57・撃破
燃える豪腕が無防備に震えるジノに振り下ろされた。
目に溜まった涙が今にもこぼれ落ちそうなジノ。
最早この場の誰にもジノを助ける事はできないと思われた。
「ジノちゃん親衛隊1号、グラノ!」
「俺が2号かよ!? まぁ、俺らが来たからにはもう大丈夫だぜ!」
ジノを庇ったのは地面に突き刺さった一振りの大剣。
さらに、その大剣と交差し支える斧が神獣の拳を遮りジノを守っていた。
武器達を握るのは2人の男達。
「グラノぉ……。バジルぅ……。よぐ来でぐれだな。ほめでやるぅ……!」
顔いっぱいに雫を溜めながら、その2人の背中をジノはじっと見上げていた。
「泣く程怖かったんだ」
「泣いてる顔もグッとくるな……」
「泣いでないじっ! ぐすっ」
涙を堪え鼻をすするジノにグラノは苦笑し、バジルも笑った。
「まぁ、なんにせよ。俺達のジノちゃんを泣かせたんだ」
「おう。きっちり落とし前つけさせてやろうぜ!」
後ろのジノに笑って見せると、グラノとバジルは武器を抜き放ち神獣に向かっていった。
「遅くなってすみません」
そう声をかけられ、誰かが地面に伏す私の前に膝を着いた。
「アシンさん」
アシンさんはしゃがみ込んでこちらに手を差し出した。
「ミケさん達のおかげで敵の行動をじっくり観察する事ができました。試してみたい事があります。ミケさんも後で!」
その手を掴むとアシンさんは私を引っ張り起こしてくれた。
そして、アシンさんは神獣と交戦中のグラノとバジルの援護に向かっていった。
私は踵で強く地面を踏み、脚の力を確かめた。それからアシンさんの後を追おうと足を踏み出した。
「ミケ」
と、そこで後ろから呼び止められた。
「これを使え」
ソディスだった。回復しきれていないのか、まだ体は本調子ではなさそうだった。
それでも、掌に1本のアンプルを乗せてこちらに差し出している。
「最後の回復ポーションだ。使うといい」
私はそんなソディスを見上げ、それを手に取った。
「ソディス、確かに受け取った」
「うむ。それと、ジノ」
呼ばれてジノがソディスの背中からおずおずと顔を覗かせた。
少し照れ臭そうに視線を背けながら、ちょっと間を置いた。
けど、ちゃんとこっちを見てジノは言った。
「……ミケ。アイツをやっつけてこい!」
私は頷き、今度こそアシンさんの後を追った。
「ジノ。ありがと」
顔を赤くしたジノを背に、私は駆け出した。
「3連……ブリッツブレイク!」
フォルマージさんが弓に番えた矢を放った。稲妻の速度で側頭部を狙った3本の矢が神獣に迫る。
それを神獣は片手で全てむしり取った。
「隙あり!」
「スピンアクス!」
神獣が矢に片手を費やした隙に、挟み撃ちにして大剣と斧が乱打を打ち込む。
しかし、それを神獣は掌で受け流し、肘、足でも弾いてことごとくいなしていった。
「烈破剣山!」
2人の連打の間から、さらにアシンさんが連続突きを見舞う。
『まだまだ足りんなぁッ!』
神獣は吼えると回転する斧を踏みつけ、大剣を殴り跳ね返した。
そして、無数の槍の穂先を1つだけ正確に叩き、出来た隙間に体を滑り込ませた。
「ぐっ!」
カミソリ1枚の隙間を抜けてアシンさんの肩を掠めた神獣の拳。
「クソッ! これでも通らねぇかよ!」
一度距離を取り、バジルが舌打ちした。
「落ち着け! やはり思った通りだ。こいつはこっちの攻撃を絶対に避けない」
アシンさんは食い入る様に神獣を見ていた。
確かにこの形態になってから神獣は防御こそすれ、避けたり逃げたりの行動は一切取っていなかった。
「攻略法は手数じゃない。攻撃の重さだ! みんな、1番攻撃力の高い一撃を一点に集中させろ! それで恐らく敵の防御を突破できる!」
アシンさんが槍を構え直し、切り込んだ。
「それに、防御が必要という事は耐久力は先程までの形態に比べて低いはず。回復ポーションも尽きた。もうここで一気に決めるしかないッ!」
