46・再会
「え? 本当?」
私達は森を出てアルテロンドへの帰路についた。
なんとか目的のブラッドバットの血液を手に入れ、次の素材を探しに行こうと思っていたんだけど……。
「チェーンスネークの牙とスチームウィスプの核ならば間もなく届くはずだ。お近付きの印にミケに進呈しよう」
と、ソディスが言ってきたのだ。
私の欲しているアイテムを2種類共に提供してくれる。それは確かに嬉しい申し出ではあった。
だけど、ドラゴンハートの修理に必要な素材は先程体験してきた通り、皆入手が面倒な物ばかりだ。
偶然通りかかっただけの相手に用意できるものではない。
いくらなんでも、あまりに出来すぎている。
「ソディス。待ち伏せしてまで私に近付いた目的は何?」
「さすがに気付いていたか」
ソディスは躊躇う事無く認めた。
集団リンチされてたのまで計算だったかはわからないけど、私の目的地にアタリをつけて待っていたのだろう。
何か見返りが目的? まさかソディスも決闘? ……いや、違うか。ソディスの弱さはさっき見たばかりだ。
それにもし仲間に私の居場所を知らせるなら、アイテム収集に付き合うなんて面倒な事はしないか。
気にはなるが、信用していいものか。最初からだがどうにもコイツは得体が知れない。
「ミケ。噂の主に会ってみたかったというのもあるが、他にもいくつか理由があってな。それは追々説明しよう。我輩を信じるかどうかは君の判断に任せるが、今しばらく結論を待ってほしい」
私の迷いを読んでいた様に、ソディスはただ笑みを浮かべていた。
はっきり言って信用はできない。何かを企んでいるのは間違いないだろう。
それが何かはわからない。罠の可能性だって低くはない。
普通なら信じないだろうけど、敵意は感じられなかった。
「見つけたぜ! 『2代目決闘狂』!」
「は?」
アルテロンド西端にある城門前。
街道から城門を横切る堀にかかっている跳ね橋。橋と言えどちょっとした広場くらいもある巨大な鉄の板だ。
その跳ね橋が近付いてきた頃、そこにずらりと並んだガラの悪い輩の姿もまた目に入ってきた。
私とソディスが城門にたどり着くと、そんな連中と鉢合わせたのだった。
っていうか『2代目決闘狂』って何。
思わず変な声が漏れたじゃないか。
面倒だけど、私は一歩前に出た。
「もう逃がさねぇぜ。『チビッ子怪獣』!」
「おとなしくオレにやられちまいなぁ! 『決闘狂殺し』!」
「俺があの『妖怪首折り童女』をやるんだよ!」
「いや俺が」
「俺だってば」
そのケンカ買った。
ただでさえ今日1日これで疲れてるんだ。いい加減イライラしてきた。
あと誰だ。妖怪とか言ったヤツ。許さないぞ。
「もういい。まとめて来い」
私が拳を握ったその瞬間。
「男が寄ってたかって少女1人を無理矢理とは、無粋な」
飛び出そうとした私を手で制したのはソディスだった。
一瞬ソディスに嵌められたかとも思ったけど、どうやら違うみたいだ。
前に出て私を庇う様に、ヤツらに立ち塞がった。
「誰だ!?」
完全に意識の外にあったその人物に、集団の1人が声を上げた。
「ふっ。我輩の活動はささやかにしてさりげない故、顔が知られていないのも無理はない。だが、我輩の名前を聞いてもその呆けた顔を保っていられるだろうか?」
ソディスは自信に満ちた顔で胸を張り、掌をまっすぐ突き出した。
「我が名はソディス! 破滅の作り手にして万物を弄びし者! みんなのクレアトゥール、ソディスである!」
その自己紹介に、その場の全員が固唾を飲んだ。
さっき私にしたのと内容が違う。なんだその恥ずかしい呼び名。
「誰だ? いや……ソディス……まさか! 『人間毒汚物』のソディスかッ!?」
「まさか『商人の面汚し』ソディス!?」
「『歩く糞』ソディス!?」
「ソディスってあのダークルーラー『嫌われ者のルルド』とよく並んで注意喚起されてるアレか!?」
「既に多くの通り名があるのに、その増える速度が一向に衰えない『人類の汚点』ソディスだって!?」
うわもっとひでぇ。恥ずかしいなんて次元じゃない。
一斉に引きつったどよめきが広がる。
私も引いたわ。なんだその凄まじい通り名の数々は。ただの悪口だってもう少し可愛いげがあるレベルだ。
「全く、名前が知られていると言うのも困ったものだな」
メンタル強えーな。私さっき自分に付けられた呼び名の事で怒っちゃったけど、なんだか逆に申し訳なくなってきた。
