51・沢登りとサル達の逆襲
「ここから先は古より伝わる修業の聖地。己が強さを求める者のみ立ち入るがいい」
レドカンナの川原をずっと上流へ上って行き、店も疎らになってきた頃。
土手の道はそびえ立つ岩山によって急に途切れた。その手前で1本の階段が川原へと降りている。
しかし、その入り口を阻む様に1人の老人が立っていた。
「おんしら、この先へ行きてぇのか?」
老人が腕を組みながら口を開いた。
荒々しく伸びた白い長髪、深いシワが刻まれた顔の初老の男だ。
例によって老人というには筋骨隆々。不動の構えで立ち塞がっている。
右目に眼帯代わりの黒い布を巻いて、残った目からは刀剣の様な鋭い眼光がこちらを射貫いていた。
顔に刻まれているのはシワだけではない。幾本もの向こう傷がその戦歴を激しく訴えている。
「そのつもりだ。我々はこの向こうに用がある」
ソディスが代表して前へ出た。
「物好きめ。よかろう。だが、今ではサルの群れが我が物顔で山にのさばっててなぁ。ここ最近は妙に勢力を増してきて手練れの者でも迂闊に近寄れん。それでも先へ進もうってのか?」
老人の眼光が鋭くなった。これは警告だ。刺す様な殺気を視線に込め、私達を威圧してくる。
「忠告痛み入る。しかし、我々はこの先へ行かねばならん。これは我輩がこの世に生を受けた時より定められた宿命。我輩だけではない。ここにいる皆その使命故この場へ集ったのだ」
いや、ゲームのイベントだよ。
「そうか……。その迷いの無い目。オレの若い頃にそっくりだ。行け。武運を祈ってるぞ」
「感謝する。ご老人」
力強く笑みを浮かべるソディス。
NPCは相手によってリアクションをある程度変えるとはいえ、なんでこんなに通じ合ってるんだ?
「そうだ」
前へ進み出ようとしたその時、老人の声に私達は再び足を止めた。
「ひとつ、頼まれちゃくれねぇか。そのサル共のボスがいるんだが、そいつを倒して欲しいのよ。ボスさえ倒せば奴らも多少は大人しくなるだろう」
どうやらまたクエストを受ける為のイベントのようだ。町の人達からも同様の依頼をいくつか受けている。
私はソディスを見上げた。すぐに承諾して詳しい話を聞こう。
「タダとは言うまい?」
しかし、ソディスはすぐに承諾せず食い下がった。
ダンジョンの入口を塞がれているんだし、ゲームなのだから拒否してしまっては先へ進めないはず。
ソディスがそっとこちらへ目配せした。どうやら何か考えがあるようだ。
「まぁ、そうだな。金でもいいが、ならとっておきの良い事を教えてやらぁ」
「情報か……ふむ。それならば――」
どうやらNPCとの会話、その話の行方によってクエスト内容に変化が生じる場合があるようだ。
恐らく最初にそのまま了承していたら報酬はお金だけだったのかも。
しかし、お金で買えない可能性がある情報ならば、もしかしたらより価値のあるものかも知れない。あえて難色を示し、ソディスはその選択肢を探るという方法を試したようだ。
やや賭けの部分も大きいが、ソディスが行動しなければそれを引き出す事もできなかった。
ソディスも一応商人なんだと、改めて感心した。
「ご老人。かなりの腕前とお見受けするが、何故ご自分で赴かないのだ?」
ある程度探り終えた頃、ソディスはふとそんな事を訊ねた。
「まぁ……なんだ。詳しくは話せねぇが、殺生をできねぇ身の上でなぁ。おかげで最近はろくろく墓参りもできてねぇんだ」
老人は組んだ腕を下ろし、少し目を伏せながら頭を掻いた。
「お墓参り……誰かのお墓があるの?」
私はそんな老人の仕草がなんとなく気になって、訊いてみた。
「ああ、古いダチさ……」
老人は背後にそびえる山を振り返り、静かに呟いた。
「サル共がうろつく様になるまで、ここは修業の聖地として多くの人間がその身体と技を極めんとしていたもんだ」
