54・獣のドクロ
「ヒィイ~! ま、待たれよ! いやお待ちになって! そうだ、お近づきの印にこのバナナをいらないですよねすみません! 助けてぇ!」
壁際に追い詰められ、吸盤みたいに冷たい石壁にへばり付くカルネ。
にじみ出る汗を拭いながらバナナをしまうカルネと、それを静かに見下ろす2体のマスターエイプ。
マスターエイプの1体が拳を前へ突き出しながら、深く腰を落とし構えた。
照準を怯えるカルネの眉間に合わせ、前へ体重を一気に流し込む様に踏み出す。
風を切り、拳が空を穿った。
しかし、その拳がカルネに届く事はなかった。
「ありゃ?」
何か、彼方から大きな物がマスターエイプに衝突した。
防御したマスターエイプだったが、その大きな質量を抑え切れず諸共地面になぎ倒されてしまった。
カルネがそちらを見ると、ぶつかって来たのは別のマスターエイプだった。
それは地面を数度跳ねて転がると、既に致命傷を負っていたらしく光の粒となって消えていった。
「大丈夫?」
私は地面に座り込んだままのカルネに手を差し出した。
……のだけれど、なんだか私の顔を見て目を白黒させているカルネ。
「ミ、ミケさん!? あれぇ? 確かマスターエイプ2体と戦っていたはずでは?」
「倒した」
「あ、はぁ……そうですかぁ……」
しぼんだ風船みたいな声を出し、カルネはしばらく開いたままの口を閉じずにいた。
「バオォオッ!!」
カルネの側に立っていたもう1体のマスターエイプが吠えた。
転がって行った相方に釘付けだった視線をようやく戻したようだ。
自分を無視して背を向ける私に苛立っているのだろうか。荒々しく足を踏み出して肉薄するマスターエイプ。
また一瞬で距離を詰め、こちらに前蹴りを放ってきた。
「踏み込みが甘い」
私は蹴り足に手を添え、真上に思い切り軌道をすくい上げた。
接近されるその速度は見えないものの、その軌道はあくまでも直線的。読めれば反撃は容易だ。
そして、バランスを崩した軸足を払い、その力の回転するままにマスターエイプを後頭部から地面に叩きつけた。
「プリズムアロー」
倒れたマスターエイプに向けて連続した魔法の矢を射つ。
無防備に倒れ、起き上がる事すらままならないマスターエイプ。
だが、腕だけが機械的に動き回りプリズムアローを次々と払い落としていった。
その動きに自らの意思は感じられない。
恐らくこの防御行動は自動的に行われる必殺技の類いなのだろう。
しかも、同時に凄まじい反撃を繰り出してくる。
ただ、この絶対防御は一度に3回までしか機能しない。
それさえ突破してしまえば、後は攻撃が通る様になる。相手の反撃もこちらの攻撃で封殺してしまえばいい。
それに、投げ技への対応も不十分のようだし、フェイントにも全て食い付いてくる。
だから攻略法さえわかればどうって事はなかった。
まだまだ喰らい付こうと腹筋の力で強引に跳ね起きるマスターエイプ。
だが、起き上がった顔に膝を合わせ、再び地面に蹴り返す。
後頭部が地面に触れる寸前、ダメ押しに喉元を思い切り踏み砕いた。
地面が陥没し、破片が飛び散る。マスターエイプの脚が一瞬ビクリと跳ね、落ちて動かなくなった。
技が鋭いだけのサルじゃ、やはり対人戦と比べて物足りない。
「ミケさん! 敵は!? まさか1人で全員倒しちゃったんですか!?」
ちょうどそのタイミングでアシンさんがいくつもの足音を伴って駆けつけた。
あっちも無事に倒せたみたいだ。
「むふ」
私が胸を張ると、あんぐりと口を開けてアシンさんは消えゆくマスターエイプの残滓を目で追っていった。
「さすがミケさんです! 私達がみんなでやった事を1人でやってのけちゃうんですもん。やっぱりミケさんと一緒を選んだ私の判断力は完璧でしたね! ふふん」
頭にハービィを乗せたシェルティも追い付いてきた。
素直に褒められると照れるんだけど、まるで自分の事みたいに鼻が高いシェルティ。
「ミケさんの戦いぶりを見てると、自分がまだまだ未熟者だと思い知らされるよ」
そうアシンさんは頬を指で掻きながら苦笑した。
