55・神獣
シャーマンエイプ達を倒してからしばらく休み、回復と装備品の確認が全て終わった頃。
「で、これ」
私が抱えているこれ。
シャーマンエイプを倒した後、これだけが消えずに残っていた。
私の横でシェルティが少し距離を置いてこちらを覗き込んだ。
「これ、さっきのおサルさんが被ってたガイコツですよね」
一抱えもある大きな獣の頭蓋骨だ。気味悪がって誰も触ろうとしないので、私が持っている。
よく見ると所々にクモの巣状のヒビが入っていた。
「やはり、これは神獣の頭蓋骨なんでしょうかねぇ?」
カルネもまだ怖いのか、遠巻きに見ていた。
「シャーマンエイプの最後の形態からして、恐らくそうだと思う。たぶん、あの祭壇まで持って行けば何かわかるかも知れない」
アシンさんも少し前を歩きながらこのドクロを眺めていた。
私達はこの頭蓋骨をなんとなく怪しいあの祭壇へと運ぶ為に歩いている。
「しかし確かに強敵ではありましたが、神獣というにはいささか物足りなかった様な気がしなくもないのですが……」
「そうだよなぁ……。それにどう見ても死んじゃってるし……」
アシンさんとカルネは時折この頭蓋骨を見ては唸っていた。
「神獣って意外と可愛いお顔立ちをしてるんですね」
「キュウ」
シェルティがふとこのガイコツを覗き込みながらそんな事を言った。
その肩に留まっているハービィもマネして一緒に覗いている。
「可愛い……?」
私の感覚ではガイコツを見て出てくる感想ではない気がする。
だけど、その言い回しが少し気になった。
「シェルティ、何か気になるの?」
「ほら、よく見て下さい。この子、子犬の顔してるんです」
そう言って、シェルティはちょっと強めに私の腕の中にあるガイコツを指差した。
そう……よく見てみると確かに大きい頭蓋骨ではあるが、顔のバランスは子供のものだ。
「子犬だ」
「でも、神獣に子供がいたなんて話、聞いた覚え無いな……」
アシンさんとカルネも再び首を捻った。
しかし、今は情報が足りない。いくら考えても推測の域を出そうにはなかった。
祭壇に捧げると、頭蓋骨は温かなオレンジ色の光を放ちながら消え去った。
代わりに、私の手の中に燃える炎を型取って凍らせた様な赤い石が現れた。
『ミケ。聞こえるか』
そんな時、ソディスから通信が入った。
『今ほどボスのシャーマンエイプを倒した。目的の火の欠片も入手したので、森の滝で合流しよう』
赤い石「火の欠片」を手に、私達はソディス達と合流すべく森の滝へと戻ったのだった。
「ジ~ノくんっ! 私と離ればなれで寂しくなかったですかぁ~?」
諸手を上げてジノに走り寄るシェルティ。
「誰キミ」
「うわぁん! ジノくんが冷たいぃ!」
と、鼻水を垂らしながら私にしがみつくのはやめて欲しい。
一方、そのジノはウインドウを開いてアイテムボックスの中身をチェックしているようだった。
どうやら道中で入手した食材が豊作だったらしい。リストを上下に目で追っては満足そうに笑みを漏らしていた。シェルティは無視だ。
「いやぁ、ジノちゃんの手作りお菓子はどれもスゴく美味かったなぁ……」
「ああ。それに、ソディスの旦那謹製の装備品。レアな特殊効果ばかりで戦力が大幅に向上したのも驚かされたぜ」
グラノとバジルが陽気にはしゃいでいる。
どうやら道中ジノが振る舞った料理やソディスが差し入れたアイテムが大層好評だったらしい。
「そうですかぁ。良かったですなぁ……」
それに対し、カルネはどこか上の空で遠くを眺めていた。
「そっちも何かあったのかよ?」
「何も……何もなかったですぞ……」
