5・アラウンド ザ ダイヤモンド
4人組のパーティが林の街道『トリア街道』を進んでいると、妙なものを見つけた。
妙なものというか、それは人だった。
このフィールドに出現するモンスター「ブッシュコボルト」は初心者がある程度戦闘に慣れてきた辺りで戦う事になる、ちょっとした強敵だ。
個々の戦闘力は大した事ないが、多様な武器を手にした戦い方をしてくる。そして数体の群れで襲ってくるのだ。
初心者はコイツらで様々な武器の特徴を学び、戦い方を身に付けていく。なので、皆親しみを込めて「コボルト先生」と呼んでいる。
そんなモンスターのいる街道で、何故か女の子が腹筋をしていた。
一見この場に不似合いな村娘だが、初心者が最初に身に付けている服装だと思い出したので、プレイヤーだとわかった。
でもなんで腹筋……?
「あの、大丈夫?」
考え事をする時はいつも筋トレしながらなのが日課だった。
腕の不調については考えても解決しそうになかったが、とりあえず暇潰しがてら始めたらついつい集中してしまった。
久し振りに日課をこなし、ひとしおの満足感を得ていた。
だけど闘いのカンは大分鈍っているようだった。AIの操る単純な動きしかしないモンスターだからまだ何とかなったが、いずれもっと強いモンスターや対人戦で感覚を磨かねばならないな。
頭の中で技のシミュレーションを繰り返していると、街道をやってきた一行に声をかけられた。
こんな所を見られるなんて、ちょっと恥ずかしい。
立ち上がるとスカートを払い会釈する。汚れは付かない仕様なのか意味はなさそうだったけど。
「……こんにちは」
とりあえず挨拶を返す。ハイキングでもすれ違う人に挨拶するのはマナーだし。
「こんな所でどうしたの? もしかして困り事?」
声をかけてきたのはパーティの先頭を歩くアッシュブロンドの青年。
「はっはっはっ。筋トレとは精が出る。僕もリアルではよく嗜むぞ」
金髪のリーゼントヘアの巨漢が青年の横に並んだ。不似合いなくらい何故か瞳がつぶらだ。
「おい、邪魔しちゃ悪いだろ。いちいち声かけるなって」
その後ろに控える小さな人影。紫色のローブに身を包んだ小柄な少年だ。
かけている眼鏡を指先で直しながらも、奥の鋭い目からは警戒心が見て取れる。
「もう! そういう言い方しないのっていつも言ってるでしょ! それでいつもケンカになるんだから!」
最後尾を担っていた白い髪の少女が声を上げた。
大きな瞳を精一杯つり上げながら、装飾の施された杖を少年に突き付けていた。
確かにろくに情報収集もせず町を飛び出してきた為、困り事はたくさんあった。
「……少し」
とりあえずこの右腕の不調について、声をかけてきた青年に尋ねてみた。
「あぁ、ダメージを負うと残りのHPに応じて動きが鈍くなっていくんだ。回復アイテムを使えば治るよ」
聞けば【HP】は身体中至るところに設定されているという。
大体体の関節ごとに分けて存在していて、手足はゼロになると全く動かなくなる。
胴体、頭、そして首はゼロになると死んでしまう。特に首は一番弱く設定されているから注意が必要なのだそう。
だから、さっきのブッシュコボルトは首を折ったから簡単に倒せたのか。
「見たところ素手みたいだけど、職業はやっぱり『マーシャルアーティスト』?」
マーシャルアーティストとは武器を持たず戦う格闘専門職だ。私も最初はこれを選ぼうと思ったんだけど……。
「……ううん。違う。『ミスティックマスター』」
私がそう言った瞬間、4人がギョッと目を見開いた。
「え、マジ?」
私が選んだ職業。ミスティックマスター。
それは攻撃、回復支援、探索とあらゆる分野に精通している万能魔法職。
どんな場面でも満遍なく活躍できるのが強みで弱点がない。
さらに他の魔法職より魔法使用後のクールタイム――再使用までの待ち時間が短く、魔法を連発しやすい。
なので選択したのだったが……。
曰く、魔法の性能はそれぞれの本職に劣り、覚える速度も遥かに遅い。
最大の欠点は魔法職なのにステータスの【魔力】の伸びが悪い事。