「だけどまだ、あと1匹残ってる」
私は最後のマスターエイプに目を向けた。
さっきカルネを襲おうとしていたヤツだ。その寸前で私が既に倒した敵を投げて突き飛ばしたままだった。
「危ないッ!!」
その時、突然私達の足下から真っ赤な火柱が噴き出した。
アシンさんが気づいてくれたおかげで間一髪飛び退き、全員難を逃れる事ができた。
しかし、移り変わる視界の先で、いるはずだったマスターエイプの姿が消えているのに気がついた。
「ッ!」
ふと、側に気配を感じた。
体ごと向き直り、それと対峙する。
肩を掠めて炎の鞭が空気を切り裂き、地面に乾いた破裂音を響かせた。
打たれた地面から炎の柱が空高く立ち上がる。
「ゲキャキャ!」
私の正面、3歩程の距離で杖から炎の鞭を伸ばした白いドクロが揺れていた。
これまでずっと静観を保っていたが、ここに来て初めて動きを見せたシャーマンエイプ。
シャーマンエイプは下品な笑い声を上げて腕を引き、炎の鞭を杖の中に引き戻した。
一足飛びにシャーマンエイプの中心めがけて蹴りを放つ。
しかし、その体は煙の様に宙へ溶け、私の蹴りをすり抜けてしまった。
黒い霧がその頂きに白いドクロを乗せ、のたうつ様にゆらゆら宙を泳いでいく。
すぐに追いかけたが、既に黒い霧は先程立ち上がった炎の柱に隠れた所だった。
「バォオオオッ!!」
突然、その火柱を何か巨大なものが突き破ってきた。
「ぐ……っ!」
視界を覆う巨大な拳。
既に鼻先に触れるまで迫っていた拳をかろうじて腕で防いだ。
現れたのは全身を燃え盛る炎に覆われた巨大な影。
身に付けていたコートは弾け飛び、硬く分厚い筋肉が露になっている。
全身を覆う白い毛並みも全て赤く猛り、荒れ狂った炎の化身と成り果てていた。
先程までの静かな佇まいを捨て去り、暴れ回る爆炎のごとく私に襲いかかってきたそれ。
見失っていた最後のマスターエイプだった。
砲弾と化した拳が私の鼻先を掠め、空気を突き破っていく。一瞬嫌な汗が全身を冷やした。
私は躱し様に懐に潜り込み、その無防備な鳩尾に全力で肘を叩き込んだ。
「っ!?」
しかし、相手の勢いに負けて私の体は後方へ弾き飛ばされた。
分厚い鉄を殴った様な感触。
攻撃をまるで意に介していないどころか、地面を転がる私に蹴りや突きを見舞って追撃してくる。
それに、おかしな事に防御されなかった。
シャーマンエイプが動き出したのと同様に、こちらも行動パターンと性能が変化したのか。この鉄の様な頑丈さもその影響だろう。
防御を捨て、がむしゃらに攻撃を繰り出してくる。
いや、この頑丈さならば最早防御など必要ないという事か。
絶対防御も厄介だったが、それを必要としないこの形態の方が遥かに脅威だった。
「く……っ」
地面すれすれを蹴り上げる足に、防御した両手ごと腹を穿かれる。その威力で私は激しく地面を転がされた。
地面との摩擦で靴底をすり減らしながら、その勢いを殺す。地面に手を着き、私は片膝を立てて顔を起こした。
「ミケさん!」
炎を巻き上げ突撃してくるマスターエイプ。
その腹に、シェルティの大鎌が突き立った。
「シェルティ!」
刃が腹部に少しめり込んだものの、躊躇う事なく足を前へ踏み出すマスターエイプ。
「ゴアァアアッ!!」
マスターエイプが腕を振り払い、シェルティめがけて拳が撃ち出された。
「ひわわわわ……っ!」
とっさに大鎌を離し、しゃがみ込んだシェルティ。その頭上を唸りを上げる裏拳が通り過ぎた。
風で乱れた髪を押さえながら、頭を抱えて顔を青くするシェルティ。
今の一撃で目標をシェルティに変えたのか、マスターエイプの目がシェルティを追った。
そして、口から白い炎を吐き出しながら、咆哮を上げてシェルティに躍りかかった。
「カルネ! ハービィ! そっちを頼んだ!」
私の背後から滑る様に抜き放たれた槍の穂先。
シャーマンエイプの相手をしていたらしいアシンさんが駆けつけてくれた。
槍を翻し撃ち出したその先端が、吸い込まれる様にマスターエイプの胸に刺さる。
「ぐ……っ! この堅さ……! 『スーパーアーマー』か!」