槍が光を帯び、一点に集中させた力でアシンさんは神獣に突撃をかけた。
しかし、神獣の姿がかき消え、その穂先は空を切った。
神獣の蹴りがアシンさんの顔面を貫いた。
「ぐは……っ!?」
神獣は槍の穂先に飛び乗ると、体重を感じさせる間もなく蹴りを放っていた。
激しく転がり、後ろに飛ばされるアシンさん。
攻略法が見つかったとはいえ、攻撃が当たらなければ始まらない。
それに、威力重視の必殺技は動作が鈍重、または単調になってしまう。
また、神獣は不用意な攻撃に対し、容赦なく強烈なカウンターを返してくる。
だから、まずはどうにかして神獣の動きを封じなければならない。
「私が止める」
体を起こしたアシンさんを通り過ぎ、私は前に出た。
そして、私を見下ろす獣頭の巨人を見上げ、構えた。
次の瞬間、神獣は私を見失った。
神獣の腹部スレスレ、紙一重で掌に私の拳が弾かれた。
その速度に神獣は防いでからようやく目を向け、わずかに足を後退させていた。
「はッ!」
引いた拳を翻し、連打を左右に散らす。
その全てが手刀に叩き落とされ、しかしその手首を掴んで鳩尾に肘を打ち込んだ。
「ぐうぅ……ッ!」
だが、懐に潜り込んだ瞬間、私の肩口に神獣の肘がめり込んだ。
巨岩の様な圧力に思わず膝を着く。
その私の体を温かな光がわずかに癒した。
私は1枚のクッキーを咥え、かじった。
ジノにもらった装填魔法が込められたクッキーだ。
「……ドロー・リジェネレイション」
徐々にHPが回復する効果がある。これが残った最後の回復手段でもある。
神獣の攻撃は重く速い。最早防ぎ切る事は叶わず、2、3発でもまともにもらったら死ぬ。
ヒールの魔法と、そしてソディスにもらった回復ポーションを併用しつつ、死ぬまでの時間をほんの少しでも伸ばす。
そうすれば――
『耐えてみよ!』
膝を着いたまま、その声に私は頭上で腕を組んだ。
同時に神獣が振り下ろした踵落としが私の両腕に突き刺さった。
膝が地面にめり込み、籠手に亀裂が広がる。
歯を食い縛り耐えていたが、ふとその重さが消えた。
それに気付いた時、まっすぐ迫る拳が私の顔面を捉えていた。
「これで、フル……チャージッ!! どうだ!!」
力を溜めて威力を上げる弓矢の必殺技。
フォルマージさんの巨大な砲撃と化した矢が、閃光となって放たれた。
『はっはぁッ!』
フォルマージさんが放った渾身の一撃。
しかし、それは反射的に返された拳に衝突。炸裂音を轟かせ、ビリビリと周囲の空気を震わせて霧散した。
遠く離れた彼女に神獣が掌を向けた。
「やっぱりダメか……!」
舌打ちするフォルマージさん。
その彼女を光の弾丸が穿った。神獣が放った気弾がフォルマージさんの弓ごと肩を貫いていた。
真っ二つに折れた弓と共に彼女は仰向けに倒れた。
だけど、私はフォルマージさんが作ってくれた隙を見逃さなかった。
フォルマージさんを狙う為に彼方へ伸ばされた左腕。
その腕をしかと掴み、私は渾身の力を込めて神獣を投げ飛ばしにかかった。
それを足で地面を踏みつけ、神獣は耐えた。
投げは失敗した。
だけど、これで十分だった。
「今だッ!」
「おっしゃあッ!」
「っらぁあああッ!!」
必殺技の輝きを帯びた武器が唸りを上げる。
投げられまいと両足を地に食い込ませ、片腕と両足を封じられたこの一瞬。
咄嗟に振り上げられた神獣の右腕と大剣の刃が衝突した。
固く刃を掴んだ手に大剣が押し返されるが、その腕を斧が突き刺した。
「アシンッ!!」
バジルが振り返り、叫んだ。
その声に応える様に、激しく輝きながらバジルの横を通り過ぎる槍。
「おおおおッ!!」
周囲の空気を巻き込みながら一直線に虚空を走り、その切っ先がついに神獣の片腕を穿った。
一点に重ねられた必殺技が堅く閉じられた防御を突き抜ける。
神獣の片腕が後ろに大きく弾け飛び、いくつもの赤い軌跡によってズタズタに引き裂かれた。
それでも。
『オオオオオオオオッ!!』
神獣は押さえられていた左腕で、私の腕を掴み返した。
