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ミケのオンラインリハビリテーション  作者: 白ネコ扇子
第4章・侵攻クエスト 剣戟の攻城戦
42/87

42・小さな祝勝会

 天井に向けて伸ばした左手を、私は両目で眺めていた。


 今朝になってようやく顔の包帯が取れた。

 長く閉じられていた右目は久しぶりの光に慣れず、まだ少し痛い。だけど両目で見る世界は、この無機質な病室でさえなんだか色鮮やか見えた。

 幸い顔に大きな傷痕は残っておらず、右目の視力にも問題はなかった。特に後遺症が認められなかったのは、本当に幸運だったとしか言い様がない。

 一足先に治っていた顎も含め、顔面はかなり酷い骨折をしていたんだけど、無事に綺麗サッパリ元通りになったようだ。

 自分の素顔なのに随分長く見ていなかったからか、ちょっぴり不思議な感じだ。でも、改めて見て綺麗な顔だと自画自賛しておく。

 ただ、どうせだったらこのジト目も治してほしかった。それこそミケみたいに。


 侵攻クエスト終了から丸1日以上が経った。

 翌日は病室のベッドで大人しく過ごしていた。

 研ぎ澄ませた精神がピークを超えた反動か、体より頭の疲れが半端なかった。じんわり頭を絞められている様な不快感のせいで、しばらく眉間からシワが取れなかったし。

 それからさらに一晩経って不調はとっくに治っていたけど、私はまだベッドで寝込んでいた。

 クリアになった視界に反し、気分は窓の外に映る曇り空の様にモヤモヤしていた。


 まさかルクスが小さい頃から知ってる近所の子供だったなんて、想像だにしてなかった。

 敵集団から救い出された時の事を思い出したら、なんだか恥ずかしくて顔が熱くなってきた! うあー!

 ベッドの中でバタバタ頭を抱えてうずくまりたい所だけど、体が動かないのでそれもできない。唯一動く左手を額に当てるので精一杯だった。

 とにかく、このもどかしい気持ちをどうにかしたかった。


「お~っす。シェリル姉ぇ~元気~?」


 その原因が来やがった。

 確かに、よく見ると面影がある。アッシュブロンドの髪と、可愛いくりっとしたタレ目の男の子だ。

 白シャツの上にグレーのパーカーを羽織って、下はベージュのハーフパンツとラフな格好。

 人懐っこいちょっと抜けた声を上げながら、その主が病室に入ってきた。

 突然の来訪に体が跳ね上がった。いや、動かないけど。

 いつも通りだな。人の気も知らないで。このやろー。


「ザ、ザキ……ど、どうしたの……? 今日も良い天気……だね……?」


「うわ。テンパってる。シェリル姉どしたん?」


「べ、別に。どうもしない」


「へえ~。てっきりかっこよく助け出してあげた時の事を思い出して、悶絶してるんだとばっかり。違ったんだ」


 クッソ! この敗北感! バカ! 小学生!

 私は目を反らした。ダメ、今は顔を見れない。


「しっかし、まさかあのミケがシェリル姉だったなんてビックリしたよ。世間って狭いなぁ」


 ザキはお見舞い品の果物籠を棚に置くと、パイプ椅子を引っ張り出して座った。


「う、うん……」


 昔から付き合いのあるザキは私が闘う所を何度か見たことがある。その為闘うミケの姿を見てその正体に気付いたのだろう。


 まだザキが小さい頃、危険な運転をするバイクに跳ねられかけた事があった。

 よほどヒマだったのか、運転していたアホが小さなザキに因縁をつけ始めた。

 ちょうど一緒にいた私はそいつを説得しようと、丁寧に肉体言語で話し合いをしたのだ。次第に増えていくその仲間にもとても丁寧に肉体言語で説き伏せ、なんとか平和的に解決した。

