52・セーフエリアと神獣の石碑
「おい。あそこ、なんかあるぞ?」
正面を塞ぐ様に現れた白い滝。
覆い茂る森の中、ポッカリと開いた空が映り込んだ青く輝く岩壁。その岩壁を分断する様に、滝は白い水煙を上げていた。
それは真下の水面に泡と共に深く沈み込み、やがて澄んだ流れとなって私達の足下を通り過ぎていく。
ここは滝壺。
正面の滝と岩壁に阻まれている以外は広く開けている。川岸の岩場も平らな岩盤が連なり、遠くまで歩きやすい。
その周囲の森はさっきと打って変わってしんと静まり返っていた。
ずっと絶え間なく襲いかかってきていたサルの群れもここに近付くに従ってその数を減らし、この滝壺の広場にたどり着いた頃にはすっかり姿を消していた。
そんな滝壺の手前に鎮座していた、川の中には不似合いな黒い石碑。
それを発見したバジルが指を差してみんなを呼んだのだった。
「これは……文字が書いてある。神話文字だ」
アシンさんが石碑を覗き込み調べる。
艶やかな直方体の表面は顔が映り込む程に滑らか。その上部には読めない文字が彫られてあった。
「道も他に見当たらないし、これが読めないと先に進めないようですね。やはりここもスカウトが必須か……」
顎に手を当てて小さく唸るアシンさん。
皆も諦め一度撤退を考え始めた様子だったが、そこで私は手を上げた。
「私読める」
全員の目が一斉に私に注がれた。
「あっ! そうか! ミスティックマスター!」
フォルマージさんが私の職業を思い出して手を叩いた。
そう。私の職業はミスティックマスター。
器用貧乏で魔法の性能は低いけど、あらゆる魔法が揃った万能魔法使い。
スカウトの探索スキルも下位互換ではあるが使う事ができるのだ!
「ルインスペル」
私は意気揚々と解読の魔法を唱えた。
皆が期待の眼差しで私を見ている。私の魔法が期待されたのって、もしかしたら初めてかも知れない。
「ええっと、なになに……?」
グラノを先頭にみんなもはやる気持ちを抑え切れず、石碑に浮かんだ文字を覗き込んだ。
「もうちょっと待って……」
しかし、浮かび上がった文字は所々虫食いで、読めない箇所が多々あった。
文字ごとに熟練度が設定してある仕様なので、読める様になるまで時間がかかるのだ。
締まらない……。みんなも苦笑いだ。
「『火の欠片はどこにあってもいずれここへ帰る』」
私じゃない。
突然、誰かが文字を読み上げた。
「我輩、神話文字は長年アルテロンド大図書館にて読みふけっていたのでな。このくらいならばソラで読める」
ソディスだった。
「す、凄い……!」
「マジかよ」
「なんと、その様な特技があったとは。さすがですな!」
「この人が役に立ってるのを初めて見た!」
方々から歓声が上がった
ソディスはそっと目を閉じると、得意気に微笑んだ。
「…………」
私の見せ場を返せ。
すると、空を覆う木々の一部から日の光が射し込み、岩壁の左右両端を照らし出した。
いつの間にか、そこには滝の上へ登る岩の階段が現れていた。
「ここから先は二手に別れて進む事になるようだな」
ソディスが左と右の階段それぞれに目をやり、それから私達全員を見渡した。
しかしながら、レッドピースにはスカウトの技能を持つメンバーがいない。
その為、役割ごとにパーティを組み直す必要がある。
「では、まず神話文字が読める我輩とミケは別行動であろう」
「ん」
ソディスが私に目配せした。
私は頷いた。
「ボクはソディスと同行させてもらうよ。ボクの付与魔法は支援に特化してるからさ。ソディス、回復ポーションの在庫は十分だよな?」
「当然だ。我輩、自慢ではないがそれしか能がないのだからな。皆にも後で渡しておこう」
「2人で一人前という訳さ」
ジノは川の中に浮かぶ手頃な岩を見つけ、腰かけた。
ソディスもジノの方を見ると、頷いた。
「じゃあ俺はジノちゃんの護衛に付いてく!」
「ああ。それが俺らの使命だからな」
グラノとバジルが挙手した。2人はジノを追い、まるで付き従う様にその両脇に収まった。