「いや、何かあったんだ! 絶対そうだ!」
「おい! 吐け! カルネ!」
「いやぁ、何もありません。ありませんとも」
詰め寄る2人を他所に、カルネの視線はずっと遠くにあった。
「カルネさんどうしたんでしょうね?」
私の背中にしがみついたまま、シェルティが頭上から顔を覗かせた。
シェルティさっきカルネに何かしたんじゃないか? ここへ戻ってくる道中ずっとあんな感じだったし。
しかし、シェルティにはよくわからないらしく、首を傾げていた。
「むふふっ」
フォルマージさんもいつ新調したのか、真新しいマントを羽織って顔を弛めていた。
どうやらソディスはレッドピースのみんなを懐柔……心を掴んだようだ。
「ソディス」
「ミケ、戻ったか」
私はソディスを探した。ソディスはちょうどこちらへ歩いてきた所だった。
私は頷き、火の欠片を取り出した。
ソディスも同じく火の欠片を取り出し、掌に乗せて見せてくれた。見た目は私が持っている物と変わりない。
さっきの通信でもソディスが言っていた通り、向こうにも同じ敵がいたという事だ。
やはりこれは神獣ではなさそうだ。
ただそれとは別に、私はあの頭蓋骨を見てから妙な違和感が胸に引っかかっていた。
「アシン、どうだ?」
ソディスは掌に輝く石を乗せたまま、石碑の方を振り返った。
石碑ではアシンさんがその表面を手で探っていた。
「ここには特に何も。恐らくはその火の欠片が揃う事で何か起こるはずです」
ソディスが私に目配せをした。
私は頷いて手の中にある火の欠片をソディスに渡した。
それを受け取ると、2つを重ね合わせたソディス。
すると、パズルの様にピタリと重なり激しく輝き出した。
ソディスの掌で輝く石はひとりでに宙へ浮かび、そして勢いよく滝の中へ飛び込んでいった。
「わっ! わっ! わっ! 滝が割れていきます!」
それを合図に仕掛けが作動し、石碑の周囲の地面が地響きと共にせり上がっていく。
いきなりの揺れに私にしがみつく力を強めるシェルティ。ちょうど良い高さだからって、頭にのしかかられると重い。
石碑の背面から同様の黒い直方体がいくつも立ち上がり、それは階段となって滝を目指していった。
滝の流れがカーテンの様に左右へ開いていく。
そして、滝に隠された岩壁が縦に両断され、こじ開けられた。
「こんな所に扉が……」
「まぁ、ベタだけどね」
しっかり驚くアシンさんと、そんなアシンさんにくすりと笑うフォルマージさん。
「みんな、恐らくここがこのダンジョン最後の領域だ。気を引き締めて行こう!」
アシンさんが先頭に立ち、皆を鼓舞した。
それぞれがわずかな緊張を見せつつ、私達は滝に開いた洞穴に入った。
滝の音が遠ざかり、足音だけが狭い穴の中に木霊する。入口から遠ざかるに連れて空気がひんやりと冷たさを帯びていった。
滝から少し溢れた滴がわずかに傾斜した足下を流れて道を描いていく。
辺りは壁の中に埋まった水晶が青白い光を放ち、暗い洞穴の中を仄かに明るく照らしている。
そして、それは奥へ奥へと私達を誘っていった。
やがて道の奥に光が差し、洞穴の出口へ到達した。
「わあ……。キレイな所ですね」
「いかにも何か出そうな雰囲気だけどね」
辺りを見上げながら吐息を漏らすシェルティ。
そんなシェルティの影に隠れて、ジノが強ばった声で呟いた。
高い岩壁に囲まれた広場だった。
遠く天井に開いた穴から青空が覗いている。その周囲に緑色の木々が見える様子から、ここはどうやら山の中にぽっかり空いた縦穴のようだ。
そこから射し込んだ陽の光が、この広場の中央を照らしている。
