4・初戦闘
丸い体に直接長い耳が生えた……何だろう。えらくデフォルメされた白いウサギみたいな生き物が草むらから飛び出してきた。
しばらく街道をひたすら走っていた。
簡単な作りのぺちゃんこな靴だけど、不思議と足にしっくりきて走りやすい。車がすれ違える程度の広さはある街道。ここだけ草が生えておらず、土を踏み固めただけの道が草原をかき分ける様に貫いていた。
そんな時、ふと脇の草むらに生き物の気配を感じて立ち止まったのだった。
カサカサと草が揺れている。この感じだとウサギくらいの大きさだろう。やがてそれは弾ける様に街道へ飛び出してきたのだった。
これはモンスター? 丸っこいぬいぐるみみたいな、なんかかわいい。耳だけが長く伸びている。
目を凝らしてみると、頭上に「グレイスラビット」と名前が表示してある。
グレイスラビットは1頭身の体でゴム毬の様に跳びはねながら近寄ってきた。やがて不思議そうな表情で首をかしげると、つぶらな瞳でこちらをじっと見上げてきた。
「キュ?」
くっ、これを倒せっていうのか? 製作者は意地が悪い。むり。かわいい。
撫でてみようか? いいかな? いいのかな? 襲ってくる気配はないし、キミとは友達になれそうな気がする。うん。撫でよう。
私はそっと手を伸ばした。
ガブッ!
「キキャカカカカカカッ!!」
突如温厚そうな顔が変貌した。鼻の頭に皺を寄せて歯を剥き出し、噛みついてきた!
「うっ……。痛くない……。大丈夫だよ」
ホント。全然痛くない。……いや、ウソ。ちょっと痛い。
そう。きっと怖がっているだけ。いいんだよ。私は敵じゃない。大丈夫。友達になろう。
「カッカッカッ! ヒャーッハーッ!!」
むり。怖い。こっちが怖い。
ノンアクティブモンスターだったんだ。攻撃すると反応する類の敵。
このままじゃ指を食い千切られそうな勢いで噛みついてくるので、いい加減距離を取った。
こう見えてモンスターなんだ。戦わなくちゃ。
覚悟を決めて一歩前へ踏み出し、爪先に重心を込めると体重を乗せた拳を……。
「キュ?」
お前。それは卑怯。
再びあどけない顔で首をかしげるグレイスラビット。拳は行き先を失い宙を彷徨っていた。
結局、私は逃げ出した。
戦えない。あの見た目はダメだ。ズルい。
仕方ないので先を進む事にした。
「ヒャーッハーッ!!」
背後に聞こえた鳴き声は、勝利の雄叫びだったのかも知れない。
先程の戦闘でどうやらジャンルはアクションRPGだとわかった。割りと自由に体を動かして戦えるのはリハビリにもってこいだと思う。リシアに感謝しよう。
とりあえずRPGだとわかったんだ。ステータスを確認してみよう。
走りながら頭の中でステータス、と思い浮かべると目の前にウインドウが現れた。
【HP】と【MP】がある。
HPは命。攻撃を受けて無くなると死んじゃう。
MPは魔法とかを使う時に消費するんだと思う。
あれ? 何やらHPの項目が妙にたくさんある。後で調べてみよう。
【筋力】……たぶん攻撃力関係かな。
【体力】じゃあこっちは防御か。
【魔力】は魔法の威力とかだな。
【属性値】の項目には【炎】、【冷気】、【雷】、【聖】、【闇】がある。魔法に関する事なんだろうか。詳しくはまだよくわからないな。
あとは【レベル】。モンスターと戦って経験値を集めると強さが上がるやつだ。
あとは装備品の総合的な攻撃力と防御力がある。武器は持ってないからゼロだ。
他にもいくつか項目があったけど、戦闘に関する基本的なステータスはこれだけみたい。
