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ミケのオンラインリハビリテーション  作者: 白ネコ扇子
第5章・シナリオクエスト 新たな仲間と温泉郷の獣
50/87

49・温泉に行こう

「あ゛あ゛あ゛~……! もうヤダ! 疲れた! 帰る!」


 私達はレツト平原を東に進み、ようやく大河を挟む谷の端へとたどり着いた。


 ここは『カンナ渓谷』。

 足下にはレツト平原から続く白い石畳の街道。

 風雨に晒されやや丸く削れた角が、この街道の歴史の長さをうかがわせる。

 そんな街道を歩いていると、仄かに鼻を通り抜ける青い香りに気付いた。

 谷を挟む山へと入り、景色が草原から青々と豊かな葉を繁らせた森へと替わったのだ。


 私は街道から見える広葉樹の立派な木を見上げた。

 枝葉が風に揺れ、木漏れ日が撫でた頬にかすかな温もりを感じた。



 夕べの食事の席で、ソディスはこれからシナリオクエストについて相談……ではなく、宣言した。


「聞け、諸君。温泉に行こう」


 何故急にそんな話になった。

 とりあえず聞くと、どうやらシナリオクエストの次の舞台は温泉街の付近にあるらしい。


 温泉に行った事がないというシェルティとジノは興味深々だった。「リアルじゃ行けないならゲームで行けばいいじゃない」という事らしい。

 実際、本物の温泉と遜色ないくらい気持ちいいという。スポンサーに温泉宿の関係者がいるとかいないとか。


 あ、私は入った事あるよ。温泉。

 まだお父さんみたいに素手で源泉を掘り当てるのは難しいけどね。



 街道では時折荷馬車を伴ったNPCとすれ違った。

 荷馬車は行商人のようで、アイテムや食料品、それとお土産なんかも売っていた。

 旅の途中での補給にちょうどいい。

 お土産は食べ物の他に、木や石、金属で作られたこの地域産のオモチャみたいな物もあった。アクセサリーとしての効果も少しあるようだ。


 シェルティは興奮気味に木でできたイヌの人形を購入したようだった。

 見た目ガラクタだけど、シェルティは喜んでいた。まぁ、よく見ると愛嬌がある様に見えなくもない……かも。

 ハービィにも干し肉を買ってあげていた。喜んで食べているみたいだ。


 温泉街はカンナ渓谷の中腹にあるらしい。

 偶然にも今日は祝日で、早い内からみんなで集まって魅惑の温泉へと出発したのだ。

 最初はみんなノリノリだった。



「今さらだけど、ポータルで温泉まで飛べなかったの?」


 ジノは俯いたまま足下に視線を落とし、ひたすら右、左と足を前に出し続ける作業に没入していた。

 ジノにとって歩くという行為は苦行でしかないらしい。

 一応、ゲーム内で肉体的な疲れは感じないはずなんだけどな。


「それは無理だ。温泉街『レドカンナ』は王都アルテロンドの領土内にある『属町』だからな。ポータルはそれぞれの領土の『主町』までしか行けん」


 侵攻クエストなどで移動した先にある町はその領土のおおよそ中央に位置し、『主町』と呼ばれている。

 同じ領土内にはそれ以外にもいくつか町が点在する場合がある。

 それが『属町』だ。

 ここ、アルテロンド首都の様に大きな領土には大抵属町が存在している。


 もっとも、新たに領土を得た時点では属町は存在せず、属町を作るにも領土を得る時同様複雑な条件があるらしい。

 しかも、広い領土内で場所の特定から始めねばならない。

 なので、前線の領土ではまだほとんど作られておらず、開拓は急務とされている。


 セーブポイントとして次回ログイン時にはその属町から再開できるが、ポータルは存在しないそうだ。


 それを聞いてジノはガックリと頭を垂れた。


「情けないですね。ジノくん、それでも男の子ですか」


 前を歩くシェルティが軽やかにジノを振り返った。

 シェルティが珍しくビシッとしている。こういうバイタリティには自信があるらしい。なんだか得意気だ。


「ボクはインドア派なの! なんで疲れを取りに行くのにわざわざ疲れなきゃいけないのさ! ボクの細くて華奢な脚はこんな険しい急斜面を歩く様にできてないの! キャンピングカーくらい用意しといてよね。もしくはセスナ」