魔力は【魔法攻撃力】や【魔法防御力】、【MP最大値】に関係する。
なので、魔法の性能はあまり良くない。というか、悪い。
しかも連発しやすいくせにすぐ尽きやすい。
何故か無駄に【体力】は伸びる。
体力は【HP最大値】や【防御力】に関係している。
もちろん【筋力】も低めだ。
筋力はやはり【物理攻撃力】に関係する。
パーティに本職の魔法職がいれば必要性皆無の器用貧乏職業。
一部からは皮肉を込めて、選んだ事に対して「ミステイクマスター」と不名誉な呼び名を付けられているそうだ。
それを聞いて私は、肩を落とした。
だって知らなかったんだもん。
「……その角と耳。まさか幼龍? うわぁ。マゾい……」
「え?」
まだ何かあるのか。どういう意味か青年に尋ねる。
龍人族は成長こそすれば最強になるが、幼龍形態では全種族最弱。筋力と体力で最弱の妖精族に劣り、魔力では最低の獣人族にすら劣る。弱者オブ弱者の種族である。
うん。そこまでは知ってる。
さらに他の種族にはないエグいペナルティ。
それは完全に私の想像を超えていた。
まず、戦闘で得られる経験値が他種族の半分。レベルが上がりにくい。
死亡時のペナルティによる経験値減少値は2倍。
魔法やアイテムの回復効果が半分しか得られない。死にやすい。
そして、死亡時に装備のひとつがランダムで消滅する。
それと、龍人族を含めた獣人族には『獣身覚醒』という獣の力を解放し、一時的にステータスを強化するスキルがあるそうだ。同時に移動速度の上昇や獣じみた跳躍力なども備わるという。
ただし、効果が終わると一定時間ステータスが低下するペナルティがある為、使い所に注意が必要。クールタイムも非常に長いので、獣人族の切り札的なものらしい。
……で、龍人族は他の獣人種を遥かに上回るパワーアップができる代わりに、獣身覚醒後全ての装備が全損する。
一応全損した装備は消滅する事はなく、修理すれば元通りになるそうだ。
しかし、死亡時に消滅するものは決して返ってこない。
くっ……想像以上だ。でも成長して成龍形態になれば結構強くなるはず。空だって飛べるんだから。
「成龍形態になるのはレベル100だってさ……」
私は膝から崩れ落ちた。
私の様子に青年の視線が泳いでいるのがわかる。
他の皆も何も言ってこない所をみるときっと同じなんだろうな。
死にやすいせいで成長できず、冒険が進むにつれて他のプレイヤーに付いていけなくなる。その為多くのプレイヤーがこの種族を選ぶ事だけは避けているそうだ。
なんて事だ。選んじゃった。
「それよりこんな所に一人でいると危ないぞ。見たところまだ初心者だろ? 幼龍のミスティックマスターじゃすぐ死んじまうからな」
少年がぶっきらぼうにそう言った。
「そうだね。初心者にここのブッシュコボルトはちょっとキツいもんね。よかったらアルバの町まで送りましょうか?」
白髪の少女も同調する。無愛想な少年の言葉から言わんとしている内容を汲み取っていた。きっと皆信頼しあってるんだろうな。
気を取り直して顔を上げると、お言葉に甘える事にした。
「じゃ、そういう事で自己紹介しよっか」
道中また色々と質問をした。
小柄な少年――スフィアルに魔法の使い方を教えてもらった。魔法職なのに魔法の使い方がわからなかったんだ。
スフィアルの職業は攻撃魔法職の『マジックウィザード』だというのでちょうど良かった。
ちょっとツンケンしているけど、これは照れ隠しだな? さっきから目が合うとサッと反らしてるし。知らない女の子とお話しするのは不慣れと見た。フフフ。
魔法含め、スキル――職業固有の技能はスキルツリーにスキルポイントを割り振る事で習得できる。
スキルポイントはレベルの上昇時に数ポイントずつ得られるが、レベル1でもわずかにだが一応あるみたいだ。なので初級の回復魔法と攻撃魔法をひとつずつ覚えた。
よりランクの高いスキルを覚えるには、低ランクの基本的なスキルを覚え、さらに必要なレベルに達する事で習得可能になるそうだ。