やっぱりかなりリアルに作られている世界だから自分の動き自体が大きく性能を左右する事になるんだろう。
どのくらいか、街道を走っていると次第に周囲に樹木が増えてきた。細いが背の高い木。林というには密度が薄いが、ちょっとした自然公園みたいだ。道も木々によって曲がりくねった箇所が増えている。しかし、ある程度の幅だけは確保されている様だった。その理由は恐らく――
「グルル……」
木々の陰から複数の何かが姿を現した。
とっさに構えを取る。
――こうやって戦闘する為に広く作られているんだろう。
現れた影は3体。
小柄な人の様な姿をしているが、頭部は明らかに犬。褐色の深い毛に覆われた顔と、やたら眉の筋肉だけが発達して悪人面になっている「ブッシュコボルト」が現れた。
手には各々骨の槍に刃こぼれしたナイフ、自然木をそのまま使った棍棒を手にしている。薄汚れた土色のズボンと、上半身は毛深い裸だったり、簡素な革の胸当てをしている者もいる。
ブッシュコボルト達は皆一様に獲物を見つけていやらしい笑みを浮かべていた。
そうだね。この方が分かりやすくていい。
半身に構え、脚を開くと爪先に力を込めて地面に食い込ませる。左手を前方やや下に構え、無駄な力を込めず指先にのみ神経を集中。
右腕は脇へ引き、ゆっくりと一本ずつ指を握って私は拳を固めた。
これなら倒せる。
私は右足の力を爆発させると、一息に距離を詰めた。
私は野生の獣には一切容赦しない。獣相手では一瞬の躊躇が生死を分けるのを知ってるからだ。
一気にブッシュコボルトの鼻先に接近し、反応があるより先にその鳩尾から拳を引き抜いた。当てた拳は3回。
だが、ブッシュコボルトはわずかによろめいただけで手にしたナイフを振り上げた。
その手首を掴むと間合いの内側に体を滑り込ませ、掌で下顎をカチ上げる。
脇に躍り出てきた仲間のブッシュコボルトが棍棒を構えるが、今しがた攻撃したブッシュコボルトの陰に隠れて、棍棒の軌道に蹴り出した。
棍棒が仲間の頭を殴り飛ばすのをよそに、私はさらに控えている敵に照準を合わせた。その槍の穂先を掌で反らす。そして足を踏みつけると、逃げられないその体に無数の拳を突き立てた。
だめ押しに延髄に足刀を叩き込むと、よろめく体を立て直す前に背後に回り首をへし折った。
背後に忍び寄る影を回し蹴りで突き飛ばし、正面から振るわれた棍棒を躱す。
棍棒を振り抜いた腕を蹴り上げると、棍棒が宙を舞った。その軌跡が頂点を迎えるより先に、私は柄を掴み元の主の頭に思いきり返してあげた。
「ガウ……!?」
……まだいたんだ。と、背後に忍び寄っていたナイフのブッシュコボルト。軽く小突くと、残り少なかったライフが消え、倒れた。
「ふう……」
倒れたブッシュコボルト達は光の粒となり消えていった。
どうやら倒すと消滅するらしい。
私は構えを解くと、その場に一礼した。ゲームとは言え、拳を交えた相手に礼儀を尽くすのは当然の事だ。
先程から右手に妙な違和感がある。闘いに支障はなかったが、やや動きが鈍い。
思い返してみるとウサギに噛まれた時からだ。ゲームだから何らかのステータス異常かも知れない。
しかし、解決する手段なんてわからない。何も考えずひたすら走ってきたからな。
とりあえず、考え事をする時はいつも通りにしよう。
まずは落ち着く事。そうすればもしかしたら良い考えも浮かぶかも知れない。状況を整理する事も大事だしね。時間もたっぷりとあるんだから、とりあえずはいつも通りだ。
そうして、私は腕立て伏せを始めた。
次回更新は9月12日予定。
毎週水曜日 夜8時に投稿していきます。