53・サル山のボス達
「ゼェ……ゼェ……。みんな無事か?」
「い、生きてま~すぅ……」
「キュウ……」
「ですぞ……ヒィ……ヒィ……」
「わ、私も……無事」
私達は地面に大の字になって天を仰ぎ、乱れた息を調えていた。
戦闘中、シェルティが崖から放り出されたり、それを助けようとしたカルネが一緒に宙吊りになったりと色々あった。
でも、なんとか私が石碑を解読し終えたタイミングでソディス達の方も門を開けてくれたので、辛くも全員門の内側に滑り込む事ができたのだった。
「ここはお庭でしょうか?」
「にしては殺風景ですな。何もありませんぞ」
シェルティとカルネはゆっくり体を起こすと、視線をぐるりと一周させた。
門の内側は高い壁に囲まれた何も無い、ただ広いだけの空き地。
岩をくり貫いて造ったのであろうこの広場に、私はなんとなく見覚えがあった。
「ここは……きっと修練場」
恐らくここは大昔、多くの武闘家達が心身を鍛える為に集い、修行を積んでいたのだろう。
寂れてはいるが、所々に強く何度も踏みしめた足の跡や染み込んだ血と汗の影が刻まれているのが感じられた。
お父さんとの旅の途中、幾度となく訪れた光景が瞼に浮かんだ。
時には殺気立った門弟達と道場破りのごとく闘ったり、または友好的に技術交換をし、寝食を共にした事もあった。そうやって私も技を磨いていったものだ。
「ややっ? 向こうに何かありますな。どれ、ワタシがちょっと調べてみましょう。皆さんはここで休んでいて下され」
「じゃあ私も! ハービィ、向こうにあるあの変なのまで競走だよ~!」
「クア!」
「はっはっは~っ! 逃げ足に定評のあるワタシに勝てますかな~?」
カルネとシェルティ、ハービィは連れ立って飛び出していった。もう復活したのか。元気だな。
「あれは祭壇? 何故こんな所に……」
殺風景で特に何もない修練場だが、ひとつ見慣れない物が目に付いた。
アシンさんがそれを見て首を捻った。
修練場の奥、シェルティ曰く変なの。
元々この場所に存在していた大きな岩を彫って作ったのだろう。細かな彫刻が施された大きな祭壇。
その大きさは小山程もあり、その頂上まではまた長い階段を登らなくてはならない。
どこか宗教色を帯びた雰囲気を漂わせ、信仰を注がれていた様子が窺える。
「ミケさん。最後の石碑の内容、もう一度見せてもらえますか」
「うん」
私はスクリーンショットに保存した写真を表示させ、読み上げた。
「『獣の血は大いなる力と永劫の呪いを与える。過ぎたる力を求める事なかれ。畏れ敬い、人はあれを神の獣と呼んだ。その名はレドニレア』」
ここに来てやっと判明した神獣の名前。
レドニレア。
「血と力……そして呪い。んん~……」
アシンさんは顎に手を添えて何やら唸っている。神獣の秘密に想いを馳せているのか、攻略の糸口を探しているのか、眉間にシワを寄せてスクリーンショットを眺めていた。
「ぎぃやあああああ~ッ!! 出たぁああああ~ッ!! ミゲざあぁああん!!」
「うわひぁああああぁッ!! アジンんんん!!」
「クエァアアアア~ッ!?」
突然の叫び声に私とアシンさんはビクリと肩を震わせた。
「ど、どうした!?」
「ひぃいいい! お、おば、おばおば……!」
「待っ、カルネ! うわあああっ!!」
色々な汁まみれの顔面でアシンさんに抱きつくカルネ。悲鳴を上げるアシンさん。
シェルティも私の後ろに隠れる様にしがみついて離してくれない。耳元でガチガチと歯を打ち鳴らす音がくすぐったい。
ハービィもシェルティの後頭部に隠れて震えていた。
「ああああれあれあれ……っ」
シェルティが逃げてきた先を指差した。
その先はあの祭壇。その頂上は不自然に立ち込めた黒い霧に覆われていた。
闇夜、またはぶちまけた墨汁を思わせる黒いそれ。生き物の様にグネグネと蠢く大きな霧が、数人は歩き回れるくらいの広い祭壇をスッポリ覆い尽くしていたのだった。
その中を水に浮かぶ木の葉の様に、鋭い牙を生やした獣の白い頭蓋骨がゆらゆらと佇んでいた。