「確か、神話の時代から拳雄カンナを筆頭に数多くの武道家を輩出し、例の少女もここで試練を乗り越えたそうですね」
アシンさんが相づち代わりに言葉を重ねた。
「……まぁ、そうだな」
老人は山を眺めながらそう言うと、こちらに視線を引き戻した。
「英雄として名を残した奴もいれば、その影には志半ばで倒れていった者達もいる。仕方なかった……って言葉は好きじゃねぇが、俺はそんな者達がいたおかげで今のこの時代があると思ってんのさ」
それが、古いダチ……か。
「神話の時代、それより前から数多くの者達の気持ちやら執念なんてものがここには山と積み重なってきてんだ。だから、そいつらの生きていた証でもあるこの場所を土足で踏み荒らすサル共から、取り戻してくれねぇか」
自身の拠り所としている場所が汚され、どんな事情があるのか知らないが手出しができないもどかしさと、そして怒りは察して余りある。
この老人はNPCだ。だけど、もし彼と同じ願いを抱えた人間が目の前にいたら。
私には見過ごす事なんてできない。
「わかった。私達が必ずこの山を取り返してくる」
私は老人の目をまっすぐ見て、ウインドウに浮かんでいたクエスト承諾の選択を押した。
「そうですね。やりましょう、ミケさん!」
アシンさんが声を上げ、拳を握った。
そんなアシンさんを見上げ、私も頷いた。アシンさんも同じ事を考えていたようだ。
「……ありがとうよ。若ぇの。何も手伝ってやれねぇのが悔しいが、頼りにしてるぜ!」
老人は口元にシワを刻みながらニッと歯を見せて笑った。
「…………」
そんな私達を傍目に、ソディスは静かに腕を組んで沈黙していた。
私達は階段を降りて、大きな石がゴロゴロと転がる川原へと降り立った。
「道らしい道は見当たらないですね。という事は……」
「やはりこの向こうか」
アシンさんとソディスが視線を向けたのは、足下の清流が流れてくる方向。
川上には大きな岩山が立ち塞がっており、その灰色の頂きには多くの木々が緑色の葉を繁らせている。
その下方。岩山の真ん中をトンネル状に川が貫いている。
その向こう側に見える森へ川は続いていた。
「ひゃあ冷たい! でも気持ちいいですぅ~」
「……これを進むの……?」
シェルティはパシャパシャと水面を弾いてはしゃいでいる。なんだか散歩を喜ぶ子犬みたいだ。
反面ジノは眉間に深くシワを寄せて低く唸った。すっごくイヤそうだ。
2人共今は浴衣からいつもの服に戻っている。どうやらただの浴衣だったらしく、装備品としての性能は皆無らしい。
でも、私は半裸の和装カスタムのままだ。脱げないのだから仕方ない。残念な事に性能は良いので、このままダンジョンに突入する事になった。
「水深も浅い。歩くには問題なさそうですね」
アシンさんが川に入り、足下を踏んで確めた。
私達もそれに続いて川に入り、上流へと足を進めていった。
川に架かった岩山のトンネルを潜る。
すると、不思議な感覚が体を通り抜けた。以前も感じた事がある。インスタンスダンジョンに入ったんだ。
川上から風に乗って木と土の溶け合った匂いが吹き込んでくる。
頭上からは葉が風に揺れて奏でるサラサラとした囁き声。足下は急ぐ様に流れ去っていく忙しないせせらぎ。時折どこからか鳥のさえずりも聞こえてきた。
広く開けたこの川の中に我が物顔で居座っている、いくつもの浮島の様な大きな岩。
流れは岩にぶつかって舞い散り、白い飛沫となって川に戻っていく。
その様子を岩の上から緑色の苔がじっと眺める様に佇んでいた。
川を挟む岸は人の背丈程の高さがある低い崖となっており、灰色の岩肌が剥き出しになっている。
その崖の上は無数の木々が川の真上まで伸ばした枝が空を覆い尽くしている。
薄い葉を通り抜けて私達を包む、新緑の色に染まった日の光。さながら、まるで緑色の宝石の中で泳いでいる様だった。
