48・もう1人の仲間
「はぇ~。それにしてもシナリオクエスト攻略ですかぁ。ソディスさんがムーア好きなのは前々から聞かされてきましたけど、そこまで考えてたなんて思いませんでした」
オレンジ色の街灯が並ぶ夜の街を歩きながら、シェルティは後ろを歩くソディスを振り返った。
私はなんやかんやあり、ソディス達の『クラン』「ヘテロエクス」に入団した。
『クラン』とは、同じ思想や目的の為に集ったプレイヤーで作られた組織。
他のゲームではギルドなんて呼ばれているけど、エクステンドオンラインでは「冒険者ギルド」と区別する為かクランと呼ばれている。
パーティがその場の戦闘を共にする小規模なチームであるのに対し、戦闘以外でも様々な技術や情報を共有する為に組織された、より大きなグループがクランという認識だ。
クラン設立には、クランホームになる建物を購入する為に結構なお金が必要になるという。
既存のクランに所属する場合はそのクランの長、マスターの許可さえあれば良いので特に対価は必要ない。
ヘテロエクスのマスターはソディスなので、私もすんなり入れた。
クランを結成すると、いくつかの利点がある。
まず、本拠地「クランホーム」を建てる事ができる。
所属メンバー以外は基本的に立ち入り禁止で、内緒話をするには最適の環境だ。
所属メンバーの許可があれば入る事は可能。
他にも、クラン専用のチャットで遠くにいても仲間同士で会議を開いたりもできる。
次に「倉庫」が利用できる。
所持品を預けておく事でアイテムボックスに余裕を作ったり、PK対策に大事な物を失うリスクを避ける事ができる。
容量に上限はあるものの、かなりのスペースがある。
「個人用」と「共用」があり、各自プライバシーが守られた個人用倉庫では自分の自由に使う事ができる。
共用倉庫はその名の通り、クランメンバー全員が自由に使えるアイテムを保管している。備品置き場として使われている場合が多いようだ。
倉庫を利用する為だけに、1人でクランを設立する者もいるくらい倉庫は便利なものなのだ。
他にもクランで行う『クランクエスト』を遊んだり、侵攻クエストでの活躍に応じてクランのレベルがアップ。設備が拡充されたりもするらしい。
それと、クラン独自のマークを作って、それをエンブレムや旗にして掲げたり、タトゥーにして肌に描いたりもできるそうだ。
もっとも、ウチには絵心のあるメンバーがいないらしく、マークはまだ空欄なんだそう。
ギネットさんも鍛治職人クランに所属しているそうで、それを証明するエンブレムが店内に飾ってあった。
金属を加工して作られた、それはもう気合いの入った出来映えのが。
あれから私とギネットさんはどんな装備にするか話を詰め、ようやく満足いく結論が出た頃にはもうすっかり夜が更けてしまっていた。
その間、シェルティはハービィを頭に乗せて好きにじゃれさせていた。
そのシェルティもずっと私の背後から抱き付いて頭に顔を乗せてじゃれていたんだけど。ちょっとくすぐったかった。
ソディスはソディスで、私とギネットさんのやり取りに口を挟もうとしてはギネットさんに追い払われていた。いい気味だ。変な装備にされたらたまったモノじゃない。
「我輩はただの一読者として、ただただひたすらに読者でありたいと願っているに過ぎない」
「まぁ、確かにマンガも読んでると続き気になりますもんね。私も単行本待てないんで毎週雑誌買ってますし」
いつもの澄まし顔で話すソディスに、シェルティも静かに頷いた。
そんなシェルティの背中では、少しうとうとしてきたハービィがフードの中で静かな寝息を立てていた。
ソディスの場合は作者が既にこの世にいないのだ。永遠に失われたはずだったその続きが読める。いや、自ら体験までできるのだから、喜びはひとしおだろう。
私も本を読むのは好きだ。
意外だと思われるけど、図鑑を読む。
お父さんとの旅先で見つけた動植物を調べたりするのが好きなんだ。
あと、これから行きそうな地域のお土産を調べるのに旅行ガイドブックも読んでいたっけ。まぁ、行き当たりばったりなので、役に立つかはイマイチだったけど。
「シナリオクエスト……。クリアした人はいないって聞いたけど、難しいの?」
私もソディスの方を振り返り、2人の会話に入った。
「うむ。恐らく過去最も進行できた記録は、我輩と同期でこのゲームを始めた者達が進んだ地点だろう。ただの1度、そのクエストボスと対峙したそうだが、その1度以降他に同じ場所までたどり着けた者すらいない」