 その時からザキは私の事を尊敬の眼差しで見る様になった……ハズだ。


 そう言えばルクスがミケの格闘戦を見たのは、ベリオンとの決闘が初めてかも知れない。

 直前に敵に囲まれてた時は、遠くだったのもあって集団リンチされてる様に見えたらしい……。

 それまでもほとんど私の出番無かったし、数少ない出番も戦っている姿は隊列の関係でお互いが見えない位置だったしね。


 ザキもあれからログインしてないらしかった。

 さすがに疲れたのもあったけど、あまりに長くゲームをし過ぎたせいで両親に叱られたらしい。ちゃんと勉強してるとは言え、小学生があんなに長くゲームしてれば当然と言えば当然だ。


 それでもこっそり掲示板は見ているそうな。

 掲示板とは、ネット上でコメントを書き込んで情報を交換する場だ。

 エクステンドオンラインの公式サイト内にもプレイヤー専用の掲示板が公開されており、ログインする事で書き込んだり閲覧したりできる。

 「神聖王国陣営専用掲示板」と「魔王軍陣営専用掲示板」、「中立陣営専用掲示板」とがあり、他の陣営に知られたくない内容をこっそり話せる様になっている。

 もっとも、どこにでもスパイはいるだろうし、極秘の話はプレイヤー同士で直接メッセージのやり取りをしているんだと思うけど。

 それと、陣営関係なく皆で閲覧可能な掲示板も存在している。


 果物籠のオレンジを剥くと、ザキはベッドのリクライニングを操作して私の体をわずかに起こしてくれた。そうして「はい」と、その一切れを私の口に持ってきた。

 いつまでも顔を反らしていては大人の尊厳が危うい。私はザキの様子を盗み見ながら、仕方なくオレンジを食べさせてもらった。あくまでも、仕方なくだ。

 ちょっと酸っぱいけどみずみずしい。もう一口ちょうだい。

 2人でそのみずみずしさを堪能していたら、あっという間にオレンジは全て無くなってしまった。


「…………」


 ふと会話が途切れた。


「くくっ。シェリル姉、昔チンピラに絡まれてたオレを助けてくれた事あったよね」


 沈黙を破ったのはザキ。


「どんどん増えるアイツらを片っ端からやっつけてさ。かなりエグいブチのめし方で。でも戦いながらずっとオレの手を握ったままなんだもん。正直チビるかと思ったよ。まぁ、おかげでアイツらは全然怖くなかったんだけどね」


