獣
59/87

58・真相

 神獣の胸から背中へ貫く、折れた大鎌の切っ先。


 舞い上がる赤い火の粉がやがて金色の光の粒へと変わり、神獣は膝を着いて崩れ落ちた。


「う……っ」


 私は仰向けに倒れたまま空を見上げた。光の飛び交う向こう、岩壁に開いた小さな空が少し眩しかった。


「ミケさぁ~ん! やりました~! ミケさ~ん!」


 シェルティがこちらに駆け寄ってきた。

 フラフラと頼りない足取りでやって来ると、しゃがんで私の顔を覗き込んだ。

 私はそんなシェルティの顔を見上げて、小さく笑った。半べそだけど、ちょっと誇らしげだ。


「うん。シェルティ」


 それだけ言うと、安堵と共に全身の力が抜けた。


 これまでで一番危ない戦いだった。

 まるで歯が立たない相手だった。それも得意の徒手空拳でだ。

 いや、もしかしたらそうではなかったかも知れない。

 今までも、ずっと省みなければならない事が私にはあったんだ。


 まぁ、確かに強い敵だった。お父さん程じゃないけどね。

 お父さんなら、たとえどんなに隙を突いたとしても防御されるまでもなく捕まって、おヒゲでジョリジョリされていただろう。諦めてチクチクするのを耐えるしかない。


 とはいえ、遠く離れた敵を貫くなんてさすがにお父さんにだって難しい。

 お父さんでさえ5メートル離れたロウソクを拳圧でバラバラに吹き飛ばすのがやっとだったっけ。


 くすりと笑いながら、私は改めてシェルティを見上げた。


 だけど、そのシェルティの様子が変わった。


「ミ、ミケさん……。今日何回目ですか。こういうの……」


 シェルティが強張った顔で宙を指差した。

 その震える指先の向こう。

 光と火の粉が渦を巻きながら一点に集まっていく。


 私はシェルティの震える手を握り、体を起こした。

 そして、三度立ち上がったそれに向かい合う。


「何度だって……倒してやる」


 私は足を踏ん張り、拳を固めた。


『いや、俺の負けだ』


 私が敵意を向けていると、しかし聞こえてきたのは穏やかな声だった。


 そして、集まった火の粉が形作ったその姿に私達は見覚えがあった。


「あれって……確か町外れのダンジョン前にいたじーさんだよな?」


 最初に反応したのはグラノだった。

 ようやく体を起こし、覚束ない手で指差している。


 荒々しく伸びた白い長髪。

 顔に刻まれているシワと幾本もの向こう傷。

 以前右目に巻いてた眼帯代わりの黒い布は無い。代わりにその奥に隠されていた大きな傷痕が顔の右半分を覆っていた。

 その筋骨隆々の体に、以前よりやや疲れをにじませた様子で私達の前に立っている老人。


 それはグラノの指摘した通り、霊峰レドナの前に立っていたあの老人だった。


 グラノだけではない。皆がこの意外な再会に呆気に取られていた。


「では、我々のこれまでに得た問いの……その答え合わせをしてもらおう」


 そんな中、静寂を破り泰然と前に出たのはソディスだった。


「おうとも。俺の頼みを聞いてくれた礼もあるしな」


 老人は地面に腰を下ろすと、目を鋭く細めニヤリと笑みを浮かべた。


「な、なあ。それより、このじーさんが神獣の正体だったって事か!?」


 老人とソディスを見比べては毒気を抜かれた様に目を白黒させるバジル。


「否。この御仁は神獣そのものではない」


 ソディスはバジルの方を向き、老人を一瞥した。


「本来の神獣はあそこだ」


 そう言ってソディスは腕を上げ、一点を指差した。

 そこは、この広場の中心に佇む泉。


「あれは! まさかあれが!?」


 皆が泉に視線を向ける中、突然アシンさんが叫んだ。


 その水面から突き出た白く尖った岩。

 私達が泉を覗き込むと、水面の下でゆらゆら揺れるそれの正体がはっきりとわかった。


 それは、泉に沈んだ巨大な獣の骨だった。


「我々が戦っていた神獣の名称がレドニレアではなく『炎の神獣』だったのが気になっていてな。圧縮貯水弾を作っている時に見つけた。これが本物の神獣・レドニレアだ」


 ソディスは泉の底を眺めながらそう言った。


「これが神獣……!?」


 その水の底に沈んだみすぼらしい亡骸に目を見開くバジル。

 それに応える様に老人は頷いた。


「いかにも。ここは神獣が眠る墓所。そして、かつて神話の時代に伝説となった少女と神獣が戦った場所だ」


 そうして、老人は天高くそびえる壁面を見上げた。


「まずは神獣の子供達の亡骸を取り戻してくれた事、礼を言う。 元々ここからサル共に持ち去られたものでな。これであいつらもまたここで母親と一緒に眠れるだろうよ」


 老人が片方しかない目を閉じて頭を下げた。


「神獣の子供達……」


「『火の欠片はどこにあってもいずれここへ帰る』。元々ここは神獣の住みかだったようだ。火の欠片という名称からそれがただのアイテムかと思い込みそうであるが、『返』ではなく『帰』とあるのは子の帰りを待っている、という事なのだろう」