なんで誇らしげなんだ。私だったら「歩く糞」とか言われたらきっと泣いてる。
「クソ! あの『虐殺幼女』が『異常ヘドロ』と手を組んだなんて最悪だ!」
「顔を覚えられる前に逃げろ!」
「どけよ! 関わり合いになる前に逃げねぇと!」
「やべーよ! 逃げろ!」
誰が幼女だ。失敬な。
その場にいた全員が顔色を変えて一目散に走り出した。ちょっとしたパニックだ。
ソディス、お前何したんだ。……いや、聞くまい。
あれだけいた人数が蜘蛛の子を散らした様に逃げ去り、あっという間にいなくなった。
「静かになったな。とりあえずこれでミケに手出ししようとする者はほぼ居なくなったはずだ」
私はソディスを見上げた。
ソディスはただ静かに笑みを浮かべながら私に視線を向けていた。
「我輩は情に厚いのだ。 まぁ、これも先程助けてもらった礼という事にしておいてくれ」
どの面でそれを言うか。
でも、助かった。
私の顔にもつられて笑みが浮かんだ。
「ありがと」
「実はミケの事は我輩の仲間から聞いていてな。先程の理由についてだが、ミケをその者に会わせたかったのもその1つなのだ」
「仲間?」
「ミケの知っている人物だ」
そうだ。ずっと疑問だった。どうしてソディスは私の事を知っていたのか。
決闘の動画や噂だけで知ったにしては、妙に私の心理を的確に突いてきていた。私の性格を聞いていなければできない事だ。
「そして、アイテムを持っているのも彼女でな。君の為と言ったら喜んでアイテム収集に協力してくれた。……ちょうどこちらに向かっている頃だろう。城門前で落ち合う手筈だ。君に会うのを楽しみにしていたぞ」
そうしてソディスが城門の方に視線を向けた時だった。
「ソディスさ~ん! あれ何だったんですか? お祭りですか? 呼んで下さいよぅ。ヒドイです」
ふと城門から人の流れに逆らって、キョロキョロそれを眺めながらこちらに歩いてくる人物がいた。
緊張感に欠けるのんびりした声。
その声の主は、私の隣にいる者の名前を呼んだ。
「さてな。可愛い子ネコでもいたのだろう。シェルティ」
それに対して、何事もなかった様に応えるソディス。
現れた少女。
サイドテールに結ばれた薄紫の髪。
その髪色と同じ色のローブをまとい、淡く輝く鬼火の様な小精霊がその周囲を漂っている。
そして、肩には暖かな光を放つ小さな赤い竜が留まっていた。
ちょっぴり気弱そうな少女だ。
私はこの少女を知っている。
「シェルティ!」
「あれ? ミケさん!? あー! ミケさんだぁ!」
シェルティはパッと笑顔を咲かせると、一直線に私の胸に飛び込んできた。
「ひさしぶり」
「お久しぶりです! ミケさん! わはぁ~!」
はしゃぐシェルティはグリグリと私の胸に顔を押し付け、キラキラした瞳で私の顔を見上げてくる。まるで子犬みたいだ。
「ソディス。仲間って」
私がしがみつくシェルティをやんわり引き剥がすと、ソディスは頷いた。
「うむ。このシェルティこそが君に会わせたかった、我輩の仲間だ」
私に抱き付いているこの少女はシェルティ。
以前、鉱山都市アイゼネルツで私とパーティを組んだ、初めて一緒に冒険した仲間だ。
そこで一緒にダンジョンを攻略し、ダンジョンの主であるサラマンダーを捕獲、使役するに至った。
その後、アイゼネルツを発つ飛行船で別れ、それ以来の再会となったのだった。
まさかこんな所で再会できるなんて思ってもみなかった。
そうか。私の噂を聞いて私の為にアイテムを集めてくれていたのか。少し胸が暖かくなった。
「シェルティ。もしかして、私の為にアイテムを……?」
「アイテム……? あ! そうだ。ソディスさん、ちゃんと言われた通りアイテム集めてきましたよ! 大変だったんですからぁ! こんなガラクタ集めに丸2日も山に籠るなんて、女の子のする事じゃないんです!」
シェルティは私に抱きついたままソディスをにらみつけると、頬をプクッと膨らませた。
「それと、これで借金はチャラですからね! ……で、このゴミ何に使うんですか?」
「シェルティ。声が大きいぞ」
首を傾げて訊ねるシェルティをソディスはたしなめた。
その間シェルティはずっと私にしがみついたままだ。可愛い。だけど、そろそろ離れて。
……で、なんだ借金って。
「再会を祝うのに立ち話もなんだ。移動しよう」
ソディスは颯爽と前を歩き出した。
待てソディス。
おい、どういう事だ。聞いてた話と違うぞ。借金って。目を反らすな。あれ? 私の為に喜んで……って。
あれ?