光が舞い降りた先。
そこには青く澄んだ泉があった。
鏡の様に陽の光を反射している水面からは、いくつもの尖った白い岩が静かに突き出ている。
「特に何もないな」
バジルが辺りを見回す。しかし、少し拍子抜けしたのか、構えた斧を肩に担いでため息の混じった声を漏らした。
「いや、お出ましのようだぞ。皆、敵の一挙一動を見逃さず備えよ」
ソディスが指し示した先。
泉から突き出した岩の先端に小さな炎が灯った。
「うわっ!」
誰かが叫んだ。
その瞬間、泉の水面が弾け飛んだ。
突然炎が膨れ上がり、その衝撃波と熱量が泉を大きく抉り取る様に吹き飛ばした。
泉の岸に生えた草花を焼き焦がしながら、炎は次第に形を変えて地面にその大きな足を着けた。
『只人が力を求めてここへ来たか』
炎が口を開いた。
その体躯は側にある泉を覆う程に大きく、脚は私達全員を一跨ぎで容易く越えるだろう長さがある。
背中にはその姿に似つかわしくない、一対の赤く燃える翼。
やがて天を焦がす勢いで燃え盛っていた炎は、その形を獣の姿に収束させた。
それは赤い炎で形作られた巨大なオオカミだった。
それは私達をグルリと見渡すと、背中の翼を天高く広げた。
『何ゆえ力を求める。かつての様に魔の軍勢に抗い、当代の魔王に挑まんとするか。それとも力で世の理を支配せんが為か』
熱気で揺れる視界の中、私達はその声を聞いた。低くしわがれた、それでいて力強く唸る様な声だ。
頭上には「炎の神獣」という名称が小さく表示されている。
その名の通りジリジリと肌を刺す熱気に、頬を伝う汗すらかき消えてしまいそうだった。
「これが……神獣・レドニレア」
燃え上がる大火を思わせる立ち姿に、私はその名を口にした。
私の声に、神獣がわずかに目を細めた気がした。
『いずれにせよ、俺を超えねば成せぬ偉業よ。その覚悟があるならば俺と戦って力を示せ。神獣の体に刃を突き立てたあの娘の様にな』
神獣から放たれる熱気がその勢いを増した。熱が闘気となって私達を激しく打ち付ける。
私達はその激しさに袖で顔を覆った。
「来るぞッ!」
熱気を槍で振り払い、アシンさんが構えた。
「ぎゃあああッ!?」
「ひえ……っ!?」
だが、突然その神獣の姿が視界から消えた。
次の瞬間、後列から誰かの叫び声が上がった。
「カルネ!?」
木の葉のごとく吹き飛ぶカルネ。遥か離れた後方の岩壁に突き刺さり、そのまま地面に落ちた。
私の背後、今までカルネのいた場所の近くでシェルティも尻餅をついていた。
「一体何が……」
カルネと同じく後列にいたフォルマージさんが後ろを振り向こうとした。
「フォルッ!! 逃げろ!!」
アシンさんが叫んだ。
私達が振り返った時、フォルマージさんの隣、カルネのいた場所には――
――フォルマージさん目がけて、大剣程もある爪を振り下ろそうとしている神獣の姿があった。
「うそっ!?」
フォルマージさんがわずかに目を向けたと同時に、鋭い爪がその体に直撃した。
「……ッ! このっ!」
しかし間一髪、フォルマージさんは羽織っていたマントで爪を払いのけ、その軌道から逃れていた。
振り下ろされた爪が地面に深いクレバスを描き出す。
瞬時に矢を番え、神獣の大きな胴体に弓を引いたフォルマージさん。
しかし、神獣の姿は既にそこに無かった。
「フォル! 無事か!?」
「……とは言えない……かも」
アシンさんがフォルマージさんを背に庇った。
よろめく体を支えながら、フォルマージさんは右腕をだらりと下げた。
避け切れなかったのか、いくつもの赤い線がフォルマージさんの腕を大きく抉っていた。