 無いよ。そんなもん。

 それにこんな坂、バリアフリーもいいところだ。車椅子でも登れるぞ。


「まったく。家の中じゃしっかり者なのに、外に出るとダダっ子なんですから。ソディスさん。しょうがないんで背負ってあげて下さいよ」


 シェルティは腰に手を当ててため息を吐くと、道を外れてうろうろしてるソディスに視線を送った。

 何やらソディスは植物を採集しているようだ。


「何が悲しくてオッサンの背中にしがみつかなきゃいけないのさ。ヤダよ。汗臭い」


 ジノはのそりと上げた顔をあからさまにしかめた。


「え~? じゃあ私ですか? 変なトコ触っちゃダメですよぅ。もう、ジノくんのえっちぃ~」


 シェルティは目を細めてニヤニヤ笑うと、タコみたいに体をクネクネさせた。よくわからないけど、変な動きだ。


「……シェルティ今日のお昼ご飯無しな」


「ええっ!? そんなぁ! それだけは許してくださいよぅ~!」


 しかめた顔をさらに渋くしたジノは、鼻息荒くズンズン先を進んでいった。

 その後ろを慌てて追いかけるシェルティ。

 ……ま、ジノの疲れは吹き飛んだみたいなのでヨシとしよう。


「ソディス?」


 ふと、視界の端にソディスが珍しく項垂れているのが映った。


「オッサン……」


 大丈夫か。このパーティ。




 川を挟んで切り立つ山。街道はその山肌をひっそり通り抜ける様に続いている。

 やがて空が開け、尾根に出た。


 改めて見ると大きな谷だ。私達のいる街道からちょうどこの渓谷が一望できる。

 足下は目の眩む様な絶壁。その斜面にはいくつもの鋭く尖った岩々が佇み、時折岩壁に生えた木がひとりぼっちで風に揺られていた。

 その枝に咲いた花びらが風に舞って下へ下へと落ちていく。

 やがてその花びらはキラキラと日の光が瞬く水面に浮かんだ。

 空が青く映り込んだ川の流れに、花びらはゆっくり下流へと遠ざかっていった。


 対岸に水辺に降りてきた獣の姿が小さく見えた。

 向こう側もこちらと同じ様に険しい岩の断崖が広がっている。

 岩壁の上は山を緑色に染め上げる深い森林。

 その頭に、 空からこぼれ落ちた小さな雲がそっと寄り添っていた 。

 そんな景色が川に沿って遥か彼方までどこまでも続いていく。


 私達が歩いてきたこの空と大地の狭間の全ては、まさしく絶景だった。



「シ、シェルティ! 動物好きだろ! アレどうにかしてよ!」


「ひああ~っ!! ムリです! アレはムリ!!」


 ふと、先に進んでいたジノとシェルティが駆け足で戻ってきた。

 なんだか必死の形相で息を切らしている。


 その原因は後ろにいた。


「ウギャギャアアッ!!」


 体格は成人男性と同じくらいだけど、その腕は異様に長く太く発達している。

 その長大な腕で地面を叩きながら猛烈な勢いで突進してくるモンスター。


 「レッサーエイプ」という焦げ茶色の体毛に覆われたサルだった。


「シェルティ! コイツ、ボク達のどっちかを狙ってるから、二手に別れれば片方は助かる! 確率は二分の一。せーのでいくぞ!」


 声を引きつらせながらジノが叫んだ。


「わ、わかりました! どっちが助かっても恨みっこ無しですからね!」


 シェルティも息を詰まらせながら返した。ちょっと涙声だ。


「「せーのっ!!」」


 かけ声と共にジノとシェルティは左右へ跳んだ。


 そして、2人同時に振り返った。


「……なんでボクなんだよッ!」


「恨みっこ無しですよ~」


 レッサーエイプは一分の迷い無くジノを猛追していった。


 その場にへたり込んで、ホッと胸を撫で下ろすシェルティ。

 いつの間にかどこかへ行っていたハービィがシェルティの頭に降り立った。

 揃ってジノとレッサーエイプの追いかけっこをニコニコ眺めている。2人共いい性格してるな。


「ボ、ボクが悪かった! もう二度と遊び心で寝床に魔法ブチ込んだりしないよ! 約束するから!」


 自業自得じゃないか。ちょっと同情しようかと思ったけど、なんだかその気持ちが薄れてきたな。