「オバケですぅ!!」
鬼火の様にチロチロと小精霊を漂わせ、姿を薄く消していくシェルティ。どっちがだ。
頭蓋骨はのそりと右に左にその顔を揺らすと、祭壇を踏みつけて立ち上がった。
「お、落ち着けカルネ! あれはモンスターだ! ほら、足がある!」
カルネに頬擦りされて青くなっているアシンさんだったが、必死に祭壇のモンスターを指差して叫んだ。
「なぁ~んと、残念ですなぁ~! 悪霊ならば我が光魔法で成敗してくれたものを! とるに足らない邪悪な魔物めぇ! 覚悟するがいいですぞぉっ! さぁ、どう料理してくれましょうふははは!」
「う~ふふふ~っ! 足があるなんておマヌケさんなオバケですねぇ~! まぁ私は最初からわかってましたしぃ? たった1人で来るなんていい度胸です! ほうら大鎌のサビにしてやるんですうふふふっ!」
うわ立ち直り早い。
2人共武器を構えて不敵な笑いを湛えていた。
頭蓋骨がまっすぐこちらを見据え、手にした杖を高く空へ掲げた。
そして、黒い霧が晴れていくと頭蓋骨を被ったモンスターの全貌が露になった。
「あれは……サル? 頭蓋骨を被ったサルだ」
それは黒く薄汚れたマントを羽織り、首にはカラスの頭蓋骨を繋げた首飾りを下げている。
手には獣の骨でできているらしい白い杖を持っていた。
黒い霧の中から現れたのは、頭に獣の頭蓋骨を被った緑色の毛並みのサルだった。
「『シャーマンエイプ』。あれがボスか!」
アシンさんが槍を構え、切っ先を祭壇の頂上へと向けた。
「ケェエエエエアッ!!」
頭蓋骨の眼窩に紫色に揺らめく明かりが灯ると、シャーマンエイプが空を切り裂く様な雄叫びを上げた。
そして、再び黒い霧を身にまとい、それをこちらに向けて一斉に解き放った。
「!」
私達の周囲を黒い霧が渦を巻いて取り囲んだ。
「なーなななななな何ですかぁこれぇ~!?」
「ひゃあー! ごめんなさい調子乗りましたワタシ田舎へ帰らせていただきますのでご勘弁を~!」
シェルティとカルネ、2人共もんどりうちながら私の後ろに逃げ込んだ。
私達の周囲を壁となって阻む黒い霧。
やがてそれは5本の柱となり、中から大きな影が現れた。
「…………」
それは白い毛並みのサルだった。
その体躯はジャイアントエイプよりは細身だが、より引き締まったまっすぐな立ち姿。
深々と着込んだ丈の長い漆黒のコートには、所々金色の刺繍が施されている。 腕を前に組んだまま微動だにせず、仁王立ちで5体全員が鉄の様に静止していた。
不気味な程静かにも関わらず、立ち姿だけで私達を押さえつける程の威圧感が肌に伝わってくる。
気品さえ感じられるその姿から、これまで現れたサルとは一線を画する事は間違いない。
その名は「マスターエイプ」と表示されていた。
「よけてッ!」
突然、斧の様な強烈な蹴りがシェルティを襲った。
「うひぃ……ッ!」
寸前で大鎌を挟んで直撃は避けたものの、その威力を受け切れずシェルティは地面に激しく叩きつけられた。
「シェル――」
凄まじい衝撃がガードした腕から伝わってくる。反射的に上げた腕が防御に間に合った。
私は咄嗟に地面を蹴り、もらった突きの威力を殺した。
気付いた時には距離を詰められ、攻撃を受けていた。その威力により私の体は遥か遠くへと飛ばされた。
ダメージはほとんど無いが、しかし判断を誤った。みんなと1人分断されてしまった。
「ッ!」
顔を上げると、すぐ両隣に黒いコートがはためいた。
左右同時に繰り出された蹴りと突きをすんでの所で受け流す。
その手足を突き押し、距離を取った。
「ふう……」
頬に付いた赤い軌跡を手で拭う。
いつ近付かれたのかわからなかった。
私はまだ過小評価していた。このサル達は想定していたよりずっと手練れだ。
わずかな隙間に息を吸い、整えた。
しかし、たった一呼吸。全く隙を与えてくれない。
間髪入れず攻め込んでくる2体のマスターエイプ。
この世界に来てから初めて戦う、徒手空拳の使い手。