鼻を鳴らし、胸を張るジノ。なんだか嬉しそうだ。
「じゃあ私はミケさんと行きますね。ミケさんと一緒なら何があっても絶対安心ですし」
「クア!」
シェルティが私の側に駆け寄ってきた。そう言ってもらえると私もちょっと嬉しい。
私の周りを回りながら、ニコニコと背後から両肩にもたれかかるシェルティ。犬か。
ハービィはそんなシェルティの頭で振り落とされまいとしがみついていた。でも、やっぱりちょっと楽しそうだった。
「グラノとバジルがそっちに行くなら俺はミケさんと同行するよ。カルネもこっちでいいだろ?」
「もちろんですとも! 任されましたぞ!」
アシンさんとカルネも川の流れを蹴りながら集まってきた。
「じゃあフォルはソディスさんのフォローを頼む」
「オッケー」
こうして割りとすんなりパーティ編成が決まった。
『第1パーティ』
アシン
ミケ
シェルティ&ハービィ
カルネ
『第2パーティ』
ソディス
ジノ
グラノ
バジル
フォルマージ
まず、神話文字が読める私とソディスは別々のパーティだ。
遠距離攻撃が可能なフォルマージさんとハービィを使役するシェルティもそれぞれ別パーティに割り振った。
回復支援役でカルネとジノ、ソディスをそれぞれ配置。
それから、前衛はバランス良く分散させた結果こうなった。
「そうだ。ジノ、皆にあれを」
「あ、うん」
いざ出発、と皆岸に上がろうという所でソディスがジノを呼んだ。
ジノもすぐに把握したのか、頷くより早くアイテムボックスを開いて何かを取り出した。
「みんなにこれ。ボクが焼いたクッキーをあげるよ。無事ボクを守り切ったご褒美さ」
ジノが両手いっぱいに抱えたそれ。取り出したのは赤や黄色と色とりどりのリボンでラッピングされた包みだった。
「ジノちゃんの!」
「手作り!?」
グラノとバジルがジノの正面に跪くと、その綺麗にラッピングされたクッキーを食い入る様に見つめた。
「わ~い。クッキーですぅ」
「まだだよ」
グラノ、バジルと一緒に目を輝かせて並んだシェルティ。
お預けを食らった犬の様にじっと覗き込むシェルティの、その伸ばした手にジノの待てがかかった。
「これから魔法をかけるのさ」
「萌え萌えキュ~ン……ですか? 確かにジノくんなら似合うと思いますけど……はっ! ツンツンジノくんの萌えキュンはレアですよ!」
シェルティは手でハートマークを作り、小首を傾げた。
「するか! 『装填魔法』だよ! ボクの装填魔法は料理にも使えるって知ってるだろ」
アイテムとしての効果は存在しない料理だが、アルケミストの装填魔法は料理にそれを付与する事が可能なのだそうな。
「『チャージ・リジェネレイション』!」
ジノは目を閉じ、抱えた包みに魔法を唱えた。クッキーがほんのりと温かな光を帯びていく。
時間経過で少しずつHPが回復していく効果の魔法だ。
効果時間はホーリーオーダーの支援魔法の数十秒に比べて、数分から数十分と遥かに長い。
食事にかかる時間も考慮されているのか、料理用の装填魔法は効果の持続時間の長いものが多いんだとか。
「美味しくな~れ、美味しくな~れ。萌え萌えキュ~ン!」
「やめろッ!」
シェルティはしょんぼりした。
恥ずかしそうに顔を赤くしたジノだったが、無事魔法の装填は完了した。
気を取り直し、ジノは魔法をかけたクッキーを配っていった。というか、みんなが受け取りに並んだ。
「そういえば、作った料理にしか魔法かけられないんですよね?」
シェルティが受け取ったクッキーを眺めながら訊ねた。
「まぁね。店売りの食べ物にはできないし、アルケミストの料理人って貴重なんだからもっとボクを敬うんだぞ……おい、今食べるなよ」
鼻を高くして解説するジノの目を盗んで、包みのリボンを解こうとしているシェルティ。再び待ての姿勢でヨダレを垂らしていた。
「ただ、装填魔法は装填する際、MPの他に金銭を対価として消費するっていう厄介な特性があるんだけどね。おかげでサイフはいつも空っぽさ」