 でも、このまま放っておく訳にもいかないし、仕方ない。


「ジノ。もう一度跳んで」


 私はジノの前に立ち、指先を向けてプリズムアローを放った。


「へぎゃっ!?」


 ジノは魔法の矢を避けて、間一髪レッサーエイプの進路から飛び出した。そのまま藪の中に突っ伏すジノ。

 プリズムアローはレッサーエイプの顔に命中し、その視力を奪った。


 ジノを見失ったレッサーエイプが突き進むその先。

 その進路のまっすぐ向こうで、私は待ち構えていた。


「ギョエアッ!」


 がむしゃらに振り回された腕をやり過ごすと、私はすれ違い様にその脇腹に拳をねじ込んだ。


「わ……っ?」


 思ったより手応えが軽い。

 打撃の威力でレッサーエイプはその勢いのまま激しく地面に転倒した。

 自分でも予想外の威力に少し驚いた。


 レッサーエイプは体中を地面に打ち付けながら、砂埃を上げて私達の横を通り過ぎていった。

 しかし、やがて地面に爪を立てて勢いを殺すと、グルリとこちらを向いて態勢を立て直した。

 視力も取り戻したのか、血走った赤い目でこちらをにらんでいる。

 再び地面を蹴って小石を撒き散らした。


「うえっ!?」


 顔を起こしたジノが小さく呻き声を上げた。

 速度を上げて地を駆けるレッサーエイプ。その進路にあったのは、まだ地面に這いつくばったままのジノの姿。


 私はそれを阻止する為にレッサーエイプに蹴りを放った。


「あ……!」


 しかし、地面を強く叩き、その腕力で空高く飛び上がるレッサーエイプ。

 私の蹴りをやり過ごし、そのまま頭上を越えていく。


「ジノくん!」


 逃げ遅れたジノの前に、立ちはだかったのはシェルティだった。


「ギャギャアッ!」


 突然視界に入ったシェルティにレッサーエイプの狙いが切り替わった。即座に繰り出された、長い腕を大きく振った一撃。

 しかし、シェルティもそれに合わせて手にした大鎌を振り抜いた。


「クレセントステップッ!」


 レッサーエイプの豪腕を撫で斬りに一閃する三日月型の軌跡。

 だが、突き出された腕は相討ちになる様にシェルティを弾き飛ばした。

 石畳に転がり倒れるシェルティ。


 またも軌道が逸らされたレッサーエイプは獲物を逃し、走り過ぎていった。


「いてて……。大丈夫ですか? ジノくん」


 仰向けに倒れたシェルティは、顔をしかめながら背後に庇ったジノを見やった。


「シェルティ!」


 地面を這いながらシェルティに駆け寄るジノ。


「無事みたいで何よりです」


 シェルティはジノの無事を確認し、ほっと息を吐いた。


 だが、ジノは肩を震わせながら、拳を握り締めた。

 そして、キッと射殺す様にレッサーエイプをにらみつけると、勢いよく立ち上がった。


「……もう絶対許さない。バラバラにして素材屋に売り飛ばしてやる。このエテ公ッ!」


「ウギャギャアア!」


 レッサーエイプは奇声を上げると、三度グルリとジノに振り返った。


 その隙に私はシェルティに駆け寄り、しゃがみ込んだ。


「シェルティ」


「ミケさん。私は大丈夫です。それに……」


 シェルティは私の手を取って立ち上がると、その視線をレッサーエイプと対峙するジノへと向けた。


 迫るエテ公――もといレッサーエイプをまっすぐ見据え、ジノは右腕を振って大きく広げた。

 その手の内にて絵柄を開いた1本の扇。


「エンチャント・スロウ!」


 私とシェルティがその様子を眺めていると、ジノはまるで空を切り裂く様に腕を振り扇いだ。

 直後、未だ間を隔てたレッサーエイプの顔に、風がいくつもの赤い線を刻んだ。


 だが、目を見張ったのはその直後だった。


「ギ、ギ……ギ」


 猛烈な勢いで突進していたレッサーエイプの体が、まるで錆び付いた歯車の様にその動きを止めた。

 いや、動いてはいるが、まるで粘る水飴の海でもがく様に著しくその速度を鈍らせたのだ。


「シェルティ!」


「はいっ! ハービィ!」


 ジノの声にシェルティが応えた時、既にハービィの姿は上空にあった。


「キュアッ!」

 

