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ミケのオンラインリハビリテーション  作者: 白ネコ扇子
第4章・侵攻クエスト 剣戟の攻城戦
41/87

41・決闘狂

「誰だ。お前」


 クエストの結果を確認し終え、ログアウトしようとウインドウに指を伸ばしていた最中。ベリオンは突然呼ばれた自分の名に眉をしかめた。


 周囲からにわかにどよめきが生まれ、一斉に視線が集まった。


「ルクス……!?」


 視線の先には手にした剣をまっすぐベリオンに向けたルクスの姿があった。


「……なんでさっき敵に囲まれてたオレの仲間を殺した」


 普段の軽薄な様子から想像もつかない低い声で、ルクスの視線はベリオンを射抜いていた。

 その言葉に私の胸がギュウっと締め付けられる様に痛む。

 ルクスは見ていたんだ。あの瞬間を。

 敵に追い詰められたリラにしたあの仕打ちを。その様子を背に悠然と歩き去っていったベリオンの背を。

 私は知っている。ベリオンが強敵と戦う愉悦の為だけに、ゴルディークや他の誰もを踏み台にしてきたのを。

 視線は向けなかったが、通り過ぎ様に歪んでいた口元を私は忘れていない。


「そうだったか? くたばったのはソイツが弱ぇからだ。俺を恨むのは筋違いだぜ」


 ベリオンは嘲る様に口を開いた。しかし、表情は一切の興味が込もっていないのか、冷たい。

 それでも、ルクスは止まらなかった。


「ああ、わかってる! 戦いは全部何があっても自己責任! 負けても恨みっこ無し! ゲームなんだから楽しくやったモン勝ちだ!