 急に吹き出したと思ったら、ザキは腹を抱えて笑い出した。


「……ザキ。ごめんなさい……」


 つい口からこぼれた。

 自分で言っておきながら、急に胸がチクリと痛んだ。


「それは言いっこなし」


 遮る様にザキは声を被せた。


「どうせ俺じゃ逆立ちしたって決闘狂には敵わなかっただろうし」


 私が不安そうに見上げると、ザキはふいっと顔を反らして表情を隠した。

 たとえゲームとは言え仲間にあんな仕打ちをされたんだ。珍しく強く怒っていたルクスから、私は強引に決闘相手を奪った。恨まれても不思議じゃない。


「でも、あんなに怒ってたザキ初めて見た」


「俺もあの時頭に血が昇ってらしくなかったってゆーか……。正直負けるつもりでヤケになってたし、敵討ちなんてほとんど諦めてたんだよね」


 少し照れ臭そうに指で頬を掻くザキ。


「ま、だからやっつけてくれてむしろスカッとした!」


 ザキはさっぱりとした笑顔でこっちを向いてくれた。


「本当? 怒ってない?」


 それでもやっぱり心配な私は訊ねてしまった。


「どうかな?」


 ニヤリとイタズラっぽく笑うザキ。


「……イジワル」


 そんなザキの振る舞いに、今度は私が口を尖らせた。


 結局ザキが「じゃ、1つ貸しね」と強引に落着させた。

 私らしくなく少し女々しかったな。ようやく胸のつかえが取れた気がした。

 と、同時にザキの言動から私より大人なんじゃないか、とかすかな焦りを感じた……。


「そうだ。シェリル姉に……ミケに礼を言いたいってヤツらがいるんだけどさ」


 ちょっと言いにくそうに視線を泳がせるザキ。


「ここに呼んでもいい?」


「もちろん」


 私は即答で了承した。

 ザキは少し驚いた様子だったけど、すぐにいつものイタズラっぽい笑顔になった。


「や~。実はもう呼んでてさ。多分そろそろ着く頃だと思うんだよね」


 私が了承するとわかっていた様な行動の早さだ。まぁ、短くない付き合いだしね。


「あの……。失礼します。ここはシェリルさんの病室でしょうか?」


 ふと扉がノックされると、1人の小さな女の子がおずおずと扉を開けて顔を覗かせた。


「メル。さすが時間ピッタリ。ささ、どうぞ入った入った」


「ザキ!」


 ザキは勝手知ったる自宅にでも招くみたいに手を振った。

 メルと呼ばれた女の子は見知った顔を見つけたからか、ホッと胸を撫で下ろして後ろの誰かを呼んだ。


「お邪魔します。マイク、ネイト。こっちこっち」


「む! そっちだったか! ネイト! こっちだぞ! 早く来るんだ!」


「マイク。病院で大声出すなって。すぐ行くから」


 パタパタと忙しない足音が近付いてくる。やがてこの部屋の前で止まった。

 メルが扉を開いてその主達を促した。


「あの、初めまして……でいいのかな。私、メル・リーンレスと言います。向こうでは、リラです」


「……リラ!」


 少し緊張した面持ちでメルは自己紹介をしてくれた。

 向こうの世界でのリラはもうちょっと年上のお姉さんで、背も少し高かった。

 だけど、メルはザキよりもちょっと背が低く小さい。

 白い髪だったリラとは対称的に、明るいオレンジ色に近い茶髪のショートヘア。

 顔はリラをそのまま幼くした印象。

 髪色に似たオレンジ色で、裾が花の様に広がったスカートの可愛らしいワンピース。上に羽織った白のジャケットもよく似合っている。他所行きの為にオシャレしてきたのかな。

 向こうでは頼れるお姉さんだったリラだけど、リアルではこんなに小さな女の子だったのかと、ちょっと驚いている。


 ゲームだったとはいえ、あれっきりだったので元気そうで安心した。


 そのメルの後ろからもう2人連れ立って部屋に入ってきた。


「お邪魔します。……ネイト・カーレル。向こうではスフィアル……です」


 黒髪の少年がこれまたカチカチに緊張してメガネを直していた。こっちでもそのクセは変わらないか。