恐ろしいまでの武の力を持った敵。そんな敵に囲まれ、窮地に立たされている。
「みんな。すぐ行く」
だけど、私の足は軽く弾んでいた。
私はそう呟くと、目の前で暴れ狂う拳と蹴りの中に飛び込んだ。
「大車輪円舞ッ!」
アシンさんの槍が大きな円を描き、忍び寄ってきたマスターエイプ達を牽制する。
「シェルティさん! 動けるか!?」
「は、はい……。HPにだけは自信があるんで」
大鎌を杖に立ち上がるシェルティ。フラついてはいるが、ダメージはさほどでもなさそうだ。
「敵が2体ミケさんを追っていった! 俺達もここを切り抜けて加勢しよう!」
「は、はい!」
「クア!」
アシンさんが檄を飛ばすと、シェルティとハービィも続いて残った3体の敵へとそれぞれ向かっていった。
「はあッ!」
渾身の力を込めて突き出したアシンさんの槍だったが、マスターエイプは片手で滑らせる様に受け流した。
すぐに槍を引き、アシンさんは次の一撃を繰り出す。
「それなら、雷閃ッ!!」
必殺技の輝きを帯び、閃光と化した槍が正面のマスターエイプを貫いた。
「……なにッ!?」
しかし、その穂先は掌で叩かれ、傷一つ負わせる事なく空を切っていた。
アシンさんが軌道を逸らされた槍に気を取られた一瞬。その肩が拳で撃ち抜かれた。
態勢を崩され、それでもその威力を利用して後ろへ距離を取る。
「く……っ!」
アシンさんが槍を握り直し、マスターエイプに向けた。
しかしその瞬間、マスターエイプの姿がかき消えた。視界を埋め尽くすコートの黒。
アシンさんの鳩尾に縦拳がめり込んだ。
その威力に体をくの字に折り、アシンさんは後ろへ吹き飛んでいった。
シェルティが自分の足下に転がってきたアシンさんを見やる。
「アシンさん! 今助けに……ひやあぁ! 助けてぇ~!」
シェルティも自分の前にいるマスターエイプを相手するので手一杯のようだった。
シェルティの振り抜いた刃がマスターエイプの肘と膝に挟み取られた。
驚く間もなく、裏拳がシェルティの鼻先を掠め悲鳴が上がった。
「ぐ……っ。技の鋭さだけならミケさん並……。それにあの歩法……。全く気配を感じられない。気付いた時には槍の懐へ踏み込まれていた」
それは、今も。
アシンさんは地面に膝を着きながら、既に自身の間近に迫った蹴り脚を見上げていた。
反射的に短く持ち直した槍を突き出すものの、不意に変わった蹴りの軌道がその先端を蹴飛ばした。
「まだだッ!」
アシンさんは足を踏ん張り、刃を翻してもう一度槍をマスターエイプに向けた。
しかし、読んでいた様にマスターエイプの踵が槍を踏みつける。刃が地面に食い込み、今度こそ止められてしまった。
「アシン、一度退がるんです! セイントビィイ~ムッ!」
後衛に控えていたカルネが放った魔法の閃光。
だが、不意を突いたにも関わらず、瞬時に体を入れ替えたマスターエイプの手刀に叩き落とされてしまった。
「…………」
にわかにマスターエイプの目が魔法を放ったカルネを向いた。
次の瞬間、マスターエイプの姿が消え、その巨体がカルネに肉薄した。
「ぎゃああ! マズイですぞぉ~!」
アシンさんが反応するより早く、マスターエイプはアシンさんの背後に通り抜けていた。
冷や汗を流し見上げるカルネの顔に岩の様な拳が振りかぶられる。
「……ッ! 届けッ!」
アシンさんが槍を伸ばした。
振り向き様の咄嗟の一撃。狙いも着けずがむしゃらに出したそれ。
しかし、それは背を向けるマスターエイプの肩をわずかに浅く切りつけた。
「グオオッ!?」
マスターエイプの拳がわずかにカルネを逸れた。
これまで静寂を保っていたマスターエイプから初めて声が漏れた。
「クアッ!」
その時、ハービィが炎を広範囲に放射した。
自身が相手をしていたマスターエイプだけでなく、敵全体に炎を浴びせかけたのだった。
しばらくその場で燃え続ける炎の壁が、マスターエイプの群れとこちらを分断してくれた。
その隙にみんな敵から距離を取った。
「アシンさん、大丈夫ですか?」
「シェルティさん、大丈夫。ありがとう。ハービィ」