 レッサーエイプの正面で口を大きく開けているハービィ。

 あくびをしている様にも見えるその口では、燃え盛る炎がみるみる膨れ上がっていく。

 そして、ハービィはレッサーエイプを見据えると、それ目掛けて暴れ狂う炎の塊を撃ち出した。


 次の瞬間、レッサーエイプの頭部に巨大な火球が降り注ぎ、押し潰される様にその体がひしゃげた。

 一瞬の後、立ち上がる眩い紅蓮の火柱。

 耳をつんざく炸裂音が大気を震わせると、辺りに爆発四散した光の粒が舞い散った。


「これでお昼無しは解消です~!」


「クア!」


 シェルティは降り注ぐ光の中、手にした大鎌を高く掲げて歓声を上げた。

 その肩にゆっくりと舞い降りたハービィ。褒めてもらいたいのか、シェルティの顔に頬擦りしていた。


 かつて敵として対峙した時は厄介な炎だったけど、こうして味方になると心強い。

 ハービィもあれからシェルティと共にレベルが上がって強くなっているようだ。

 シェルティに撫でられて、ハービィは嬉しそうに鳴き声を上げた。


「何勝手に決めてんだよ。……ま、別にいいけど」


「いやったぁ~!」


 ジノはふんっと鼻を鳴らすと、クルリと後ろを向いた。もうちょっと素直になればいいのに。

 シェルティはちっとも気にせず嬉しそうに飛び跳ねているんだけどさ。


「良い手並みだ」


 いつの間にかソディスが私の隣にいた。

 いつも通りの澄ました顔で拍手なんか送ってる。

 戦闘の間ずっとどこかへ隠れてたのに、シレっと出てきたな。


「新しい装備はどうだ」


 ふと、ソディスが私の腕に目を落とした。


「うん。すごくいい」


 私は手を出すと、コートの袖をめくった。

 肘から手の甲までを覆う籠手。その右手の甲には赤い宝石がはめ込まれ、仄かな光を帯びている。

 ギネットさんに作ってもらった、私の装備。ドラゴンハートの生まれ変わった新しい姿だ。




 今日、ログインするとギネットさんからメッセージが届いていた。


 私はすぐさまギネットさんの店に足を運んだ。昨日ギネットさんにお願いしていたドラゴンハート改修の件だ。

 品物は既に完成しており、すぐに装備できる状態にしてくれていた。昨日の今日なのに仕事が早い。


 私はギネットさんからそれを受け取ると、早速手を通してみた。

 両腕共に肘から手の甲までを黒鉄の装甲で覆い、指先だけが露出している。

 以前の手甲より腕の形に沿った作りとなり、扱いやすくなった。


 そして、右手の甲に埋め込まれた赤い宝石。


「名付けて『龍心の籠手』さ」


 手にしたキセルから紫色に揺らめく煙が昇る。

 ギネットさんがカウンターの上に身を乗り出しながら、その幼い顔に笑みを浮かべた。

 これが、ギネットさんがドラゴンハートを改修して作った新しい装備。


 私の新しい相棒だ。


「ありがとう。ギネットさん。大切に使う」


「はははっ! ありがとね。でもまぁ、ちゃんと最後まで使い潰してくれりゃあたしゃ本望さね。ミケちゃんならこの子を上手く使ってくれるって信じてるよ」


 ギネットさんは笑いながら、キセルを咥えた口からふっと煙を吐いた。

 そんなギネットさんの言葉に私も思わず笑みがこぼれた。


 そこでふと気になった。


「この造り……」


 薄く加工された黒鉄の板が幾重にも重ねられた装甲。

 その1枚1枚が丁寧に鍛え上げられ、硬く粘り強さが極限まで高められているのが見て取れた。

 それでいて金属板そのものの厚みをギリギリまで削ぎ落とし、軽量化も施してある。


 その造りには見覚えがあった。


「重腕のゴルディーク……」


 先の侵攻クエストで私のいた隊の隊長であり、共に戦った歴戦の戦士。

 その鎧の造りに非常に酷似していたのだ。


「おや、知ってるのかい」


 その名前を聞いて、煙を吸いかけた所でギネットさんがキセルから口を離した。

 私も籠手からギネットさんに視線を移した。


「あれもギネットさんが?」


「ご明察。自信作さ」


 キセルの先で灰皿をコツンと叩いて灰を落とすと、ギネットさんはニヤリと笑った。


「素材はさすがに劣るけど、このレベル帯で不足は無い出来のはずだよ。それに、こいつが入ってる」


 ギネットさんは私の右手の甲で光る赤い宝石をキセルで指した。