 私はソディスを見上げた。

 それは滝の前にあった石碑の内容。


 火の欠片。あれは私達が倒したシャーマンエイプが被っていた獣の頭蓋骨だったものだ。

 ソディスも同じ敵を倒し、同じく火の欠片を見つけている。

 その事から、私達が手に入れたのは神獣の子供達のものであろうと思われる。


 しかし、町の人達から神獣の子供について聞いた覚えはない。

 それどころか神獣を見たという話すら無い。伝説上の存在として崇めはしているものの、存在自体は半信半疑だった。


 かつて神話の時代、この霊峰レドナで神獣とその子供達が何故、どんな悲劇に見舞われてしまったのか。私は思いを巡らせていた。


「しかし、神獣の試練は!? いや、それ以前に何故神獣が死んでしまっているんですか!?」


 アシンさんが前に出て問いかけた。

 そんな引きつった声を上げるアシンさんに、老人は静かに返した。


「何故、神と崇められていたはずのコイツと……その子供らがこうなっちまったのか。年寄りの長話に付き合ってくれるってんなら教えてやろう」


「無論、我輩はその為だけにここに来た。ご老人、聞かせていただこう」


 ざわつく皆の前で、ソディスはそれを制した。

 私も老人の言葉を待った。


 それから老人は重く、その口火を切った。


「神話の時代。当時の都エルトリアが魔王軍に占拠され、ティーア山地を挟んだ南のここ霊峰レドナにもその火の手が迫っていた」


 ここ霊峰レドナを根城にしていた武闘家集団も必死に抵抗を続けていたが、強大な魔人族の力とその数に1人、また1人と倒れていった。

 だが、皆ここを離れる訳にはいかなかった。

 神獣レドニレアはこの土地の守り神であり、失われれば山の護りは失われ土地は荒れ果ててしまう。


「それだけじゃねぇ。何よりも神獣の血には大いなる力と不滅の呪いが与えられると言い伝えられてきた。それが魔王軍に渡ったら人族はいよいよおしまいよ」


 永劫の呪い。

 私が読んだ石碑に確かそう記されていた。不滅故に永劫続く呪い……か。


 各地を転戦していた拳雄カンナも旅先から急いでここレドナに戻ってきた。

 しかし、そこで目にしたのは既に殺された神獣の子供達と壊滅した故郷の姿だった。


「魔王軍の攻勢に守り切れなかったのね……」


 フォルマージさんが腕を抱きながら呟いた。


 だが老人は俯き、その顔に影が落ちた。

 急に口をつぐんだ老人にフォルマージさんは、他のみんなも眉をひそめた。


 私が神獣の子供の頭蓋骨を見てからずっと胸に引っかかっていた違和感の正体。

 魔王軍や他所の勢力によって手にかけられたのならば、あるはずのものがなかった。


「子供達を殺したのはここの武闘家達だったのだろう?」


 じっと押し黙る老人を代弁する様に、ソディスがそう答えた。


 あるはずのもの。

 それは刀傷だ。

 刀剣などの刃物は殺傷するにとても効率的な道具だ。その使用は必然的と言ってもいい。

 それが無いという事は、すなわち別の方法による殺傷に高い自信を持っていた者の犯行に他ならない。


 神獣の子供の頭蓋骨に刻まれていたクモの巣状の亀裂。


 あれは殴打の痕だ。


 ソディスの言葉にみんなからどよめきが広がった。


「奴らは激しさを増す敵の攻撃に次第に疲弊し、やがて魔王軍に対抗する術としてそのおとぎ話を思い浮かべ始めた者も少なくなかった」


 老人は静かにソディスを見上げ、再び口を開いた。


「神獣の力は強大だ。しかし、神獣は人族と魔王軍の戦いに一切干渉しようとはしなかった。神獣からしたら俗世の争いに興味がなかったんだろう」


 次々倒れていく仲間の姿に、そんな神獣を見てきた武闘家達が歯痒い思いをしていたのも想像に難くない。