「ッ!?」
ガラスの割れる様な音と感触が腕を駆け上がってくる。籠手ごと腕が握り潰された。
そのまま私を片手で振り回し、アシンさん達3人を殴り飛ばした。
「ぐはっ!?」
「が……ッ!?」
鎧が砕け、破片を撒き散らしながら地面を転がる3人。
技後の無防備な所をやられたせいでダメージが大きい。みんなまだ体も動かせないようだった。
「うぐ……」
私も掴まれた腕の感覚がほとんど無い。ぶつけられた脇腹にも決して少なくないダメージがある。
神獣は私の腕を掴んだまま宙吊りに引き上げた。
「がはッ!!」
そして、脇腹への膝蹴りを私はなす術なくまともに食らった。
肺の空気を無理矢理吐き出される。
のた打つ間もなく神獣は私を頭上へ振り上げ、思い切り地面に叩きつけようとした。
「誰か……続いてくれ……ッ!」
手を着き、伏せた顔を上げるアシンさん。目の前の光景を見ながら、呻く様に声を絞り出していた。
「ライフドライブ!! 筋力転化!!」
遥か後方。
霞む視界に、大鎌を掴んだシェルティの姿が映った。
「申し訳ございません。アイテムもMPも尽き、十分回復させてあげられませなんだ。しかし、手足は動かせる様にできましたぞ!」
鼻息荒く両手に拳を握るカルネ。
「シェルティ。靴にフェザーシューズを装填しておいたから。ちゃんと走れるよな?」
まだちょっと鼻の赤いジノがシェルティに言うと、シェルティは自信満々に胸を張った。
「お2人共ありがとうございます! じゃあ行ってきます!」
シェルティは大鎌を振り上げ、飛び出した。
シェルティの装備は武器以外あまり性能の高いものではない。
その代わり、全ての装備品に【HP最大値上昇】の特殊効果が存在している。
これにより精霊族の高いHPをさらに高め、通常時はその高い耐久力を活かして壁の役割を果たす事もできる。
そして、その上昇した分も合わせた全てのHPを筋力に転化させた時、生み出される攻撃力は絶大なものとなる。
シェルティは振り上げた大鎌を高く、高く掲げ、加速した。
フェザーシューズで速度を上げ、1本の大鎌の柄を両手で握る。
いつもの二刀流ではない。両腕の力を1本の大鎌に集中させた上段の構え。
光が尾を引き、爆発的な加速が残像すらかき消していく。
力を注いだ刃に速度を加えた渾身満身を振り絞った一撃。
それをシェルティは神獣の眉間めがけて叩き落とした。
「フラッシュファング……リーパーッ!!」
咄嗟に私から手を離し、無事な方の片腕を防御に回した神獣。
大気が弾け、大鎌の切っ先が神獣の左腕に深々と突き立った。
その余りの威力に大鎌の刃に亀裂が走る。
『大したものだ……! だが――』
神獣が大鎌を押し返そうと衝撃に逆らった。
だが――
「エンチャント・ブラックレイン!」
神獣がその声の方に視線を向けた。
そこにあったのは付与魔法を込めた扇をかざすジノ。
その振り下ろした先はシェルティの大鎌。
付与魔法はシェルティの一撃にさらに重力を上乗せした。
『おお……ッ!』
神獣が膝を折り、相乗された余りの威力にその足下が押し割れていく。
「これで打ち止めだよ。……ドロー・クイックカット!」
ジノが1枚のクッキーをかじった。
それはスキルのクールタイムを短縮する装填魔法が施された、最後の1枚。
「エンチャント……ブラックレインッ!!」
間髪入れず突き刺さった大鎌にさらなる重さがのしかかる。
力と速度、そして重さが集約されたその威力は止まる事なく、ついに刃は神獣の腕を貫いた。
限界を超えた力に大鎌が粉々に砕け散った。
「へぶっ!」
勢い余って前のめりにすっ転ぶシェルティ。
鼻をさすりながら顔を上げたシェルティの目に映ったもの。
辺りにキラキラと流れ星の様に降り注ぐ大鎌の破片。
そして、砕けても尚突き進んだ、神獣の体に届きその胸をも貫いた刃の切っ先だった。
次回投稿は9月5日午後8時予定です。
次回第58話『真相』
お楽しみに!