「『ドラゴンハート』。こいつはそのままでも【筋力+2%】と序盤じゃそこそこ優秀なアクセサリーだ。だけど、その真価は一度ぶっ壊してからなのさ」


 装備品はそのままでは素材として扱えない。

 ソディスのやった『精製』同様、完成品はそれ以上同じ加工が行えない。

 しかし、完全に耐久値をゼロにし、破壊。その粉々になった破片は素材として新たな装備に組み直す事ができる。

 その際、元の装備に特殊な効果が追加されていた場合、それを受け継がせる事が可能なのだ。


 そして、ドラゴンハートの特異性はその場合に初めて発現する。


 ウインドウを開き、その性能を確認してみた。


「【攻撃力+5%】」


 アクセサリーだった頃の【筋力+2%】の効果が消失し、【攻撃力+5%】に変化していたのだ。


 以前は幼龍ミスティックマスターの元々低いステータスもあって、その恩恵は微々たるものだった。

 しかし、【攻撃力】とは【筋力】による基本的な力と、【体術熟練度】による補正も足した総合的な数値となる。


 よって、その補正への依存度が高い私の場合、その補正後の攻撃力に+5%の恩恵が得られる様になったのは非常に大きい。

 レッサーエイプの体を突き飛ばした威力はこのおかげだった。


 私は籠手を装備した手を握りしめると、包み込む様にしっかりと胸に抱いた。


「うん。この子なら大丈夫」




「さて、無事快勝した事だし、先へ進もうではないか」


「何もしてないクセに。逃げ足だけは早いんだから」


 私達を促し、悠然と最後尾を歩くソディス。

 そんなソディスにジノは呆れた様に鼻を鳴らした。


「ふっ。進むばかりが道ではない。時に退がる事も新たな可能性を見出だす道となるのだ」


「わぁ……屁理屈です。でも、ソディスさんが言うと説得力ありますね」


 シェルティも半分呆れながらクスクスと笑った。


「我輩、身を守る事と生き延びる事については誰にも負けぬ自信がある。危機が忍び寄っても、こう……」


「ソ――」


 自信たっぷりに講釈を垂れようとしたソディス。

 私も声をかけようと、後ろのソディスに視線を向けた時。


「む?」


 ソディスの頭からギリギリと軋む音がした。


 何やら気配のする背後に、振り向きたくても振り向けないソディス。

 身動ぎするソディスの顔から徐々に血の気が引いていく。その手だけが、こちらに向かって宙を掻いていた。


「ジノ。どうなっている……?」


「……ボクに訊くなよ……」


 ソディス同様顔を青くしたジノが震える声で後退りした。


 それは、ソディスの頭を背後から大きな手がむんずと掴んでいたからだった。


「……ゴ、ゴリラ?」


 シェルティが呟いた。

 ソディスを掴んでいるのは金色の体毛に覆われた黒く大きな手。

 まさにそれ程巨大な金色のサルが、ソディスの頭を鷲掴みにしていたのだ。


 その手の主は山の様に大きく、ソディスを見下ろしていた。


「ソディス!」


 表示された名前は「ジャイアントエイプ」。


 ジャイアントエイプが咆哮を上げ、木々を揺らした。


「グォオオオオアオオッ!!」


 私が拳を突き出すより速く、ジャイアントエイプは掴んだままのソディスを振り回した。

 迫るソディスの背中が私の顔面を跳ね飛ばす。激突したソディスごと私達は地面に転がった。


「くっ……」


 2人で地面を激しく転がり、その勢いで小石と土埃が舞う。


「ミケさん! だ、大丈夫ですか!?」


「……我輩の首は無事か?」


 ソディスが体を起こし、不安そうに首をさすっている。私に座りながら。早くどけ。

 シェルティが声を上げながらこちらに走り出そうとした。

 しかし。


「シェルティ! 周り……!」


「わっ! ひぃぃ……!」


 そのシェルティをジノが引き止めた。

 私達とシェルティ達の間にいくつもの影が乱入してきた。

 シェルティの喉から引きつった声が漏れた。


「ま、またレッサーエイプですぅ……! しかもいっぱい……!」


 先程苦戦したばかりだというのに、今度はそのサルの群れにシェルティ達は取り囲まれた。

 シェルティは武器の大鎌を取り出してはいたものの、胸に抱えたまま固まってしまっていた。


「グォオオオオアッ!!」


 ジャイアントエイプが地面に転がる私達をにらみ、突撃を始めた。