刃は食い込んだが浅く、マスターエイプは槍を胸に突き立てたまま手刀をアシンさんに向けた。
柄を握ったアシンさんの手が凄まじい力でギリギリと押されていく。
アシンさんは歯を食いしばって耐えるものの、その踵は地面を削りながら後退していた。
「アシンさんそのまま」
アシンさんが一瞬振り向いた。
私はアシンさんが支える槍の石突きを思い切り蹴飛ばした。
わずかでも刃が通るならば、決して無敵ではないはず。
刺さった槍は蹴りの威力を受け、マスターエイプの胸を突き抜けた。
金属のひしゃげる様な音が響き、マスターエイプの背中から噴き出すマグマの様に赤く煮えたぎった炎。
砕け散ったマスターエイプの肉体が黄金色の破片となって、辺りにキラキラと降り注いでいく。
鈴を鳴らした様な音色を響かせながら、その破片は石床に広がっていった。
マスターエイプは胸を貫く槍に目を見開き、やがて熱い光を放ちながら崩れ落ちた。
『スーパーアーマー』
攻撃を受けても怯まず前進する攻防一体の恐ろしい能力だった。
しかし、決してダメージを受けない訳ではなく、その身に確かに刻まれている。
そして、限界を迎えたと同時に一気に崩れ落ちていくのだ。
「倒した」
私は大きく息を吐いた。
まだ敵は残っているが、 その脅威の半分は削れた。
わずかな安堵を胸に仕舞い、私は未だしゃがみ込んだままのシェルティに手を差し出した。
「ミ……ミ……ミケさん」
しかし、シェルティの視線は私ではなく、その向こうを指していた。
「ミケさん……あ、あれ」
それを指差しながら、血の気の引いた顔をさらに青くしていくシェルティ。
私は跳ね、後ろを振り返った。
「申し訳ありません、アシン。抑え切れませんでした」
「クアァ……」
カルネとハービィが息を切らして走って来た。
「いや、仕方ない。どのみちあれには対処しようがなかったんだ。それに、こっちをどうにかしないと……」
アシンさんは2人を一瞥し、すぐに槍を目の前に現れた相手に突き付けた。
それは、私の背後に立ち上がった激しく燃え盛る炎。
「不死身……」
それは比喩ではなく、まるでバラバラに散らばった積み木の様に崩れた体を組み直していた。
赤くただれた肉が繋ぎ合わされる度に、パチパチと弾ぜた薪の様な音が耳を打つ。その継ぎ接ぎの肉体から噴き出している青白い炎。
そして大地を踏み締め、それは炎の中低くくぐもった産声を上げた。
「あ、あのおサルさん……生き返っちゃいましたね……」
シェルティは呆然と指差した格好のまま、蘇ったマスターエイプを眺めていた。
それはこの場にいた全員が同じだった。
同時に、マスターエイプの背後に白いドクロが降り立った。
「キッキッキッ!」
マスターエイプの影でふんぞり返りながら、イヤらしい笑い声を漏らすシャーマンエイプ。
「まさか、先にシャーマンエイプを倒さないとダメなのか……?」
アシンさんは頬を伝う汗を拭うと、構えた槍を強く握り直した。
「しかし、シャーマンエイプには物理攻撃も魔法もすり抜けて通じませんぞ!?」
確かに。私もさっき蹴りを見舞ったけど、相手の体が霧に化けてすり抜けてしまった。
それに、そろそろスタミナ値が少なくなってきた。階段を登っていた時から連戦に次ぐ連戦で休むヒマもなく戦ってきたんだ。
何度も蘇る敵と攻撃が通じない敵相手ではいずれじり貧になるのは目に見えている。
「いや……全員すぐにシャーマンエイプを叩いてくれ!」
突然、アシンさんが叫んだ。
何かに気付いたのか、槍を構え飛び出した。
「マスターエイプが回復するに連れてシャーマンエイプの黒いモヤが消えていってる! もしかしたら今なら攻撃が通じるかも知れない!」
目を凝らして見ると、確かにシャーマンエイプから湧き出る黒い霧がマスターエイプに吸収されている様に見えた。
それに従ってマスターエイプの肉体が再生しているようだった。
そして、先程まで黒い霧に覆われて捕らえどころのなかったシャーマンエイプの体が、今ははっきりと形を保っている。