 スフィアルは妖精族だったのもあって身長が制限されていたけど、ネイトはスラッとしてザキよりほんの少し背が高い。

 けれど、あまり印象は変わらないかも。ぶっきらぼうだけど照れ隠しが下手な可愛い男の子だ。

 服装は白いシャツの上に黒のベストと、少し崩した格好のザキとは対称的にキッチリとしている。


「ネイト。お前初対面の女の人ホントにダメな~」


「う、うっさい! 余計な事言うなお前!」


 ザキがヘラヘラ茶化すと、ネイトは真っ赤になって詰め寄った。


「お? やんのかコラ」


「望む所だ!」


「こ~ら! 2人共、病院でやめなさい!!」


 にらみ合う2人を引き離すメル。

 初めて見るはずだけど、既視感のある光景だ。うん。やっぱりみんなだ。


「さて、あとは僕だけだな。マイケル・マクダネル。べイブだ。よろしく、シェリルお姉さん!」


 メルとネイトの横に並ぶ、巨漢。向こうの世界と大差ない体格の……君ホントに小学生か? 少年がつぶらな瞳で眩しい笑顔を浮かべていた。

 並んでいる皆と比べると頭いくつ分差があるよ? 間違いなく180センチはある。

 向こうと同じ金髪のリーゼントとその体格にピッチリ張りついた服。というか、なんで野球のユニフォームなんだ。


「これ、マイクの普段着な」


 ザキが察して答えてくれた。

 まぁ、べイブの構えや戦い方を見ていれば野球が得意なのはわかっていたけど。

 この4人は同じ少年野球チームで日々一緒に汗を流しているんだそうな。メルはマネージャーとして。

 ポジションはネイトがピッチャー、ザキがキャッチャーとしてバッテリーを組んでいるんだって。だからあんなにバッチリ呼吸の合った動きができたのか。

 マイクは足も速く、肩も強いので外野手。打席も4番だ。まぁ、この体格ならな。

 このままがんばり続ければ、きっと将来はプロも夢じゃないだろう。


 ちなみに、ベイブがシールドディフェンダーという防御職にもかかわらず、何故両手で扱う大剣を得意としているのか。

 その理由はダメージを受けた際に衝撃を緩和するスキルを使って、邪魔される事なく「思い切りフルスイングを堪能したいから」なんだそうな。

 手首に装着した盾も表面積をギリギリまで減らして邪魔にならない様にしているそうだ。一応それによって防御力を保ったまま軽量化もしている。

 どんだけバッティングにこだわりがあるんだよ


「みんな、来てくれてありがとう。シェリル・キア。あっちではミケ。よろしく」


 こうして、みんなでささやかながら祝勝会を開く事になった。

 白く無機質な病室が、今日だけは賑やかに彩られた。包帯グルグル巻きでロクなもてなしはできないけどね。

 そういえば、今朝お母さんが妙にたくさんのお菓子を持ってきてくれたけど、もしかして知ってたのかな。

 ……ってこれ某有名ブランドの高級スイーツじゃないか! ザキ、お母さんに気に入られてるからなぁ……。礼儀正しいしっかりした子だって。ネコ被り怪獣め。


「はいじゃコレ。みんな遠慮しないで食べて食べて」


 ザキがヒョイとお菓子の入ったバスケットをベッドに備え付けのテーブルに運んできた。

 みんな用に簡易テーブルも運び出して、お菓子を並べてたりコップにジュースを注いでいく。氷も冷蔵庫から取り出して浮かべていった。手慣れた様子で。ありがとう。


「みんな、侵攻クエスト勝利。おめでとう! 」


「おめでとう」


「おめでとー!」


「勝利に!」


 ザキが乾杯の音頭を取ると、みんなでジュースを注いだコップを合わせた。氷が揺れる心地よい音を奏でた。


「いただきます」


 私も並べられたお菓子を1つ摘まんで口に放り込んだ。パイ生地のクッキーだ。

 サックリとした食感と共に、薄く幾重もの層になった生地が儚く崩れて溶けていく。バターと砂糖の練り込まれた甘い香りが口いっぱいに広がり、生地の表面に散りばめられたザラメ砂糖がカリカリと砕けて消えた。砂糖の粒が溶けてまた甘く舌を包み込んでいく。