シェルティの肩に舞い戻ったハービィに、アシンさんは笑いかけた。
アシンさんは槍の感触を確かめながら握り直し、辛くも離脱できたシェルティと共に後退した。
「しかし、打つ手がありませんぞ」
カルネもみんなに回復魔法をかけて体勢を立て直した。その頬に一筋の汗が流れ落ちた。
「いや、これで少し糸口が見えてきた」
しかし、アシンさんのその言葉に、シェルティとカルネはアシンさんに注目した。
「あれだけこちらの攻撃を回避されてきたのが、最後の一撃だけ何故か通った」
アシンさんの槍はマスターエイプの背中にほんの浅い傷を与えたに終わった。
だが、初めて確かに攻撃が通ったのだ。
「恐らくやつらの行動には何か制限が……もしかしたら防御回数。一定時間内、もしくは移動させずに3回防御で行動に制限がかかるのかも知れない」
アシンさんの推理にシェルティとカルネは顔を見合わせた。そして、2人共驚きに目を見張った。
「すごいすごい! アシンさんってイマイチぱっとしないお兄さんだと思ってましたけど、全然そんな事ないんです!」
「さすがアシンですな! これで何故女子にモテないのか不思議でなりませんぞ!」
「そ、そう言ってもらえると嬉しいよ……」
2人の屈託の無い称賛に、アシンさんは苦笑いを浮かべた。
「後はどうやって攻略するかですよね?」
シェルティは再び動き始めたマスターエイプ達を覗き見つつ、アシンさんを見上げた。
「やはり手数で押し込むしかないな。しかし、防御の他にあの凄まじい反撃をかい潜っていかないといけない。さらにああも3体固まっていては押し切れるかどうか……」
「それならば、ワタシに妙案がありますぞ」
サル達を見据えて唸るアシンさんとシェルティだったが、そこでカルネが不敵な笑みを浮かべた。
ずいと前に出て、胸を張るカルネ。
肩で風を切りながらのその足取りは何故か自信に満ちていた。
「ふっ。女の子に守ってもらってばかりでは格好がつきませんからな。なぁに、ワタシも男の端くれ。今こそその本懐を遂げる時でございましょう! シェルティちゃん、しかと目に焼きつけてくだされぇ~っ!」
「カルネ!」
シェルティにウインクしたカルネはアシンさんが止める間もなく飛び出していった。
シェルティは首を傾げた。
「聖なる力よ! 世にあまねく命の伊~吹よぉ! 今、我が呼びかけに応えその一端を現したまえぃ~! いざ、必殺の……プぅリズム……ッアローぉおおおっ!」
左手の指先から連続した光の矢が放たれた。
全ての魔法職が最初に覚える練習用の初級魔法。もちろん命の伊吹とか関係ない。
威力は無いに等しい代わりにチャージタイムが無く連射が利く。
連続して放たれた光の矢は2体のマスターエイプに次々と当たったが、呆気なく叩き落とされて消えた。
「バハァ……!」
そんなか弱い花火ではあるが、受けたマスターエイプは苛立ちに牙を剥き出してカルネを追いかけ始めた。
「いっ……いっいっ今の内にィ~! 後はよろしく頼みましたぞぉおお~!」
そう引き吊った声を垂れ流しながら、カルネは明後日の方向に全力で逃走した。
「即席のチームではあるけど……やってやれない事はない! シェルティさん! 全力で押し切ろう!」
「はいっ! アシンさん! カルネさんもがんばってくださ~いっ!」
カルネに引き連れられて行った2体。
そして、1体残ったマスターエイプが地を滑る様にアシンさんとシェルティ、それからハービィの2人と1匹に向かって突き進んできた。
「てぇやあぁああっ!」
シェルティは大鎌を大きく振りかぶり、間合いの外からマスターエイプにその刃を一閃した。
「うひ……っ!?」
しかし、その刃は掌で掴み取られ、強引に引き寄せられた。
驚くシェルティの眉間にマスターエイプの肘鉄が合わせられる。
「砲墜!」
上空高く跳躍したアシンさんからの垂直降下する槍。
あわやシェルティの顔面が撃ち飛ばされる間際、マスターエイプは肘鉄を解いて槍の穂先を殴り弾いた。
「ごは……ッ!」