 ……たとえ敵のボスキャラを1人でやっちまう様な味方が、たまたま、ごくごく近くで余裕ぶっこいてて、見捨てていったとしても文句は言えないだろうな!」


 ルクスはそのまま足を踏み鳴らしながらベリオンの方に近付いていく。自然と誰もがその道を空けた。

 もう刃が触れ合おうという距離まで近づき、ルクスはわずかに背の高いベリオンを見上げた。


「だけど、ピンチの仲間を敵に放り込むのは違うだろッ!!」


 ルクスの怒鳴り声と勢いに周りは飲まれていた。

 高レベルのルケリアやセーヴェンですら呆然とそれを眺めていた。誰も何も声を上げる事はしなかった。


「ククッ」


 鉄の様に冷ややかだったベリオンの表情に笑みが浮かんだ。


「悪くねぇ。差がわかってて挑んでくる勢いは嫌いじゃねぇぞ。受けて立ってやる」


 ベリオンはルクスの突き付ける剣に自らの剣を激しく打ち付け、交差させた。


「うっし。モードは『デッドオアアライブ』。どっちかが死んだら負け。恨みっこ無しだ」


「いい度胸だ。じゃあ……ん?」


 ルクスを見下し笑うベリオンの表情が、不意に変わった。

 顔前に突然何かが出現したのだ。


 それは、小さなウインドウだった。


「悪いが先約だ」


 そう言うとベリオンは突然剣を下ろし、視線をルクスから外した。


「は……はぁっ!?」


 突然気勢を削がれたルクスは激しく狼狽した。

 すぐに詰め寄ろうとしたルクスだったが、それを遮る手があった。


「テメェがこの果たし状の送り主か? チビ」


「そうだ」


 私はルクスを制して前に出た。


 ずっとウインドウを操作し、決闘の申請方法を調べていたんだ。2人が話している間に見つけられて良かった。

 おかげでルクスが決闘申請の操作をする前に挑戦状を叩きつける事ができた。


「ミケっ!?」


 ルクスが大きく口を開けて驚いている。

 ルクスには悪い事をしたと思ってる。長く付き合ってきた仲間の仇だ。

 それを横取りする様な形で邪魔をされたんだ。いい気はしないだろう。もしかしたら私の事を許してくれないかも知れない。

 ルクスの怒りは理解できる。

 だけど、譲れなかった。


「ルクス。ごめん……」


「ミケ! お前なん……で……」


 ルクスは咄嗟に私の肩を掴んで顔を覗き込んできた。

 だけど、そこまでだった。

 それで怒りは沈んだようだ。私の顔を見て、ルクスの顔は凍った様に固まっていた。静かに手を放し、私の服にはしわくちゃになった跡だけが残った。


 だって。



 目の前でやられた私の方が怒ってるからだ。



 私の前に決闘受諾の通知が届いた。


「俺は誰からの挑戦だろうと受けて立つ。受諾したからには、お前……もう逃げられねぇぞ」


「心配ない。構えろ」


 ベリオンは泰然と双剣を抜き放った。その顔は心なしか楽しそうだった。

 私もゆっくり前に出る。


「ミケ……」


「ルクス。後でいっぱい怒っていいよ」


 戸惑うルクスに、私は振り向かなかった。

 ルクスでは申し訳ないが、逆立ちしたってベリオンには太刀打ちできないだろう。平均よりはかなり高い腕前だと思うけど、ベリオンの実力は飛び抜けている。

 あのゴルディークもかなりの実力者だった。同じ双剣の使い手で、レベルもベリオンより遥かに上回っていた。

 それでも万全の状態で戦っていたとして、勝つのは間違いなくベリオンだ。そう言い切れる力が、ベリオンにはある。

 敵討ちでも八つ当たりでも、思い切り気持ちをぶつけて散るのもいいさ。だけど、どうせなら勝ってやっつけてしまいたいじゃないか。


 今それができるのは、私だけだ。


「『デッドオアアライブ』モード」


 決闘には『プラクティス』と『デッドオアアライブ』の2種類の形式がある。


 両者共に決闘中にHPの回復が一切不可能なのと、この決着によってPKの烙印が捺される事がないのは共通している。


 プラクティスモードでは決闘終了後に破損した装備品や使用したアイテムが全て元通りになる。HPも全回復し、もちろん所持品を奪われる事もない。


 だが一方、デッドオアアライブモードでは通常の戦闘と同じく生じた消耗は一切戻って来ない。そして負けた方は所持品を1つ失うのだ。

 相手から奪う為、またはギリギリの緊張感を味わう為に、このモードは存在していると言ってもいい。


 そして、そんな戦いに無敗で歩んできた男を、私はこれから倒す。


「いざ、尋常に」


 誰が合図をした訳でもない。


「食後のデザート代わりにゃちょうどいい! 来なッ!!」


 戦いは始まった。