 美味しい。


「それにしても、よくあの決闘狂を倒せましたよね」


 ネイトがクッキーを齧りながら、ふと呟いた。向こうと違って言葉使いが丁寧だ。これぞ大人の貫禄。ふふ。


「うんうん! シェリルさんスゴいね! 私もビックリしちゃった!」


「ミケならやってくれると思ってたぞ!」


 メルとマイクも興奮気味に身を乗り出してくる。


「うん……。でも、先に挑もうとしたのはザキの方。私は割り込んだだけ」


 ザキに視線を向けると、バツが悪そうに視線を反らして頬を掻いていた。


「ザキ、リラがべリオンのせいで倒されたの、凄く怒ってた」


 それを聞いて、メルは目を細めてニヤニヤと笑みを浮かべた。


「へぇ~。ザキもたまにはカッコいい事するじゃん」


「オレがカッコいいのはいつもの事だし、取り立てて騒ぐ程じゃないさ」


 と、全然気にしてないザキ。


「ザキ。照れてる」


 おどけて見えるザキだけど、私にはわかる。照れてる。

 そんなザキがジロリとこっちをにらんだ。


「変態裸コートのクセに……」


「……ッ!! ……ッ!!」


 痛たたたた!! 思い出させるな! 体型はリアルと同じままなんだから。ネイトが真っ赤になってるし。


「ゴホン! ま、まぁそれはさておき。あの決闘狂を倒したのは何者なんだ、って向こうじゃ大騒ぎになってますよ」


 ネイトが眼鏡を直し、こっちに視線を振った。


「うむ! もうすっかり広まって両陣営問わず今一番ホットな話題となっているな! 一緒に戦えた僕らも誇らしいぞ」


 マイクも同調して立ち上がった。頭、天井にぶつけないようにね。


「ミケさん、ジャイアントキリングでも新記録出したでしょ? だからミケさんの名前も知れ渡っちゃって。今はログインしない方がいいかも」


「そ、そうなの?」


 メルが語気を強めながらも、マドレーヌを頬張った。すぐに頬に手を当てて「おいしい」と、とろける様な笑顔になってたけど。

 しかし、だとすると次のログイン時は気をつけないとな。

 いや、待てよ。これで人気者になってたらパーティメンバー募集も容易になるかも知れない。ふふふ。


「シェリル姉。何企んでんの? ジト目で」


 人聞きの悪い。ジト目は生まれつきだ。


「レベルもいっぱい上がったし、戦いも勝てて良かったな……って思った、だけ」


 うん。

 誘ってくれたザキと、そして一緒のパーティで戦ってくれたみんなのおかげだ。


「……この体になってから戦える事が前よりもっと楽しくなった。元々戦う事以外取り柄のない私だから、あんなにたくさんの敵と戦えて楽しかった」


 それから、ある顔を思い浮かべて私の顔にも自然と笑みが浮かんだ。


「そして、久しぶりに心がヒリヒリする程強い相手とも戦えた」


 決闘狂・ベリオン。

 確かに振る舞いや言動は横柄で敵意にあふれていた。

 でも、こと戦いに関してはプライドを持っており、真摯だった。

 正々堂々戦って、自分の技術を以てギリギリの勝負を望んでいた。本来なら負けない戦い方はいくらでもあったはずが、そのプライドのおかげで私は勝つチャンスを与えられたと言ってもいい。

 あれで根はまっすぐなヤツなのかも知れない。ヤなヤツだけど。


「みんなと遊べて、良かった」


 私は思い出しながら小さく笑った。


 ネイトとメルはテレッテレに赤くなって黙ってしまった。ザキとマイク、聞こえなかったフリをしながら一心不乱にお菓子を食べるな。

 ちょっと、誰か何か言ってよ。真っ正直に感想を言った私が恥ずかしくなってきたじゃないか。


「シェリル姉に喜んでもらえたなら何よりだよ。な? ネイト」


「おい!? なんでそこで俺に振るんだよ! ……ま、まぁ、俺もシェリルさんの、その、治療に貢献できたのなら……光栄、だけど……」


 ザキがおかわりのジュースを注いだコップを隣のネイトに手渡した。

 途端に慌てるネイト。ザキも目を伏せてこちらを見ようとしない。肩が震えてる。笑ってんなコイツ。


「ふふっ。そこは『俺も楽しかった! また遊ぼ!』でいいのに。ねぇ?」


「うむ。ネイトは素直ではないからなぁ。たまには小学生らしく振る舞ってもいいと思うぞ」


「お前に言われたくない!」


 メルが笑顔を浮かべてネイトをからかい、マイクは声を荒げながら顔を赤くしていた。

 みんなで声を上げて笑った。ゲームでは割と大人びて見えたけど、こうして笑ってるとやっぱりみんな可愛い子供だ。


 そういえば、ちょっと訊いてみたい事があったのを思い出した。

 侵攻クエストは他の領土でも繰り広げられていたんだし、なんとなく気になった。


「ねえ。私達は勝ったけど、他の領土ってどうだったの?」


 その瞬間、みんなの笑顔が固まり、動きが止まった。


「…………」


 先程と一転してみんな一緒に俯き、表情に影を落としていった。

 あれ? 訊いちゃいけなかった?


「シェリル姉、知らなかった? グレイドッグの町が墜ちたって」


「え……?」


 ザキが最初に口を開いた。事も無げに言われた衝撃の事実に、私は目を丸くした。

 グレイドッグは私達がリグハイン砦に向けて出発した町だ。あそこが墜ちたという。


「実はグレイドッグだけじゃなく、今回の侵攻クエストはほとんどの場所で領土を取られた大敗だったんですよ」


 眼鏡を直しながら、ネイトが補足した。

 知らなかった。私がようやく開いたばかりの両目をパチクリしてると、みんなは今回起きた事をかい摘まんで教えてくれた。


 私達がリグハイン砦に発って2時間後。隣接する魔王軍陣営の領土にもう1つのオフェンス部隊が出発してから、およそ30分程経った頃。突然グレイドッグの背後を突いて敵の奇襲を受けたそうだ。それも200人近い規模の信じられない大部隊に。