魔法の発動には名称を発声するか、予め決めておいたハンドサインを行使する事で可能だという。
発動の際、ある程度のチャージタイム――準備時間が必要になる。より強力な魔法程それが長くなる傾向が強い。だが、今しがた覚えた初級の魔法にはそれが無いとの事。
この4人パーティは最近初心者を脱し、ようやく中堅の仲間入りをしたばかりだそうだ。
パーティ名は『アラウンド ザ ダイヤモンド』。一応リーダーは最初に声をかけてきた青年――ルクスがその席に着いているとの事だけど、ジャンケンで決めたらしい。レベルは30で、皆既に始まりの町から2つ次の町に拠点を移し、活動しているらしい。
今回、クエストの用事でアルバの町へ行く途中だったそうだ。
途中、現れたブッシュコボルトの群れとの戦闘があったが、息の合ったチームプレーで難なく撃破していった。
私の出番はなかったが、一応低レベルなので気を使ってくれたのかも。
それぞれ自己紹介もした。
ルクス。
アッシュブロンドの髪とちょっと可愛いくりっとしたタレ目で、優しそうな人懐っこい面持ちだ。ちょっとかっこいい。
青いマントを羽織った背中に金属製の弓を担いでいるが、腰には鞘に納めた長剣も下げている。
武器攻撃の専門職『ウェポンアタッカー』で、前衛の攻撃担当。人族。弓をメインに使い、状況に合わせて剣とスイッチする器用な戦い方ができる。と、自慢気に教えてくれた。
親切で困ってる人を見るとつい声をかけてしまう。そのおかげでよくトラブルに巻き込まれ大変だ、と他のメンバーが愚痴っていた。本人はどこ吹く風といった様子だけど。
ベイブ。
金髪のリーゼントで、つぶらな瞳をしている巨漢だ。垂れた耳と頭の角からウシタイプの獣人か。
無駄のない動きと振る舞いから、リアルでも肉体精神共に鍛えている事が窺える。
防御に優れた職業『シールドディフェンダー』で前衛の盾担当。鈍く輝く鎧と左腕に小型の金属盾を装着している。背中には分厚い鉄板の様な大剣を差していた。
厳つい見た目に反して冷静で落ち着いている。先程の戦闘でも大剣と左手の盾を使って巧みに敵の攻撃を弾き返していた。大した動体視力だと思う。
でも、熱くなるとやたら大振りのフルスイングで敵を吹っ飛ばすのはどうかと思う。
不似合いなつぶらな瞳でニコリと微笑んだ。
スフィアル。
子供に見えるけど、頭の黒髪から覗く触角と背中にある透明な翅からして、身長が制限される妖精族だからだろう。
紫色のローブに身を包み、手には占い師が持っていそうな水晶玉が握られている。
攻撃魔法の専門職『マジックウィザード』で、後衛の攻撃と全体の指揮を担当。
無愛想だけど照れると眼鏡を直す癖はがあるのはもう見切った。
パーティの方針でよくルクスとケンカになるらしいが、ケンカする程仲は良い、との事。スフィアルは否定したけど、眼鏡を直したのは見逃さなかったぞ。
リラ。
このパーティ唯一の女の子だ。
肩に届かない程度に揃えられた白い髪は、 わずかに薔薇色の混じった綺麗な色をしている。身に付けた白い法衣もそれに合わせた薔薇色のアクセントが入っている。
身長はまだ大人という程ではないが、私みたいな子供体型よりはずっと高い。
細身で耳が長いから亜人種のエルフ族か。
回復支援魔法の専門職『ホーリーオーダー』で後衛を務める。ホーリーオーダーは魔法職にしては筋力が高めらしく、先程も背後から現れた敵の別動隊を上手く杖で捌いていた。
パーティのまとめ役で、よくケンカするルクスとスフィアルの仲裁に苦労している、との事。結局はリラの方がヒートアップして大変だと、2人はリラに聞こえない様に呟いていた。
なかなかバランスの良いパーティだと思った。
うん。確かにミスティックマスターを選んだのはミステイクだったと感じたよ。
私も改めて自己紹介をした。
「ミケ、です。よろしく」
「なんかネコみたいだな」
と、ルクス。うっさい。
こうしてこの私、ミケに初めての友達ができた。
次回は19日の午後8時に投稿予定です。