ジノは軽く首を振ってこぼした。
卑金属を黄金に変える為に発祥したのが錬金術だと聞いた事がある。
しかし、アルケミストが奇跡を起こす為にお金を消費しなければならないとは、なんとも皮肉なものだ。
「あ、だからいつもソディスさんと怪しげなお金のやり取りしてるんですね」
町でのあれか。
「ボクとしてはタダで料理の勉強ができて、食材も提供してもらえるっていうのは魅力的な提案だったしね。外に出なくていいし」
さすがインドア派。
料理と装填魔法を提供する対価として、ソディスがその費用を持っているそうだ。
それから、付与魔法と装填魔法は同時に使用可能だが、装填魔法同士は付与魔法同様一度に1つしか発動出来ない。
なので、装填魔法が発動中に新たに別の装填魔法を発動させた場合、古い方の効果は消滅し、新しい方のみが発現する。
さらに、装填魔法が施された料理は容量無制限の『料理・調理器具用アイテムボックス』には入れられない。
効果のあるアイテムを無制限に所持する事はできないのだ。
予めたくさんストックを用意しておけるのは装填魔法の強みであるが、便利な反面色々な制約が付いて回るそうだ。
と、ジノが得意気に教えてくれた。
それに、料理の話をする時のジノはとても楽しそうだった。
「うえぇ~……。これ、ジノくんだったら絶対泣いてますよ。大丈夫かなぁ……」
「クゥ……」
遥か頭上、青く突き抜けた大空にそびえる断崖絶壁。
片手で日を遮りながら天を見上げ、シェルティとハービィは呻き声を漏らした。
セーフエリアを出発し二手に別れた私達は滝を登り、川沿いに残る道の跡を辿っていった。
初めは対岸を進んでいたソディス達のパーティも今はもう見えない。
やがて鬱蒼と繁っていた森を抜け、広く開けた岩場で久しぶりにさんさんと降り注ぐ日の光を浴びる事となった。
そして、たどり着いた岩山に道は続いているようだった。
「あそこの岩壁の一部が階段状になってる。どうやらこの岩山を登るようですね」
アシンさんが断崖絶壁の端に人工的に切り出された足場を見つけた。
階段はこの岩壁を回り込む様に奥へと続いている。
「んん……」
私も額に手を添え、この目の前に立ち塞がる断崖絶壁を見上げた。青空が眩しい。
灰色の岩は一見殺風景で寒々しく映るが、でこぼこした岩の小さな影では緑色の苔がひっそりと生えていた。
断崖の中腹からもこの大きな岩山を突き破り、太い樹木がまるで諸手を掲げる様に高く、高く天へと枝を伸ばしている。
しかし、鳥はいない。代わりに時折木の枝を伝うサルの姿が視界をちらついた。
風に乗って甲高い咆哮が聞こえてきた。
眩しい日の光はほのかな熱を帯びていた。
「あの……アシンさん」
みんなが岩山へと登り始める中、私はそっとアシンさんの後ろに駆け寄った。
「これはなかなか壮観だなぁ……ん? ミケさん?」
岩山の頂を見上げていたアシンさんが不意にかけられた声に振り返った。
「どうしました?」
「あ、あの……」
アシンさんと並んで歩く。私は周りをキョロキョロと見回しつつ、口を開きあぐねていた。
そんな私の様子にアシンさんも首を傾げる。
ちょっと言いにくい。いや、照れくさい事なんだけどさ。
意を決して私はそれを訊ねた。
「……デッドは……?」
私が口にしたその名前に、アシンさんは納得した様に手を打った。
「ああ、デッドさんですか! 彼は既にもうずっと先へ進んでますよ。今は傭兵としていろんなパーティに雇われて忙しいそうです。やはりスカウトとしてとても頼りになる人でしたからね。大した人ですよ」
そうだよな。以前のレイドでは一時的に組んでいただけで、デッドは基本的にソロプレイヤーだった。
姿が見えないのがちょっぴり気になっていたが、やっぱりと予想はしてた。少し残念だった。
「ミケさん、デッドさんに懐いてましたもんね。大丈夫。ミケさんならきっとすぐに追い付けますよ」
アシンさんはそう言うと、屈託無く白い歯を見せて笑った。