 私は一足飛びに前へ駆け出した。

 態勢を低く走り、その頭上を鞭状に伸ばした剣が通り過ぎていく。キリキリとワイヤーを通して刀身の軋む音が伝わってくる。

 それをやり過ごし一気に距離を詰める。

 だが、もう片方の剣が既に振り下ろされていた。地面を蹴りスピードを殺すと、その切っ先が鼻先を掠めて通り抜けた。

 ベリオンが右手を捻ると、私はすぐ地面に転がって体を低く倒した。途端に背後から伸ばした刃が襲いかかり、今しがた首のあった位置を駆け抜けて元の長剣へと戻っていく。


 転がりながら私はすぐに回避に徹した。再び蛇のごとく鎌首をもたげた剣が私を追って次々と地面を突き刺していく。

 私は地面を叩いた反動で立ち上がり、距離を取った。

 咄嗟に掲げた両腕の手甲を、刃の鞭はまるでバターの様に切り取っていく。


「逃げるだけか? 期待外れもいい所だぜ」


 ベリオンは手元に戻した刃を今度は私を取り囲む様に抜き放った。


「ラセレイト」


「!!」


 刃の軌跡を延長する遠距離魔法剣。

 それを放つ刃は、絡んだ糸の様にメチャクチャな軌道で私を取り囲んでくる。


 私は包囲が完成する直前に刃の鞭を蹴り上げて後ろに跳び、見えない刃が飛び交う鳥籠から脱出した。


「これを躱しやがるかよ!」


 躱したものか。今ので右のすね当てが細切れに分解された。脚にダメージがなかったのは奇跡だ。


 脚に気が取られた一瞬、ベリオンが距離を詰めて右手の剣を薙ぎ払った。

 私は背面飛びでそれをやり過ごすと、そのままベリオンの側頭部に蹴りを見舞った。

 だが、その蹴りはベリオンの腕に防がれ届かなかった。


 私の着地と同時にお互い距離を取り、辺りにわずかな静寂が訪れた。


「今の見えたか……?」


「いや……」


 すっかり観衆と化していたかつての敵と味方。皆この勝負に釘付けとなっていた。

 それはここにいる者の中で最もレベルが高く、経験も豊富なこの2人も同様だった。


「あの子、こんなに強かったんだ……」


「…………」


 ルケリアはこの高度な攻防に目を奪われ、隣のセーヴェンもまた沈黙していた。この2人を以てしても見た事のない戦いに、再び場は静寂に包まれた。



 強い。

 剣はこれまで相手にしてきた誰よりも鋭い。加えて鞭の様に蠢くトリッキーな武器だ。目が慣れるまでまだ少しかかる。

 遠距離から接近戦までこなす技量はまるで隙がない。

 オマケに恐らく懐に潜り込めたとしても、私の攻撃力では鎧に阻まれて大したダメージは与えられないだろう。

 レベル差もさっきクエスト報酬で18に上がったばかりだけど、ベリオンのレベルはさっきのランキングを見た所48だった。30レベル差だ。まともにやり合っても本来戦いにすらならない差があった。


 だけど、私の推測が当たっていればまだ打つ手はある。

 それを遂行する為にも、この刃の森をどうにか潜り抜けなければならない。それも、無傷でだ。


「作戦は思い付いたか?」


 ベリオンが嘲る。だが、遥か格下の私を相手にまるで油断を見せない。


「あの時……どうしてリラを殺した」


 ふと、私はベリオンに訊ねた。

 構えを解かず、ベリオンをまっすぐ見据えたまま返答を待った。


「ククッ」


 しばらく剣を構えたまま微動だにしなかったベリオンだったが、やがて噴き出す様に笑い出した。


「最初は魔王軍の切り札相手で満足するつもりだったが、テメェの戦いぶりを見て気が変わった。切り札とやらが期待外れだった時のまぁ、保険のつもりだったんだがな」


 ベリオンは大きく口角を引き上げた。


「まさかここまで上手くかかってくれるとは思わなかったぜ」


「お前……ッ!!」


 私はベリオンの側面に回り込んだ。

 同時に眉間を狙ってきた一撃を首を捻って躱した。勢い良く後方へ飛び去っていく刃の鞭をやり過ごす。


 ベリオンが手首を振ると刃は蛇の様に大きく波打った。

 その真横からせり出す刃の軌道がわずかに頬を擦った。これだけで頭部のHPが4割持っていかれた。

 でも、手足じゃない分体の動きが阻害される事はない。

 私は一歩前へ踏み出した。手が届く距離までもうすぐそこだ。


 その時、風切り音が頭上から降り注いだ。気付いた時にはもう片方の剣が上段から真下に通り抜けていた。

 死角から放たれた必殺の一撃。


 私はそれを読んでいた。

 剣が振るわれる前に体を避けていた。

 これまでのやり取りで、ベリオンは決め手の一撃だけは必ず長剣での接近戦で繰り出してきていた。あとは近づいた時に最も剣を振るいやすい軌道に私自身を囮にして誘導するだけ。