 グレイドッグに残った守備隊はおよそ50人。想定の倍に近い大軍勢に奇襲を受け、瞬く間に領主を倒され全滅したらしい。


 出発したオフェンス部隊もちょうど最初の休憩を始めたばかりで、スタミナ値が尽きて動く事ができなかったという。

 敵領土までの中間地点だったのもあり、行くか戻るかも逡巡せざるを得なかった。

 最終的に戻る事になったのだが、オフェンス部隊が戻った頃には既にグレイドッグは占領され、こちらは完全に後手に回ってしまっていた。

 急いで戻ってきたはいいものの、再びスタミナが尽きて指を咥えて見ているしかできなかったのだという。


「それで結局終了まで籠城されて時間切れ。他の領土も似た様な結果なんだってさ」


 メルがシュークリームを齧りながら 頬をぷっくり膨らませた。ちょっと悔しそうだけど、なんかハムスターみたいで可愛い。

 しかしおかしい。互いの戦力はほぼ拮抗しているって話じゃなかったか。


「そんな大人数、どうやって……」


「どうやらあちらさんは完全に守備を捨てて、全軍で突撃してきたようだぞ。それも侵攻クエスト開始前にこちらの領土に入り込んで、ずっと待ち伏せしてだな」


 マイクが腰に手を当ててジュースを一気に飲み干した。

 あの6時間でさえ長かったというのに、さらにその前から潜んでいたというのか。にわかには信じられない行動力だ。


 魔王軍陣営では装備の材料になる良質な鉱石が多く産出されるのもあって、割りと熱心なゲーマーが多数在籍しているらしい。

 こちら神聖王国陣営は豊富なアイテム用の資源やエンターテイメントなど、ライトユーザー向けのコンテンツが多いそうだ。

 なので、戦力は拮抗しているものの、攻撃力や行動力では魔王軍。回復手段やからめ手の豊富さによる粘り強さは神聖王国陣営にそれぞれ軍配が上がるという。

 今回は魔王軍の行動力が勝利した事になる。


「中には戻らずそのまま敵領土に侵攻した所もあったそうだよ。まぁ、結果はあんまり、だったみたいだけど」


 ザキが肩をすくめて鼻を鳴らした。

 敵領土には極々少数の敵が待ち構えているだけだったらしい。だが上手く逃げられ、そうこうしている内に背後から追い付いてきた200人に蹴散らされたという。


「それに、いつも正面から戦う戦略じゃいつかこうなると思ってたけどね」


 戦いを楽しむ。その為の暗黙の了解で互いに戦略レベルでは正面からのぶつかり合いがまかり通っていた。

 その協定が今回、破られた事になる。

 何かが大きく変わり始めているのか、これから侵攻クエストはより混沌としていく事になるだろう。


 そういえば。

 デモニド。あれは遊撃隊ではなくディフェンス部隊だったらしい。

 あの来るはずのない敵援軍は最初からリグハイン砦に向かう為に準備されていたのだろう。人数もディフェンスとしても最低限のものだった。

 グレイドッグを発ったオフェンス部隊が引き返したタイミングで自領土を発ったとすれば、到着した時間帯にも辻褄が合う。どこにでもスパイはいるものだ。紛れ込んだそれがメッセージを送ればそのタイミングを測るのも容易だろう。

 仮にオフェンス部隊が引き返さず進攻したとしても、デモニドの戦闘力なら籠城して持ちこたえる事も不可能ではなかったかも知れない。


 しかし、何故他の領土では自領土を捨てる様な戦い方をしていたのに、リグハイン砦だけは例外的に防衛に力を入れていたのか。

 リグハイン砦の防衛戦力は通常のそれよりも遥かに過剰だった。こちらの戦力もかなりのものだったと思うが、それすら読まれていたのだろう。ベリオンが最後まで温存していなかったら、恐らく敗北していた程だ。

 未開の空白地帯を開拓する重要拠点だったから、リグハイン砦だけは絶対に死守したかった? それともセオリー通り遠距離で攻めるのに不利だっただけ?