ソディスの表情に変化はなかった。ただ、腕を組みわずかに唸った。
「ソディス。そのクエスト内容は?」
「『魔王討伐』だ」
やはり。クリアできないというのはそういう事か。
私達の陣営の王城と同様、魔王の居城は魔王軍陣営の最奥。無数にある敵の領土を越えた果ての果てだ。
かつては敵の領土もプレイヤーもまだ少なかった時期であった為、たどり着く事ができたのだろう。
だが、1つの領土ですら広大な土地と、多くの敵プレイヤーが阻んでくる。プレイヤーも増えた現在では、クリアは最早完全に不可能と言ってもいい。
「だが、彼らもクリアできないクエストに嫌気が差したのだろう。その後中立陣営に移ったそうだが、それ以降の消息は特に聞かんな」
ソディスはわずかに目を伏せた。
一筋縄ではいかないとは思っていたけど、今の私じゃどうすれば良いかも思い付かないな。
「そういえば、ソディスさんっていつからこのゲームやってるんですか?」
シェルティが首を傾げてソディスを見上げた。
「エクステンドオンラインサービス開始直後からだ。我輩、実は最古参プレイヤーなのだぞ」
「最古参……」
レベル26のクセに? と、喉まで出そうだったけど、飲み込んだ。
シェルティも隣で口を押さえている。同じ事を思ったに違いない。
「……?」
ふと、ソディスが立ち止まった。
「ジノがログインしたようだ」
「ジノ?」
私達もつられて足を止めた。
「あ、ジノくん来たんだ。じゃあミケさんを紹介しないとですね!」
シェルティがパッと笑顔を咲かせた。
誰かの名前。そう言えば、ギネットさんも口にしていた名前だった。
「ミケ」
「大丈夫」
ソディスがこちらを向いた。
私は頷いて応えた。ゲームは治療の一環だし、文句を言う者もいない。時間は十分にある。
「では、我らがクランホームへと向かおう」
で、移動してきたのは裏通り。
というより、建物と建物の隙間だ。ほんの少し空いたスペースに扉……いや柵だなこれ。
通行を禁じる様に塞いでいるその柵を、ソディスはこじ開けて体をねじ込んでいく。
大人の身でこれはなんだか恥ずかしい。周りの人が見てる。どう見ても不審者だ。不審者。
ソディスに続きシェルティも躊躇無く滑り込んでいく。もう慣れたんだろう。
私も早く入った。
そしてたどり着いたのは、建物に囲まれたほんの少し広くなって……はいるけど、路地だ。ただの。
なんだか秘密基地っぽいな。子供だったらこういう場所にロマンを感じたりもするんだろうが、あいにくもうそんな歳じゃない。
「見よ。我輩の秘密基地だ」
……もうそんな歳じゃないはずだ。
「そんな顔をするな。こっちだ」
私の顔を見て、ソディスは地面にあった鉄製の蓋に手をかけた。
その取っ手を引くと金属の擦れる耳障りな音が響き、地下に続く階段が現れた。
ソディスがこっちを見てふっと笑った気がした。悔しい。
私達は階段を降りていく。
レンガ造りの壁に手を当てながら薄暗い階段を進んでいくと、やがて突き当たりに差しかかった。
黒い鉄の留め金が打ち付けられた重苦しい木の扉だ。
ソディスがドアハンドルを引き、扉を開けた。
「遅い。ボクが呼んだら2秒以内に来いよな。退屈でボクが死んじゃったらどうするんだよ」
部屋に入った途端、なんだか不機嫌そうな声が飛んできた。
白を基調に整えられた部屋だ。
高い天井には金色のシャンデリアが部屋全体に明かりを届けている。
木目が踊るハチミツ色の床と、部屋の中央に置かれたダークブラウンのアンティークテーブル。他にある本棚や椅子も同じくダークブラウンに統一されている。
シンプルに整えられた、暮らしている者の目が行き届いているのがよくわかる部屋だ。
そして、そのテーブルの前面にはわざわざ運んだのか、席の全ての椅子がピッタリと長椅子の様に並べられている。
そこに頬杖を着きながら寝そべる人物が、声の主のようだ。
「ただいま戻った。ジノ」
ソディスが声をかけると、その人物は気だるげにゆっくり体を起こした。
衣擦れと身に付けた飾りがシャランと音を立てた。
ショートヘアの青い髪には銀細工の髪飾り。
他にも様々な飾りが身動ぎする度に金属の触れ合う澄んだ音色を奏でていく。
透明な青い膜の張った魚のヒレに似た耳から、獣人族の一種『海人族』のようだ。
肌にまとった絹の衣装から透けて見える、中に隠された細くしなやかな肢体の動作。
インナーは胸元だけ隠し、露出した色白の肩と腹部が夜空に浮かび上がる月のごとく柔らかな体つきを描き出していた。