 私は振り下ろされた切っ先を踏みつけて地面に固定した。

 伸ばされたもう片方の剣が戻ってくるまでのほんの一瞬。これが一撃を入れるわずかなチャンスだった。

 私は足下の刃を足場に、一気にそれを駆け登ろうとした。


「読んでたぜ」


 ベリオンの口元が歪んだ。

 次の瞬間、ベリオンはその剣を強引に振り上げた。私の足下からにわかに態勢が崩れる。


「テメェが俺の動きを読んでくるってな」


 ベリオンは切っ先に乗っていた私ごとその強靭な筋力で空中に放り出した。

 さらに、その私めがけて刃の蛇が戻ってくる。完全に不意を突かれた。


「さぁ、どうするッ!!」


 だけどここで諦める訳にはいかない。


 私は高く振り上げられた剣を足場に思い切り蹴飛ばした。

 その勢いでベリオンの頭上を飛び越える。一瞬遅れて迫る刃が間一髪空を切って通り過ぎた。靴の踵がゴッソリ削られたが気にしない。


 ベリオンの真後ろに着地し、体を反転させてその背中に突き進む。


「テメェの戦いを見てヤルとはわかってたが、闘将なんぞよりよほど楽しめる!」


 視界から外れたはずなのに、寸分違わずベリオンは私の頭部に剣を合わせてくる。

 しかし、私はついに踏み込んだ。


「だが、まだ足りねぇ! もっと俺の血を熱く滾らせてみせろッ!!」


 べリオンが愉快そうに吠えた。

 ふと、私も自分が笑みを浮かべている事に気付いた。

 ヒリヒリと肌を焼く様な緊張感。1対1の真剣勝負に昂る血潮。これ程の使い手と相見える事ができた高揚感。久しぶりに覚えるこの気持ち。

 リラの事は許せない。だけど、どうしてもそれとは別の気持ちがあるのも否定できなかった。

 そうだ。私は楽しいんだ。


 私は剣の間合いの内側に入った。鋭い剣閃も軌道から外れれば怖くない。

 ここは私の間合いだ。

 確かに太刀筋の鋭さはこの世界に来てから出会った者の中では最も高いレベルだ。

 だけど、私がこれまでの人生で戦ってきた数多の達人達に比べれば、まだまだ素直で粗い。


 そして、これから私が試す技はこのゲームの仕様にあるスキルではない。

 私がこれまでの人生で研鑽し身に付けてきた、私自身の技術だ。ここまで厳密な物理法則を再現している世界ならば、もしかしたら通用するかも知れない。


 私はベリオンの股下に足を滑り込ませる程接近し、体重を真下に集めるよう構えた。

 足を杭の様に地面に突き立て、自分自身の小さな力へ大地の大きな力を上乗せする。その力を足から胴へ。胴から腕へ。

 そして、掌をベリオンの胴体に当て、その伝えた力の全てを送り込んだ。


 成功すれば何かしらのリアクションがあるはずだ。


「ッ!」


 だが、ベリオンは半歩下がり瞬時に刃を払ってきた。

 私は体を捻ってそれを躱し、追撃を警戒して待ち構えた。失敗だったかと心の中で舌打ちした。


 ただ、予想外な事にそれ以上追撃は来なかった。

 ベリオンはさらに一歩下がって距離を取ると、こちらをにらみつけ警戒しているのか動こうとしない。

 そして、口を開いた。


「鎧を無視してHPに直接ダメージが入りやがったぞ。……テメェ、何をした」


 通った。成功した。


 これは外側の鎧に影響を与えず、内部の肉体だけに直接威力を伝え破壊する事ができる技術。