懐いてたって言うな。私20歳だって知ってるだろ。子供扱いしないで欲しい。
でも、そうか。
デッドはもうずっと先へ進んでがんばってるのか。
私も良い仲間に巡り会えて少しずつだけど強くなっている。
いつかまた一緒に戦える日を楽しみにしていよう。
「誰ですか? デッドさんって?」
ふと、シェルティが私の肩から顔を覗かせた。背後を取られた。いつの間に。
どうやら後ろを歩く私達の会話が気になったらしい。
「えっと……」
私はデッドの事、私とアシンさん達が挑んだマクシミリアン砦跡での冒険をかい摘まんで教えた。
「へえ~。私と別れた後にそんな事が……。なんか大勢でワイワイ楽しそうです」
「シェルティも攻略したんだよね?」
レイドインスタンスダンジョンなんだから、シェルティだって大勢で挑んだと思ったんだけど。
「はい。でも、私はジノくんと2人でしたから」
「2人!?」
それを聞いてアシンさんが飛び上がった。
まぁ、アシンさんは2度失敗して、3度目でようやくクリアしたんだからな。
「ど、どうやって!? トラップや扉の鍵は!? ボスは!?」
「トラップと鍵はソディスさんがくれた秘密道具で。ボスはレベルを上げて物理で殴りました。大変だったんですからぁ。イヤがるジノくんを引きずって行くの」
肩をすくめて首を振るシェルティ。
クリアしたのもごく最近らしい。
それでもアシンさんはあんぐりと口を開けたまま固まっていた。
秘密道具は私も初耳だよ。
「キュワワ」
シェルティの肩から身を乗り出して存在をアピールするハービィ。「自分もいたぞ」と主張しているのかな。
シェルティがクスクス笑ってノドを撫でると、ハービィは満足そうに目を細めてシェルティに頬擦りした。
「そ、そうだったんだ……そう……」
アシンさんは無理矢理納得したようだ。
そういえば、シェルティは立ち回りが下手でパーティを組んでもらえなくなったんだったっけ。
さっき見た限り問題無く戦えていたと思うけど、ソディスやジノの指導のおかげらしい。
元々大鎌の扱いは天性のものがあった。それを上手く伸ばせたと考えれば不可能ではない。
しかし、たった2人で……ジノはおそらく後衛だっただろうから、ハービィもいるとはいえあのドラゴンゾンビ相手に1人で前衛を担っていたとは。私もその成長に驚きを隠せなかった。
まぁ、多分他に戦闘要員がいなかったせいで、必然的に色々やらされていたからなんじゃないか……とも思うんだよね。
その為にソディスは色々とシェルティの装備についても助けてくれているらしい。
シェルティの装備品は攻撃力の高い大鎌に重量のほとんどを割いているせいもあり、武器以外あまり性能が高いものではない。
その代わり、全ての装備品に【HP最大値上昇】の効果が存在している。精霊族の長所であるHPを伸ばし、MPが無い代わりにHPを消費する短所も補っているのだ。
まぁ、それを用立てる為にソディスへの借金が増えていた訳だけど。
「お~い皆さ~ん! こんな所に何かありますぞ~!」
ふと聞こえてきた声。
先頭を進んでいたカルネがこちらに手を振っている。
カルネは「レッドピース」のホーリーオーダー。パーティ唯一の魔法職で回復、支援を担っている。
少~しふくよかな体格の青年だ。
丈の長いコートに似た濃いグレーの司祭服、カソックでその体型を包んでいる。
首には白いストラをマフラーの様にかけており、手にした黒のステッキが武器のようだ。細長く頼りない杖だが、魔法の補助用なのだろう。
つばの広いグレーのハットを被り、帯布に差された赤い羽根飾りがトレードマークだ。
「ああ、今行く!」
私達が追い付くと、カルネは草むらの中にひっそりと隠れる黒い石碑を指差していた。
蔦が絡まって緑の中に埋もれかけているが、その表面には神話文字が確かに刻まれている。
「ミケさん」
「うん」
蔦を払いのけ、石碑を覗き込む。
指先で撫でると文字は少しすり減っており、長年の風雨で表面がざらついているのが感じられた。