朝露に濡れた紫陽花を思わせる水色の唇はとても小さく、可愛らしい。
まだ幼くも見えるが、可愛らしさの中に美しさが育ち始めた年頃の女の子……じゃない。よく見ると男の子だ。
少女の様に華奢な体だが、その薄い胸は確かに少年のもの。
彼のほころびかけた蕾の様な体は、ゾクッとする程早熟な香りに満ちみちていた。
彼は長いまつ毛の青い瞳をツンと尖らせると、ソディスをにらみつけた。
「ボクを待たせるなんていい度胸じゃん。ふんっ」
そうして彼は椅子から立ち上がり、ソディスを見下ろそうと精一杯薄い胸を反らした。
……まぁ、長身のソディスに対しあまり背が高いとは言えなかったので叶わなかったけど。
「今日はずいぶんと機嫌が良いな。ジノ。何か良い事でもあったのか?」
「ジノくんは分かりやすいですからね。ただいまジノくん」
え? あれ機嫌良いんだ。
本人は顔を真っ赤に染めてプルプル震え出した。
「こちらはジノ。我がクランのサブマスターを任せている。ジノも紹介しよう。彼女が以前から勧誘したいと話していたミケだ」
そんな彼の様子を気にする様子もなく、ソディスは腕を広げて私を促した。
ジノと呼ばれた男の子がジロリとこちらをにらんだ。
「……初めまして、ミケ……です」
「……ふん。別に馴れ合うつもりないから。気安く話しかけないでよ」
ジノはフイと顔を反らし、そっぽを向いてしまった。……私、歓迎されてないのかな。
「ジノ。どうしたのだ? 新しく仲間を迎えると話してから、ずっといつ連れてくるのか何度も何度もしつこく訊ねていたではないか。あんなにも張り切って歓迎会の料理の買い出しに行っていたというのに」
「ジノくん、ここ最近ずっとソワソワしてましたもんね。私にも何回も訊いてきてたんですよ。『ねえ今度何が食べたい? 食べて嬉しいって思う料理って何かな?』って」
ソディスがわざとらしく訊ね、シェルティもペラペラと多分内緒だったはずの話をしゃべっていた。
なんだろう。これは、聞かなかった事にした方がいいのかな。
「わかったよ! するよ! 自己紹介! ちゃんと!」
ジノが声を張り上げて2人を遮った。
それから、真っ赤な顔でキッと私に視線を合わせた。
「ボクはジノ。このクランに入ったからにはサブマスターのボクの命令は絶対だからな。ボクの機嫌を損ねる様な事があったら許さないぞ。新入り」
ジノは腕を組んで顔を背けた。それ自己紹介なのか?
背は私より高いけど、女の子のシェルティとあまり変わらない。まだまだ少年の域に入りたての、背伸びしたくて仕方ない年頃なのだろう。
「ジノは繊細だからな。この前も我輩、自慢のコレクションを床に広げていただけなのに怒られてしまう始末だ。ミケもしかとジノの言葉には耳を傾けるのだぞ」
「だってソディスさんい~っつも散らかしっ放しで片付けないし、毎回ジノくん1人で掃除してるんですよ。ジノくんはこのクランのお母さんなんですから、怒られても仕方ないと思います。ね? ジノくん」
「お前らもうしゃべるな!」
ジノくん、目に涙を溜めてぷるぷるしてる。
室内は特に目立った調度品は無いが、綺麗に整えられている。いくつか花瓶に添えられた花や観葉植物があるくらいだ。
これもジノがこまめに管理しているからなんだろう。
あとシェルティ。暗に自分も手伝ってないって言ってるよ。
「さ、これでクランメンバーが全員揃ったのだ。そのくらいにして、もう仕度はできてるのだろう? 食事にしよう。ミケも食べていくといい」
ソディスがパンと手を叩いた。まだ何か抗議しようとしていたジノを他所に、話を進めた。
というか、最初から私がここに来る事前提に準備していたとしか思えない。
多分、ソディスの中では自分の思い通りに行かないなんて微塵も考えてなかったのだろう。
感心すると同時に、少し呆れた。
まだ色々言いたい事はあったみたいだけど、ジノは飲み込んだようだ。
「いいの?」
「ふん……キミにだけ振る舞わなかったら、ボクが心の狭い人間だって思われちゃうだろ。それとも、ボクの料理は食べられないとでも言うの?」
有無を言わせぬ迫力に思わずたじろいでしまった。
決して込み上げてくるニヤニヤを必死で堪えていた訳じゃない。
「ご、ご相伴にあずかります……」
「わはぁ~! ごちそうです~! ジノくん今日はすごくがんばりましたね!」
ふわりと漂ってくる香りに思わず喉が鳴った。
純白の皿に色とりどりの料理が盛り付けられ、温かな湯気が立ち昇っている。
テーブルに並んだ料理の数々に目を輝かせるシェルティ。
それは、私もだった。