 鎧を着込んだ相手に徒手空拳で対抗する古武術の技だ。東国では「鎧通し」なんて呼ばれていたりもする。今や伝承者も途絶え、教えを乞う事は難しい。

 私はお父さんに教わった。お父さんが旅の途中、温泉を掘るのに自ら編み出したんだけど。山を殴ってた。


「秘密」


 私はそっと口元に指を当てた。


「攻守交代。ここからはお前が倒れるまで、今のを千回でも一万回でも打ち込んでいく。覚悟しろ」


 鈍器や拳などの【打属性】攻撃は防具から直接HPにダメージが貫通しやすい性質がある。

 なんとか上手くいくとは思っていたけど、私自身の技術でその性質を極限まで高める事ができた。

 そしてこれは賭けだったけど、私の弱い攻撃力でもしっかりダメージを与える事ができて良かった。


 私は安堵したい気持ちを押し殺し、まだまだ続く次の瞬間に備えた。挑発しつつも集中力はより鋭く研ぎ澄ませていく。

 私はもう一度大地に足を突き立てた。そうしながらベリオンの反応をジリジリと待った。


「クッ……ククッ!」


 顔を伏せたベリオンは、やがてこらえる様に笑い出した。


「……乗ってやる! 何万発でも付き合ってやってもいいが、俺も次の一撃で決めるつもりでいくぜ」


 あれはもちろんハッタリだ。やはりベリオンには気付かれていた。

 もうすぐスタミナ値が半分を切る。1万発どころかこのまま続ければ十数発ももたないだろう。


 だから、ベリオンのプライドに賭けた。

 勝負に対する絶対的な自信と、それを揺るがす一撃を繰り出す事で次の最後の攻撃に繋げる。


 ふと、ベリオンは左手の剣を投げ捨てた。

 次にウインドウを開いて指を走らせると、投げ捨てた剣が光となって消え去った。さらに、身に付けた銀色の鎧も次々と消えていく。

 残ったのは黒いボディスーツと右腕の剣1本だけとなった。

 そして柄を両手で握り、切っ先をまっすぐ私に向けながら顔の横に構えた。

 ベリオンの体から深い闇色の闘気が立ち昇り始める。


「アサルトドライブッ! 魔力転化ッ!!」


 私は賭けに勝った。


 これは筋力を転換し、魔力に上乗せする魔人族のスキルだ。

 先程ヴェイングロウがやった真逆。


「ブルーエッジ」


 ベリオンの構える剣が白い光に包まれた。

 さっきデモニドを倒した高熱の青い炎。だけど、その輝きは倍増した魔力によってより激しい奔流となって剣から迸っている。

 剣1本を振るう分の筋力だけ残し、全ての力を魔法剣に込めてくるつもりだ。

 本来ならば筋力を上げてゴリ押しすればベリオンの勝ちは確実だっただろう。

 だけど、さっきまでの攻防で私がある程度剣筋を見切り始めている事に気付いたようだ。だから、ゴリ押しで何度も自分の剣が躱される事を善しとしなかった。

 それ故、当てる事に重点を置いた一撃必殺に、自分のプライドを賭けたのだ。

 それは同時に自分を追い込んだ背水の陣でもあると、ベリオンもわかっているのだろう。


 ベリオンは勝利よりも、勝負を選んだ。


 私は重心を前に構えた。いつでも飛び出せるように。

 静かだ。ベリオンの構えからはさらに隙が消え、それでいてより強い殺意に満ちている。今このベリオンの制空権と対峙して、どう読んでも私の心臓を貫いてくる未来しか見えて来ない。