「ハービィ、そぉ~れ! きゃ~ははは~!」
川の水をすくって宙を舞うハービィにかけては甲高い声を上げているシェルティ。
「クア!」
ハービィも器用に飛沫を避けると、負けじとブレスで川の水を弾いて応戦していた。
「……まったく。もっと緊張感持てよな。子供じゃないんだから……ぶッ!?」
はしゃぐシェルティを横目に見ながら肩をすくめるジノ。
そのジノの顔にシェルティの放った水鉄砲の一撃が炸裂した。
「……シェルティ。よ、よくも……うわッ!?」
今度は後ろからハービィが体当たりし、ジノは顔から川に倒れ込んだ。
「あひ~! ひ~! ジ、ジノくん……だ、だヒっ! だいじょうびヒィ~……ゲホッゲホッ! あはは!」
「クヒィ~!」
お腹を抱えるシェルティ。
ハービィも一緒に上機嫌だ。
「……殺す」
水面から顔を上げたジノが口から大量の水を吐き出しながら、シェルティをにらみつけた。
「いい……」
「だな」
「ですなぁ……」
そのやりとりにうっとりしてるレッドピースの男性陣。
「みんな! 何か来る!」
そんな時、突然アシンさんが叫んだ。
楽しい賑やかな行軍だったが、にわかに辺りの様子が変わった。
周囲の森から何やら騒がしい気配が迫ってくる。
だらしない顔をしていたレッドピースの男性陣も瞬時に周囲に視線を配り、武器を構えた。
両手で大剣を握るグラノはレッドピースの前衛を担うウェポンアタッカーだ。
ややくすんだ黄色のチェーンメイルに身を包み、動きやすさと防御力を両立している。
盾職のいないレッドピースは「攻撃こそ最大の防御」をモットーとした戦闘スタイルであり、防御は必要最小限に抑えているようだ。
長柄の斧を肩に担いだバジルはグラノ同様前衛を務めるウェポンアタッカー。
巨大な斧で戦線をこじ開けるのを得意とし、グラノとのコンビネーションで敵の防御ごと打ち砕いていく戦闘スタイルだ。
青銅色のスケイルメイルで胴を覆い、両腕を分厚い手甲で守っている。
グラノは右、バジルは左の手甲がそれぞれ赤色に塗られていた。
「よし。お前達、このボクに傷1つ付ける事なく守り切ったらご褒美をあげよう」
「「「ご褒美!!」」」
だけど、ジノを中心に円陣を組むのは違うと思う。
「な、なんでしょう……?」
さっきまで笑い転げていたシェルティも、辺りを包む不気味な雰囲気に大鎌を取り出し胸に抱えた。
川岸の森から甲高いものから低いものまで入り混じった唸り声がいくつも聞こえてくる。
やがてその奥の木々が激しく揺れ始めた。空を覆う葉がざわめき、少しずつパキパキと枝の折れる音が近付いてきた。
私達のいる川の四方八方から聞こえてくるそれは、徐々にその包囲を狭めていた。
「ッ!?」
不意に木々の隙間から何かが放たれ、空気を切り裂いた。
グラノがそれに気付き、大剣を体の前に構えた。
「弓矢!?」
大剣に当たって弾き飛ばされた矢に、グラノはその飛んできた方向を見た。
すぐに私も川岸の森を見回した。
「グラノ! ミケさん! 上だッ!」
しかし、その射手を認める間もなくバジルが声を上げた。
「ゴォアアアアッ!!」
今度は目の前の水面が弾け、滝の様な水飛沫が私達を打った。
木々を押し退け、崖から飛び出してきた巨大な影。
川の中から見上げる程の大きな何かがせり上がり、私達の前に立ち塞がった。
「ジャイアントエイプ……!」
地響きを轟かせて現れたのは金色のサル。
周囲からも次々と巨体が躍り出て川底の小石ごと水飛沫が巻き上がる。
瞬く間に現れたジャイアントエイプの群れによって、私達は取り囲まれてしまった。
「みんな! ぐっ!」
先頭にいたアシンさんがうめき声を上げた。
手にした槍とぶつかり合っているのは幅広の曲刀。