『ミケ、聞こえるか?』
ふと、私が魔法を唱えようとした時だった。
突然ソディスから通信が入った。
「ん。ソディス?」
『道順に沿って歩いてきたのだが、突然道が途切れてしまったのでな。そちらに何か変わったものはなかったか?』
「変わったもの……ある」
私は傍らの石碑に目を落とした。
『恐らくそれが鍵だ』
私は頷くと、石碑に向き直り魔法を唱えた。
「ちょっと待ってて。ルインスペル」
虫食い状態の文字が浮かび、やがてすぐにそれも埋まって読める様になった。
私はそれを読み上げた。
「ソディス。どう?」
私は向こう側で待つソディスに問いかけた、
『当たりだ。ミケ。道が現れた』
音声通信の向こうからソディスの喜悦を含んだ声が届いた。他のみんなの歓声もちょっと混じって聞こえてきた。
『恐らくこちらにも同様のものがあるのだろう。その都度読み上げていく』
「わかった」
ソディスからの通信が切れた。
「進もう」
みんなの方を見渡し、私達も先へ進んだ。
しばらく断崖絶壁に沿って階段を登っていた時。
岩山の中腹に差しかかった辺りで、またもや例の石碑を見つけたのだった。
私はルインスペルの魔法を使い、その見つけた石碑に張り付いていた。
しかし、それと同時に階段の上から敵が出現した。
シェルティとハービィ、アシンさんが撃退しても次々とひっきりなしにサルの数は補充されていく。
しかも、解読中はその場を離れると魔法がキャンセルされてしまう。
私は横目で戦いを見守りつつ、なかなかに歯痒い思いをした。
そうして何度か石碑を解読しながら私達は岩山を登っていった。
「どうやら石碑の周辺は敵の出現ポイントみたいだな」
「あと、行き止まりもですな」
敵を突破し、階段を登るとサルの出現頻度は少し落ち着いてきた。
アシンさんの言う通り、石碑の場所では特に多く敵が現れるようだ。さっきの石碑の解除と同時に敵が出現し始めたので、たぶんあれが出現の鍵だったのかも。
それと、カルネが言う様にソディス達のパーティが石碑を読み上げて道を開くまで、行き止まりでも現れる仕掛けみたい。しかも背後からの方がより多くあふれ出てくるので後戻りもできない。足止め中に襲ってくるなんて、イジワルな仕掛けだ。
ソディスが石碑を見つけるまで私達はサルにまとわりつかれていた。
「これまであった石碑をおさらいできますか?」
アシンさんが私に声をかけてきた。
私は頷くと宙を指先でなぞり、ウインドウを開いた。
「うん。ちゃんとスクリーンショットしてある」
「ミケさんえらいです!」
ふと差し出された手に頭を撫でられた。
しまった。つい自分から頭を差し出してしまった。
いつもお父さんに褒められる度に頭を撫でられていたから、体にそれが染み付いているんだ。
さっきデッドの話をしたせいか、シェルティも撫でたくなったんだろう。むう。
シェルティはニコニコと私の頭を撫で続けた。
まぁ、悪い気は……あんまりしない。
『古より山に獣あり。炎をまといし赤き獣。鋭き爪牙にて大地を裂き、瞬く間に谷を越える速き脚と炎の翼で空を舞う。やがて獣は人と出会った』
『炎の獣は人と共に山を生きてきた。人は山を守り、獣は人が山に生きる事を許した。人は武を究め、獣はそれを見守った。互いに励み、雨の日は共に眠った』
『怒れる獣の羽ばたきは火の雨を降らせ地を焼き、咆哮は天を焦がした。風が吹き晴れるまで待つ他術はなし』
『獣は命を奪い、また与えた。その大いなる力に寄り添う事叶わず。その手に届くのは龍のごとき強き心を持つ者のみ』
「これはこの地の伝説、おとぎ話の様なものですな」
「たぶん。断片的だし、他にも同じ様なものがありそうだ」
カルネとアシンさんもスクリーンショットを覗き込んで眉を寄せた。
「どの石碑の内容もやはり全て神獣の伝説を記したものだ。もしかしたら今後の攻略に関係あるのかも知れない」
アシンさんは顎に手を当てると、自らの考えを述べた。