「シェルティ……!? 大丈夫か!?」
「イタタタ……。ジノくんも無事ですか……?」
ジノがシェルティの背後から駆け寄った。
シェルティはそのジノを見上げると、胸を撫で下ろして少しはにかんだ。
しかし、視線を周辺へ配って警戒しながらも、その腕は震える体を必死に抑えているようだった。
シェルティだけじゃない。皆それぞれ辺りを見回しながら、得体の知れない緊張感に支配されていた。
「一体何が……」
皆が困惑しながら見えない襲撃に警戒している。
神獣の動きが見えていたのはシェルティだけのようだった。
泉の前から一足飛びに私達を飛び越え、頭突きで後列のカルネを叩き飛ばした神獣。
それから同じく後衛に控えていたジノに襲いかかった。
だけど、ジノを庇ったシェルティの大鎌がそれを阻んだのだ。
そして、フォルマージさんを斬りつけ、背中の翼で瞬く間に飛び去っていった。
「お、おいカルネ! 大丈夫か!?」
「しっかりしろ!」
グラノとバジルが駆け寄るも、カルネに反応は無い。大ダメージによる一時的なスタン状態に陥っていた。
すぐに回復ポーションを与えるが、状態の快癒までにはまだ至っていない。
「みんな、上!」
私はこの広い縦穴の壁面を見上げて、皆を呼んだ。
その上空一帯をまるで星空の様に埋め尽くす黄白色の火球。
「こ、これ……さっきのおサルさんが使ってきたヤツですよね!?」
シェルティが大鎌を胸に身震いした。
火球はさらに数を増し、星空は無数の太陽が覆う光の海へと変貌していた。
その向こう側にあった、翼を広げ宙に佇んでいる神獣の姿。
まるで腕を振り下ろす様に、神獣は翼を羽ばたかせた。
「みんな走れぇーッ!」
アシンさんの声が響いたと同時に、火球の群れが一斉に私達を狙い降り注いだ。
どしゃ降りの雨。その雨が地面に当たって飛沫が飛ぶ。
しかし、それは冷たい水ではなく赤熱して融解した岩。
全員その燃え上がる雨から逃れようと走った。
「ジ、ジノくん。さっきは私が守ってあげたんだから、今度はジノくんが私を守って下さいよぅ!」
「ボクには全然見えなかったからノーカン!」
「ずっる~い!」
「バジル。そっち持て!」
「カルネ早く起きろ!」
逃げ惑うジノとシェルティ。
未だ目を回したままのカルネを担いで走るグラノとバジル。
そんなみんなの様子を横目に、私は走り抜けた。
降り注ぐ火球をかい潜り、その走る勢いのまま縦穴の岩壁に駆け上がる。
そして、宙を漂う火球の弾幕を抜け、その向こうに佇む神獣の鼻先に飛び出した。
「ふ……ッ!」
神獣がこちらに気づいた。その目がこちらを捉える寸前、横面を思い切り蹴飛ばす。さらにその回転力を乗せて眉間に踵を叩き落とした。
そして、反動を利用して威力を高めたトドメの蹴り。
空中での同時3連撃。
「……ッ!」
しかし、私は咄嗟に頭上で腕を十字に組んだ。
その腕を壁の様な分厚い何かが押し潰した。
「ぐ……ッ!」
神獣の剛腕が巨大な爪を私に叩きつけたのだ。
強烈な熱が腕を焼く音を聞く間もなく、景色が真上にすっ飛んでいく。
激しい衝撃が手足を貫き、私は冷たい地面を数度跳ねて転がった。
庇った腕が動かない。想像以上の攻撃力だ。
だけど、私に構っていたせいで火球の充填が行われず、数を減らしていた。これで再充填されるまでは時間を稼げたはずだ。
皆が体勢を立て直す隙を作れた。
私もすぐに起き上がらなくては。
「……!」
その時、私の目の前をガラス窓の様な大きな瞳が遮った。
荒々しく伸びたたてがみ。炎のごとく燃える赤い左目。
それと、揺れるたてがみの奥に見えたのは、大きな傷痕に引き裂かれ失われた右目だった。