ジャイアントエイプの背後から襲いかかってきた赤い影と、それが手にしていた得物だ。
「エルダーエイプ!」
それはジャイアントエイプよりやや小柄な赤い毛並みのサル。
だが、袖をちぎり取った紫色のコートを羽織っており、その姿はまるで人間を真似ている様に見える。その内側にも要所を守る革鎧を装備し、何より武器に鋭く弧を描いた刀剣を手にしていた。
「カカカカカッ!」
エルダーエイプはアシンさんから飛び退くと、曲芸の様に曲刀を回しながら笑い声を上げた。
そして、他のジャイアントエイプの影からもまた、槍に斧、大鎌など様々な武器を手にした赤いサル達が姿を現した。
「ありゃ……これひょっとしてピンチ?」
周囲に展開する敵に目を向けながら、皮肉っぽく漏らすグラノ。
他の皆も武器を手に牽制し、張り詰めた緊張感が漏れ出している。
辺りには足下のせせらぎと、獣の唸り声が充満していた。
「まさか」
突然、距離を取ろうとしたエルダーエイプ。
しかし、突き出された槍が逃すまいとエルダーエイプの曲刀を弾いた。
さらにその態勢を崩し、瞬時に側にいたジャイアントエイプまでもを斬り付けた。
武器を落としはしなかったものの、エルダーエイプの腕は深く切り裂かれていた。
大きくよろめく2匹に気を取られる敵の群れ。
しかし、その時既にこちらは動いていた。
「ジノちゃんとシェルティちゃんは俺達が守るッ!!」
「ご褒美の為ならなぁ!」
グラノとバジルが後方から迫る一団に刃を振りかざした。
大剣と戦斧が一閃、飛びかかってきたジャイアントエイプを十字に斬り飛ばした。
ジャイアントエイプは4つにされながら、背後に控えていたエルダーエイプごと突き飛ばしていく。
そのまま水の中に転がると、ジャイアントエイプは光の粒となって消滅した。
「はっ!」
フォルマージさんが素早く弓矢を構え、森の中に矢を射ち込んでいく。
幾本か射ち込んだ頃、木々の隙間から叫び声が聞こえた。
一瞬、弓矢を持ったエルダーエイプが倒れるのが見えた。
アシンさんが槍を引いた。
そして構え直すと、相対していた赤と金のサルはぐらりと体を揺らし、川面に倒れ込んだ。
「このくらい、まだまだピンチとは言えないさ」
水飛沫と混じって舞い上がる光を背に、アシンさんは笑って見せた。
それでも敵はまだまだ多い。仲間をやられて殺気立ったサルが次々と飛びかかってくる。
「フォル! 左の崖を頼む! 俺は右を叩く! 他のみんなは協力して正面の川上へ進んでくれ!」
「了解!」
指示を飛ばすと、アシンさんは川から出て木々の繁茂する崖へと走った。
同時にフォルマージさんも反対側の岸へと駆け出していた。
そのフォルマージさんに矢が迫る。
片目に矢を生やしたエルダーエイプが矢を放った態勢で弓を構えていた。
だが――
「またミケさんに助けられちゃったね!」
――私はすんでの所で掴み取った矢を握り折ると、親指を立ててそれに応えた。
フォルマージさんは崖から張り出す枝に飛び付くと、鉄棒の様に回ってその上に着地した。
そして、すぐに下方へ手を伸ばし、その後を追っていた私の手を掴んで引っ張り上げてくれた。
弓矢を扱うフォルマージさんには護衛が入り用だと思ったんだ。
森の奥からはまだまだ敵が木々をかき分け這い出てきていた。
フォルマージさんは崖の上に飛び乗ると、容赦なくそれに矢を射かけていく。射られたサルがバランスを崩し、顔から木の幹に激突した。
「ゴァアアアアッ!」
不意に横からジャイアントエイプが木々をなぎ倒しながら現れた。
威嚇する様に雄叫びを上げ、私の肌をビリビリと刺した。
私は気にせず爪先で軽く地面を跳ねると――
「ふ……っ!」
――その鼻面に思い切り飛び蹴りをぶち込んだ。
ちょうどいい。カンナ渓谷での借りを返してやろうじゃないか。
ジャイアントエイプはわずかにたたらを踏み、蹴られた顔を手で押さえた。