 いや、ゴルディークが言っていたな。


「もしかして、何か見つかったの?」


「! よくわかりましたね。実は昨日わかった事なんですが、別に理由があったみたいなんです」

 

 私がふと思い出した事を口にすると、ネイトがコップを置いて口を開いた。


「そういえば、リグハイン砦で何かスゴいものが見つかったんだって?」


 ザキもお菓子を口に運ぶ手を止めた。


「ああ。俺達の戦ってたリグハイン砦の頂上にあった城。俺達、結局あの中には入ってなかっただろ?」


 そうだ。私達はヴェイングロウを追ってそのまま山を降りたんだ。なので本曲輪にあった建造物はノータッチだった。


「あの中には籠城して応戦する為の窓や足場、あとポータルしかなかった。一見ただの空き家だと……最初はそう思われてた」


 みんなも食事の手を止めてネイトに注目した。


「だけど、あれだけの防衛戦力を揃えた理由が他にもあるんじゃないか。って考えた人がいて、建物の内部をくまなく調べてみたら……ダンジョンの入口が床下に隠されていたんだ」


 ネイトは腕を組んで眼鏡を直した。


「それもどうやらただのダンジョンじゃないらしい。内部は石の壁面にビッシリ神話文字が刻まれていたって話だ」


 ダンジョン自体は各領土に最低1つはあるとの事なので、珍しい事ではない。

 ただ、解読可能な文字があるという事は、何かしらのイベントが用意されているはずだ。以前攻略したマクシミリアン砦跡の石碑の様に、解読するとボスが現れるギミックなどがいい例だ。

 しかし、それがダンジョン中に広がっているとはどういう事だろう。


「まさか、新システムの実装か!?」


 ザキが興奮した様子で跳ね上がった。


「ザキ! 静かに!」


 メルに叱られた。

 しかし、ザキの驚き方を見るにただ事ではないようだ。


「新システム?」


 その大層な単語に私は首を傾げた。


「これまでも何度かあったんですよ。新しい領土での変わったダンジョンやイベントが。その攻略後、これまでの常識をひっくり返す様な新しい要素が追加されてきたんです」


 ネイトが説明してくれた。


「中立陣営の発足がそれだったな!」


「上位職の実装も確かそう」


 マイクとメルが補足する。


「……でも、それってかなり大きな更新のはず。普通公式に発表されるものなんじゃないの?」


「それが、このゲーム『エクステンドオンライン』は自分達で新要素を開拓、発見していく仕様になっててさ。噂じゃ人間のスタッフは設定を入力するだけで、フィールドやイベントはAIによって半自動的に作られてるらしいよ。だから『エクステンド(拡大)』って名前なんだとか。ま、どこまで本当かわからないけど」


 ザキが言うにはこのゲーム自体、公式からのアナウンスというものがほとんど無い珍しい方針を取っているらしい。

 じゃあ今回も何かしらの実装があるかも知れないという訳か。それなら魔王軍陣営が必死に守っていたのも頷ける。

 もしかしたら戦いを有利に進めるものになるかもしれない。何が飛び出してくるのか、今から楽しみだ。


「オレ達も後で行ってみようぜ。30レベル帯のリグハイン砦ならちょうどよさそうだし。解読だってシェリル姉がいれば問題なしじゃん!」


 ザキがみんなを見回して、私を見る。

 が、ネイトが渋い顔をした。


「……スカウトの上位職『ローグ』でも解読は難航してるそうだから、ミスティックマスターじゃ重要な箇所を解読できるまで何日もかかると思うぞ」


 ネイトが申し訳なさそうに俯いた。


「気にしないで。私はまだレベルも足りないから、行けそうにない。みんなで行ってきて」


 プレイヤー相手と違い、モンスターに駆け引きは通用しそうにないしね。戦いに勝つ事はできるだろうけど、ザコ相手には何よりスピードが大事だ。私の攻撃力では今度こそ足手まといだ。

 それにダンジョン中に文字が張り巡らされているというのだから、大規模な高位レベルのチームが進めているのだろう。私の出番はない。


「あ~あ。シェリル姉がいればトッププレイヤーに躍り出るのも夢じゃないかも知れなかったんだけどなぁ」


 コイツ、前は一緒にプレイしたくないとか言ってたクセに。私の事がみんなに知れたとなったら吹っ切れたのか。現金なヤツだ。

 でも、私を頼りにしてくれるというなら、ふっふっふっ。仕方ないなぁ! お姉ちゃん一肌脱ごうじゃないか!