「だが、神獣に敵わないと見た武闘家連中は……神獣の子供達に目をつけた」


 老人が歯を食い縛った。

 その顔に浮かんでいたもの。怒り、あるいは失望、悔しさの混ざったものに見えた。


 長く人と山を繋いできた神獣。その子供達も人と共に互いを受け入れ、神獣と人、共に見守られ育ってきた。

 人に慣れ、無警戒に山を降りて来る事もあった子供達はその日も無邪気に人里へ遊びに来ていた。


「神獣の子供の血には何の力も無かった。払った代償に対し愚かな程報われん結果さ……」


 老人は吐き捨てる様にそう呟いた。


 子供を殺され、怒りに狂った神獣は人族も魔王軍も関係なく目についた誰も彼もを焼き尽くす荒神と化していた。

 そんな神獣を止めるべく、カンナは神獣に挑んだ。

 しかし、3度挑み3度敗れ対応に苦慮していた。


「そんな折、西の砦で竜の軍勢を退けたという娘が現れた」


 アルテロンドに英雄として伝わっている少女だ。


 英雄とはいえ、その時はまだ少女の活躍が聞こえ始めたばかりの頃だった。

 しかも、ほんの少人数の仲間を連れただけの子供だ。まさかそんな偉業を成したとは信じがたかったが、カンナは最早それに賭けるしかなかった。


 期待に応え、信じられない強さで少女は神獣の爪を弾き返し、牙を折り、翼を引き裂いた。

 やがてついにその剣は神獣の胸を貫いた。


 そして、神獣の血に濡れたその剣は神獣の力を得た聖剣として生まれ変わったのだ。


「その時拳雄カンナも神獣の血を浴び、不滅の呪いを受けた。そうだな。ご老人……いや、拳雄カンナよ」


 ソディスが老人を見据えてそう言った。

 みんなからどよめきが上がった。


 老人は重く俯き、しかしそれを受け入れ噛み締める様にして、顔を上げた。


「……そうだ。俺がカンナだ」


 老人が応えた。

 不滅の……永劫に続く呪いを受けた者。

 その顔に刻んだ傷痕が彼のこれまで歩んできた歴史を物語る様に、私にはひどくくたびれて見えた。


「それから俺は自らに戒めとして殺生を禁じ、生き残った者と共に町を拓いた。そして、その後姿を隠し、今日まで俺は神獣の代わりにこの地を見守ってきた。神獣と里にあった出来事を全て隠してな」


 老人――カンナは低く唸る様に声を吐き出した。


「では、やはり神獣の試練というのは……」


「ありゃウソっぱちさ。俺らとレドニレアとの戦いが漏れ聞こえたものが長い時間を経て間違って伝わってきたもんだ。ここの民が力を求めて山の守り神を討伐しちまった……なんて話よりよっぽどマシだから放っておいたのよ」


 自嘲気味にカンナは笑った。


「それに神獣が姿を現しさえしなけりゃ、いずれその存在を信じる者もいなくなる。神獣の子供の存在を知られる事もない。2度と悲劇を繰り返す訳にはいかないからな」


 アシンさんの問いへのカンナの返答。

 そこで1つみんなは首を傾げた。

 

「子供達の亡骸も神獣の血を浴びたのだ」


 ソディスが答えた。


「神獣の血は生者には呪いを与えるが、生命の無い物には力を与える。当然それで生き返るはずはなく、ただ眠った力だけが引き出される事となった。まさかここに迷い込んだサルがそれを持ち出すとは思わなかったぜ」


 それが今回の騒動の発端となったのか。


 神獣の子供達は既に亡くなっていた。

 力がなかったはずのその子供達。

 だけど、シャーマンエイプが神獣の力を擬似的に使っていたのはそういう理由があったのだ。


「俺が直々に取り戻せば良かったんだが、何分殺生をせんと誓った身だ。それに、魔王が蘇り魔の軍勢が再び力を付け始めた今、この時代を生きる者に自らの力で解決してほしかった」