私は着地すると、すぐにジァイアントエイプを見据えた。
そして、左手をやや前下方に構え、右手をアゴの横まで引く。足も肩幅に開き、再び爪先で軽くステップを踏んだ。
森の奥からはまだまだ新手の気配が迫っている。
だけど、ピリピリと張り詰める緊張感は、私にとって慣れ親しんだ心地よさを含んでいた。
私の顔に少し笑みが浮かんだ。
「グォオオオオアオオッ!!」
再び狙いを定めたジャイアントエイプが両腕を広げて飛びかかってきた。
風切り音を上げるその両腕が地面を打った。軽い地響きが空気をも震わせる。
だが、掴みかかろうとしていたその腕の中に飛び込み、私は体毛に覆われた鳩尾に全力で肘をめり込ませた。
「グォ……ッ」
私は丸太の様な腕を足場にその肩へ飛び乗った。
景色が高い。
ジャイアントエイプが肩に乗る私を落とそうと腕を振り払う。
しかし、その腕を蹴り、私はさらに空高く跳んだ。
ジャイアントエイプが上空の私目掛けて拳を撃ち出す。
私は腕を広げて風を切った。
大砲の様な拳が頬を掠めていく。
交差する様に私はジャイアントエイプの眉間に向けて拳を打ち下ろした。
龍心の籠手の効果で攻撃力の増した拳での一撃だ。
ジャイアントエイプはその威力を受けて崖を飛び出し、川面から張り出す大岩に激突した後川にずり落ちた。
「さすが、護衛がミケさんだと頼もしいわ」
「見事な手際だ。ジノ、シェルティ、我々も負けてはいられないぞ」
「わかってる。シェルティ。アレ、使っていいよ」
ソディスはレッドピースの活躍に感心しながら、ジノとシェルティに目配せをした。
ジノも扇を開き、未だ大鎌を抱えたまま震えているシェルティを呼んだ。
「え? 私も行くんですか?」
驚きを隠せないシェルティ。
「当たり前だろ。お前、一応ウチのアタッカー兼盾兼囮なんだから」
「ひどくないですかそれ?」
そんな二の足を踏んでいるシェルティの側に、そっとソディスが歩み寄った。
すがる様に見上げるシェルティ。
「シェルティ。これはジノが君の実力を見込んでの采配だ。ここにそのジノがデザートに作った『ホイップクリーム添え濃厚カスタードプリン』がある。しかも活躍に応じて数が増えるという。自信を持つが良い」
「やる気出てきました!」
ソディスが掌の上に取り出した淡く輝くクリーム色のそれ。ソディスの話と共に掌で増えるそれ。
目の前のそれに、シェルティは鼻息荒く大鎌を掲げて走り出していった。
「……単純なヤツ。ま、大丈夫だと思うけど」
「元々シェルティは誰にもその実力を気付かれる事なく不遇な扱いを受けてきた。彼女の埋もれかけた才能に気付き、是が非でもと我らが一員へと引き入れたのはこの我輩だ」
シェルティが走りながら右手の大鎌を後ろに引き下げた。
「知ってるよ。それに……エンチャント・ライトアーム!」
ジノがその大鎌に向けて付与魔法をかけた。
それは武器の重量をわずかに軽減する魔法。
さらにシェルティは宙を指でなぞると、アイテムボックスからもう一振りの大鎌を取り出した。
「ドロー・ライトアーム!」
シェルティが新たに取り出した大鎌を左手に握ると、ジノのクールタイム完了を待たずして再度付与魔法が発動した。
「これがアルケミストの真価。『装填魔法』さ」
『装填魔法』
付与魔法に続くアルケミストのもう1つのスキル。
アイテムに付与魔法を保存するスキルだ。
保存した付与魔法は後々任意のタイミングで発動でき、さらにそのアイテムは譲渡すれば誰でも自由に使う事ができる。
そして、付与魔法と装填魔法は互いに干渉しない。
その為、その2つは同時に使用する事が可能なのだ。
本来はHPを大きく削り、筋力に転化するライフドライブを使う必要があった。
しかし、シェルティは大鎌を2つ同時に軽量化する事により、リスクなく切り札の大鎌二刀流を解き放つ事ができたのだった。