 これで1人寂しいボッチ旅ともおさらばだヒャッホウ! よ~し、がんばるぞぉ!


「ザキ。それじゃシェリルさんに頼りっきりになってダメだ。俺達自身が強くならないと意味がない」


 ……え?


「うむ。トレーニングと一緒だぞ。人のがんばりは自分の筋肉にはなりえないのだ」


「そうだよザキ。それにシェリルさんだって他人には教えられない秘中の技だってあるだろうし」


 無いよ! なんでも教えるよ! 超必殺・獄滅八つ裂き乱舞とか、最終決戦奥義・彩華黒蓮とか、他にも悪魔も泣き出しそうな技いっぱいあるよ! ほら、みんな邪魔する奴は指先ひとつでダウンさせようよ!


「……そうだよな。やっぱ自分が強くならなくちゃだよな。よっし! シェリル姉、オレがんばってシェリル姉より強く……なれるとは思えないけど。まぁ、がんばるよ」


 ザキはそう言うと、いつもの陽気な笑顔を浮かべた。

 それでもその中にいつもと違う、ほんの少しの力強さを感じた。


「うん。私も、負けない」


 うわああああぁん!! 寂しいよおおおお! お姉ちゃん一緒に冒険したかったよおおおお!

 ……なんて微塵も顔に出さない。あの小さかったザキが立派になって……。子供の成長は早いなぁ。グスン。



 やがてテーブルに並べたお菓子も綺麗に無くなり、楽しかった冒険譚や反省会も一段落した頃。陽も傾き、そろそろいい時刻になってきた。


「それじゃまたね。シェリルさん!」


「またゲームの世界で会おう!」


「シェリルさん。今日はお邪魔しました」


 この小さな祝勝会はお開きとなった。各々別れの挨拶を済ませ、帰路についていった。

 たまには子供達に混ざって遊ぶのも悪くない。あの子達の様に遊びにひたむきになれた年頃を過ぎて久しい。私もなんだか童心に返った様な気持ちになれた。……いや、昔も今もやってる事はあまり変わらないかも。


「じゃ、シェリル姉。オレも帰るから」


「うん。気を付けてね」


 ザキはトレイに集めたコップを片付けると、ベッドを操作して私をまた横に寝かせてくれた。


「ありがと」


 そうして最後に私に布団をかけてくれた。


「……やっぱ例の貸し、チャラでいいよ」


 ふとそう言うと、ザキはニッと笑い、さっさと部屋の外へ出て静かに扉を閉めてしまった。

 貸しって、あの決闘の事? そんな訳にはいかない、と思ったけど、ザキは私が言う前に行っちゃった。

 私がずっとそれを思い詰めていたから、気を使わせてしまった。全く、本当に子供の成長は早いなぁ。


「ふぅ……」


 静かになっちゃったな。楽しかった反動で、ちょっと寂しい。


 1人になったからか、今回の戦いの事を色々思い返してきた。

 そう言えば、あの時アイツ最後に妙な事を言ってたんだよな。何だったんだろう。


『まだ……届かねぇのか』


 私に倒される寸前、確かにそう言っていた。

 ベリオンは。

 次回投稿は6月5日午後8時予定です。


 エピローグその1。

 まぁ、反省回というか言い訳回ですね。戦いの裏でこんな事があったんですよーっていう状況説明です。

 今章はまたたくさんの反省点が浮き彫りになりました。次章からはもっと改善して文章を紡げる様にがんばっていきます。


 次回はエピローグその2。ついに今章最終話です。


 第43話『喫茶店』


 お楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[一言] 多分ベリオンは過去に何かトラウマがあるんだろうねぇ...それも小さい頃に
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