 本来ならば膠着状態に陥り、先に動いた方が圧倒的に不利な状況。互いに殺気を読み合い、さらにフェイントを織り混ぜ、駆け引きに駆け引きを重ねる。

 そして手を読まれた方が死ぬ事になるのだ。


 それでも、私は愚直にまっすぐ駆け出した。


「来いッ!」


 剣の間合いに飛び込む直前。私は伸ばした指先を前にかざした。


「プリズムアロー!」


 秒間4発の魔法の矢を放ち、私はベリオンの制空権に踏み入った。

 牽制で放ったプリズムアローはわずかに首を捻っただけで全て躱された。

 そして、ベリオンの剣はまっすぐ私のコートの背中を、心臓がある位置を貫いていた。


「チィッ!」


 ベリオンが舌打ちして突き出した刃を翻した。

 その軌道の先は、地に伏せ滑る様に距離を詰める私に向かっていた。

 私は魔法を放った瞬間、着ていたコートを脱ぎ捨ててベリオンの視界を遮った。

 その結果、コートは一瞬で蒸発し、ベリオンの剣は私の髪を焦がすだけに一手を費やした。


 その一手は高い代償を支払わせる事となった。

 払われた刃の内側に、私は立った。

 私はベリオンの手首を両手で確かに掴んだ。さらに右腕に組み付き、両足を首にかけて全力で背中を反らす。

 そして、ベリオンの肘を反対側に折り曲げにかかった。


 筋力の値はリアルと同じく片手より両手、両手だけでなく全身の筋肉を導入すればより大きな力を発揮できる。

 極め技は筋力値が上回れば防御力を無視して直接HPにダメージを与えられる。

 さらに、体術熟練度は打撃だけでなく投げ技や絞め技、極め技の攻撃力をも上昇させる。レベルの上がりにくい私の唯一にして最大の武器である体術熟練度を、私はこれまでの冒険で刃より鋭く磨きあげてきていた。

 さらに、手足はダメージを負うと残りのHPに応じてどんどん動きが鈍くなっていく。その為、無傷でこの状況にたどり着く必要があった。


 次々と積み上げられていく一手。

 これまで私が身に付けてきた全てと、魔力転化で筋力が著しく低下しているベリオンの片腕が今、ようやく拮抗した。


「獣身覚醒ッ!!」


 そして、これが最後の一手。

 私の体から赤い闘気が迸り、体が獣化していく。残った全ての力を振り絞り、何倍にも高める私の切り札。

 

「ぐおおおおおッ!!」


 それがダメ押しとなり、ついにベリオンの右腕は生木を裂く様な音を立てて破壊された。

 ノコギリ状の剣が手からこぼれ落ち、地面に突き刺さる。

 私も地に降り追撃にかかる。


「ぜあッ!」


 瞬時にベリオンは残った左腕でショートレンジのパンチを繰り出したが、私はそれに頭突きを合わせた。弾き飛ばされた拳から割れる音がした。

 それに反応されるより早くベリオンの左足を踏み抜いた。その踏みつけに決して逃がさないという意思を込めて、動きを阻害する。

 その瞬間、ベリオンの顔面に龍化した拳を叩き込んだ。


「ぐ……ッ!?」


 足を縫い止められ、顔で全威力を受け止め大きくのけ反るベリオン。さらに渾身の力を込めたボディブローをぶち込み、腹をくの字に曲げて戻ってきた顔面を大振りのハイキックで跳ね飛ばす。