「しかしながら、神獣の試練についての記述がありませんな。聖剣についてもどんな物なのか書いてありませんし」
カルネが腕を組んで首を傾げた。
「むむぅ……。炎をまとい……炎の翼で空を舞う……」
シェルティも顎に手を添え、珍しく神妙な面持ちで唸っていた。
「シェルティ。何か思い当たる事が……?」
「ハービィとお友達になれそうです」
「キュウ!」
それを聞いたハービィがシェルティの肩で嬉しそうな声を上げた。
「…………」
やがて岩山の頂上にたどり着き、ソディスが道を開くまでサルの群れと戦った。
しばらくしてソディスから通信が入り、急速に私達の足下から太い木の枝が延びて別の岩山へ橋がかかった。
それを渡って襲い来るサル達からなんとか逃れられたのだった。
橋から下を覗き込むと、遥か下方では樹木が伸ばした枝にうっすら雲がかかっている。枝葉に覆われた地面には、微かに蠢くサル達が米粒の様に小さく見えた。
シェルティとカルネは高い所が苦手なのか、悲鳴を上げながら四つん這いになっていたけど。2人共得意気に空を飛ぶハービィを羨ましそうに見ていた。
「ん。石碑」
私達は新たな岩山の中腹にたどり着き、再び岩の階段を登っていった。
そして、また新たに石碑を見つけた。
「これは……門だな。それにしても、大きい」
アシンさんはその大きさに遥か高く見上げ、息を飲んだ。
黒鉄の重厚な扉だ。
そして、石碑は突如現れたその巨大な門の前に鎮座していた。
岩山頂上は、その岩を削り出して造った天空の楼閣となっていた。
白い壁は全て自然の岩を削り出してできており、その頭上に覆い被さった赤い瓦屋根は中世の古い建造物に似ている。
時の流れによって壁に刻まれた精巧な彫刻や鮮やかだったであろう屋根瓦は灰色に煤け、風化してもの寂しげな表情を浮かべている。
しかし、目の前に立ち塞がる巨大な門の力強さとその威光は幾分も衰える事なく、私達を遮っていた。
「し、しかし行き止まりですぞ!」
カルネが声を詰まらせながら、周囲を見回した。
私も門に触れてみたが、とても重くびくともしない。
皆の背筋ににわかに緊張が走った。
「みんな! 周囲を警戒! 門を背にして一方向から迎え撃てる様に陣形を作って!」
すぐさまアシンさんが指示を飛ばし、石碑を背に構える。
「ミケさん。頼むッ!」
「うん」
私が石碑に取り付くと同時に、最早見飽きたサルの群れが直上の屋根から降り注いできた。
地響きを伴い、唸り声が降ってくる。
階段からも続々と殺気立ったサル達が足を踏み鳴らし登ってきた。
「ルインスペル! ……ソディス! 聞こえる?」
魔法を唱えながら耳に手を当ててソディスに通信を送る。
『どうした? ミケよ』
「石碑を見つけた。でも行き止まり。ソディス、そっちは石碑見つけた?」
なるべく焦りを隠して伝える。
その間にもアシンさんの槍が敵を受け止め、シェルティとカルネ、ハービィも増えていく敵に一進一退の攻防を繰り広げていた。
それを横目にソディスに呼びかける。
あちらも一生懸命攻略を進めているはずだ。信じて返答を待とう。
『それはまだだ。ふふふっ。途中美味しそうな山菜や果物を見つけたのでな。なかなか有意義な行楽であるぞ。……おおっ! ジノ! ジノ、見よ! あんなところにも! ミケ喜べ! 夕食は――』
「アホッ!」
やっぱりソディスだ。
「ソディスさん、なんだって!?」
アシンさんが槍を突き出しながら振り返った。
「……がんばってるって」
「わかった! みんな、ソディスさんが道を開くまで全力で凌ぐぞッ!」
「はいっ! ソディスさんもやる時はやるんですね」
「ソディスさんを信じてがんばりますぞ!」
「キュアッ!」
全員携えた武器を握り締め、対峙する敵の群れに突撃していった。
……なんか、ごめんなさい。
次回投稿は8月1日午後8時予定です。
さぁて、お待ちかね。次回から怒涛の戦闘回ラッシュになります。
次回第53話『サル山のボス達』
お楽しみに!