その無いはずの右目で射抜く様に、神獣は私を覗いていた。
回復が間に合わない。落下の衝撃は受け身を取ったものの、未だ手足に負ったダメージで身動きが取れなかった。
神獣の後ろ足が硬い地面を砕き、めり込んだ。
直後、神獣の巨体が私めがけて矢のごとく飛び出した。
「俺達を!」
「忘れてもらっちゃ困るぜッ!」
神獣が私に触れる寸前。燃え盛る炎を打ち払い、左右から大剣と斧が振り下ろされた。
「グラノ、バジル……!」
風を切る鎧に跳ねられた火の粉が舞い、後ろへ流れていく。
重い金属のぶつかる音が辺りに響き渡った。
神獣の翼が盾となり止められた2つの刃。
ギリギリと音を立てて拮抗する2人と神獣。
突進は止められたものの、獲物を品定めするかの様に神獣は赤い瞳で2人を見回した。
「うおおおおッ!」
それでも、2人は武器に込めた力を弛める事をしなかった。注ぐ力をさらに強め、神獣をその場に縫い付けていた。
「今だッ! アシン!!」
グラノが叫んだ。
上空で閃光が瞬いた。
「流星穿ッ!!」
空高く跳び、神獣の直上から刃を突き下ろしたのはアシンさんだった。
必殺技の輝きを帯びた槍が真紅の流星となって空を駆け抜ける。
その狙いは動きを止めた神獣の剥き出しの背。そこから生える厄介な翼だった。
そして、突き進んだ槍の穂先がついに神獣の翼の基部を捉えた。
『オオオオオオオッ!!』
しかし次の瞬間、咆哮を上げた神獣の体が激しく燃え上がった。
神獣がまとった熱気。爆ぜる熱波に、槍が彼方へ吹き飛ばされていくのが見えた。
「アシ――ッ!」
それは近くにいた私達をも吹き飛ばした。
神獣の真上にいたアシンさんは熱波と衝撃波の直撃を受けていたはずだ。
それを見上げたグラノ。
そのグラノの体を赤く燃える爪が通り抜けた。
鎧を構成している鎖が引き裂け、グラノの体が地面に引き倒された。
「グラノッ!! ……っの野郎ッ!」
グラノを襲った神獣に斧を振り下ろそうとしたバジル。
だが、突如またも神獣の巨体が消えた。
斧が空を切り、地面に食い込んだ。すぐに首を振り神獣の姿を探すバジル。
しかし、すぐ近くを駆け巡っているはずなのに、岩を抉る爪の音しか聞こえない。
バジルの視界に黄白色の残像が掠めた。
「ガハッ!?」
バジルの背後に姿を現した神獣。
振り返る間もなく、そのバジルの背中を神獣の蹴り脚が突き刺した。
縦に回転しながら後ろの壁まで飛んで行き、虫の様にぶつかって落ちるバジル。
それに見向きもせず、神獣は再び空に舞い上がった。
「!」
その神獣とすれ違う様に落下してきた何かが、私の目の前で鈍い音を立てて転がった。
「アシンさん……!」
何とか這い寄ってその肩を揺すっても身動ぎひとつしない。かろうじて生きてはいるものの、アシンさんの全身は真っ黒に焼け焦げてぐったりと横たわっていた。
シナリオクエストがほとんど攻略されてこなかったのは、魔王を倒せないだけではない。
ボスには不思議と知性を感じさせる行動をする場合がある。
紙一重で致命傷を避ける予測のつかない行動や、逆にこちらの動きを予測して致命的な反撃を行う狡猾さ。
単純な行動パターンしか持たない通常のモンスターとは明らかに異なるそういった習性。
そのせいで、適正レベル以上で挑んだにも関わらず返り討ちにあうプレイヤーは想像以上に続出している。
シナリオクエストはそのひとつひとつのボス攻略の難度も高い。
上空の神獣がこちらを見据えたのが視界に映った。
双翼を空に広げ、再び無数の火球を展開し始めていた。
マズい。