真っ先に槍を向け、アシンさんがシャーマンエイプへと走り出した。
「バオォオオオオッ!!」
だが、そのアシンさんに突如マスターエイプが襲いかかった。
「ぐ……ッ!」
赤熱した豪腕をかろうじて槍で受け止めたアシンさん。
槍が軋む音と、歯を食いしばる音が響く。
その巨体から火山のごとく凄まじい圧力を放つマスターエイプ。あまりの威力にアシンさんの足下の石畳が悲鳴を上げた。
「コイツは俺が全力で食い止める! みんなはシャーマンエイプを……ッ!」
それでも、アシンさんは足を踏ん張り前へ出た。
マスターエイプの鉄拳を槍で弾き返し、押し戻す。
「ライトニングボルト!」
私は腕を振り上げ駆け出した。
アシンさんが見つけたこの勝機。無駄にする訳にはいかない。
このわずかな機会だけで敵の弱点を推察、看破するとは。
アシンさんの洞察力には何度も助けられている。本当に大した人だ。
だから――
「ビギッ!?」
電撃に不意を突かれたシャーマンエイプ。
今までどんな攻撃をもすり抜けていたのが、ついにその体を紫色の閃光が貫いた。
「――必ずここで倒す」
全身から灰色の煙を上げるシャーマンエイプ。それでもゴム毬のごとく跳ね、地を蹴って逃げようとする。
その横面を私は全力の飛び蹴りでぶち抜いた。
キリキリと宙を舞いながら、地面に激突し転がるシャーマンエイプ。
「浅い……!」
爪を立て、地面にいくつもの直線を抉るシャーマンエイプ。それから、すぐに低く伏せた姿勢で構え直した。
本当ならば地面に倒して追撃したかったが、直前に後ろへ跳ばれ威力を殺された。
「てやあぁああ~ッ!」
「クアッ!」
シャーマンエイプが杖を振りかざそうとした瞬間、シェルティの大鎌が斬りかかった。
同時にハービィも火球をぶつけた。
「キキッ!」
しかし、シャーマンエイプは2人の攻撃を躱し、地を跳ねて距離を取られてしまった。
「わっ!?」
シャーマンエイプの杖から放たれた炎の鞭がシェルティの大鎌を絡め取り、力任せに引き寄せた。
不意を突かれて態勢を崩し、強引に振り回されるシェルティ。
「シェルティちゃ……ぐほぇッ!?」
すかさず助けようと飛び出したカルネだったが、その鳩尾にシェルティの後頭部が突き刺さった。悶絶するカルネの喉から変な声が漏れた。
「あてて……っ。カ、カルネさん!? だだだ大丈夫ですか?」
慌ててシェルティは倒れたカルネの頭を抱え起こした。
それからそっと膝に乗せてあげ、顔中のシワを寄せて耐えるカルネの顔を覗き込むシェルティ。
「……幸せです」
カルネは大丈夫そうだ。
「ギャギギッ!」
未だ体勢を立て直していない2人に炎の鞭が襲いかかった。
「させない」
鋭く飛び出した炎の鞭は2人に届く事なく、止まった。
私は左手を伸ばし、腕に鞭を巻き付かせていた。
「ミケさん! 黒い霧が!」
シェルティがそれを目で追いながら叫んだ。
完全回復したマスターエイプから再び黒い霧がシャーマンエイプに戻り始めている。
「ふッ!!」
シャーマンエイプが鞭を引き寄ると同時に、その勢いを利用して懐に潜り込んだ。
「ギゴッ!?」
上から下まで体の中央のラインに沿って急所に拳を叩き込んでいく。
距離を取ろうとするシャーマンエイプの杖を掴み、引き寄せる。
そして、顔面の中心に思い切り肘をブチ込んだ。
頭が後ろまで跳ね飛び、紙屑の様に宙を回りながら地面に倒れたシャーマンエイプ。
「ギャキャキャッ!」
しかし、シャーマンエイプは体を仰け反らせ笑い声を響かせた。
「カァッ!!」
その頭のドクロがにわかに炎を噴き出した。
炎がシャーマンエイプを包み込み、ドクロは炎という肉体を得て形を成していく。
やがてシャーマンエイプの全身を覆った炎は、赤く燃える獣に姿を変えた。
「炎の……オオカミ!」
燃え上がる全身から無数の火球が空に解き放たれた。
拳大もある火球があっという間に空を埋め尽くしていく。
そして、昼空に輝く炎の星々は滝となって一斉に私達に降り注いだ。
今や黒い霧はほとんどシャーマンエイプの下に戻り、その燃え盛るオオカミの姿ごと隠しつつある。