さらに真下から打ち上げられた踵が腹部にめり込み、アシンさんが顔を苦悶に歪めた。肺から搾る様に空気を吐き出し、崩れ落ちた。
「クゥウアッ!」
アシンさんの背後から飛び出したのは、口の中に炎を漲らせたハービィだった。
自身を見上げるマスターエイプに、ハービィは炎の塊を吐き出した。
「ギウっ!?」
しかし、ハービィが炎を発射しようとした時、その顔を影が覆った。
「バハァッ!」
ハービィが影を視認するより早く、その頭上へ跳んでいたマスターエイプ。
首を大きな手に掴み取られたハービィは、地面に向けて叩きつけられた。
石の床から軽い音が響いた。
「ハービィ!!」
シェルティが叫んだ。
砂埃を巻き上げ、地面に力無く横たわるハービィ。
そのハービィにマスターエイプの拳が振り下ろされた。
「これで……3回ッ!!」
突然響いた金属音。
振り下ろされた拳はハービィではなく、自らの腹部に迫った槍を防ぐ事に費やされていた。
マスターエイプが今しがた防いだ槍の向こう、その柄を握る者に視線を向けた。
そこにあったのは地面に倒れ、それでも尚這いながら槍を伸ばしていたアシンさんの姿。
「シェルティさんッ!!」
それに気を取られた瞬間。
「はぁあああッ!!」
マスターエイプの拳が斬り飛ばされた。
さらに大鎌を振り上げた勢いのまま体を回し、刃を後ろへ大きく引き下げるシェルティ。
そして、遠心力をかけて思い切り前へ振り抜いた。
マスターエイプも手首を失った片腕を引き、残った片腕で拳を繰り出した。
唸りを上げてシェルティの髪を掠める突き。
しかし、その拳も放物線を描いてシェルティの背後へ消えていった。
マスターエイプの視線の先で、シェルティの振り上げた大鎌が刃を返した。
「バハァッ!」
マスターエイプは堪え、足を踏ん張り血走った瞳で吠えた。
両腕を失いながら、それでも前へ出るマスターエイプ。
その瞳にシェルティの顔が大きく映った。
「よぉくもハービィをぉお~ッ!!」
相対するマスターエイプの背中を赤く濡れた弧が突き抜けた。
顔を覗き込む程、懐深く飛び込んだシェルティ。
「ハーフムーンダンス!!」
柄を握り、振り抜く。
大鎌がマスターエイプの胸から脇腹までを抉り、その胴を引き裂いた。
同時にマスターエイプの視界からシェルティの姿がかき消えた。
すれ違い様に体を翻して刃を疾らせるシェルティ。
半月状の軌跡がマスターエイプの背中を撫で切りにし、さらにその身を何度も刃が通り抜けていく。
その名の通り、軽快に踊る足捌きがリズムを奏で終わった時。
マスターエイプの体は光の粒となって風に吹かれていった。
「ハービィ!!」
シェルティは大鎌を投げ捨て、地面に横たわるハービィに駆け寄った。
慌ててしゃがみ込み、腰のアイテムホルダーから回復ポーションを抜き取るシェルティ。
しかし、ハービィは目を閉じたままピクリとも動く様子はない。
「大丈夫。大ダメージを負った事で一時的なスタン状態に陥ってるだけだ。じきに目を覚ますよ」
槍を杖にして駆けつけたアシンさんも倒れたハービィを覗き込んだ。
「ク……クオ?」
オロオロとシェルティが様子を見守っていると、ちょうどハービィが目を覚ました。
「ハ、ハービィ~!」
それを見てシェルティは腕を開いてハービィに飛びついた。
「キョッ!?」
だけど、すっとんきょうな声を上げてハービィは飛び去ってしまった。
「むう……。いけずぅ……」
空振りした腕を1人抱き締めて、シェルティ口を尖らせた。
そんな折、ふと彼方から悲鳴が聞こえてきた。
「あ、いけねっ! カルネ!」
アシンさんが飛び上がった。すぐに槍を持ち、慌てて声の方向へと走り出した。
「キュア!」
頭上で一回転しながら、ハービィが定位置のシェルティの頭に着地した。
「ふふっ。行こっ。ハービィ!」
すっかり元気を取り戻したハービィにシェルティはくすりと笑みを漏らし、アシンさんの後を追っていった。
次回投稿は8日午後8時予定です。
次回第54話『獣のドクロ』
お楽しみに!