辺りを見回してみてもアシンさん、グラノ、バジル、皆深手を負って行動不能。
フォルマージさんとカルネ、それに私もまだ万全ではない。
このままでは全滅する。
それでも敵は待ってくれない。
滞空している炎の雨が一斉にこちらへ加速を始めた。
「『炎をまといし赤き獣。鋭き爪牙にて大地を裂き、瞬く間に谷を越える速き脚と炎の翼で空を舞う』」
不意に広げられた翼が空の光を遮った。
「『怒れる獣の羽ばたきは火の雨を降らせ地を焼き、咆哮は天を焦がした』……か。火の雨は火球。咆哮は先程の全身から噴き出す熱波を指している」
神獣のものではない。その頭上を夜空の様な翼が黒く塗り潰していた。
見上げた先にあったのは青く輝くアンプルを弄ぶ、いつもの澄まし顔。
「ソディス」
ソディスはそのアンプルを握ると、先端に親指を添えた。
「石碑はこやつの行動パターンを示唆していたのだ。では『雨の日は共に眠った』とはこういう事であろう」
頭上を振り返ろうとした神獣。
直後、爆撃の様な大量の水がその背中を直撃。地面へと叩き落とした。
「そこにある泉の水を集めて作った圧縮貯水弾だ。どうやら効果あったようだな」
得意気に笑みを浮かべるソディス。
ずっと姿を見ないと思ったら、クレアトゥールのスキルでこの水の爆弾を作っていたのか。
次々とソディスは青いアンプルを取り出しては大量の水流を放っていく。
止めどなく浴びせられる滝に押さえつけられ、もがく神獣。その全身からバチバチと激しい音を立て蒸気が噴き上がった。
熱く黄白色に輝いていた神獣の体が、水を浴びた箇所から黒く泥の様に濁っていく。
そして、鋼の刃を受けてすらびくともしなかった背中の翼が、ロウソクの様に溶けて失われたのだった。
「ジノ、シェルティ、ミケ。地上戦ならばこちらに分があろう」
ソディスが私達に目配せをした。
「今よりこの局面を打開する。今度は我らヘテロエクスがレッドピースの盾となり、矛となる番だ」
その静かな、しかし力強い声には確信があった。
「ジ、ジノくん。もうこうなったら腹をくくるしかないですよ!」
「……わ、わかったよ。やるよ。……うぅ……」
壁際のすみっこで縮こまっていたシェルティとジノ。
シェルティは震える体を抑えながら、隣のジノに目配せした。
ジノも半べそで、だけど震える手でギュッと扇を握り締めた。
2人共、立ち上がった。
私もまだ震える膝を大地に立てた。
炎によるダメージはさほどでもなかった。アシンさんは吹き飛ばされて黒焦げになったにも関わらずだ。
それはこの服のおかげだった。
見た目はアレだけど、魔法防御力は申し分なく高い。ソディスに感謝だ。
そして、やっとダメージが全快した。
私は2本の足で地面を踏みしめると、目の前に伏す神獣と対峙した。
「……ソディスさん! ミケさん! 私達がみんなを回収するまでお願い!」
後方からの声はフォルマージさんだった。
フォルマージさんは回復ポーションの空きビンを放り、弓を片手に立ち上がった。
「カルネ! 行ける!?」
「まだクラクラしますが、問題ありませんぞ!」
帽子を整え、頷くカルネ。
「私はアシンを拾ってくるから、カルネはグラノとバジルをお願い!」
「了解しました!」
2人は二手に別れ、それぞれ散っていった。
「アシン。今しばらく休むと良い。だが、決着にはそなたらの力が必要だ。待っているぞ」
ソディスは振り返る事なく前に向かった。
未だ横たわりながらアシンさんは無言で、しかし立てた親指が確かにソディスの声に応えていた。
次回投稿は22日午後8時予定です。
次回第56話『炎の拳』
お楽しみに!