 レッサーエイプの群れはジノとシェルティを取り囲んだまま、ジリジリとその包囲を狭めてくる。隙あらば飛び込んで牽制していた。


「シェルティ、夕ごはん豪華にするから」


「ヤですよぅ! 何させるつもりですか! そんなので釣られると思ったんですかジュルリ」


「お前チョロいな!」


 口元を拭うシェルティ。


「ぜ~ったいやりませんからね! 私、そんなに軽い女の子じゃないんですぅ!」


 だけどシェルティは口を尖らせて抗議した。その意志は堅いようだ。


「ランペイジカウ頬肉のワイン煮込み、おかわり自由」


「ホントですかっ!?」


 にこやかに晴れるシェルティの表情。

 シェルティの決意は一瞬で崩れ去った。


「よう~っしっ! それじゃ、ハービィ! ……あれ? さっきまでいたのに。ハービ――うびゃっ!?」


 駆け出そうとしたシェルティだったが、姿が見えない相棒に辺りを見回した。

 だが、色めき立ったレッサーエイプ達がシェルティに飛びかかってきた。

 集まったサル達によって殴られ、蹴られ、あっという間に大群に袋叩きにされてしまったシェルティ。


「ジノぐんんんんん!! だずげでぐだざいいいいい!!」


 シェルティは引き倒され、背中に飛び乗ったサル達が腕を振り上げ雄叫びを上げた。

 その下で、シェルティは泣きながら手を伸ばしていた。


「……ムリ。ボク痛いの嫌だし」


 無慈悲な返事がシェルティを貫く。


「死んだら化けて出てやるううううう!!」


 鼻水を垂らしながら透明になっていくシェルティ。

 小精霊を鬼火の様に燃え上がらせ、シェルティは泣いた。


「わ、わかったよ。ふん。ボクの手を煩わせようなんて、高くつくん……」


 しかし、目の前に新たなサル達が現れ、数が倍に増えた。

 そして、一斉にジノへ牙を剥いたのだった。



 私とソディスは互いに背中合わせになりながら、私達を取り囲むジャイアントエイプと対峙していた。

 あれからさらに山肌の森から次々とジャイアントエイプの増援が飛び出してきたのだ。

 その数3……いや4体。まだ増える。


「ギキィ!」


「ギャア!」


 後ろもレッサーエイプがシェルティ達に群がっていた。

 背中に乗ったサルに髪を引っ張られ、シェルティがグチャグチャな顔で泣いている。

 ジノもメチャクチャに扇を振り回しているけど、取り囲むサルの群れから逃げられずにいた。


 マズイな。

 倒すだけなら何とかなる。だけど、シェルティは半分戦闘不能。ジノも戦闘は不得手みたいだし。


「ミケよ。絶体絶命だな」


 ふっと笑みを浮かべるソディス。もちろん面白い事なんて何も無い。

 ソディスは言わずもがな。

 いくら強化したとは言え、私だけでは攻撃力が心許ない。このまま戦闘続行したら守り切れない。

 せめて逃げ道だけでも確保したい。


 前にもこんな状況があったっけ。

 マクシミリアン砦跡のインスタンスダンジョンで、前後を多数のモンスターに挟まれながら仲間を守って戦った時の事を思い出した。



「あの~。このサラマンダーのご主人はいますか?」



 不意に聞こえてきた声。

 私と対峙するジャイアントエイプの背後から、その声は聞こえてきた。


「人懐っこいから付いてきたんですけど。あ、助太刀いりますか?」


 その声にジャイアントエイプが振り向く素振りを見せた。

 だが、ソディスが「よいぞ」と抜かした時には、既にジャイアントエイプの胸を背中から刃が突き抜け、地面にその巨体を縫い付けていた。


「よっしゃあ! 続けぇ!」


「おるぁあッ! こっちだぁ!」


「こら、先行しすぎ!」


 次々と躍り出てくる声の主とその仲間らしき者達。

 矢に刃にと攻撃が飛び交う。あれだけ脅威だったサル達が瞬く間に地面へと転がり、光の粒となって消え去っていく。

 あっという間にサル達は駆逐され、声の主の姿が露になった。


「あれ? もしかしてそこにいるのはミケさんですか?」


 その人物から聞こえてきたのは私の名前と、聞き覚えのある声だった。


 鈍色に輝く槍を握る彼の頭上を、ハービィがクルクルと羽ばたいていた。

 次回投稿は11日午後8時予定です。


 次回第50話『和装カスタムと温泉街』


 お楽しみに!

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