 カンナは膝に手を着きおもむろに立ち上がった。


「最早姿を隠し真実を隠蔽し続けていく猶予はない。魔の軍勢、ひいては魔王と戦える者を探し出す為。俺は……神獣として姿を現す事にしたのだ」


 そう言いながら、やがてカンナは天を仰いだ。


「世界の希望を背負える者。勇者と呼ばれたあの娘……。そうだ。世界を救ったあの娘の様に、誰かの為に力を振るえる者に。それを見極める事が俺の使命と信じ、次代を担う誰かに……」


 そこでカンナはしばし黙り込み、そして私達を見据えた。



「なぁ、お主らに託してもいいか?」



 私はカンナの眼差しをまっすぐ受け止めた。


「うん。任せて」


 自然とそう答えていた。

 カンナの幾年月も積み重ねてきた想いに。この地を守り続け、失ったかけがえのないもの達を憂い続けてきたその志に。

 強くあらねばならなかった人生に。

 もう休んでいいと伝えたかったんだ。


 かつて相まみえたドラゴンゾンビもそうだった。

 私達にとってこの世界は架空のものでしかない。

 しかし、この世界に生きる者達にとってはその人生も、その心も本物なのだ。


 以前ソディスが言っていた。

 この世界は入力された設定と物語によって自動的に創られていると。

 しかし、設定として生まれてから物語に沿ってだとしても、それでも彼らなりに人生を歩んできたのかも知れない。


 いや、設定という運命に縛られた中で自動的に、否、「自律的」に偶然と選択を積み重ねてこの物語を作り上げてきたのなら、彼らは最早「生きている」といってもいい。

 そこには私達と同じ様に苦しみや喜びがあって、そんな道のりの果てにたどり着いたのがここ、この今なんだ。

 私達の人生と何も違わない。


 そう、私達と同じなんだ。


 それがわかっているから、ソディスはNPCである彼らと通じ合えるんだと思う。


 私はソディスを見上げた。

 ソディスも私を見て、何も言わず頷いた。

 ソディスだけじゃない。みんなも同じ気持ちだと思う。

 託された意志をしかと受け取る様にカンナを見つめていた。


 それを見て、カンナの顔からふっと力が抜けた。それから、目尻を下げてくしゃりと笑った。

 それはこれまでにない静かで穏やかな顔だった。

 遠く昔から引きずってきた孤独な戦い。ほんの一時でもそれを忘れた、カンナの本当の顔だったのかも知れない。


「神獣の分身に過ぎない俺にはレドニレアの様に力を授ける事はできないが、せめてこれを受け取ってくれ」


 カンナがそう言うと、私達の目の前に炎の様な仄かなオレンジ色に輝く鉱石が出現した。


「レドニレアを倒した時、その血を受けた石ころだった物だ。それを使えばあの娘が手にした聖剣に劣らぬ物ができよう」


 私達が手を差し出すと、一抱えもあるその金属塊のずしりとした重さが腕の中に収まった。触れた手からほんのりと温かな熱が伝わってくる。


『朱炎鉱・これを元に作った装備品には【体力+2%】の効果が追加される』


「古いダチからの、最後の贈り物だ」


 私達がその石から視線を戻した時、カンナの体に異変が起こった。

 カンナの体が光を帯び、次第に光の粒となって舞い上がり始めていたのだ。


「……時間が来たみてぇだな。さっきは嬉しかったぜ。嬢ちゃん、最後に名前を聞かせてくれねぇか?」


 カンナが私を見てそう訊ねた。

 NPCであるはずのカンナが、確かに。


「ミケ」


 私が名乗ると、カンナは満足そうに笑った。


「ありがとうよ。ミケ。必ず勝ってこい!」


 拳を突き出し私に向けると、カンナは光となって消えていった。


 私も拳を突き出して応えた。

 それを見送る様に風が吹いた。光は天へと昇っていき、やがて見えなくなった。


 拳雄カンナ。

 力、技、心。いずれも強く鍛え上げられた強敵だった。


 私は握った拳を胸に当て、深く刻み込んだ。

 もし叶うならば、次は一対一で正々堂々勝負をしよう。

 そう思いながら、私は少し眩しい空を見上げた。

 次回投稿は12日午後8時予定です。


 次はエピローグその1。

 ついに温泉回です。しかし、こんな温泉回でよかったのか!?

 そして意外すぎる再会!

 さらに暴走する彼女!

 

 次回第59話『湯けむりと肌色』


 お楽しみに!

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