「ミケさん? どうしたんですか?」
シェルティはキョトンと私達を交互に見て、首を傾げた。
「で、今こうしてる訳です」
アルテロンドの街並みは、昼間の白をすっかり宵闇色に塗り替えていた。
夜の帳が落ちた街は未だ活気にあふれ、オレンジ色の明かりが漏れる窓からは賑やかな話し声が聞こえてくる。
いや、実はこのゲームは夜の方が人口が多い。
皆それぞれの1日を過ごした後にこの世界に降りてきている。
そうして、リアルの役割と切り離されたもう1人の自分へと生まれ変わり、思い思いの時間を過ごすのだ。
ある意味夜こそがこの世界の本当の姿と言えるのかも知れない。
私達は街を移動しながらシェルティのこれまで、私と別れてからのアレコレを聞いていた。
鉱山都市アイゼネルツから飛行船に乗ってこっちに来てから、しばらく1人と1匹で冒険していたそうだ。
シェルティが「ねっ? ハービィ」と話しかけると、その肩に留まっているサラマンダーが眠そうにあくびをした。
サラマンダーの名前はハーベスト。ハービィは愛称だ。
アイゼネルツのダンジョンでシェルティが仲間にしたモンスターである。
私も一緒に攻略したんだ。
私がそっと触ろうとしたら避けられた。捕まえる時に思いっきり殴ったのをまだ根に持ってるらしい……。
シェルティも何度か出会ったプレイヤーと野良でパーティを組む事はあったらしい。
だけど、立ち回りが不得手故に次第に敬遠される様になってしまったそうだ。
立ち回り以前に、シェルティの怖がりな性格から戦闘自体あまり好きではないのも大きいんだと思う。
実際、私と出会うまではモンスターから逃げ回ってたって言ってたし。
それに、シェルティの得物は大鎌。
高い攻撃力の連続攻撃を繰り出せるが、扱いにくいトリッキーな武器だ。
その射程が長く攻撃範囲が広い利点は味方をも巻き込む短所も孕んでいる。
並のプレイヤーでは立ち回りの不得手なシェルティとチームワークを築くのは至難だったはずだ。
そんな理由もあって、大鎌を使うプレイヤーの数は少ない。
シェルティは家が農家だそうで、大鎌の扱いに慣れていたそうな。
ただ逆に、大鎌以外の武器は苦手で扱えないという珍しい個性も持ち合わせている。
さらに本来後衛職のビーストテイマーは全体的にステータスが低めだ。
しかも、性能がピーキーな精霊族で近接武器を扱うという事が知られると、それだけで誰も彼もが敬遠してしまっていたそうだ。
途方に暮れていたそんな時、ソディスに声をかけられたのだという。
「見た目これですから、最初は普通の人だと思ったんですよね」
「ふっ。我輩は非凡故に、あふれ出る才能が隠し切れんのだ」
「…………」
まぁ、いいか。
それからこの世界の渡り方をソディスに教わってきたそうだ。
それまでろくに戦い方どころか、クエストの攻略や町の歩き方すらおぼつかなかったらしい。
色々世話になりながら今日までそれなりに楽しんできたそうな。
「今じゃその辺に生えてるのが食べられる草なのか、美味しい草なのかもわかる様になったんですから! これでいつ路頭に迷ってもたぶん大丈夫なんです!」
鼻息を一吹きして胸を張るシェルティ。
あの怖がりだったシェルティがたくましくなって……。だけど、女の子がその辺に生えてる草を食べちゃダメだ。
「それと、ソディスさんには装備や消耗品をお世話してもらってるんです。……まぁ、色々見繕ってもらってるせいで、その代金が借金に加算されてるんですけどね……」
シェルティは苦笑いしながら頬を掻いた。
……それ大丈夫かな。シェルティおっとりしてるから心配だ。
「そうにらむな。ちゃんと適正金額で協力してやっている」
シェルティの話を聞いて私がジットリと視線を向けていると、ソディスは心外だ、とため息を吐いた。
「言葉だけでの証明は難しいな。ではその証拠を見せてやろう」
「そういえばどこに向かってるんですか?」
歩きながらシェルティがソディスを見上げた。
そういえば裏路地ではない。昼間の道具屋とは方向が違う。
「ソディス?」
私も気になる。またソディスの事だ。何を企んでいるか、聞かせてもらおう。
「ここだ」
そうしてソディスは一軒の店の前に立ち、扉を叩いたのだった。
次回投稿は20日午後8時予定です。
帰ってきたパッパラ農民!
田舎の民は本当に食べられる草と美味しい草を見分けるスキルを持ってます。いやマジで。
次回第47話『ソディスの目的』
お楽しみに!