大鎌を両手に携え、シェルティは前方の敵へと飛び込んだ。
「いくよッ! ハービィ!」
「クアッ!」
シェルティの進路上に立ちはだかったジャイアントエイプ。それを水平に走る刃が何度も通り抜ける。
輪切りに崩れ去ったそれを躱し、奥に控えるエルダーエイプにハービィが火球を放った。
炸裂音が響き、エルダーエイプの体が燃え上がる。
エルダーエイプは炎に包まれながらも、炎を振り払い突っ込んできた。
雄叫びを上げ、手にした槍が突き出される。
しかし、シェルティは瞬時に右の大鎌でそれを弾き落とし、左の大鎌で足首を刈り上げた。
エルダーエイプが川の中に倒れた所にハービィの追撃が火柱が上げ、トドメとなった。
舞い上がる光を払い除けると同時に、その向こうから現れた大鎌とシェルティの大鎌がぶつかり合った。
大鎌を握ったエルダーエイプが牙を剥き出し、口角を引き上げた。
シェルティは刃を引いて体を鞭の様にしならせ、力を引き絞った。
ギリギリと溜めた力を回転に換え、弾く様に2本の大鎌を振り回した。
しかし、負けじとエルダーエイプの鎌が力任せにそれを弾き返す。
間を置かずエルダーエイプがシェルティを追った。
「フ……ッ!」
シェルティが短く息を吐いた。
直後、激しくぶつかり合った大鎌同士が火花を散らした。
エルダーエイプがシェルティの大鎌を弾き返し、しかしシェルティも2本の大鎌でさらに切り返す。
激突の直後、シェルティの大鎌が頭上まで跳ね上げられた。
「シャアアアッ!!」
その無防備なシェルティの胴にエルダーエイプが刃を振るう。
しかし、自身の意思に反し、その体に大鎌の刃が付いてくる事はなかった。
大鎌が空に放物線を描き、川底に突き立った。
その柄には握ったままの両腕がぶら下がっていた。
何も知らぬ様に、体だけが半歩進んだエルダーエイプ。
そのエルダーエイプが後退りする間もなく、気付いた時にはズルリとその腰から肩にかけてが斜めに滑り落ちていた。
両手の刃を振り払うと、シェルティは自慢気にちょっぴり胸を張った。
「えっへんっ!」
「キュア!」
そんなシェルティの肩にハービィが舞い戻り、同じ様に高らかに声を上げた。
「シェルティちゃんすっげぇ……」
「あれ必殺技使ってないよね? どうやってんのさ?」
「可憐ですなぁ……」
レッドピースの面々は目を丸くしてシェルティの活躍を眺めていた。
「2本の大鎌を扱う時のシェルティは恐らくミケにも引けを取らん。本人にその自覚は無いようだがな」
「うわぁ!?」
「急に背後に立つな!」
2人の肩越しにシェルティを眺めるソディス。
急に現れたソディスに、グラノとバジルはぞわりと飛び退いた。
「もう少し! ミケさんお願い!」
私は崖から飛び降りようとするサルの肩を掴み、その顔に拳を叩き込んだ。さらに足をすくって地面に押し倒した。
その頭部に矢が何本も突き刺さり、光の粒となって消えていく。
私達は川岸の崖を川上に向かって走っていた。
森の中から現れるサル達を川に近付けない様に倒しながら、フォルマージさんは崖下の援護にも矢を放っている。
川中も複数の敵が上流から一定間隔で湧いて来て、シェルティとハービィ、グラノが殲滅しながら前進している。
後方からも少数ながら追いかける様に現れる敵をバジルとカルネが迎撃していた。
反対側の川岸ではアシンさんが、次々と現れる敵にも隙を見せる事無く倒している。
私達は示し合わせた様に上流へと突き進んでいった。
やがて私達は高い岩場に阻まれた、青く輝く滝の前に出たのだった。
次回投稿は25日午後8時予定です。
以前はほぼモブ同然だったレッドピースのみんなも今章は存在感増々でお送りします。
次回第52話『セーフエリアと神獣の石碑』
お楽しみに!