やはり私では攻撃力が足りない。もはや倒すに至るには間に合いそうになかった。
「ミケさんっ!」
突然、シェルティの声が聞こえ、振り返った。
目に入ったのは2本の大鎌を引きずったシェルティの姿。
その瞬間、私は未だ腕に巻き付いたままだった炎の鞭を引いた。
その先端から続くのは、炎のオオカミの体から不恰好に突き出した杖。
わずかに態勢を崩したオオカミの背後に回り込み、背中を蹴り押した。
精霊族にはMPが存在せず、その代わりに他の種族と比較してHPが極めて高い。
そして、精霊族にはその高いHPを他のステータスに転化、大幅に上乗せする事ができるスキルがある。
これによって攻撃力を高め、さらに通常ではできない装備構成をも可能にする。
「ライフドライブ・筋力転化!!」
シェルティの体から薄紫色の闘気が迸り、その周囲を漂う小精霊が激しく燃え上がった。
これが、シェルティ本来の大鎌二刀流。
『ガアアアッ!』
そのシェルティに向かって咆哮と共に火球が雨となって降り注いだ。
飛び交ういくつもの火球と次々と立ち昇る火柱で、オオカミまでの道が閉ざされていく。
「クアァ!」
だが、迫る火球の前に割って入ったのはハービィだった。
大きく口を開き、シェルティに射線を向ける火球を次々と吸い込んでいく。
『ファイアドレイン』
サラマンダーの固有スキル。
吸収できる容量に上限はあるものの、火属性の魔法攻撃を食らい無効化、自身のMPを回復する事ができる。
「けぷっ」と満足そうに煙を吐くハービィの横を薄紫色の閃光が駆け抜けた。
「フォースプラス! シェルティちゃん、頼みましたぞ!」
筋力を上げる中級支援魔法。カルネからシェルティに手渡された温かな光。
『ガァアッ!』
火の粉が散った。
オオカミが爪を立てて勢いを殺しながらも、シェルティに向かって地を滑っていく。
その全身が、大鎌の射程に入った。
「二鎌……フルムーンパーティーッ!!」
炎のオオカミを切り裂いた、水平に走る2本の刃。
円を描く剣閃が周囲一帯の空間を何度も通り抜け、その体を崩れ落ちる間もなく輪切りにしていく。
やがて二振りの大鎌が止まった頃、オオカミも動きを止めた。
一瞬、シェルティの方を振り返ったオオカミ。だが一呼吸置いた後、それは紙細工の様にはらりと風に散っていった。
黒い霧もオオカミの体に集まり切る前に、全て霧散して宙に溶けて消えていた。
「ぐあッ!」
消えゆくオオカミの様子を見届けた私の足下に、アシンさんが転がり込んできた。
アシンさんは震える片膝を押さえ、体を起こした。
体中に負ったおびただしいダメージが戦いの激しさを物語っていた。
「アシンさん」
私が駆け寄ると、しかしアシンさんは顔を上げて笑いかけた。
「もう大丈夫。終わったよ」
アシンさんと対峙する様に立ちはだかる影。
その影を私は見上げた。
その影の胸から生えていたのは、深く突き立ったアシンさんの槍の柄。
マスターエイプは仁王立ちから前のめりに倒れ伏し、燃え尽きた炭の様にバラバラと崩れ落ちた。
ガランと音を立てて地面に転がる槍。
仄かに赤く燻っていた肉体の破片は、金色の光の粒となって静かに舞い上がっていった。
「アシン! よくぞご無事で!」
カルネがアシンさんに駆け寄ると、2人は拳を合わせて笑い合った。
まさか倒してしまうとは。
アシンさんは謙遜してしまうと思うけど、実際かなり腕を上げているんだ。
少しずつだけど、確かに。それに引っ張られて周りも引き上げられている部分も大きい。
だからみんなも頼りにしてるんだと思う。
やはり、大した人だ。
「あのぅ……回復お願いしますぅ……。もう死にそうですぅ……」
ふと聞こえてきた声で思い出した。
精霊族はMPが無い代わりにHPを消費して必殺技を放つ。大量のHPを筋力に注ぎ込んでいた上で大技を披露したのだ。
まさに命を削る諸刃の剣にして切り札。
フラフラと陽炎の様に消えかけた体で、シェルティがずっとこっちを見てた。ごめん。
次回投稿は15日午後8時予定です。
次回第55話『神獣』
お楽しみに!