 そして空中をさ迷う左手を掴み、全力で地面に投げつけた。

 受け身を取る間もなく背中から叩きつけられたベリオンの左手を、私は思い切りネジり壊した。


 勝負ありだ。


 観衆と化した周りのプレイヤー達は、その様子を固唾を飲んで見守っていた。

 私は手を放し、ベリオンが立ち上がるのを待った。


 筋力が弱体化した時点でこうなる可能性はわかっていただろう。それでも勝負にこだわったベリオン。

 その返礼として、私はベリオンを待った。


 片膝を着き、両腕をダラリと下げながらベリオンはゆっくり立ち上がった。


「ハァッ……ハァッ……」


「降参する?」


 もう決着はついた。その両腕では剣を握る事はできまい。私は戦いの終わりが告げられるのを待った。

 だが、それでもベリオンの顔には笑みが湛えられていた。


「……ハッ。笑えねぇ冗談だ……」


 諦めるって顔じゃないな。

 私は半身に構え、右手を弓矢の様に大きく引いた。そして拳を固める。


「クソッ……。気に入らねぇ。その澄まし顔見てると、何がなんでもメチャクチャに叩き潰したくなってくるぜ……」


 言葉を吐く度にべリオンは憎々しげに顔を強ばらせていた。

 ベリオンは両腕を下げたまま、しかし思い切り地面を蹴って前へ飛び出した。


「うるあぁあああーッ!!」


 そして地面に刺さったままの剣に噛みつき、引き抜いた。

 咥えた柄を噛み千切らんばかりに挟み込み、獣のごとく駆け抜ける。ベリオンは咥えた刃を私に向け、その勢いをぶつける様に首ごと剣を振るった。


 私はそのベリオンの肩に飛び乗り、攻撃を避けた。

 そのままベリオンの首にしがみ付く。首に両腕を回し、固く組み付いた。

 両腕が使えないベリオンに、最早私を引き剥がす術は無い。


 はずだった。


「……ッ!?」


 突然全身に何かが巻き付き、締め上げられた。

 鞭状に放たれた刃。それが私の体に絡み付いていた。

 動きを止められた。いや、分解されたノコギリ状の刃のひとつひとつが、コートを失い露になった肌に突き刺さっている。その全てが銛の様に深く肉に食い込んでいた。


「づがまえだ……ッ!!」


 くぐもった声が剣を噛む口から漏れたのと同時に、伸ばされた刃が引き戻され始めた。食い込んだ刃が体を引き裂いていく。


「く……っううううぅッ!!!」


 ここまで来て負けられない。

 身体中のHPが物凄い早さで減っていく。だけど、私は絶対勝つ。勝ってみせる。

 私は足掻く様に魔法を唱えた。


「ライトニングボルト!」


 至近距離で触れたまま、ベリオンの頭部に直接電撃を流し込んだ。


「……ガァ……ッ!!?」


 本来レベル差のある相手にはほとんど麻痺の影響はないはずだが、触れた肌から直に喰らわせたおかげでわずかに力が緩んだ。


「いっだい、何なんだ。デメェは……ッ!」


 べリオンは噛みついた剣の隙間から、驚愕によってひび割れた様な叫び声を上げた。

 切り刻まれる手足が落ちるより早く、私は残った力の全てを両腕に注ぎ込んだ。


「私は……ただお前より強いだけッ!!」


 乾いた鈍い音が辺りに響き渡った。


 光の粒が舞い上がる。剣に噛み付いたままのベリオンの口元には、笑みが浮かんでいた。


 だが、その首はあらぬ方向を向いていた。

 ゆっくりと膝を着き、ベリオンの体は地面に倒れる前に消滅していった。


 しがみ付いていた体が消え、私は地面に降り立った。

 立っていた。全ての力を注いだ。余力はもうない。

 フラフラの体で、それでも私は天高く拳を突き上げた。



 私は勝った。



 一瞬の静寂。その次の瞬間、一斉に歓声が上がった。


「スゲエッ! あの決闘狂に勝ちやがった!!」


「マジかよ!? やりやがった!」


「ちっちゃいのにスゴい!」


 私は空を見上げたまま、目を閉じて大きく息を吐いた。

 獣身覚醒を解き、体を元に戻す。すぐに片手でウインドウを開いて、焼き切れていく装備を予備の服と交換した。今回サービスショットは無しだよ。

 あと、ちっちゃいは余計だ。


 はぁ。さすがに限界だ。もう帰って寝たい。

 今日は色々あった。しかもまさか最後にこんな大立ち回りを演じるなんて思いもしなかったし。

 でも、やり遂げてみせた。


 私は振り返って観衆の中にいたルクスを見つけた。掲げた拳を振り下ろし、親指を立てて見せた。

 決闘に割り込んだのは悪かったし、やっぱり怒ってるかな。でもいい。怒られる覚悟はできてる。

 だけど、できれば今は労いの言葉が欲しい。それくらい期待してもバチは当たらないと思いたい。


 私が疲労と不安で百面相していると、ルクスはゆっくりと、それから何か驚いている様な、それでいて困った様な複雑な顔をしてこっちに歩いてきた。

 さぁ、どんな事を言われたって大丈夫だぞ。どんと来い。

 そうしてルクスはやや緊張した私の前に立ち、口を開いた。



「シェリル姉……?」



 ルクスの口から出てきた言葉は、私の想像の斜め上を行くものだった。

 次回投稿は29日午後8時予定です。


 ようやくこの物語を書き始めた頃に思い描いていた場所まで書き進む事ができました。

 ここから先はまだまだ自分にとっても完全に未知の部分になります。

 しかし、ここまで書いてきておおよその道筋が見えてきた感はあります。ここからどう進むのか、自分でも楽しみです。


 次回はオフ回、エピローグになります。


 第42話『小さな祝勝会』


 お楽しみに!

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