カットしたトマトとモッツァレラチーズにバジルリーフを添えた、赤白緑と色鮮やかなカプレーゼサラダ。
芳ばしく香るトーストにマッシュルームやクルミを乗せ、仕上げに粉チーズを雪の様にまぶしたブルスケッタなど、彩り豊かな前菜が並ぶ。
大皿にはとろりと絡めた白いソースにベーコンのピンクがアクセントになったカルボナーラや、トマトをふんだんに使ったミートソースなどのスパゲッティがこれでもかと盛られている。
他にも用意されたいろんなソースから、様々な味覚を乗せた匂いがお腹を突っついてくる。
さらに、チーズを焼いた美味しそうな匂いが鼻に届いた。
カボチャのとろける甘味とピリ辛ソーセージを組み合わせた、黄色が眩しいパンプキングラタンだ。
どれも自分で自由に取り分けられる様になっている。
さらにメインの肉料理。
赤ワインに漬け込み、じっくり煮込んだ子羊のスペアリブ。トロトロになるまで煮込まれたお肉の旨みをたっぷり含んだ匂いと、ワインのフルーティーな香りが相まって胸を満たしていく。
薄くスライスされたローストビーフ。ローズピンクが映えるその断面には、宝石の様に輝くリンゴとタマネギのソースが絡めてある。
他にもニンニクのソテーした食欲をそそる香りと共に、熱く焼けた鉄板でジュウジュウと弾ける肉料理の数々がテーブルに所狭しと並べられていく。
そして、デザート。
テーブルの中央を様々な料理に囲まれながらこれ見よがしに占拠している、フルーツをふんだんに盛り付けた巨大なホールケーキ。
イチゴにパイナップル、ピーチにキウイフルーツなどなど、見ているだけでも甘酸っぱい味が口いっぱいに広がる想像に胸が踊る。
私の好きな甘い甘いフルーツケーキだ。
白いホイップクリームの上にはオレンジやベリーのソースで模様が描かれていた。
「すごい……」
「これ全部ジノくんが作ってるんですよ。とっても美味しいんですから! ちなみに私もリアルじゃ一人暮らしなので料理しますよ。お野菜と指を切るのは得意です」
専用の小さなベッドにハービィを寝かしつけると、シェルティが小指を立てて笑った。
なんのケジメ料理だよ。だからジノは1人で料理してるんだな。
「ジノはクランのシェフでもある。実際その料理の腕を見込んで勧誘したのだ。良い冒険に良い食事は欠かせないからな」
どこに目をつけているんだ。シナリオクエスト攻略する気あるのか。
でも、本当に美味しそうだ。確かにこんなに美味しそうな料理を食べながらの冒険なら楽しいだろうな。
「ほ、褒めても何も出ないからな!」
視線を背けているけど、ジノの耳は赤かった。
「否、まだ出す物があるではないか」
「ッ!! 待……」
ふとソディスが何か思い出した様に指を鳴らした。
その様子にジノが何故か飛び上がった。
部屋の天井に飾り付けられたカラフルな風船と、柔らかく開いたペーパーフラワーがフワフワと踊っている。
さらにアーチ状のリボンの帯が天井の端から端へ幾重にも渡され、無機質だった部屋があっという間に華やかに彩られた。
「わあ……!」
壁にもピンク色の旗が飾り付けられ、そのいくつもの旗飾りには金色の文字で「ようこそ ミケ」と書かれていた。
「ジノと我輩で準備していたのだ。さすがジノ。良いセンスだ」
「やりすぎだからこれはボツだって言っただろ!」
「何を言う。ノリノリだったではないか」
「え~!? 私仲間外れですかぁ!? ズルいですぅ」
「シェルティは山籠り中だっただろうに」
「ぶぅ~!」
私、何か言った方がいいんだろうけど、言葉が出ない。
どうしてかな。ちょっと目の前がにじんでよく見えない。
こんなに綺麗な部屋でのパーティーなんて小さい頃の誕生日以来だ。
もっとも、それ以降の誕生日は大体お父さんとの旅の途中だった。
お父さんが捕まえてきてくれた巨大ワニの丸焼きでお祝いしてくれたっけ。ニワトリみたいな二足歩行の珍しいワニだったな。
だから、家族以外の人達にお祝いされるなんて、ほとんど初めてかも知れない。
「みんな。ありがとう」
とても、嬉しい。
「では、新たな仲間の入団を祝して」
ソディスが赤く揺らめくグラスを掲げた。
これからきっと楽しい日々がやって来る。そんな予感がした。
次回投稿は7月4日午後8時予定です。
料理のレシピを調べていた中で美味しそうなものをいくつかピックアップしてみました。
イタリア料理は家庭料理として親しみやすく、彩りも豊かなので作って楽しく、食べて満足の嬉しい料理ですね。
次回第49話『温泉に行こう』。
お楽しみに!